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第098話:黒麒麟と白竜

高里要は倉庫の中で座り込みながら蓬莱での、蓬山での平和な日々を懐かしんでいた。
蓬山では女仙達が要を―泰麒を可愛がってくれたし、汕子がいつもそばにいて孤独を感じることはなかった。
蓬莱での日々は辛いこともあったが、それでも周りには人がいた。同い年の子供がいた。親がいた。弟がいた。

―今はどうだ。
殺し合いをしろといわれ、独り見知らぬ地に投げ出された。汕子はいない。女仙がいない。家族もいない。親しい者が誰一人いない。
あまりに辛すぎる孤独に押し潰されそうなな時に運良く親切な二人組みに見つけられたが
そう簡単に見知らぬ人に懐く事はできない。こんな状況ではなおさらだ。
それでも二人は親切にしてくれたし、さっきも要を励ますかのように明るく話しかけてくれた。
おそらく無理をしてそう振舞っているのだろう。そのせいか話の内容は良くわからないものだった。風車とか。
二人のおかげか、今では過ぎた日々を懐かしむことができるまで落ち着いていられる。
励ましてくれた御礼を言わないといけない、と要は思った。―頭を撫でられた時、ついその手を払ったことの詫びも含めて。
そして再び蓬山を、復興が始まったばかりの戴を思う。
蓬山の女仙たちははさぞ悲しんでいるだろう。驍宗様は心配しているだろう。
そして―
「汕子……」
思わずつぶやいてしまった。二度目の別れ。再び会えたのに、また引き裂かれてしまった。
目を瞑れば彼女が悲しむ姿が思い浮かぶ。その嘆きの声が今にも聞こえてきそうだった。
膝を抱え、顔を蹲らせる。戻りたい。汕子と傲濫に会いたい。そして何より、泰王である驍宗に会いたい。
要の口から嗚咽が零れそうになった時だった。


「わんデシ!」
出入り口の方から奇妙な鳴き声がした。
見やるとそこには黄色い帽子を被った子白い犬。くりくりと澄んだ大きな目をこちらに向けている。
そういえば二人が子犬だか馬だかを見つけたといっていた気がする。おそらくこの犬がそれだろう。
「……おいで」
そっと微笑みかけ、子犬に近寄るよう手で誘う。
それに反応するかのように、子犬は「わんデシ!」と吼えてから要のすぐそばまで寄ってきた。
人懐っこいその子犬を要は腕で抱きかかえてやった。特に暴れる様子も無く、おとなしい。
子犬の毛皮はふかふかと柔らかく、暖かかい。
「傲濫……」
要が唯一使令に下した僕、傲濫。見た目こそはまったく違うが、子犬の温もりは傲濫のそれを思い出させた。
その傲濫もここにはいない。それを思い出すと胸が苦しくなり、涸れたと思っていた涙が頬を伝う。
その涙を子犬がぺろりと舐めとった。腕の中の子犬の顔がとても心配そうに見えた。
「慰めてくれるの?」
独り言のように呟いた言葉に子犬はわんデシ、と元気よく吼える。
「……ありがとう」
要は微笑んで、ぎゅっと子犬を抱きしめる。
腕の中の子犬の温もりは要の中の孤独という寂しさを溶かしていくようだった。
要は再び呟く。ありがとう、と。

【残り98人】
【E‐4/工場倉庫/一日目04:30】

【トレイトン・サブラァニア・ファンデュ(シロちゃん)】
[状態]:健康
[装備]:黄色い帽子
[道具]:無し(デイパックは破棄)
[思考]:「この人も悪い人じゃないみたいデシ。元気がでて良かったデシ」


【高里要】
[状態]:元気を取り戻し、ほぼ健康
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:とりあえずアイザックとミリアに感謝の御礼をする

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