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第082話:レジスティングマインド(怖れの先の世界)

作:◆7Xmruv2jXQ

 フリウ・ハリスコーは念糸を持つ。
 ゆえに、フリウ・ハリスコーは念糸を紡ぐ。

 フリウ・ハリスコーは精霊を使役する。
 ゆえに、フリウ・ハリスコーは精霊に縛られる。

 フリウ・ハリスコーは破壊の王だ。
 ゆえに、フリウ・ハリスコーは全てを破壊する。
 
 フリウ・ハリスコーは未知を退けた。
 それでも、フリウ・ハリスコーはただの子供に過ぎない。



 フリウは橋を渡り終えると、川に沿って南下することにした。
 硝化の森の川は刃の繊維を編みあわせたような代物だが、この川を構成するものは純粋な水だ。
 しゃがみこんで両手で水を掬う。
 ひんやりとした感触。
 手と手の隙間から零れていく水を眺める。わずかな星明りを弾く水は、まるで精霊のように美しい。
 水はほどなくして手の中から完全に消えた。
 残ったのは濡れた小さな手だけ。
 フリウは動かない。
(……精霊。あたしの左目の破壊精霊。アレは、もう、使いたくない)
 それはフリウの正直な気持ちだった。
 村を半壊させ、群精霊を蹴散らし、帝都は瓦礫の山へと変えた力。
 身を守る術としては最上だろう。
 この殺人ゲームの初めから、自分は最強の武器を持っている。
 デイバックの中には変わった剣が入ってはいたが、フリウに扱えるはずもない。
 彼女が施されたのは念糸能力者としての、つまりは精霊使いとしての訓練だけだ。
 だから、もし戦うのなら、精霊を使うしかない。
「絶対に制御してみせる。それがあたしの戦い……」
「何を制御するんや?」

 唐突な音。
 独り言にからかうような声をかぶせられ、フリウは慌てて立ち上がった。
 背後に誰かがいるなんてまるで気づかなかった。致命的な隙だ。
 もし殺意をもった者なら、フリウが振り向くよりはやく、心臓を停止させるに違いない。
(もう、間に合わない?)
 自身の輪郭を紐解く感覚。
 背筋を這い回る悪寒に耐え、念糸を放ちながら勢いよくふりむく。
 しかし。
「……!?」
 銀の糸は虚空を撫でただけだった。
 思いのほか遠く、闇に溶けるぎりぎりの所に男が立っている。
 背が高い男だった。
 闇に滲んでその容姿は判然としない。しかしフリウには男が笑っているのだとわかった。
 男が気さくな仕草で歩み寄る。警戒も緊張もない。散歩にいくような足取りだ。
 川辺の小石がわずかでも音を立てないことに、フリウは戦慄した。
 思わず後ろに下がろうとして、背後にあるのが川だと思い出す。
 下がれない。
「おいおい、あんま怖がるなや。俺、傷つくやないか」
 男は低く笑い、闇から這い出てくる。
 流れるような銀髪。彫りの深い顔立ち。ワインレッドのジャケットに身を包んだ姿はどこか禍々しい。
 男は陽気な仕草で言葉を続ける。
「さてお嬢ちゃん、話し合いといこうやないか。背中にしょってるもん欲しいんやけどくれたりしない?」
 渡すべきだろうか。
 フリウは迷った。
 あのガラス質の剣はどうせ扱えないのだ、バックを渡せば逃げることも可能かもしれない。
 取引が成立する余地は十分にあるはずだ。

(でも、あたしが渡した剣で、きっとこの人は誰かを殺す……)
 確信があった。
 男の動作1つ1つが芝居じみている。この男の本質は、もっと深く沈んだところにある。
 ミズー・ビアンカやリス・オニキスのような戦士でもなく。
 何かわからない論理で動く、黒衣のような、人間。
「あいにくと俺は素手やねん。引いたのはなんとこれ、人間探知機! 
 もしお嬢ちゃんが武器を持ってるなら、これと交換してくれへん?
 持ってないのなら、残念やけど、ここでゲームオーバーや。いそいでコイン入れてもコンティニューはないで」
 ひとしきり口上を並び立ててから、
「――――選べや。好きな方をな」
 フリウは腰が砕けそうになるのをかろうじて堪えた。全身を貫く殺気。黒く渦巻く槍が穂先をもたげている。
 先ほどまでの陽気さは一欠けらもない。
 男は無表情に近い。
 怖かった。
 本当に怖かった。
 硬質な視線。
 閉じた唇。
 叩きつけられる威圧感。
 その全てを恐れて――――フリウは決意を固めた。

「いつだって誰かがあたしに選択を迫る。あたしは選びたくなんかなかったのに。そのままでよかったのに」
「ん?」
 怪訝な顔をする男を無視して集中する。
 自身の輪郭を解く感覚。生まれるは銀の糸。
 フリウは大きく目を開くと、

「あなたに剣はあげない。選ばなければいけないなら、あたしはあたしの好きな道を選ぶ!」
 もしフリウが銃弾を放ったのなら、男は迅速に反応し、回避していただろう。
 高速で放たれた念の糸。
 そこに脅威が見つけられず、男の判断が一瞬遅れる。糸が届く。
 瞬時に男の右腕に巻きついた糸は、フリウの意思に応じて力を発した。
 捻る。 
「……がっ!」
 男が大きくバランスを崩して背中から地面にぶつかる。
 小石が弾けて耳障りな音を立てた。


 フリウは走り出した。
 そのまま川沿いに全速力で駆ける。
 男が立ち上がるまでにどれくらいの時間がかかるか。稼げた時間は短い。
 追いつかれる可能性は高かった。
「負けない。絶対に制御してみせる。それがあたしの戦い……」
 小さく呟いて。
 いつでも開門式を唱えられるよう、フリウは集中を始めた。


【残り99名】
【B-4/川沿い/1日目・01:50】

【フリウ・ハリスコー】
[状態]:健康、右手の人差し指と中指に小さな切り傷、落ち着いた
[装備]:ガラスの剣、水晶眼(ウルトプライド)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:男から逃げる。ミズーを探す。殺人はできればしたくない。

【緋崎正介】
[状態]:背中を強く打った
[装備]:探知機(半径50メートル内の参加者を光点で示す)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:武器の調達。フリウを追うかは次の書き手に任せます。

2005/05/05  改行調整、文章一部改変

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