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第045話:接近

作:◆7Xmruv2jXQ

 彼女のスタート地点は海辺だった。
 前方は果てなく広がる海。
 後方は思わず見上げるほどの崖。
 進めるのは右か左だが、どちらも砂浜が見えるだけで違いがない。
 いづれはどこかへ辿り着くのかはたまたそのまま行き止まりか。
 考えても仕方ないと左へ歩き始め1時間。
 彼女は、崖をくり抜くように存在する、その洞窟を見つけた。

 

「外れか、当たりか。判断に迷うところだね」
 022番・火乃香は自分の支給品を手にとって、複雑そうに言葉を漏らした。
 狭い洞窟内に声が反響して幾重にも聞こえる。
 入り口からかなり湾曲した洞窟なので外まで声が聞こえることはないだろうが、用心に越したことはない。
 火乃香は声のトーンを落とし、支給品の観察を続ける。
 艶やかなショートの黒髪。意思の強そうな瞳。
 白いタンクトップの上にジャケットを羽織り、下半身はアーミー・パンツ、足元はコンバットブーツで固めている。
 そして、額には赤いバンダナ。
 砂漠でなんでも屋を営む少女のいつもどおりの服装だ。
 ただ、手に握られたものだけが違う。ジャンク屋で成型した刀の代わりに、彼女の手中には二本の剣がある。
 どちらも細く、小さく、ある種の芸術品じみた装いだ。
“刀使い”の通り名どおり、刀を武器とし、居合いの技を修めた火乃香としては使いにくい部類の装備だった。
「双子剣かぁ。なになに……騎士剣“陰陽”。Iブレインとリンク…。自己領域の展開?」
 説明書は専門用語の羅列。 
 火乃香は大抵の武器なら扱えるが、この剣は根本の技術体系からして火乃香の知るそれとは別物らしい。
 一応文の末尾まで目を通したが、結局わかったのは、自分が使う分にはただの剣であるということだけだった。
 まあ、それならそれで構わない。
 付属の鞘に剣を収めてパンツの腰の部分で固定する。素早く抜けることを確認して、火乃香はようやく一息ついた。
 地面に座り込み膝を抱える。

 海が近いせいだろう。肌に差し込む冷気は思いのほか冷たい。
 その冷気は砂漠の夜を思わせる。
 月と星が輝く空。
 刻一刻と姿を変える砂模様。
 夜行性の生物が活動を始め、死が静かに横たわる時間。
 彼女は数え切れないほどの数、砂漠の夜を越えてきた。
 1人でではない。
 ここにはいない相棒のボギーが、常に彼女を守っていた。
 彼の皮肉を聞けないのは、思いのほか寂しい。
 そう感じている自分に、火乃香は笑った。
「ま、だからって死んでるわけにもいかないし。腹ごしらえしたら移動しますか」
 とりあえずは崖の上にでる道を探さなくては。
 気楽に言って、バックからパンを取り出そうとしたその時。

「……!」 
 
 火乃香は瞬時に立ち上がると、左腰の剣を抜き放った。
 額が、バンダナの下の天宙眼がわずかに青い光を漏らす。
 足音は聞こえない。それでも誰かが近づいてくるのを感じる。
 しかし、なぜだろう?
 普段ならはっきりとわかるはずの気配がどこかぼやけている。
 ノイズ混じりのスピーカーのようで大雑把な距離しかわからない。
(後、10メートルくらい。相手が銃を持っていたら……まずいね)
 緊張した空気が洞窟内に張り詰める。
 呼吸の数が減る。
 神経が鋭敏になる。
 右手の剣を正眼に構える。
 天宙眼が明滅を繰り返す。

(……来る!)

 湾曲した通路から、ゆっくりと人影が現れた。


【残り105名】
【H-5/洞窟 /1日目・1:10】

【火乃香】
[状態]:健康
[装備]:騎士剣・陰陽
[道具]:デイパック(支給品一式) 
[思考]:崖の上にでる道を探す&人影に対処する

2005/05/05  改行調整

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