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第017話:犬と煙草

作:◆7Xmruv2jXQ

 上空を見上げれば黒ずんだ雲が多く目に付く。
 暗幕のような夜空をくり抜く月はない。
 雲の隙間には疎らに星が見えなくもないが、照明の役割りを果たすほどではない。
 なんとも寂しい夜空だが、殺し合いの舞台としては相応しいのかもしれなかった。

「つってもなー。どうすっかな、マジで。カプセルどころか煙草もねえし。サービスが足り
 てねえぜ、まったく」

 甲斐氷太は毒づきながら、空から地上へ視界を戻した。
 癖の強い黒髪。半眼の瞳。細身の鍛えられた体。その上には鋲や鎖のついた、DDのシンボ
ルであるた皮ジャンをまとっている。いつもより気力が萎えてはいるが、それでも隠しようの
ない存在感がある男だった。

 現在、甲斐がいるのは小さな民家の前庭だ。
 かすれた赤色の屋根。くすんだ色の壁。割れた窓ガラス。ぼうぼうに荒れ果てた草木。
 十中八九空き家である。
 荷物を受け取り門をくぐるとこの家の前庭に放り出されたのだ。
 すぐ中に入ってもよかったのだが一応家の周りを一周して近辺の様子を掴んでおくことにした。
 ほとんど思いつきの行動だったし、胸ポケットに煙草さえあればさっさと中に入って一服して
いたことだろう。しかし、ないのだからしょうがない。
 右手から反時計周りに一周。
 中から死角になりそうな場所、人が潜めそうな場所を中心に記憶し、5分で作業を終える。
 辺りにはぽつりぽつりと似たような家が建っていた。元々は住宅街だったのだろうか。
 人気がなく、寂れ果てたその姿はさながらゴーストタウンのようだ。

 家と家の間にはそれなりの距離があるし、誰かがいきなり襲い掛かってくることはないだろう。
 そう判断し、中に入ろうと扉に手をかけたその時。
 甲斐は気づいた。   
 玄関正面。 
 点滅を繰り返す街灯の下に、見慣れた赤い機械がある。
 煙草の自動販売機だ。
「まったく、俺も耄碌したもんだぜ。危うく見落とす所だった」
 にやける顔はそのままに、ズボンの後ろポケットから財布を取り出す。
 財布の口を開いて中をのぞき、


 ……二百七十円しかなかった。


「十円、足んねえ…」
 つり銭忘れを探す。ない。
 自販機の下を確認。ない。
 路上を這いずり回る。ない。
 いつもの銘柄にまで後十円。最悪だった。

 いかに葛根市最悪のジャンキーといえども自販機を破壊するほど見境なしではない。
 引き返し、レッドゾーンに突入した苛立ちを扉にぶつける。
 体重がのった蹴りは容易く戸板を破壊。哀れな戸板は5つほどに割れ飛んで、壁にぶつかって音
を立てた。
 それでも苛立たしげに、甲斐は土足で廊下を進む。
 六畳の居間にはテーブルが一つに椅子が四つ。
 わずかな理性の声に従い、もっとも狙われにくい椅子に座り、テーブルにどかりと足をのせる。
 そこでようやく、背負っていたデイバックに気づいた。
「そういや、こいつを開けてなかったな」
 完全に忘れていたが、開始時に配られたデイバックにはいくつかのアイテムが入っている。
 何か口に入れればとりあえず気も紛れるだろう。
 パンに水。懐中電灯。コンパス。時計。参加者名簿。鉛筆に紙。そして…

「――――煙草だ」
 甲斐は呆けた声を出した。        

 四角い紙箱は確かに彼の愛用している銘柄のもの。
 思考は相変わらず呆けたまま、一本取り出し口にくわえ、台所のガスコンロを点火。
 火がつかなかったらどうしてくれようかと考えていると、甲斐の怒りを恐れたのか、青い炎が点った。
 煙草の先端に火を点け、ゆっくりと煙を吸い込む。

 ……ゲーム開始から30分。
 悪魔戦において最強を誇る狂犬の王は、DDのメンバーたちが思わず顔を覆いそうなほど、緩みきった表
情を浮かべた。




「ウィザードに探偵……んでもってロートルの蛇野郎か。どうしたもんかね」
 甲斐氷太は気だるげに呟くと、100以上の名が連なった名簿から視線を外した。
 同時に三本目の煙草を吸い終わる。
 殺人ゲームになど乗る気はない。しかし、ここでぼうっとしているわけにもいくまい。
 これからの方針はどうするか。

「ま、もう一本吸いながら考えるか」

 甲斐はそう呟くと、四度台所へと向かった。


【残り115名】
【D−3/民家内/一日目・00:45】

【甲斐氷太】
[状態]:正常
[装備]:無し
[道具]:デイパック(支給品入り)、タバコ(残り16本)
[思考]:これからの方針を検討

2005/05/05  改行調整

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