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第016話:英雄と殺人鬼

作:◆Sf10UnKI5A

 林の中、一本の大木の根元に腰を下ろしている男がいる。
 独逸軍G機関空軍部所属、へラード・シュバイツァー中尉。
 大柄な体に黒の軍服を着込んでいる彼には、常人と違う箇所がある。
 右腕が義腕、それも大きく無骨な鋼鉄製だった。
 腕というよりは、『砲』と呼ぶ方が適切だ。
 二の腕に備え付けられた戦車の砲塔のような射出口には、
 金属製の杖が装填されている。
 彼の特技は、空間を杖で打ち、その空間を切り取る『結界術』。
 その技から、彼は『音速裁断師』と仇名されていた。
 だが、
 ……無理だな、これは。
 一流の軍人であると同時に戦士である彼は、自ら異変に気付いていた。
 結界術、そして独逸では自由に使っていた『言実詞』が使えない、という事実に。
 ……あの奇妙な術が存在するのならば、我らの力を封じるのも簡単なことか。
「下らん。実に下らないことだ」
 殺し合いなど、誰が好き好んでやるものか。
 自分は軍人であると同時に『騎師(カバリエ)』だ。
 先ほど集められた人間の中には、多くの女子供の姿が見られた。
 ……理由も無く、殺すことなど出来るわけがない。
 戦いを嫌っているわけではない。一方的な殺戮を認められぬだけだ。
 名簿を眺めていて、一人だけ良く知る名があった。
 『ダウゲ・ベルガー』
 ……あいつはどうしているのだろうか。
 考える。
 しかし突然、思考を中断する声がかけられた。

「そこのオッサン。ちょっと聞きてえんだけど」

 わずか10メートルほどの距離に、一人の少年がいた。
 その姿を認めたシュバイツァーは思う。
 ……何故、気付かなかった?
 草木が茂るこの場所で、完璧に足音を消すことなど不可能。
 なのに何故、少年に気付くことが出来なかったのか。
 シュバイツァーはわずかに慌てて――しかしそれを表に出す事無く――立ち上がる。
「ここは一体どこだ? つーか一体何なんだ? 
気持ちよく寝てたっつーのに、目が覚めたら『殺し合いをしてもらいます』だぜ?
全く、――傑作だよなあ」
 話しつつ、ゆっくりと近寄ってくる。
 少年の顔には刺青があった。顔の半分近くにかかった、大きな刺青が。
「……それ以上近づくな」
 シュバイツァーは警告の声を放つ。
「さっきの質問には俺は答えられん。……用が済んだなら、失せろ」
「おいおいおいおいつれねーなあ。
わけもわからずこんな場所に連れてこられた、いわば仲間じゃねーか」
 少年の歩みは止まらない。
「……近寄るなら、命の保証はしない。早く失せろ」
 シュバイツァーは義腕を少年へと向け、構えた。
 少年が立ち止まる。
「…………オッサンさあ、『危ない物は人に向けちゃいけない』って習ってねーのかよ」
 そう言うと少年は右手を背中へと回し、――戻した時にはその手に出刃包丁が握られていた。
「ま、俺も習ってねーけどさ」
 言葉が終わる前に、少年――零崎人識は、全力で駆け出していた。
――武器を向けてきた以上は、敵として扱わねばなるまい!
 常人とは比べ物にならない加速で接近する人識に対し、
 シュバイツァーは冷静に右腕、――”英雄(デア・ヘルト)“を発動させた。
 《英雄は敵に容赦をしない》
 世界を変革する音無き言葉が描かれる。
 その威力は最大出力の1%にも満たないが、
――この距離でかわせる者は存在しない!


 既に3メートルほどまでに接近している人識に向けて、
 空間を断ち切る結界を一瞬で構成する。が、

「おっと危ねえ」

 全力で一直線に突っ込んできた人識が、ほぼ真上に跳躍した。
 慣性の法則を八割がた無視したその動きは、人識の体を上へと高く運ぶ。
「なっ!?」
 歴戦の勇士であるシュバイツァーですら、その動きに驚き声を上げた。
 “英雄”発動後のわずかな硬直時間。
 殺人鬼にとって、そのわずかな時間は永遠に等しくなる。
 わずかに残った慣性だけで、人識は3メートルの距離を詰め――

「ぐうっ!?」

 落下速度を乗せた出刃包丁を、シュバイツァーの太い首に突き刺した。
 人識は素早く包丁を抜き、距離をとる。
「悪いなオッサン。つい殺しちまった」
 何事も無かったかのように、人識は歩き出す。一言だけを言い残して。

「ま、軍人だろうと勝てねえよ。――殺人鬼にはな」


【残り115人】


【G−3/林の中/00:25】

【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]:血の付いた出刃包丁
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:あてもなく移動。人と遭遇したら殺す。

【へラード・シュバイツァー(079) 死亡】

※シュバイツァーのデイバックは放置されています。
 支給武器も手付かずです。中身は次の人におまかせ。

2005/06/13 改行調整、口調修正

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