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第002話:共同戦線

作:◆Sf10UnKI5A

 木がまばらに生える林の中を、ゆっくりと歩く人間がいた。
 青いウィンドブレーカーを纏った少年、物部景。
 元々争いを好むわけでもない彼は、行動方針を決めかねていた。
 歩き始めて、既に小一時間ほどが過ぎている。
 名簿を眺める。
 そこに記されている名前のほとんどは知らない人間だったが、
 彼のよく知る人間の名が三つだけあった。
 ――海野千絵、甲斐氷太、それに緋崎正介、……ベリアル、か。
 幸か不幸か、幼馴染の姫木梓の名は無かった。
 それにしても、殺し合いとは現実味の無い話だ。簡単に信じられるものではない。
 しかし、先ほど目にした二人の剣士の死には、嫌と言うほど説得力があった。
 生臭い血の匂い。断末魔の叫び。
 あれは、間違いなく現実だ。
 ――と言っても、僕の『現実』もマトモではなかったな。
 彼は、いや彼の住む葛根市のアンダーグラウンドは、
 ほんのしばらく前まで『カプセル』と呼ばれる謎のドラッグ、
 そしてカプセルを呑んだ者のみ見ることが出来る『悪魔』、
 この二つの存在が中心となっていた。
 しかし、『カプセル』と『悪魔』、その両方は、たった一つの例外を残して全て消え去ったはずだ。
「緋崎正介。……本当にいるのか?」
 彼は既に死亡した人間で、『悪魔』として現世に存在していた。
 しかし彼も他の悪魔同様、消滅したはずだったのだが。
 ――なんとも厄介なことになったものだ。
 今の景は悪魔を行使することなど出来ない、ただの高校生だ。
 殺し合いなんて出来るわけもないし、生き残るためのスキルだって無い。
 だが、と景は思う。
 ――ベリアル本当にが存在しているのなら、カプセルがこの島にあっても不思議ではない。
 カプセルは悪魔の一種であり、ドラッグである他に、悪魔を召喚するための引き金でもあった。
 現実から非現実へ落ちるための、薬の形をした悪魔。
 もしかしたら、それすらこの島にはあるのかもしれない。
 とはいえ、この広い島を当ても無く捜し歩いて見つかるとは思えない。
 ――ひとまず、海野さんを探すかな……。
 百人以上の敵か味方か解らぬ人間がいる中、単独行動は危険だ。
 信頼出来る人間がいるか否かで、生存確率は大きく変わる。
 ベリアルは論外だし、甲斐氷太は、かつてバトルマニアと呼ばれた男だ。
 一度は手を組んだが、今度もそうなるとは限らない
 ――まあ、今の僕じゃ海野さんの足手まといにしかならないか……。
 悪魔の使えなくなった自分の無能さを思い、自嘲する。
 と、突然――

「動かないで」

 聞こえてきたのは、知らない女性の声。
 声が上の方からするのは、
 ――木の上で、カモを待ち伏せてたってわけか。
 武器も持たずに呑気に歩く自分は、絶好のカモだろう。
 ――それにしても銃とはね。僕のスプーンとは大違いだ。
 名簿を地面に落とし、ゆっくりと両手を上げる。
「……こっちは抵抗する気はないから、見逃してもらえませんか」
「抵抗しなくても殺す、と言ったら?」
「……全力で逃げる」
「馬鹿? 銃で狙ってる、って言ったでしょ」
「素人が動く標的に銃なんて撃っても、簡単には当たらない。こんな闇の中なら尚更だ。
それに、銃声は君にとってもマイナスだろ? 周りに自分の居場所を明かすことになる」
「……随分と強気ね。本当に抵抗する気が無いなら、背中の荷物も下ろしなさい」
「その間に撃ち殺す?」
「アンタだって、身が軽い方が逃げるの楽でしょ?」
 ――すぐに殺す気は無さそうだな。
 会話に乗ってくる所を見ると、様子見なのだろう。
 景はゆっくりとデイパックを降ろす。
「OK。逃げたきゃ逃げていいわよ」
 しかし歩き始めた景は、十歩ほどで立ち止まり、振り返って声のする木を見た。
 樹上、茂った枝葉の中に、かすかに人影が見える。
「……どういうつもり?」
「命を助けてくれるついでに、一つ聞きたいことがある。……『カプセル』を知らないか?」
 ――さて、吉と出るか凶と出るか……。
『お前って、冷静な割に豪快なトコがあるよな……』
 ここに来る前、町にはびこる悪質な悪魔使いを狩っていた時、相棒の水原にそんな風に評されたことがあった。
 景が賭けに出たのには、当然理由がある。
 ――問答無用で襲ってくるような人間に出会う前に、カプセルを手に入れたい。
 そんな殺人鬼がこの追い剥ぎみたいに銃でも持っていれば、
 全く抵抗出来ずに殺されることだろう。
 その前に、話の通じる相手と交渉し、少しでも情報を得るべきだ。
 背中を冷や汗が伝うが、景は人影から目をそらさなかった。
「……何それ。薬?」
「そうだ。無いと命に関わるんだが、あの変な連中に取り上げられたみたいでね」
 嘘は言っていない。
 こんな異常な状況で悪魔を使えないとなれば、それこそ命が危ない。
 沈黙が続く。
「……私は知らないわ。荷物の中にもそれらしき物は無い」
「そうか。有り難う」
 景はわずかに落胆する。そしてゆっくりと後ずさるが、
「待ちなさい。今度は私の質問の番よ」
 一瞬気が緩んだ景の体に、再び緊張が走る。
「……質問。アンタは、このゲームに乗ってる?  最後の一人になるために無差別殺人する気はある?」
 銃を向けたまま人影が問いかける。
 景は数秒間を置いて答えた。
「進んで殺し合いをする気は無い。自分が殺されそうになれば話は別だけど」
「ってことは、銃を向けられている今は、私のこと殺す気でいるのね?」
「いや、今はあんたを殺す手段が無いし、それに……」
「それに、何よ?」
 景は、どこか皮肉げな、――『ウィザード』の笑みを浮かべる。
「あんたも僕のことを殺そうとは思ってない。違うか?」
「…………」

 人影が、溜め息をついた様に見えた。
「アンタより数十倍酷いけど、似たような話し方する阿呆を知ってるわ」
「それはまた。……その人を探してる?」
「そいつも、よ。最低でも三人、会いたいヤツがいる」
「僕も少なくとも一人、探している人がいてね」
「……で、何?」
「あんたが言ったらどうだい?」
 人影がまた溜め息をつく。
「普通は脅されてる方から言うもんよ」
「解りました。それじゃ、……一緒に探しませんか?」
 人影が、わずかに声を上げて笑った。
「OK、共同戦線と行きましょう。……ただしその前に」
 手を下ろそうとした景は、その言葉に動きを止める。
「そのウィンドブレーカーも脱いで。下に銃でも隠されてたら洒落にならないわ。
あと、ザックの中も見せてもらうから」
「……用心深い事で」
「アンタみたいな、口先だけで賭けに出るヤツよりマシよ」

 木から降りてきた女性は、デイパックを調べ、景の体をあらためてから、やっと銃をしまった。
「そうそう、一つ言っておくことがあるわ。 ……アンタ、私の事『素人』って言ったわよね」
「確かに言ったが、それが?」
「どういう要素で判断したかは知らないけど、――私は素人じゃないわ」
 ――どういうことだ?
 この、どこにでもいそうな女子高生風の女が?
「ここに来る前にいた所では、軍隊……とはちょっと違うけど、似たようなのに所属してた。
本当は格闘技が得意なんだけど、射撃訓練も受けてるわ。
命を奪い合う戦闘だって、もう何度も経験してる」

 驚く景に、女性は言葉を続ける。
「女だとか、子供だとか、そういうので判断しない方がいいわよ。
相手が私だから良かったけど、アンタ死んでたかもしれないんだから」
「…………」
 ――自分だって、幾度となく悪魔と戦ってきた。
 ――使役者の中に、同年代の女子もいたというのに……。
 黙り込む景。その肩がポンと叩かれる。
「ま、今後は気をつけてね。――そういやアンタ、名前は?」
「……物部景」
「そ。私の名前は、風見。風見千里よ。よろしく」
 そう言って、風見は右手を差し出す。
 景は、多少警戒しつつその手を握った。

 その後二人は木の根元に座り込み、自己紹介をし、互いの探し物について話し合った。
「それじゃ、確認するわよ」
 地図の裏に書き込んでいた手を止め、風見が喋る。
「私が探しているのは、出雲覚、佐山御言、新庄運切の三人。
 アンタが探してるのは、海野千絵と、そのカプセルとかいう薬。OK?」
「オーケー」
「もう一度確認するけど、私のこと後ろからブスッとやったりしないわよね?」
「……そこまで言うなら、君がその銃を持って後ろを歩けばいい」
 風見は笑って、
「ごめんごめん、ちょっとした冗談よ」
 ……本当に彼女と組んで大丈夫だろうか。
 景の頭に不安がよぎる。
「気にしないで。もしアンタみたいなモヤシが後ろから殴りかかってきても、一瞬でぶちのめせるから、私」
「……そりゃあ頼もしい」
 ……本当に、大丈夫だろうか?
 不安に思う景をよそに、風見は立ち上がった。
「さ、行きましょ。生き残るためにね」
「了解」
 会話が終わり、二人は互いの目的のために歩き始めた。

【残り117名】


【G−6/林の中/一日目、00:42】

『姐さんと騎士(物部景/風見千里)』
【物部景(001)】
[状態]:正常
[装備]:無し
[道具]:デイパック(支給品入り)、スプーン
[思考]:カプセルと海野千絵の捜索

【風見千里(074)】
[状態]:正常
[装備]:グロック19(ハンドガン)
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:出雲覚、新庄運切、佐山御言の捜索

2005/04/03 修正スレ28-30
2005/06/13 改行調整、台詞一部修正

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