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「微睡み:小狼編3」

(おい、起きろ…風邪を引くぞ…起きろ!)
小狼は自分のことを棚に上げて少女の身を心配した。彼女は身じろぎひとつせずに、穏やかな寝息を立て続けている。
(おれが動けるなら、無理矢理でも起こすんだが…)
動けない自分を嫌というほどまどろっこしく感じながら、それでも、ただじっとしているしかない状態に甘んじていた。
(早く来い!ケルベロス!)
なんど同じことを思ったか思い返すのも嫌になるほどだーと半ばやけ気味になった小狼は誰かを、なにかを、思いきり罵倒したい衝動にかられた。
(くそっ、声も出せないんだった…)
情けなくて、悔しくて、ストレスが沸点に達しようかというその時、事態が急変した。
「うわぁぁぁぁぁぁ〜!」
突然の大声に驚いた小狼は、自分でも呆れかえるほど迅速に起きあがり、周囲の気配を探ったのだ。
だが、近くには人の気配はおろか生きているものの気配はみじんもなかった。ただ、夜の静寂さが身体に重くのしかかっているだけだった。

(今のは…ひょっとして…おれか?)
小狼がその仮説に達するまで、そう時間はかからなかった。
(でも、なんで…)
今の今まで彼自身が座っていた場所にはなんの異変もなく、自分の足下には少女があいかわらず眠り続けていることを確認した。
初めて見る少女の寝顔はいつもの容貌とはずいぶんと違って、小狼を驚かせた。
月明かりのせいか、透き通るような肌理が強調され、やけに臈長けて見える。
いつだったろう、この少女が自分の顔をまじまじと見つめて睫毛が長い、と言ったのは。
自分がどう返答したかは覚えていないが、今ならきっとこう言うだろう。おまえもずいぶん長いーと。
(おれ…何を…)
状況も省みず、好き勝手な方へと思考を飛躍させる今夜の自分に小狼は戸惑い、焦った。
そして彼は急に思い出した。
なにか不思議なものが彼の頬をかすめていったことを。それはほんの瞬間、つーと寄っては、すぐに消え去っていったことを。
その不思議な感触に驚いて、自分が我知らず声を出したことを。
あれはーと思い返して小狼は赤面した。
あれは多分、…多分、少女の柔毛だったのだ。

(おれ…ダメだ)
疲労と身体の奥からわき上がってくる未知の感情に翻弄された少年の精神と身体は、今度の今度こそ全面降伏を決め込んだ。
小狼はその場に頽れ、少女の隣であっさりとモルフェウスの腕にだかれるままになった。
(もう、何も考えない。考えられない…)

今夜、小狼がはからずも感じることとなった未知の感情がいったい何なのか、彼が知るのはまだ先の話。そしてー
「なんやなんや?」
「小狼様?」
小狼がひたすら待ち続けていた封印の獣が戻ったのはそれからすぐのこと。

一人は疲労の色を濃く残しながらも、どことなく幸せげな表情で眠る年若の主を微笑ましく見つめ、一匹(?)は(さくら…どうやって連れて帰ったらええんや?)と 悩んだという。

彼らがどうやってそれぞれの部屋に連れ帰られたのかは、また別の話。