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「微睡み:さくら編2」



さくらが静寂の中で瞳を閉じると、それまでは気づかなかった少年の寝息が聞こえてきた。
冷たい空気に染みいるようなその穏やかな響きに導かれるように、さくらは思いがけなく目撃するにいたった兄の過去をゆったりと思い返しはじめた。

(やっぱりおにいちゃん、観月先生のこと知ってたんだ…)
中学生の兄は、さくらたちのいるまさにこの場所で先生に出会ったらしい。
自分の目の前で、兄と先生の「物語」は本来の時間の流れを無視した速度で進行していったのだ。
あっという間に幾たびかの季節が巡り、二人が幾度となく一緒にいる様子が間近に見て取れた。
けれども二人が何を話していたのかはかすかにしか聞こえず、お互いがどういう気持ちを抱いていたかまでは、さくらには解らないままだった。
ただ、観月先生が兄に別れの言葉を言っているらしいこと、そして自分はまたここに戻ってくると告げているらしいことのみがかろうじて聞き取れただけで、兄の切ないまでにもどかしげな様子や諦念までは捉えられなかった。
だから、つまびらかにされた二人の過去についてさくらが心に止めたのは、先生が最後に口にした言葉が目の前にいる兄にではなく、自分に発せられたものではなかったか?という思いのみだった。
あの時、先生には自分が見えたのだろうか?
本当にわたしに言ったの?
さくらはその時の様子を、先生の言葉をはっきりと思い出そうと努力した。

「この世の災いを防ぐために」
観月先生は確かにそう言った。
この世の災いー『クロウカード』その封印が解かれる時、この世に災いが訪れる。
ケロも李小狼もそう言っていた。
(先生もなにか知ってるの…?)
メイズの時に先生が助けてくれたこともさくらは思い出していた。メイズが発動したのも、今回と同じこの月峰神社でのことだった。
(先生は強い力を持っているって、李君さっきも言ってたけど…)
たしかに、あの強力なメイズをあっけなく破ったのは尋常ではないとさすがのさくらにも解った。
「過去」の先生だって、姿の見えないはずの自分に微笑みかけたのではなかったか?
(気のせいだよね?きっと…)
自分にそう言いきかせながらも、あのとき、確かに先生の目は自分の姿を、瞳を捉えていたような気がしてならなかった。

(……李君が起きてたら見たことみんな話して、どう思うかを聞けたのに……ケロちゃんだってここにいてくれたら聞けたのに…ほんと、遅いよぉ…)
そこまで考えて、さくらの思考は突然停止してしまった。

いつしか少年の寝息はさくらを眠りに誘ったらしい。



「微睡み:小狼編へ続く」