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「微睡み:さくら編1」



(ケロちゃん、遅いな…)
夜を煌々と照らす青白い満月を見つめてさくらが呟いたのはこれで何度目だろうか。
詳しい時間は解らないが、ケロがさくらにここで待つように言い置いてからずいぶん時間がたったような気がする。
夜の冷え込みが身にしみて、余計に時間がたつのが遅い気がする。
ケロはさくらを置いて李くんのマンションへと向かっているはずだった。偉さんを呼ぶために。

「ええかさくら、ここで待っとくんやで。わいはすぐに小僧んとこのおじいはん呼んでくっるよってにな」
「ほえええええ、わたし一人でここで待ってるの?」
「せや」
「だって、だって暗いし…」オバケでもでたらーという言葉をさくらは飲み込んだ。「オバケ」と口に出すのも怖かった。
「大丈夫や。いくら寝込んどるとはいえ小僧がおるんや。なにかあったら飛び起きよるやろ」
「なにかあったりしたらこまっちゃうよぉ…」
「せやかて小僧を一人きりにしてはおけんし、夜の夜中にさくらを小僧んちへ走らすわけにもいけへんやろ。な、ここで待っとき」
半分以上涙声のさくらにケロは情け容赦なくそう答え、さっさと飛んでいってしまったのだった。

(ほんと、ケロちゃん遅いよう…)
さくらがまた呟いた。
(…李君がいるから思ってたほど怖くないけど…)さくらは隣の少年のほうを見た。
さくらは丁度月峰神社のご神木を背もたれにして地面に直接座っているのだが、さくらの右横にいる李小狼は、座っているというよりもご神木にもたれかかるような形で、先ほどから規則正しい寝息を立てて眠り込んでいた。
(グッスリ眠ってる…。こんなに寒いのに。…ケロちゃんも寒いだろうな、こんな夜に飛んで…)とそこまで考えて、さくらはふと気づいた。ケロはさくらを夜の夜中に走らせたくないと言ったが、ダッシュを使えば速かったろうし、第一フライで飛べばすぐだった!!
「ほええええええ〜!」自分とケロちゃんの大失態に今更ながら気づき思わず絶叫したさくらだったが、李小狼を起こしたかもしれないことに気づき、慌てて確認した。さくらがたいそうホッとしたことに、彼は相変わらず昏々と眠り続けていた。
(はうう、おこしちゃったかと思ったよ…)
(でも…)
(それでも、おきないんだね…李君…それほど疲れてるんだね…)
さくらは気遣わしげに李小狼をまじまじと見た。
いつもは強い意志を現している両の目が閉じられているので、その顔はずいぶん穏やかに見える。
思いの外睫毛が長いことに気づいたのはいつだったろう?睫毛の作る影の濃さが彼の顔を普段よりも幼く見せている。
穏やかな寝顔を見ながら、さくらは彼と初めて会ってからのことを思い出していた。
彼が転校してから二人は幾度となく競り合ってきた。
初対面の時からずいぶんひどいことを言われもしたし、そのせいで傷つきもしたが、もう慣れてしまった。というより、彼から冷たい言葉がだんだんきかれなくなっていた。
相変わらずぶっきらぼうだし、口数も少ない。けれど今夜、今は二人が背にしているご神木の上で語り合った時のように、口調も穏やかに変わり、落ち着いて話ができるまでには友好的になった。
それに、なによりも彼は自分を助けてくれている。時には自分も彼を助けはするが、実際に血を流したり、魔力を疲弊するのはいつも李小狼のほうであることにさくらは思い至った。
(ごめんね、李君……ありがとう…)さくらはそうひとりごちると自分もそっと瞳を閉じた。
(ケロちゃん…遅すぎるよぉ…)そう思いながら。