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tomiyumi webあはれなる言 ― まほし

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まほし(助動シク型)



1.話し手の希望の意を表わす。……たい。
2.話し手以外の人の希望の意を表わす。……たい。


なんてことはない希望の助動詞であるが、お気に入りである。
実際はただ「……たい」ぐらいの意味だが、
どうも「ものすごく欲しい!」みたいに聞こえる。
漢字で書くと「真欲し」ではないかと。

……というのは間違いで、本当は
助動詞「む」のク語法「まく」に形容詞「欲し」のついた「まくほし」の転
が語源とか。(他にも諸説あり)
むう、「真欲し」であってほしかった気がせんでもない。


他にはなんだろうなあ……
ちょっと「マホトーン」とかを連想させるのもあるかも。
もうこうなると年代が限定されてくるな……
マホトーンは当然ドラクエの呪文だが、ドラクエの呪文のセンスは好きだ。
お、脱線してしまった。


「まほし」は中世(鎌倉以降?)に入ると「たし」に取って代わられたようだ。
「たし」は言うまでもなく、「……たい」の前身だ。
現在でも、文章中でごく軽い笑いをとるためや、少しおどけて
例えば「行きたい」を「行きたし」などと書くことがあるが(あまりないか?)、
ここは「行かまほし」と書きたいところであるなあ。


ところで、ごく軽い笑いをとるためなどに「たし」を使うと書いたが、
これはおそらく口語中に文語が交じる違和感による可笑しさからくる笑いだろう。

いや、文語のみでも充分可笑しいか。
大河ドラマの台詞とかはそうだ。
でも「たし」が普通にあふれていた時代では別に笑えはしなかったはず。
ということで、もしこの先文法が今とは決定的に変わっていくことがあったら、
現在の文法は古典文法になるのであり、
「たい」が可笑しいという感覚になるやもしれん。
ちゅーか、なるんだろう。

まあ、活用まで変わることはこの先あるのか?って気もするけど、
長い目で見ればわからないからね。
言葉はぬる〜く変わっていくもんでしょう。
人は現在と断絶された未来を考えることを嫌うと
安部公房が小説で書いていたがそれを今思い出した。


なんだか話がそれまっくている。
「まほし」と同様にいかす助動詞が、「むず」だ。
推量や意志の助動詞「む」の強力版みたいなものである。

確かに強調してる感じがむんむんと伝わってくる。
「ず」じゃ否定してるようにも思えるがそうではない。
この「ず」は、サ変の「す」と格助詞「と」がついた
「むとす」から来ているという説が有力なのである。

「むず」は、活用形がまたいかすのである。
「むず」「むずる」「むずれ」(終止、連体、已然)である。
むずむずるむずれ。むずむずだ(?)。

ところで、なんと「むず」は、平安期には悪い言葉とされていたらしい。
やっぱり昔から悪い言葉だとか正しい日本語だとか言っていたんだなあ。
で、鎌倉以降は盛んに使われるようになったという。
言葉の変遷ってそんなもんかもしれんね。

今も「日本語の衰退」たらなんたらが問題になってたりするけど、
未来人から見たら不毛な議論なのかもしれない。
現代では現代の言語感覚でしか話はできないし。
今の正しいとされる口語文法も、昔の人にとっちゃ聞いちゃおれんかもしれん。

そんな現在の口語文法+αで普段喋っている僕が、昔の言葉を美しいと思う。
もちろん思わない人もいるだろうし、なんとも思わない人もいるだろう。
いくら「正しい」日本語を使おうという動きが一部でおこっても、
結局は大多数に支持されるものが生き残るのだろうな。
やんわりと「正しい」日本語は淘汰されていく気がする。
それが良い事か悪い事か、そんな判断は一意に下せはしないのではないか。
うーん、よくわからなくなってきた。
こういうとき、思考を止めるのが僕の悪い癖なのです。

ともかく、(逃げた)
「まほし」「むず」を僕は支持するぞ!

語句の意味は旺文社・古語辞典より。
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