防衛生産体制ノ確立ニ関スル件
昭和20年5月12日 閣議決定
第一 方針
戦争危険ノ激化ニ伴フ企業ノ危険ノ増大、生産諸要素ノ需給ノ逼迫、輸送上ノ困難等ニ対処シ総合戦力就中刻下最大ノ要請タル軍需生産ノ維持確保ヲ期スル為コノ際企業ノ再整備配置、企業ノ重点的機動運営及企業不安ノ除去ニ関スル措置ヲ強力迅速ニ行ヒ以テ自立的生産圏設定ノ要請ニ速応シ得ルガ如キ防衛生産体制ヲ確立シ併セテ生産諸要素ノ徹底的戦力化ヲ図ルモノトス
第二 要領
一 防衛生産体制ノ確立ハ作戦ノ要請ニ即応スル航空機、兵器、爆薬及コレ等ノ関連産業整備ニ重点ヲ置キ伴セテ一般産業部門ノ整備ヲ行フ
二 防衛生産体制ノ確立ハ要確保工場事業場ト然ラザルモノトニ区分シテ之ヲ行フ右区分ハ情勢ノ変化ニ即応シ機動的ニ之ガ修正ヲ行フ
三 要確保工場事業場ノ決定ニ当リテハ生産諸条件ヲ勘案スルト共ニ特ニ防衛上ノ要請ヲ考慮シ極力自立的防衛生産圏ニ於テ独立シテ戦争ヲ継続スルニ必要ナル最少限度ノ軍需生産ヲ確保シ得ルガ如ク考慮スルモノトス但シ航空機、自動兵器及其ノ関連兵器々材ノ如キモノハ必ズシモ各圏内ニ於ケル自立生産ヲ確保スル要ナキモノトス
四 防衛生産設定ノ要請ハ概ネ次ノ通トス
(一) 防衛生産圏ハ防衛上ノ要請ヲ考慮シ適当ナル地域(概ネ地方行政協議会ノ区域ヲ予定ス)ニ区分シ之ヲ設定ス
(二) 防衛生産圏ヲ設定スル為産業ニ関シ左ノ措置ヲ講ズ
(1)素材、加工及製品産業
(イ) 不足産業ニ付テハ小規模ノモノト雖モ努メテ国内ニ現存スル工場事業場ノ培養強化ヲ図ル
(ロ) 不足産業ノ充実強化ヲ図ル為圏内ノ建物、設備等ヲ此等産業ニ積極的ニ転用ス
(ハ) 生産方式ニ再検討ヲ加ヘ生産第一主義ヲ以テ、簡易生産方式ノ採用普遍化ヲ積極的ニ指導助長ス
(ニ) 必要アル場合ニハ圏外ヨリノ疎開、移設ヲ実施ス
(2) 資源産業
輸送ノ確保ニ万全ヲ期スルト共ニ生産又ハ輸送不能ニ陥リタル場合ニ於ケル生産切替ニ遺憾ナキ措置ヲ講ジ置クモノトス
(3) 動力、燃料
産業ノ動力、燃料源ハ努メテ之ヲ電力ニ切替フルモノトス
(4) 輸送 朝鮮、九州及北海道、樺太ヨリ裏日本各地ヘノ海上輸送並ニ瀬戸内海ノ海上輸送路ハ万難ヲ排シ之ヲ確保スルト共ニ陸上輸送路ハ裏日本ヨリ表日本ヘノ横断輸送路ニ重点ヲ置キ其ノ確保整備ヲ図リ併セテ小運送施設ノ増強ヲ行ヒ各圏内ニ於ケル物資輸送ノ円滑ヲ期ス
五 要確保工場事業場ニ対シテハ生産転移、製品転換、設備資材等ノ移動融通、分散疎開、復旧等ノ機動的綜合運営ヲ円滑迅速ニ実施シ得ルガ如キ生産体制ヲ極力整備スルト共ハニ此等ノ措置ハ軍需会社法、企業整備令、物資統制令、防空法等ニ基ク政府ノ命令ニ依リ之ガ実施ヲ確保ス
六 企業ノ整備及企業ノ機動的総合運営ノ果断敏速ナル実施ヲ期スルト共ニ企業危険ノ増大ニ対処スル為統制会其ノ他ノ統制団体(以下単ニ統制団体ト称ス)制度ヲ活用シ要確保工場事業揚ノ属スル企業ニ対シ其ノ経理面ニ付画期的措置ヲ講ズ
七 本件実施ノ円滑適正ヲ期スル為企業ノ再整備再配置ニ即応シ能力ノ均衡、生産品種、位置的関係等ヲ考慮シツツ企業系列ノ再調整、専属化等ノ系列ノ明確化、簡素化ニ関スル措置ヲ強力ニ行フ
八 要確保工場事業場以外ノ工場事業場ニ対シテハ概ネ戦力増強企業整備基本要綱(特ニ第一種工業部門措置要綱)ニ依ル廃止工場ニ準ジテ所要ノ措置ヲ講ズ
九 本件実施ニ当リテハ労務者ノ配置転換ニ依リ其ノ適正配置ヲ行ヒ所要員ノ確保ヲ図ルト共ニ軍要員、農業要員運輸通信要員等緊急需要ニ動員スル為強力ナル措置ヲ講ズ
十 本件ニ伴フ措置ヲ適用スべキ事業ノ範囲ハ別ニ之ヲ定ム
十一 本件ノ実施ニ伴フ資金ノ放出ニ対シテハ強力ナル「インフレ」防止ノ措置ヲ講ズルト共ニ株価ノ急激ナル変動ニ対シテハ所要ノ措置ヲ講ズ
十二 本件ノ実施ニ付テハ防衛生産圏内ノ実情ニ即応シ敏速適確ナル現地処理ヲ推進スル為地方行政機関ニ可及的広汎ナル権限ヲ委譲ス
第三 措 置
一 要確保工場事業場ノ決定
(一) 政府ハ防衛生産圏設定ノ要請ヲ考慮スル外所要原材料、燃料、動力等ノ供給見込、空襲其ノ他ノ災害ニ対スル予備保有等ヲ勘案シ操業、保有ニ区分シ要確保能力ヲ定メ、右ニ基キ防衛上ノ適否、輸送ノ便否、企業内容ノ良否、技術ノ優劣等ヲ考慮シ操業及保有工場事業場ヲ決定シ軍需会社法、企業整備令等ニ基キ所要ノ命令ヲ示達ス
操業能力及操業工場事業場ノ決定ニ当リテハ業種間ノ生産能力ノ均衡、生産能率ノ向上、集中生産ノ強行ヲ期シ得ルガ如ク之ヲ定ム
操業保有ノ区分ハ情勢ノ変化ニ即応シ機動的ニ之ガ修正ヲ行フ
政府前項ノ決定ヲ為スニ当リテハ統制団体ノ機能ヲ極力活用スルモノトス
(二) 要確保工場事業場ノ生産設備ニシテ保有ヲ要スルモノハ工場事業場ノ現在地ニ於ケル保有ノ外疎開ノ上保有セシムルコトアルモノトス、疎開保有ハ特ニ緊要ナル工場事業場ニ付之ヲ認ム
二 要確保工場事業場ニ対スル措置
(一) 要確保工場、事業場中操業工場事業場ニ対シテハ生産諸要素ヲ之ニ集中シ最大限ノ生産能率ヲ発揮セシムル如ク措置ス
(二) 操業工場事業場ニシテ業績優秀卜認メラルヽモノニ対シテハ統制団体ハ当該企業ノ役員及従業者ニ対シ報奨金ヲ交付スルコトアルモノトス
(三) 要確保工場事業場ノ生産設備ノ機動的総合運営ヲ容易ナラシムル為次ノ如キ措置ヲ講ズ
(1) 軍需会社法、企業整備令、物資統制令、防空法等ニ基ク命令ヲ積極的的ニ発動ス
但シ此等ノ個別命令ニ基ク損失補償ハ特殊ノモノヲ除キ原則トシテ之ヲ行ハザルコトヽシ後述(五)乃至(六)ニ依ル措置ニ依リ補償スルガ如ク運用スルモノトス
(2) 必要ニ応ジ企業ノ合同、勧奨又ハ強制ス
(3) 要保工場事業場ニシテ保有ヲ要スルモノハ統制団体ノ監理ノ下ニ各企業者ヲシテ之ヲ実施セシムルモ必要ニ応ジ統制団体(特殊会社ヲ含ム)ヲシテ一手ニ保有セシメ又ハ産業設備営団ヲシテ買取リ保有セシムルコトアルモノトスコノ場合ニ於テハ可及的ニ同種企業ニ委託保有セシムル如ク措置ス
(四) 要確保工場事業場ノ属スル企業ノ配当、又ハ分配シ得ベキ利益金ニ付テハ統制団体ハ其ノ一定限度ヲ補償スルト共ニ一定限度ヲ超過シタルトキハ特別賦課金トシテ之ヲ収納ス
前項ノ措置ハ統制団体ノ統制規程ニ依リ之ヲ実施ス
(五) 要確保工場事場ノ防空設備ノ施設、分散疎開、労務者住宅ノ建設其ノ他企業ニ於テ実施困難ト認メラルルモノハ必要ニ応ジ政府又ハ統制団体ニ於テ之ヲ実施スルガ如ク措置ス
(六) (二)、(三)(3)、(四)及(五)ニ対処セシムル為統制団体ニ特別会計ヲ設置ス、特別会計損失ヲ生ジタルトキハ政府之ヲ補償ス
(七) 工場ノ分散疎開、空爆滅失再整備、再配置等ニ伴ヒ企業系列ノ機動的再調整ヲ行フト供ニ極力協力工場事業場ノ専属化及系列段階ノ簡素化ヲ推進ス
前項ノ実施ヲ確保スル為軍需会社法等ノ積極的発動ヲ為スモノトス
(八) 要確保工場事業場中協力工場ニ対シテハ上位発注工場事業場ノ発注価格等ノ調整ニ依ルノ外上位発註工場事業場ニ於テ自ラ協力工場事業場ノ施設ヲ実施スル等ノ措置ニ依リ協力工場事業場ノ経理上ノ不安ノ除去ヲ図ルモノトス
前項ノ措置ニ依ル最上位工場率栄場ノ負担ニ付テハ(六)ノ措置ニ依リ之ガ補償ヲ図ル
(九) 企業ニ属スル工場事業場ノ全部又ハ大部ガ保有工場事業場トナリタル場合ハ当該企業ニ対シ合併若ハ解散又ハ企業ノ信託ヲ慫慂スルモノトシ必要ニ応ジ統制団体ノ具申ニ基キ政府命令ヲ以テ之ヲ強制ス
三 要確保工場事業場以外ノ工場ニ対スル措置
(一) 要確保工場事業場以外ノ工場事業場ニ対シテハ原則トシテ生産諸要素ノ配当ヲ行ハズ
(二) 要確保工場事業場以外ノ工場事業場ニ対スル建物、設備等ハ申出ニ依リ産業設備営団又ハ国民更正金庫ニ於テ、原材料等ハ交易営団ニ於テ買取ラシムルモノトシ、転用屑化等防衛生産体制確立ノ為必要アルトキハ譲渡ヲ強制ス
(三) 産業設備営団又ハ国民更正金庫ニ於ケル買取ノ敏速ヲ図ル為簡易ナル特別評価基準ノ設定等所要ノ措置ヲ講ズ
(四) 企業ニ属スル工場事業場ノ全部又ハ大部ガ要確保工場、事業場以外ノ工場事業場トナリタル場合ハ企業ニ属スル工場事業場ノ全部又ハ大部ガ保有工場事業場トナリタル場合ニ準ジ企業ノ合併若ハ解散又ハ企業ノ信託ノ措置ヲ講ズ
四 従業者ニ対スル措置
(一) 企業ニ対スル職員、労務者等ニシテ工場場ニ付保有又ハ廃止ノ処分ヲ受ケタルニ因リ当該企業ニ於テ不要トナリタル者ハ必要ニ応ジ機動的ニ操業事業場ニ配置ノ転換ヲ為ス此ノ場合ニ於テハ有機体トシテノ組織ヲ破壊セザル様可及集団配置ヲ考慮ス
前項ノ配置転換実施ノ為必要アルトキハ国民勤労動員令ヲ発動ス
(二) 配置転換セラレタル従業者ニ対スル給与ハ其ノ技術、経験等ヲ参酌シテ之ヲ定ム配置転換ノ決定迄ニ間隙ヲ生ジタル場合又ハ転換ニ依リ生活費ノ増嵩ヲ来シタル場合ニ於テハ其ノ生活援護ニ付必要ナル補助ノ途ヲ講ズ
(三) 操業工場事業場ノ要員ノ確保ヲ図リ、其ノ離散ヲ防止スルト共ニ生産意欲ノ昂揚ヲ図ル為適切ナル措置ヲ講ズ
五 其ノ他
(一) 工場設備等ノ新設拡張ハ原則トシテ之ヲ停止スルト共ニ未完成工事ハ原則トシ之ヲ中止シ其ノ資材、設備等ノ転用又ハ屑化ヲ促進ス
(二) 本件実施ノ円滑適正ヲ期スル為統制団体ノ整備刷新ヲ図リ特ニ統制団体、産業設備営団、交易営団等ハ防衛生産圏設定ニ即応シ支部機構ヲ整備ス
(三) 本件ニ依ル経理面ノ措置実施ニ伴ヒ統制団体及各企業ニ対スル経理監査強化ノ措置ヲ講ズ
(四) 企業ガ数個ノ統制団体ニ加入シ居ル場合ハ二ノ(四)ノ措置ハ関係統制団体ノ協議ニ依リ一統制団体ニ於テ一括之ガ処理ヲ為スモノトス
(五) 本件実施ニ際シテハ企業整備資金措置法等ノ活用ニ依リ努メテインフレ防止ノ措置ヲ講ズ
(六) 本件ノ実施ハ本年六月末ヲ以テ終了スルコトヲ目途トス
備考 本件実施ノ細目ニ関シテハ別ニ之ヲ定ム