勤労昂揚方策要綱
昭和19年3月18日 閣議決定
第一 方針
戦力緊急増強ノ要請ニ即応シ且勤労動員ノ範囲ノ拡大並ニ勤労ノ国家性ノ強化ニ伴ヒ工場、事業場ニ於ケル勤労能率ノ飛躍的向上ヲ図リ清新ナル勤労生活ヲ確立スル為勤労精神ノ昂揚、勤労体制ノ整備及ビ教育訓練ノ徹底ヲ中心トシテ勤労管理ヲ刷新スルモノトス
第二 要領
一、勤労統率組織ノ確立ニ勤労組織即生産組織ナル本質ニ基キ企業ニ於ケル生産責任ノ衝ニ当ル者(概ネ軍需会社ニ於ケル生産責任者又ハ生産担当者ニ相当ス)ヲ頂点トスル勤労統率組織ヲ確立スルコト
之ガ為
(イ) 社長、所長、工場長、職場長以下各級部署主任者(以下統率者ト称ス)ノ系列ニ依リ統率系列ヲ整備スルコト
此場合統率系列ノ各段階ノ規模ハ之ヲ適宜管理ヲ可能ナラシムル如ク整備スルモノトシ、必要ニ応ジ各級統率者ニ対シ輔佐機関ヲ配属スルコト
(ロ) 統率系列ノ各段階ノ統率者ノ責任及全体生産ニ対スル当該部署ノ責任ヲ明確ナラシムルモノトスルコト
(ハ) 各級統率者ニハ其ノ部署ノ規模ニ応ジ部下ノ信頼ヲ受ケ之ヲ掌握シ得ベキ統率ノ能力アル者ヲ選任スル如ク特段ノ配意ヲ為シ夫々部下全員ニ対スル職能上ノ諸般ノ指揮監督ヲ綜合的ニ所掌スルト共ニ部下全員ニ対スル生活指導上ノ任務ヲ強力ニ担当セシムルモノトスルコト、特ニ中堅統率者ハ率先当該部署ノ生産ヲ実地ニ指導シ得ルガ如キ実力ヲ有スルモノタルベキコト
(ニ) 統率ノ要点ハ勤労ノ国家性ニ対スル透徹セル認識ノ下ニ部下全員ニ対スル当該部署ノ担当スル責任ニ照応スル明確適切ナル命令ト適正ナル監督トニ依リ厳正ナル職紀ノ下ニ各員ノ長所ヲ活カシ且ソノ意思ヲが揚達セシメ以テ各員ノ勤労意欲ヲ極度ニ昂揚セシムル如クスルト共ニ一面上下団結親和ノ精神ノ下特ニ家ノ理念ニヨリ部下全員ノ生活ヲ職場ト一貫セシメ之ヲ清新明朗ナラシムルニアルコト
(ホ) 勤労者ニツキ一定基準ニ従ヒ職階制ヲ設クルコト、コノ場合公的検定ノ方法ヲモ考慮スルコト
二、勤労事務機関ノ整備
(一)勤労一般ニ関スル事務ヲ司掌スル為ノ簡素ナル機関ヲ生産責任ノ衝ニ当ル者ノ下ニ別ニ整備スルコト
(二)勤労管理ノ一般的企画及考査並ニ勤労者ノ充足、養成、訓練、配置、□□生活及ビ福祉ニ関スル一般的事務ハ職員及ビ工員ヲ通ジ勤労事務機関ニ一元化スルコト
(三)学徒及ビ女子ニ関スル専任ノ担当者ヲ置クコト
備考(一)企業ノ事務処理及ビ研究等ノ組織ハ勤労統率組織ヲ強化スル趣旨ノ下ニ之ヲ定メ、両者ノ関係ハ実情ニ即シ之ヲ調整スルコト(二)一、及ビ二、ノ実施ハ指導ニ依ルヲ原則トスルモ必要ニ応ジ命令ヲ以テ之ガ実施ノ確保ヲ図ルコト
三、勤労者ノ養成及訓練ノ強化
(一)勤労者ノ養成及ビ訓練ハ職員及ビ工員ヲ通ジ一層之ヲ強化スルモノトシ、殊ニ統率組織ノ各級統率者並ニ中堅職員及ビ中堅工員ニ重点ヲ置クコト
之ガ為
(イ) 政府ニ於イテ訓練施設ヲ整備充実スルコト
(ロ) 各企業又ハ各種関係団体ヲシテ政府ノ指示スル指導要綱ニ基キ主トシテ工員ノ指導訓練ヲ為サシムルコト
(二)中等学校卒業者等ニ対シテハ特ニ之ヲ中堅幹部タラシムルタメ短期特別教育ヲ行フコト
(三)青少年ニ対シテハ特ニ其ノ指導訓練ヲ徹底シ技能ノ向上ヲ図ルト共ニ厳格ナル規律秩序ノ樹立ヲ図ルコト
(四)女子ニ就テハ其ノ特性ヲ勘案シ特別ノ教育指導ノ施設並ニ措置ヲ講ズルコト
(五)学徒ニ付テハ勤労即教育ノ実体ニ即応スル如ク特ニ教育上並ニ軍事訓練上ノ要請ニ付テ配意スルコト
(六)応徴士其ノ他ニ対スル入所前ノ訓練ヲ更ニ強化スル為国家訓練施設ノ拡充整備ヲ図ルコト
四、勤労考査ノ徹底=勤労者ノ勤惰、能率ノ良否ニ付厳格ナル考査ヲ為シ信賞必罰ヲ励行スルモノトシ特ニ各級統率者ニ付其ノ徹底ヲ図ルコト
之ガタメ
(イ) 各企業ニ於イテ勤労考査規程及ビ勤労賞罰規程ヲ作ラシメ考査判定ノ基準ヲ確立スルコト
尚前項ノ規程ニ於テハ実情ニ応ジ賞罰ノ権能ヲ一定段階ノ統率者ニモ之ヲ与フル如ク措置スルコト
(ロ) 賞罰ハ勤労者個人ニ対スルモノノ外勤労部署全体ニ対シテ之ヲ行ヒ尚上級統率者ニ対シテモ之ヲ及ボス如クスルコト
(ハ) 勤労優良者又ハ優良部署ニ対シテハ政府ヨリ直接褒賞スルノ制度ヲ整備強化スルコト
(ニ) 勤労不良者ニ対シテハ特別錬成及ビ取締ヲ強化拡充スルコトトシ、尚之ガタメ必要ナル国家的施設及ビ制度ノ整備ニ関シ要スレバ法的措置ヲ講ズルコト
五、要員基準ノ設定等勤労配置ノ適正
(一)生産量ニ応ジ当該部署ノ要員ノ基準ヲ明カニシ労力ノ節約並ニ遊休労力ノ絶無ヲ図ルト共ニ生産資材、所要物品ノ入手遅滞等ニ因リ当該部署ニ勤労余力ヲ生ジタル場合ハ之ヲ機動的ニ活用スルヤウ特段ノ措置ヲ講ゼシムルコト
(二)勤労者ノ学歴、経験、体力、技能ニ応ジ適材適所ノ配置ノ徹底ヲ期スルコト
(三)工程管理ノ改善特ニ作業ノ単純化ニ一段ノ努力ヲ為シ勤労配置ノ適正化を図ルコト
特ニ女子及ビ学徒ヲシテ当ラシムル作業ニ付テハ其ノ作業工程ノ単純化ニ特段ノ配意ヲ為スト共ニソノ配置場所ヲ適正ナラシムルコト
六、勤労者ノ生活環境ノ醇化
(一)勤労者ノ具体的生活問題ノ処理ニ付生活相談施設ヲ設ケシメ勤労事務機関ヲシテ之ヲ取扱ハシムルコト
(二)企業ハ努メテ勤労者ガ其ノ私生活ニ煩ハサルルコトナク職場生産ニ邁進シ得ル如ク凡ユル創意工夫ヲ凝ラスベキモノトスルコト
(三)寄宿舎ニ居住スル勤労者ニ関シテハ寄宿舎ガ起居修錬ノ道場ナルト共ニ勤労力培養ノ一大家庭ヲ為スノ本旨ニ顧ミ之ガ管理ヲ徹底スルコト
之ガ為
(イ) 職場ニ於ケル生活ト一貫セル生活指導ヲ行フコト
(ハ) 舎監及ビ寮母ノ選任及ビ配置ヲ適正ナラシムルト共ニソノ養成ヲ促進スルコト
(ニ) 女子ノ寄宿舎ニ付テハソノ専用ヲ徹底シ女子ニ必要ナル施設ヲ整備スルコト
七、勤労衛生ノ刷新
(一)勤労衛生ハ勤労者ノ健康保全及ビ勤労力ノ培養強化ニ重点ヲ置キ勤労者自身自己ノ健康保持ニ留意セシムルト共ニ生産責任ノ衝ニ当ル者ハ勤労衛生ノ責任者トシテ其増強ニ関シ適切ナル施設ヲ為スモノトスルコト
之ガ為
(イ) 企業ハ勤労衛生ヲ担当スル機関ヲ勤労事務機関ノ中ニ特設シ衛生施設ノ充実、作業場ノ清潔保持、勤労者ノ栄養充足及ビ伝染病、食中毒等ノ発生防止ニ特ニ留意スルコト
尚工場医又ハ鉱山医ハ勤労者ノ健康保全ニ関スル任務ノ直接担当者タルノ自覚ヲ以テ其ノ職責ニ努メシムルモノトスルコト
(ロ) 病者及ビ弱者ノ勤労力ノ恢復育成ニ付特段ノ措置ヲ講ズルト共ニ肢体不自由者其ノ他心身機能ニ障碍アル者ニ付テハ夫夫ソノ適応セル作業等ヲ勘案シ勤労能力ノ恢復向上ニ努メシムルヤウ要スレバ特別作業場ノ設定等適当ナル措置ヲ講ゼシムルコト
(二)勤労動員ニ際シテハ予メ簡素正確ナル健康診査ヲ実施シソノ勤労力ニ応ズル適正ナル配置ヲ為スコト
(三)各種ノ健康診断ヲ一元化シソノ検査事項ヲ重点化スルコト
(四)青少年及ビ女子勤労者ニ対シテハソノ体力ノ特殊性ニ顧ミコレガ健康保全ニツキ特別ナル考慮ヲ払ハシムルコト
(五)過労、工業中毒、職業性特異疾患等ニ関シ綜合科学的研究ヲ行ヒ之ガ特段ノ防止対策ヲ講ズルコト
(六)内地参入勤労者ニ対シテハ防疫上万全ノ措置ヲ講ズル為現地ニ於イテ予メ健康診査、予防注射、昆虫ノ駆除ヲ実施スル等ノ措置ヲ講ズルト共ニ検疫ノ強化ヲ図ルコト
(七)日本医師会等ヲシテ工場、事業場ニ対スル医師等ノ挺身活動ヲ行ハシメ又日本医療団ヲシテ勤労者ノタメソノ施設ノ活用ヲ為サシムル等医療関係団体ノ積極的ナル協力ヲ図ルコト
八、学徒及ビ女子ノ受入態勢ノ整備=学徒及ビ女子ノ動員ニ付テハソノ固有ノ組織ヲ基礎トスルモノトシソノ受入態勢ニ付テハサキニ閣議及ビ次官会議決定ニ係ル「緊急学徒勤労動員方策要綱」、「決戦非常措置要綱ニ基ク学徒動員実施要綱」及ビ「女子勤労動員促進ニ関スル件」ノ方針ニ基キ急速ニ之ガ整備ヲ図ルモノトスルコト
九、協力工場ノ勤労管理ニ関スル親工場ノ指導援助=協力工場ニ於ケル勤労管理ニ関シテモ概ネ本要綱ニ準ジ措置スルモ特ニ発注工場(親工場)ニ於テ之ガ指導援助ノ責ニ任ジ発注工場及ビ協力工場ヲ通ジ勤労管理ノ一体緊密化ヲ図ルコト
「備考」
(一)本要綱ハ工場事業ノ実情ニ即シ之ヲ実施スルコトトシ画一的ナラザルヤウ留意スルコト
(二)本要綱ニ基ク勤労管理ノ迅速的確ナル実施ヲ図ルタメ民間団体等ヨリモ適材ヲ□抜シ勤労管理ノ指導査察監督ニ関スル職員ノ拡充ヲ図ルコト、尚必要ニ応ジ軍需監理官及ビ労務官ニ女子ヲモ任用スルコト