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高級双眼鏡は何ゆえ高級か
あの7X42ダハ双眼鏡を丸裸・前編

 ここ3回、立て続けにJTBショーの話題を取り上げてきました。
 今回はちょっと志向を変えて、まじめに双眼鏡を観察してみましょう。
 それも、JTBショー絡みで。

 そう、今回の主役は 鎌倉光機のブースで直販されていた7X42DCF双眼鏡です。
 その圧倒的な安さで 思わず購入された方も少なくないでしょう。

 正体不明の双眼鏡を読者の皆さんと共有できるのは またとないチャンスです。
 この双眼鏡の実力を探りながら、高級ダハプリズム双眼鏡の特徴を考えて見ましょう。

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    正体不明の7X42

 JTBショーのある一コマ。
 双眼鏡OEM生産の大手、鎌倉光機のブースで双眼鏡の直販が行われていました。
 去年もここで1台買っていますから どんな出物があるかと覗いて見ると、7X42のダハプリズム双眼鏡が13000円で売られています。
 私が行った時には 既に現物は売り切れ、あとは予約販売とのこと。

 ほぼ同型という10X42DCFを手にして見ると、パッと見にも造りが良く インナーフォーカス・窒素ガス封入防水と手間のかかる機構が採用されています。
 カットモデルでも対物3群4枚・接眼3群4枚の構成ですから、そこら辺の安物双眼鏡とは大違い。
 係員によって 「位相差コート有り 」と「無し」で答えが違っていましたが、どちらにしても13000円で買える物・作れる物ではありません。

 40mmクラスの双眼鏡で 味云々はともかく実用に耐えるレベルの物となると、ポロプリズムの製品でも2万円程度の値札が付けられます。
 ダハプリズム双眼鏡となると 2万円できっちりした製品を探すのはかなり困難なのです。


 現物が届いたのは、週が明けての水曜日。
 本当は現物を見ないと安心できないんですが、元手が13000円ですから 気が楽です。
 ハズレでも当然、当たり双眼鏡が来たら「大儲け」でしょ。

 実物は、ショー会場で展示されていた見本品と 全く異なるデザインです。
 ブランド名も[KAMAKURA]や[KAMA−TECH]ではなく、あるドイツブランドの名前が入っています。
 会場では「取引先からキャンセルされた品」と聞いたのですが、ちょっと驚きです。

 カタログが無いのでスペックは想像なのですが、実視野8度(見掛け視野56度)・アイレリーフ20mm・重さは900gといったところでしょう。
 インナーフォーカスにスライド見口と使い勝手はよさそうです。

 気になるのは特殊ラバーで覆われた本体が ちょっと持ちにくく感じられる点でしょうか。
 実際に振り回してみても 手にずっしりきて 実重量より重く感じられます。
 この辺りの感じ方は個人差が大きいでしょうが、被覆材はもう少し手になじみやすい形でもよいのでは。
 私の手が小さいのでしょうか。

 それ以外は丁寧な造りで、構造も考えられています。
 安価な製品で出来る内容ではありません。


 我が家に40mm級ダハ双眼鏡が来るのは、これが3台目です。

 作られた会社は違えど、すべてドイツブランドというのも不思議なものです。

 公園に出かける前に 比較対象の2台を紹介しておきましょう。

 まずは ツァイス社の7X42ClassiC

 ツァイス中型双眼鏡のロングセラーで、VICTORYが主力になった今でも根強い愛好者がいる商品です。
 並行輸入品でも¥6桁の高額製品で、現在でも性能は一級品。

 性能の特徴は 派手なコントラストと強力な解像力で、透過率も高く 一目見て明るさに驚かされるでしょう。
 見掛け視野は60度と この双眼鏡の中では最も広いものの、視野辺縁部は歪曲が目立ち遠近感が強調されています。
 重量は800g、防水でない分だけ軽くなっているのでしょう。
 出来の良いストラップとあいまって、半日首から下げていても負担を感じない双眼鏡です。

  次は、ドクター社の7X40BGA・IF

 こちらはツァイス・イエナの双眼鏡部門を引き継いだ会社で、この双眼鏡の原型は東ドイツ時代から作られていました。

 国内の市販価格はツァイス・イエナ時代で約15万。
 性能も一級でコントラストも抜群なのですが、元が軍用双眼鏡だけに視野が黄色く着色されています。
 重さは950g、IF方式の完全防水です。
 実重量の割に 重さを感じさせないバランスの良さで、その意味では鎌倉7X42と正反対。

 世界に名をとどろかせる有名双眼鏡相手に 鎌倉直売双眼鏡はどんな実力を見せるのでしょう。


    真昼の公園にて

 まずは昼間の公園。

 明るい環境だと 双眼鏡の差がわかりにくいのですが、この景色のように 遠距離に細かい対象が多いと実力差が出てきます。
 特に並べて比べると違いが 良く分かるのですが・・・・

 まずはお手本となるべきツァイス7X42ClassiC

 ツァイスは鮮明なエッジの見え方が写真でも分かっていただけるでしょうか。
 見かけ視野が60度あるのも好印象です。

 デジカメの特性上 広角気味に移ってしまうのですが、肉眼では木の葉がきっちりと分離できます。
 木立の向こうの幹線道路を走る車もはっきり見えますし、芝生を飛び回るスズメも浮き立って視野に飛び込んできます。
 さすがは¥6桁の双眼鏡というしかありません。

 この風景では気が付きにくいのですが、若干 歪曲が残っています。
 通常の使用だと この写真で見るほどフラットではないのです。
 気をつけてみれば かなり崩れる周辺像ながら、まったく不快にならないのは 長年の経験の賜物でしょうか。
 一度 使ってしまうと人を虜にする力を持つ双眼鏡でしょう。

 次に、鎌倉7X42DCF

 こちらは ツァイスのような派手なコントラストはありませんが、かなり高級な見え味です。
 通常の観察では 色彩がニュートラルな分 視野が重くなりがちですが、解像力は遜色ありません。
 木の葉の分別はもちろん、丘の茂みに飛び込むヒヨドリも見逃しません。

 見かけ視野は56度とツァイスから比べると見劣りしますが、最外周までほぼフラット。
 長いアイレリーフとあいまって、狭さを感じることはありませんでした。

 このように倍率ギリギリの対象を見ようと思うと、性能差が顕著になってしまうのですが この双眼鏡は実にそつなくまとまっています。
 実売2万円程度のダハ双眼鏡にできる芸当ではありません。
 おそらく性能的には国産高級双眼鏡に匹敵する内容でしょう。

 最後になりましたが、ドクター社の7X40BGA・IF

 ドクター7x40は強烈に黄色い着色が出ています。
 悪天候下の目標を識別しやすくするために 軍用双眼鏡ではよく見られる工夫です。

 コントラストが文句なく高いのは車の列を見ても明らかですし、建築物の詳細もわかりやすい印象です。
 が、このような景色で 緑の色彩が失われてしまうのは致命的です。
 どんなに高級双眼鏡でも 陸に上がった河童のようなものでしょ。

 見掛け視界は52度と標準視野のはずなんですが、数字以上に広く感じられます。
 辺縁まで ほぼ完全にフラットなことも狭さを感じさせない原因でしょうか。


 この環境で見ると どの双眼鏡もすばらしい性能を示しています。

 ツァイスの派手なコントラストとキツイ深度表現は やはり異次元の双眼鏡です。
 どのような環境でも、高級機の高級たる所以を即座に説明できる仕上げになっています。

 対する鎌倉光機7X42も実によくできています。
 間違っても 13000円で買えるような製品ではありません。
 正統な値段をつけたなら 5万円〜8万円になるはずですし、その価値は十分にあります。
 目を引くエッジの切れはありませんし発色も地味ですが、細部の描出力は 文句なし。
 視野を見回す使い方でも まったく違和感がないことも好印象です。
 確実に国産高級ダハ双眼鏡と同レベルの実力を持っていますし、並べて比べれば好感度の高い方に位置するはずです。

 実際、ツァイスと鎌倉光機の差は実用上は大きくないのです。
 コントラストの切れ味・比類ないヌケの良さ・自然な遠近表現
 ちょっとした快適さと絶妙な味わいのため、そして より完璧な観察をめざして 私たちは倍以上の出費を覚悟するのです。
 それは 多くの人には了解不能な行為かもしれませんが。

 高性能が際立つ この2台に比べてドクター7X40は冴えませんでした。
 設計が軍用目的に特化しているのが 災いしています。

 私が求めるのは、観察対象をありのままの姿で引き寄せる道具です。
 特に色彩は大切な情報ですから 極端な視野の着色は許容できません。

 対して、軍の監視用途を考えると厳密な色再現性は重要ではないのかもしれません。
 対象物をより早く発見することが第一義であり生命線なのでしょう。
 微細な表現は切り捨て 認識性の高さを追い求めるなら、陰影が強調される この色調は的を得ているのです。
 そこは観察の味わいを求める場ではなく、危険の多い任務地なのでしょうから。


といって、次回に続く。

非常によくできた双眼鏡と分かった鎌倉7X42DCF。
次回はさらに悪条件となる夜間に この3台をテストします。

フェーズコーティングの効果はあるのでしょうか?
極限の逆光条件では どのような性質を示すのでしょうか?

そして超高級機との最大の違いは?

なぜ、国産双眼鏡がツァイスに勝てないのかも追求します。

請う ご期待!


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