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双眼鏡を分解してみる(4)
かなり昔(?)の電動ズーム双眼鏡


 これまで 手ごろなジャンク双眼鏡を見つけると、ついつい買ってしまう癖がついてしまいました。
 双眼鏡の仕組みを知る近道だと思うのですが、ジャンク品で流れてくるような品は安物が中心です。
 高い製品なら 多少コストがかかっても修理して再利用されるのでしょう。
 タンクローのような双眼鏡は使い捨てにされることが多いのに対して、数万円の品になるとオーバーホールや修理をしても使い続けることになるのと同じでしょうか。 

 今回 取り上げる双眼鏡は これまで分解してきた双眼鏡とは ちょっと毛色の違った製品です。

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    分解の前に

 それでは早速 現物を見てみましょう。 

 本体には「TASCO EXECUTIVE」、「ELECTRIC 7X〜15X ZOOM」と表示されています。
 数字だけ書き出すと なんてことの無い双眼鏡なのですが、最大の特徴は ズームの操作を電気仕掛けで動かしている点にあります。
 この手のギミックが入った双眼鏡の常として 安価な製品ではなかったものと予想されます。
 大胆にも「EXECUTIVE」を名乗っているくらいですから。

 現物は 完全無欠のジャンク品ですから 全く動作しないのですが、左の鏡筒部にスイッチがついているのが分かると思います。

 電池は単3電池が1本ずつ 左右の鏡筒に入れられています。

 ジャンク品になってしまったのは 左鏡筒の電池が液漏れを起こしたせいでしょう。
 錆びた電池が 完全に固着しています。

 こんなことで命を絶たれてしまうのが 電気製品の悲しさです。

 このような副作用を背負っていながら、電動ズームの有効性が疑わしいのは その後の歴史が証明しています。
 何より問題なのは 手に持ってみると ずっしりと重く、ニコン7X50SPと同等の重量がある点です。

 普通の7X35なら500g前後が相場でしょうが 3倍近い贅肉がついてしまっているようです。
 個人的には 重く大きな双眼鏡には寛容なのですが 普通に使うには800gでも負担になるのも否定できません。
 この双眼鏡を野外活動で持ち歩くのは 屈強な人物でなければ さぞかし大変だったことでしょう。


    あっさりバラバラ・・・

 なんで 電動ズームの機構だけでこんなに重くなってしまったのでしょうか。
 早速 解体作業にかかっていきましょう。

 構造を見てみると、電気機構はさておいて、典型的なボシュロム型の作りになっています。
 まず、接眼部分を最初に外してしまわなければいけません。

 ピントリングの螺子を外しただけで、接眼等が左右とも簡単に脱落してしまいました。

 接眼レンズの構成自体は ごく一般的な3群構成になっています。

 

 次は 鏡筒のカバーを外して 双眼鏡の心臓部を覗いてみましょう。

 中央軸にあわせてモーターが埋め込まれ 2群の可動レンズは 1枚の歯車とガイドを介して動かされます。
 双眼鏡自体があまりにも重いので 大掛かりな駆動系が内蔵されているのかと思っていたのですが、肩透かしを食ってしまいました。

 重さの大部分は 鋳造のケースに責任がありそうです。
 かなり肉厚な上に 中心軸のモーター部分を覆うように複雑な形になっています。

 

 モーター周りの電装系は 工作用の導線がスパゲッティのように押し込まれています。
 ビニールテープが5箇所で使われ、導線の接続も 手で捻った上から半田付けされています。
 電気工作のレベルは 時代を感じさせるものです。
 今なら 間違いなくプリント配線と もっと小型のモーターが使われるでしょう。

 プリズムは 台座に据え付けられてから 組み込まれるようになっています。
 対物側のプリズムでは 一部分で角が落とされ、設計時の苦労が偲ばれます。

 が、迷光は あまりにも気が使われていません。
 プリズムの溝切りや墨塗りのような手間のかかる仕事はされていませんし、台座の塗装も反射が大きく対物側からも光って見えます。
 それにしても 鏡筒内に緑のビニールテープをベタベタ張るのはどうかと思いますが・・・、

 流石に 接眼側のプリズムには遮光カバーが付けられていますが、留め金はツヤ消しされていないので これまた目立つ。
 目で見えるところではないので 分解しなければ気が付くことは無いのですが・・・

 更に プリズムまで分解してみましょう。
 右が対物側、左が接眼側のプリズムです。

   

 ちょっと分かりにくいんですが、矢印をつけたところを見てください。
 青矢印をつけた所では  蛍光灯の反射が紫色になっているのに対して、赤い矢印の所では白い反射として見えます。
 要するに 対物側のプリズムだけはコーティングしてあるのですが、接眼側のプリズムはコート無しなんです。

 高い値段で売るつもりの双眼鏡であれば 両方コーティングしておくのが本筋のように思うのですが まあタ◎コ・ブランドだし・・・

 さっきから ずいぶん粗探しばかりしてきたのですが、ここまで分解してきたら もっと気になる所が出てきてしまいました。

 それは 鏡筒を中から見てみると、右側では対物レンズの隣に穴があけられています。

 左の写真で見てみると 穴の中にはムギ球(小型の電球)が仕込まれているのが分かります。

 外から見ると 電池ボックスの下、小さなスイッチとピンク色の窓が付いています。

 配線を解してみると 小型のスイッチは2本の電池と直結されていました。
 どうやら 小さなボタンを押せば電池の有無が分かる仕組みのようです。

 確かに便利そうですが そこまでの装備が必要なのでしょうか。
 ズームスイッチを押しても 倍率が変わらなければ 電池が無いことはすぐ分かるでしょう。

 そして何より、外からムギ球の明かりが見えるような色付き窓を 鏡筒に開けてしまうのは かなりヤバイ行為だと思うんですけど。
 ムギ球のお尻で完全に遮光していればいいんですが、こいつは蛍光灯だけでピンクの光が差し込んでくる位ですから・・・

 本当に そんなことをまじめに考えるような双眼鏡ではないんでしょうけど。
 電動ズームというだけで うるさい手合いは 間違っても手を出さないんですから。

 

 それでは 続いてモーターを取り外してみましょう。

 3Vのモーターにしてはずいぶん大きいと思ったのですが、実は・・・

 モーターと 減速機が一体になって組み込まれていました。
 左右とも2群のレンズを動かすのですから モーター直結では厳しかったのでしょう。
 いずれにしても 電池への負担は小さくなかったでしょうけど。

 結局、この双眼鏡では駆動系自体の重さは それほどではありませんでした。
 35mmの双眼鏡でここまで肥えてしまっているのは、モーターの周り 中心軸を囲むように鋳造のケースが大型化している影響なのでしょう。
 いずれにしても「電動ズーム」という仕組みからして 軽量化とは矛盾するのですが、今ならプラスチックを多用して軽い製品になりそうです。

 ちなみに 接眼部は3群6枚の構成で 全面単層のコーティングがなされていました。
 以前分解した高倍率ズーム双眼鏡よりは しっかりとした造りなのは確かですが・・・


    まとめにかえて

 部品の点数や製造の手間から考えると それなりに高価な製品だったと思われます。
 が、その代わりに得られた物はなんだったのでしょうか。
 ズームの操作、手で動かしても簡単なこと たったそれだけのために どれだけ物が失われたのでしょう。

 明らかに手に余る重量、電池の液漏れに代表されるような 電装系のリスク、跳ね上がる価格。
 どれをとっても この製品の致命傷になるには十分だったでしょう。
 手の込んだ電気デバイスを持っていながら、光学系が貧弱なのも問題です。

 この双眼鏡が 巨体がゆえに滅びた恐竜のように見えてはきませんか。

 

 今、色々な品が電動化・自動化の流れにある中、双眼鏡だけは 一歩離れた場所に位置しています。
 電動ズームやオートフォーカスといった分野では、代わる代わる新しい商品が現れますが どれも成功してはいません。

 カメラが AF・AE化されて行くのに対して、ずいぶん対照的な姿です。
 それだけ双眼鏡が狭い層を対象にしていることの証ともいえるでしょう。

 十分に小型で軽量なオートフォーカスの双眼鏡なら 成功の目もあるように思いますが、今のように双眼鏡の主力製品が数千円では どうにもならないでしょう。
 双眼鏡に高い投資を続ける人間なら そのような自動化は邪魔者でしかありませんし、自動機構に眼が行く層であれば 予算に対しては厳しい要求を持つはずです。

 対して、防振機構や自動導入機構を持った双眼鏡・望遠鏡は 確実に 足元を固めつつあります。
 レーザー距離計を内蔵した機器も安価になってきています。

 人間の手でも操作できる部分の電気化は 概ね成功していないのに対して、人力では対処できないところはデバイス側が代償する傾向にあるようです。
 電装系の耐久性や電池に内在するリスクはともかく、これからもこの傾向は続いていくことでしょう。

 それが何をもたらすのか、私にはまだ想像もつきませんが。

 


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