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最後の花火

 

−前−

 夏の間に一度は集まろうという計画は出ていたのだが、社会人に夏休みはない。数回の延期の結果、やっと皆の予定が合ったのは9月に入ってからだった。

 幽助と温子の家に、桑原が呼び集めた宴会好きのいつもの面々が集まってきた。
 螢子、ぼたん、雪菜、幻海はそれぞれ手料理などを持ち寄り、蔵馬は台所を借りて、その場で簡単な酒の肴をいくつか作った。
 静流は酒の替わりに、海外土産の珍しい銘柄の煙草を持ってきて、温子と幽助を大いに喜ばせた。

 土曜の夜なので皆の飲む量も半端ではない。呼び集めた桑原は最初ホスト役に徹していたが、酒が入ってくるにつれて仕事そっちのけで飲みに専念し始め、早々と潰れてしまった。
 夕暮れから始まった宴会は日の変わる時刻まで続き、料理を盛った皿が空になり、温子が酒屋に配達させた大量の酒が底をつくころ、大半の参加者は思い思いの場所で寝入った。

 寝息しか聞こえない静かな部屋の中、蔵馬はひとり、目を覚ました。
 目をこすり、辺りの様子を見回して苦笑すると、そっと足音を忍ばせてベランダに出た。
 初秋の夜風は少し寒いと思えるほどだ。虫の音の大合唱が、マンションの5階まで聞こえてくる。
 いつの間に夏が終わったんだろう、と蔵馬は考えながら、虫の音に耳を澄ましていた。

 すると、カラカラとゆっくりベランダの窓が開いた。
 出てきたのはぼたんだった。

「何してんだい、こんな夜中にひとりで」

「ちょっと酔い覚ましです。ぼたんこそ、起きてたんですね」

「ん…中は暑いからねぇ。クーラーもつけないで寝ちゃったしね」

 ぼたんは蔵馬の横に並んで、ベランダから見える道路に視線を落とした。
 深夜の道路はただ街灯の黄色い光ばかりが長く伸びていて、人影はまったく見えない。
 トーンを落とした二人の会話がやけに大きく聞こえる。

「だーれも通んないね」

「こんな時間ですからね、住宅地ですし」

「夏の夜がこんなに気持ちいいことも、だれも知らないのかねぇ」

 勿体ないやね、と言ってぼたんは笑った。

「霊界は季節なんてないから、あたしは人間界に来て初めて、身も凍えるような冬とか、暑くてたまらない夏を知ったんだ」

「でも、いいことばかりではないですよ?」

「そりゃま、そうさね。過ごし辛いなぁって思う時はあるよ」

 でも、とぼたんは続けた。

「いつ来ても同じ季節が無いじゃないか。飽きないから、あたしはこっちがいいなぁ」

 ぼたんらしい考え方に、蔵馬も笑って応えた。

「俺も、そう思いますよ」

「やっぱりそう思うかい?それにさ、…」

 途端、ぼたんは黙り込んだ、そして、ハクション!とくしゃみをひとつ、した。
 蔵馬は思わずアハハと笑った。

「…ひどい!笑う事ないじゃないのさ!」

「ごめんごめん。でも風邪引くから、もう部屋に入った方がいいですよ。助手に風邪を引かせたとなると、俺がコエンマに怒られます」

「そだね。明日も仕事だ!それじゃお先に…」

 オヤスミ、と言ってぼたんは、部屋の中に入って行った。
 後に残った蔵馬はしばらく手すりにもたれたまま風に当たっていたが、

「いつまでそうやって居るんですか?」

 と声をかけた。
 チッという舌打ちの後、上の階のベランダから飛影が飛び降りてくると、蔵馬は飽きれた顔をして言った。

「最初から居るなら、何故素直に宴会に加わらないんですか」

「俺が加わると思うか?」

「思いませんけど、毎回のことだから、つい言ってしまうんですよ。外に出しておいた雪菜ちゃんお手製のチキンピラフ、美味しかったでしょ?」

「……まぁまぁだな」

 蔵馬はしょうがないな、という感じで飛影を見遣った。もちろん、皿に盛ったピラフは跡形もなく食べ尽くされていた。
 素直じゃないなぁと蔵馬はこっそりと心の中で呟いた。

「雪菜ちゃん、静流さんに教わってまた料理の腕を上げましたね。結構凝った料理も作っているみたいです」

「…そうか」

「飛影が来ないと判って残念そうにしていましたよ」

 飛影は何も応えずに、ベランダから見える遠くのネオンを見ていた。
 蔵馬も飛影の眺めている方に目をやり、あ、と何か思い出したように呟いて

「ちょっと待っていてくださいね」

 と部屋の中に引っ込んだ。
 そして出てきた蔵馬の手には、花火のセットとバケツがあった。

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