remove
powerd by nog twitter

 

最後の花火

 

−後−

  「なんだそれは…」

 飛影は興味ない風を装っているが、横目の視線はしっかりと花火を捕らえている。
 蔵馬が手に持っているのは手持ち花火のセットと、打ち上げ花火やネズミ花火など、手持ち以外の花火がまとめて入って少し値段の張るセット。量は十二分にある。

 「宴会の締めくくりにパーッとやろうと思って買ってきたんですけど、みんな寝ちゃいましたから…」

 と言った後、蔵馬は「俺もですけど」と苦笑いした。

 「次に会う時は花火をやるには季節外れだろうし、しけて捨てるのも勿体ないでしょう。今年最後の花火なんてどうです?一緒にやりませんか?」

 「……花火にしてはやけに小さいが、夏に川でやっているデカイ花火とは違うのか?」

 「あれはプロじゃないと出来ないんですよ。これは誰でも手軽にできるんです」

 手持ち花火を知らず、花火大会しか知らない飛影が蔵馬は少しおかしかった。
 色々と知っているような口ぶりをするが飛影だが、全部とは言わないものの大部分が偏った知識である。
 しかしそこが(本人には言わないが)飛影の子供っぽくて憎めないところだと蔵馬は思った。
 蔵馬が花火セットを手渡すと、飛影は受けとって、裏に返したり中を覗いたりしている。
 どうやら火薬の匂いが気になるようだ。

 「たいした事はなさそうだな。俺の炎に比べればカスみたいなもんだ」

 けなしながらも飛影は花火を手放さない。
 『やりたい』って顔に書いてありますよ?という一言を蔵馬は飲み込み、

 「ま、何事も経験でしょう。一度くらいならやっても損はありませんよ。ここから走って2分くらいの場所に広い公園があるんです。場所はそこで」

 と言い、バケツを持ってひらり、とベランダから飛び降りた。

 「おい、蔵馬!俺は…」

 やらんぞ、という台詞は途中で消えた。
 しばらく沈黙があり、そしてチッという舌打ちのあと、飛影も身をひるがえしてベランダから飛んだ。
 手には、蔵馬の残して行った花火をしっかりと引っさげて。










 「飛影、こっちこっち!」

 飛影が公園に着くと、蔵馬はバケツに水を汲んでいる最中だった。
 広い公園は川に面しており、対岸は遥か向こうにネオンの波と共に揺れている。
 こんな時間なのにもう一組、花火をしている団体があるようだ。耳を澄ますと、遠くの方から花火のはぜる音と歓声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 蔵馬は手早く用意を終わらせて、地面に立てた蝋燭に火を灯した。風の無い夜だが、微かに揺れる蝋燭の先の小さい炎は、薄暗い地面に淡い光の影を落としている。

 ぼうっと見ている飛影の前で、蔵馬はおもむろに一本の花火を炎にさしかけた。
 チリチリ…と花火の先端に巻いてある色紙が燃え、しばらく見ていると鋭い音を立てて勢い良く赤い火花が吹き出した。

 「ほら、持ってみて」

 蔵馬はその花火を飛影に差し出した。飛影は魅入られたように、もともと大きい目をさらに見開いてそれを受け取った。
 飛影の持つ花火の火が赤から黄色に変わるのを待たないうちに、蔵馬の持つ花火はどんどんと火が灯される。
 激しい虹色の炎が、まるで滝のように蔵馬の手から流れ落ちていた。

 飛影は黄色い炎が小さくなるまで持っている花火を見つめていたが、いよいよ火花が消え、黒い煙を出すただの棒になってしまうと、名残惜しそうにしながらバケツに放り込んだ。
 バケツの中で、花火はジュ…という小さな音を立てて沈んでいった。

 いつまでも黒い水を覗きこんでいる飛影に、蔵馬はホラホラと言って火の点いた新しい花火を何本か渡す。
 赤、青、黄色、それぞれの火花の色に飛影はまた魅入る。
 やがて炎は消える。
 名残惜しそうに捨てる。
 飽きないのか、それの繰り返しであった。
 蔵馬はじっとそれを見ていたが、飛影の持っている花火の火がまだ残っているうちに、新しい花火に点火するのをやめ、今度は大きな打ち上げ花火をいくつか並べ、一つ一つ、丁寧に火をつけて回った。

 飛影がまた残念そうに花火が終わる瞬間を見届けた時、丁度蔵馬の点火した打ち上げ花火がタイミング良く炎を吹き上げた。
 二人は並んで、キラキラと光りながら落ちてゆく火花を眺めた。
 少し風が出てきたのか、炎はあらゆる方向へと光りを投げかけ、火花はあたり一面に散乱した。
 しばらく物も言わずにぼうっと見つめていた二人だが、最後の炎が小さく小さく消え逝く頃、蔵馬はやっと気がついて、隣の飛影に話しかけた。

 「…終わりましたね」

 蔵馬の問いかけには答えず、まだ花火のくすぶる煙を眺めている飛影に、蔵馬は線香花火を手渡した。

 「はい。これが最後の花火」

 「……なんだこの頼りない紙切れは…」

 「これが本当の最後なんですよ。いいから、まず火をつけましょう」

 そう言って、蔵馬はちびた蝋燭の微かな炎を花火に移した。
 二人はしゃがみ込んで炎を守るようにした。わずかな炎は無事に花火に移った。
 燃えているのか燃えていないのかはっきりしない程の小さい音を立てて、先端が赤く光る。
 ぷうっと膨らんだ赤い塊から、やっと彼岸花のような火花が、控えめに咲いた。

 「夏も終わりですね、もう」

 飛影に言うでもなく、独り言のように蔵馬が呟いた。

 「花火はすぐに消えてしまう儚い炎ですけど、この余韻は来年まで残るんですよ。来年もまた花火を見る、『夏が来たな』と思う、花火が消える、『また来年だな』と思う…。これの繰り返しです。何年経っても」

 ぽた、と蔵馬の持つ線香花火の炎が落ちた。
 蔵馬は飛影が真剣な表情で持ちつづける、大きな塊を見遣る。
 飛影の持つ花火の先の塊は、やがて落ちるのを待たず、だんだんと消えていった。
 完全に炎が消えた時、急に虫の音が大きく聞こえた。
 飛影は我に返って大きく息を吐き、物憂そうな顔で立ち上がった。

 「きっと飛影の来年の夏も、花火を見ないと始まりませんよ」

 蔵馬は片付けをしながら、サッパリした笑顔でそう言った。
 そして花火を放り込んだバケツの中を覗きながら「来年は早めに声をかけろ」と一言、呟いた飛影に、笑顔を深くした。

 時刻は深夜の2時。草木も眠る丑三つ刻だ。
 幽助の家のベランダでは、ぼたんが蔵馬の帰りを待っている。
 蔵馬はまだ、そのことを知らない。飛影に背を向けてゆっくり花火の片付けをしながら、夏の名残をしみじみと味わっていた。