最後の花火
−後−
「なんだそれは…」 飛影は興味ない風を装っているが、横目の視線はしっかりと花火を捕らえている。 「宴会の締めくくりにパーッとやろうと思って買ってきたんですけど、みんな寝ちゃいましたから…」 と言った後、蔵馬は「俺もですけど」と苦笑いした。 「次に会う時は花火をやるには季節外れだろうし、しけて捨てるのも勿体ないでしょう。今年最後の花火なんてどうです?一緒にやりませんか?」 「……花火にしてはやけに小さいが、夏に川でやっているデカイ花火とは違うのか?」 「あれはプロじゃないと出来ないんですよ。これは誰でも手軽にできるんです」 手持ち花火を知らず、花火大会しか知らない飛影が蔵馬は少しおかしかった。 「たいした事はなさそうだな。俺の炎に比べればカスみたいなもんだ」 けなしながらも飛影は花火を手放さない。 「ま、何事も経験でしょう。一度くらいならやっても損はありませんよ。ここから走って2分くらいの場所に広い公園があるんです。場所はそこで」 と言い、バケツを持ってひらり、とベランダから飛び降りた。 「おい、蔵馬!俺は…」 やらんぞ、という台詞は途中で消えた。
飛影が公園に着くと、蔵馬はバケツに水を汲んでいる最中だった。 蔵馬は手早く用意を終わらせて、地面に立てた蝋燭に火を灯した。風の無い夜だが、微かに揺れる蝋燭の先の小さい炎は、薄暗い地面に淡い光の影を落としている。 ぼうっと見ている飛影の前で、蔵馬はおもむろに一本の花火を炎にさしかけた。 「ほら、持ってみて」 蔵馬はその花火を飛影に差し出した。飛影は魅入られたように、もともと大きい目をさらに見開いてそれを受け取った。 飛影は黄色い炎が小さくなるまで持っている花火を見つめていたが、いよいよ火花が消え、黒い煙を出すただの棒になってしまうと、名残惜しそうにしながらバケツに放り込んだ。 いつまでも黒い水を覗きこんでいる飛影に、蔵馬はホラホラと言って火の点いた新しい花火を何本か渡す。 飛影がまた残念そうに花火が終わる瞬間を見届けた時、丁度蔵馬の点火した打ち上げ花火がタイミング良く炎を吹き上げた。 「…終わりましたね」 蔵馬の問いかけには答えず、まだ花火のくすぶる煙を眺めている飛影に、蔵馬は線香花火を手渡した。 「はい。これが最後の花火」 「……なんだこの頼りない紙切れは…」 「これが本当の最後なんですよ。いいから、まず火をつけましょう」 そう言って、蔵馬はちびた蝋燭の微かな炎を花火に移した。 「夏も終わりですね、もう」 飛影に言うでもなく、独り言のように蔵馬が呟いた。 「花火はすぐに消えてしまう儚い炎ですけど、この余韻は来年まで残るんですよ。来年もまた花火を見る、『夏が来たな』と思う、花火が消える、『また来年だな』と思う…。これの繰り返しです。何年経っても」 ぽた、と蔵馬の持つ線香花火の炎が落ちた。 「きっと飛影の来年の夏も、花火を見ないと始まりませんよ」 蔵馬は片付けをしながら、サッパリした笑顔でそう言った。 時刻は深夜の2時。草木も眠る丑三つ刻だ。 |