アイシャ 〜旅立ち〜
創世神マルダーが創りし世界、マルディアス。
北バファル大陸には、広大な乾燥地帯が広がっている。 そしてここガレサステップには、タラール族という人々が住んでいる。 その族長ニザムの娘、アイシャ。明るく可憐な少女が、この物語の主人公。 走る。 走る。 少女は、まるで馬と一体になったような自然な身のこなしで、草原を駆けていた。 それも当然。 生まれたときから彼女はこの草原で、兄妹のようにその馬と育ち、一緒に駆けてきたのだ。 走る。 走る。 通り過ぎていく風が心地よくて、思わず目を細めながら、その少女・・・アイシャは思った。 『このまま、この果てなく続く草原の向こうへ行けたらいいのにな』、と。 このガレサステップは大好きだ。 おじいちゃんも、おじいちゃんが族長として守っているタラールのみんなも大好き。 そして、広がる草原も周りの皆も自分を愛してくれる。 あたしは、族長の孫として軽々しいことをしちゃいけない。いつかタラールを守っていけるようにならなきゃいけないって、わかってる。 でも、この草原の向こうには大きな世界が広がっていて、たくさんの人が生きているのだと思うと、どうしてもそれが見てみたくなった。 だからあたしは、それを振り切るように自分の庭のようなこの草原を、ただ走る。 『あんまり遠くへ行くんじゃないよ』 ・・・・わかってるよ? おじいちゃん。 でもきっと、あたしがもっと大人になってしっかりしたら、外の世界を見ることだってできるよね? 「あ。」 ふいに声を上げて、アイシャは馬を止めた。 今視界に入った薬草、めったに手に入らない貴重なものだ。 草原の民であるアイシャは、例え馬に乗っていようと、まるで止まっているように何もかもを見ることができる。 馬から降りて歩くと、すぐに目的の草が見つかった。 「やっぱりねーv」 ふふんと満足げに笑って、アイシャは慎重に薬草を摘み取ると下げていた袋の中に入れた。 薬草を見つけ、見分けて摘み取るのはタラール族ならば誰もが身につけている技術だ。 そして、馬に乗ろうと振り返ったアイシャは、その瞬間全身を強張らせた。 いつの間に近寄ってきたのか、巨大化した植物のモンスターが、もう逃げられないほど近くにいたのだ。 『こんなやつ!!馬に乗ってればすぐに逃げられるのにっ・・・!!』 周囲への注意を怠った自分の迂闊さを呪いながら、アイシャはそっと腰に下げていた小さな斧を手に取る。 薪割りに使い慣れてはいるものの、アイシャの細腕で振り回すには、それはいかにもずっしりと重かった。 「一人だけど・・・大丈夫だよね?」 呟いた自分の声はあまりにかぼそくて、その震えが足に伝わった。 「っ!!」 びゅんと音を立てて襲いかかってくる蔓を、辛うじて斧で振り払う。 今度は左から。 何も考えている余裕なんてない。ただ必死で斧を振るう。 「きゃあ!!」 そのとき、突然足元から引きずり倒されて、わけもわからぬまま悲鳴を上げた。 『なに!?』 足首に走る痛み。首を動かして足元を見ると、モンスターが地面を伝ってのばした蔓が自分の足首に絡みついている。 アイシャは恐怖で凍り付きそうになった。 『いや!!こんなところで死にたくなんかない!!!』 我に返って必死でもがくが、ずるずると身体がモンスターの元へと引きずり寄せられていく。 『もう、ダメなの? 私、死んじゃうの? ・・・・おじいちゃん。 みんな。 ごめ ん・・・』 ズシャリという何かを裂くような音が間近で聞こえたその瞬間、アイシャはついに意識を手放した。 心地よい振動に包まれて、アイシャは思わず微笑んでいた。 馬・・・じゃないよね。これは・・・そう、もっと小さな頃、おじいちゃんに背負ってもらった時みたい。 なんだか安心して、とっても気持ちいい。 「この状況で笑うとは、なかなか肝の据わったお嬢さんだ」 ・・・・誰? 聞いたことのない声。おじいちゃんじゃないし、セトおじさんでもないし、生意気なユールでもない。 でも、低くて耳障りのいい、とても好きな声だ。 その時、ぴたりと心地よい振動が止まり、アイシャは小さく眉根を寄せた。 そして、口元に冷たい水が注ぎ込まれたのを感じると、驚いてぱちりと目を開ける。 その瞬間、視界に飛び込んできたのは・・・・印象的なグレイグリーンの目、精悍に整った鼻梁、そこにはらりと落ちるプラチナブロンド。 『こんな綺麗な男の人・・・・見たことない』 アイシャはぽかんとして、目の前にある美しい・・・けれども確実に男らしい青年の顔に見入った。 『まるで、サーラおばさんの話してくれた「王子さま」みたい・・・・・・これって、夢なのかな?』 「気がついたか」 その声に、アイシャは飛び起きた。 夢なんかじゃない!! 『マナ ウト ホオテ ラヘ?(お前の名前は?)』 青年が落ち着いた様子で尋ねてきた。 『・・・アイシャ』 答えながらも警戒心で身を逆立てて、目の前の青年を見る。 『ムエ・・・アメ・・・?(あなた、誰・・・?)』 ・・・・さっきも綺麗だと思った精悍な顔立ちに、長く伸ばした白に近いプラチナブロンド。 どう見ても、ローザリアの人間だ。 そして、何より、全身を覆うその真っ黒な鎧は・・・・まさか!? 全身を冷たい恐怖が駆けめぐる。 『カヤキス!・・・カヤキス レビタ!!(黒い悪魔!!)』 みんなが言ってた。ローザリアには黒い悪魔・・・・『カヤキス レビタ』がいるって。 そしてローザリアに従わない者達を容赦なく屠っていくんだって。 アイシャは恐ろしい気持ちを抑えつけて、『黒い悪魔』と呼ばれる青年を見上げた。 「ほお、私のことを知っているのか」 小さく頷くと、きつい目で睨み付ける。 すると、青年は頬を緩めくつくつと笑った。 「そんなに警戒するな。黒い悪魔も、無抵抗な女子供に無体を働いたりはしない」 あまりに屈託のない様子に、アイシャは思わず毒気を抜かれた。 そして、思い出す。この人は自分を助けてくれたのだ。 「標準語は分かるか?」 「イト・・・はい」 そこで初めて、青年がタラール語を操っていたことにアイシャは気付いた。 いったいこの人は、何者なんだろう? 本当に、みんなが恐れていた『カヤキス』なの? アイシャの心の中を疑問が駆け巡った。 「わたしはカール・アウグスト・ナイトハルト。ローザリアの王子だ。お前達にはカヤキスの方が通りがいいだろうな」 「じゃあ、『カヤキス様』ってお呼びすればいいの?」 本当に『王子さま』だったんだ・・・驚きながら、アイシャはそう尋ねた。 尋ねられた方のナイトハルトは、大きく目を見開くと、思わず吹き出す。 「それはご免被りたいな。できれば、名の方で呼んでくれ・・・」 (笑うとやっぱり、『黒い悪魔』なんかに見えない・・) 未だ笑いの収まらぬナイトハルトを不思議そうに見やると、アイシャは立ちあがりぺこりと頭を下げた。 「それじゃ、ナイトハルト殿下。危ないところを助けていただいてありがとうございましたっ」 唐突に笑うのを止め、ナイトハルトはじっとアイシャを見つめた。 「黒い悪魔に、礼を言うのか?」 「だって、あなたが来なかったら今ごろ私は生きてないもの。お礼を言うのは当然でしょ? それに・・・」 (こんな綺麗な目をした人が悪い人だなんて思えない) そう言うのはなんだか恥ずかしい気がして心に秘め、アイシャは言葉を続けた。 「・・・それに、『黒い悪魔』の話は人から聞いただけで、あたし自身が知ってたわけじゃないから。 知らないのに『怖い人・悪い人』って思うのっておかしいな。って思ったの」 ナイトハルトは真剣な眼差しでそれを聞くと、ふっと息を吐いた。 「曇りのない心は、時に真実を射抜く。か」 「?」 意味がわからず不思議そうな顔をするアイシャに、ナイトハルトは安心させるように笑ってみせた。 「いや、何でもない。わたしはこれからクリスタルパレスへ帰るが、お前はどうする? 一緒に来ないか?」 「クリスタルパレス!?」 アイシャは思わず顔を輝かせた。 クリスタルシティにそびえる夢のように美しいお城。 その話はやはりサーラに聞いていた。どんな女の子だって、綺麗なものは大好きなのだ。 「クリスタルシティって、空を映すくらいにぴかぴかの地面で、水晶が散らばるみたいな噴水があるって本当?」 「ああ、そうだ。なかなか良い表現だな」 「それじゃあ、クリスタルパレスはそれこそ水晶でできていて、中に入るとまるでたくさんの鏡の中に閉じ込められたみたい だっていうのは・・・!?」 「それは・・・どうだろう? 上手く言葉にできんな。来て確かめればいい」 その言葉の誘惑に、アイシャの心は大きく揺れた。 『あんまり遠くへ行くんじゃないよ』 ・・・ここであたしの帰りが遅くなったら、きっとみんな心配する。 でも・・・・・・。 アイシャは、自信に満ちた笑顔で立っているナイトハルトを見上げた。 あたし、この人のことをもっと知りたい。 なんでみんながこの人を『黒い悪魔』って言って恐れるのか。 それに、知らない世界を見てみたい。 あたしの知らない、大きな世界とそこにいる人々を。 そうじゃないと、駄目な気がする。 この浮かんでくる疑問や知りたい気持ちを抑えていたら、あたしはあたしじゃなくなってしまう気がする。 「心配ない。帰りはちゃんと送らせる」 ナイトハルトの言葉が、最後のひと押しだった。 ごめんね、おじいちゃん。みんな。 きっとすぐ、帰るから!! 「はい、あたし、クリスタルシティに行きたいです!!」 アイシャのはっきりとした言葉に、ナイトハルトは嬉しそうに頷いた。 そのとき踏み出した一歩が、 あたしが運命に向き合う、 たぶん最初の一歩だった。 <了> ナイトハルト×アイシャ風味でオープニング紹介。 台詞は出てくるものは一応全部使っているつもりですが、捏造をプラス(笑) ちなみに、アイシャが意識を失っているときは、ナイトハルトにお姫様抱っこされてます。 この後の展開もひっじょーうに萌えなんですが、長いので割愛します。 ぜひぜひ自分の目でお確かめ下さい〜ということで。 ああでも、ジャミル(女装)×アイシャも可愛いんですよねー!! |
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