『旅路』
ひとりだと思った。
ひとりきりだと思った。
周囲には何も無い。
ただ広い空間。果てを見ることができない、そんな空間に、ひとりいた。
そう思っていた。
頭に、何かが触れた感触があった。
頭上から、何かが零れてきた。そう説明するのが正しいのかもしれない。
髪が、頭皮が濡らされた。
暖かい。そう感じた。
ただ、その雫は冷たかった。
暖かいと感じたのは、その雫が暖かいことを知っていたから、
その雫は、零れた瞬間だけ、暖かいことを知っていたから、
そう感じたのかもしれない。
ただ、今は冬。
その雫は、零れた瞬間に冷たくなってしまうけれど。
手を見た。
自分の両手。そして、誰かの手。
自分の両の手のひらに、重ねられるように、誰かの手。
暖かかった。
冷たくなっていた自分の身体は、重ねられた手のひらだけ暖かだった。
誰かの両の手は、わたしを包むようにして抱いていた。
包まれていた部分が暖かく感じた。
背中にも温もりを感じた。
誰かが、後から抱きしめていてくれていた。
どうして、ひとりきりだと思ったのだろう。
どうして、誰かがいたことを忘れてしまったのだろう。
どうして、温もりを忘れてしまったのだろう。
言葉を紡ごうとした。
「……」
言葉にならなかった。
正確には、音にさえならなかった。
唇さえ、動かせたかどうかもわからない。
伝えたい言葉があったのに。
今の自分の気持ちを。
ただ、その言葉は既に忘れてしまっていた。
時の流れを感じなくなっていた。
いつから、そうされていたのさえわからなくなっていた。
ただ、冷たくなっていた自分の身体は、暖かくなっていた。
――この温もりが、永遠に続けばいいのに――
そう思ったのは、今が幸せだったから?
温もりをくれる誰かと、ふたりきりのこの世界が。
ふと、あることを思い出した。
時間が無かった。
こんな重要なことを、どうして忘れていたのだろう。
この世界にいられる時間は、もう幾らも無いはずだった。
時の流れを感じないのは、周りの風景が変わらないから。
自分の中の時は、抗いようも無く流れていたから。
背中の温もりを、一瞬でも忘れていたのは、その前兆。
自分以外がくれる感覚がすべて亡くなる前に。
決めなければならなかった。
この世界への、別れを。
温もりを感じていた。
本当は、温もりをくれる誰かに、一緒についてきて欲しかった。
次の旅は、永遠の旅だったから。
終わることの無い、永遠の旅。
でも今度は、ずっと歩きつづける。ひとりで。
ひとりでも、感じていた温もりは憶えているから。
その感覚は、永遠に連れて行けると思ったから。
――ひとりは寂しい――
そんな本心からの想いも、今の温もりを憶えていたら、置いていくことができた。
幸せな感覚。
温もり、
暖かさ。
それだけでじゅうぶんだった。
その経験だけで。
あとは、置いていく誰かが、いつまでも私に想いを遺さないように。
背中の、手の温もりが薄れてきた。
限界だった。
これ以上は、想いを遺してしまう。
最期に、微かに感じる温もりに身を委ねた。
そして、腕を解いた。
最期の言葉を伝える。
耳にではなく、心に。
――ありがとう――
そして、
――さようなら――
-Fin-
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えっと、ようやくCLANNAD物のSSが…と思いきや、別にCLANNADに合わせたSSではなかったりします。
というのもこのSSは、「Key+Lia」のマキシシングル「Spica」「Hanabi」を聴いていて、なぜかイメージできたものを書き綴っただけなのです。SSといっても、小説でもないですしね。詞に近いかも(誉めすぎ)。
Keyヒロイン(特に麻枝さん)の別れのシーンに共通してそうな内容になっていると思います。イメージ的にですが。
一応、「私」のモチーフは幻想世界の少女だったり、Kanonの真琴だったりするんですが、まあそこは当てはまるヒロインは多いと思うんで、想像して当てはめてみてください。
こういうSSってどうなんでしょうね?
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