『古のゆめ』
みんながいて、俺がいる。
幸せな世界だ。
ただ、俺の心には強い引っかかりが残っていた。
あいつがいない。
古式みゆきが。
俺が救えなかった、本当の意味で救ってやることが出来なかった…あいつが。
現実ではもちろんのこと、夢の世界でも、結局俺は、あいつの心を救ってやることが出来なかった。
今回の件にしてもそうだ。俺は結局何も出来ていないし、成し遂げてもいない。
恭介にも、理樹にも結局は世話になりっぱなしなのだ。
俺に出来ることは、せいぜい近くにいた鈴を、身体を張って庇ったことくらい。
…情け無い限りだ。
だからこそ、古式の心を本当の意味で救いたかった。
そうさせようと、あいつを駆り立てる前に説得したい。
あんなマンガみたいなことをしなくても良いように。
…例えそれが、夢の世界であっても。
「ああ、出来るさ。俺たちになら簡単なことだろう。なあ、理樹」
「うん。多分ね。今の僕らなら。ね? 鈴」
「ああ。よくわからんが、理樹が言うならたぶんそうなんだろう」
俺のぶっ飛んだ提案を、仲間はすんなりと受け入れてくれた。
…何てやつらなんだ。
「謙吾っちの願いなら、俺の筋肉が全部答えを出してくれるぜ!」
涙が出そうになった。
…ここで泣いているようでは、他人なんか救えないと言うのに。
「あたしたちもいるっすよ〜」
「とりあえず、協力しますですっ」
「うん〜。りんちゃんがそう思うならやるよ〜」
「ふむ。たまには宮沢少年に協力するのも悪くないな」
「…そうですね。悪くないと思います」
ああ。
この世界は何て温かいんだ。
「…頼んだ」
だがその中で、俺は何て子どもなんだろう、と思った。
自分ひとりでは何も叶えられない…。
別世界へと飛ぶため、意識を閉じた。
この世界での意識を。
―――。
――。
―。
「どうしたらいいんだ…」
夢の世界と言えど、結果は同じだった。
説得はことごとく不調に終わっていたのだ。
このままでは、あのときを再現してしまうだけだ。
しかも今回、恭介は何も言っていないし、手出ししていないはずだ。
その時が来れば、また俺が助ければ良いだけだが…。
しかし、それでは何の意味も為さない。
何の解決にもなりはしない。
彼女にとっても。…俺にとっても。
悔しいが、やはり俺1人で解決できる問題では無いのか…。
相談しよう。
相談相手と言えば…アイツしか思い浮かばなかった。
「珍しいね。謙吾が相談なんて」
直枝理樹。
俺が心の底から信頼できる唯一の…友。
もちろん、恭介や真人だっている。
親身になって相談に乗ってくれるだろう。
だが、恭介は何を考えているのかわからないときがあったりするし、
真人では筋肉方面に話を持っていってしまって、相談にならないかもしれない。
あまり冗談などを言わず、真剣に話をしてくれそうなのは…理樹だけだ。
「…ああ。正直、重い話で、お前を巻き込むのはどうかと思ったんだがな」
巻き込んでいい話なわけが無い。
俺の悩みを押し付けているようなものだ。
ましてや、1人で解決できないからと言って、逃げているに他ならない。
「めずらしいな。謙吾が理樹に相談なんて」
真人は既に、「筋肉ショー、ヒャッホウウゥッ!!」とやらに出かけていて不在だ。
少し参加したかったが、我慢することにした。
じゃあ、なぜ鈴がここにいるのだろう?
まあいい。
「…で? どんな相談?」
「ああ…。実は……」
俺は、恥を忍んで事の顛末を話した。
形振りは構っていられない。俺1人の問題では無いのだから。
「うーん。難しい問題だね…」
やはりか。
「うー…。難しい問題だな」
こっちは何を考えているのかはわからないが。
「いや。わからないならいいんだ。ありがとう、理樹、鈴」
いいわけが無い。
でも、話してスッキリした部分もあった。
勝手過ぎる気もしたが、これ以上は頼るべきでは無いだろうとも思った。
「待って」
その言葉を、心の中では待っていたのかもしれない。
「どうした? 理樹」
努めて冷静なふりをして立ち止まる。
いい案でも思いついたのだろうか?
理樹には悪いが、あいつはそんなに頭が切れるほうではない。
こんな短時間で思いつくようなヤツじゃないのだが…。
「ちょっとね。気になることがあって」
「気になること?」
「うん」
そこまでしゃべると、別の方角から声が飛んだ。
「謙吾はどう思ってるんだ?」
鈴…か。
「その…こしきとかいう女のことだ」
「え?」
古式のことをどう思ってるか?
思わぬ方向に話が飛んでいた。
鈴らしいと言えばらしいが…。
「なんでもない相手にそこまで真剣になる意味がわからない」
「うん。鈴の言うとおりかもしれない」
「ちゃんちゃらおかしい」
「おかしいね」
わからない?
おかしい?
何が?
どう?
俺が彼女に関わり続けることがか?
それは…相談を受けたからだ。
ただ、それだけだ。
それだけのはずだ。
「理樹はあたしのこと、どう思ってる?」
「好きだけど?」
「あたしもだ」
見つめ合うふたり。
…どうなっているんだ? この世界では、まだ…。
「好きだから、理樹はあたしを助けてくれた」
「うん。まあ結果的にはそうなるね」
ふたりが助け合ってきた…のはわかる。
「好きだからだ」
「うん」
「だから…」
「だから?」
「うぅ…」
「?」
「つかれた、理樹」
「うん。よく頑張ったね、鈴。あとは任せて」
「うん…」
鈴が言いたいことはよくわからなかった。
理樹が続けてくれるようだ。
「ほとんど鈴が言ってくれたけど、要は謙吾の気持ち次第ってことじゃないのかな?」
「俺の…気持ち?」
「うん。だって、あれだけ親身になって相談を受けてたんでしょ?」
「ああ。そうだが…」
それが何の関係があると言うのだろう?
俺は、俺がしたいからと言うのもあったが、それがあいつのためになる、
そう思って相談に乗っていただけだ。そこに私情など…。
「それは…自分を重ねて見ていたから?」
「…恐らくは」
「同情も?」
「…ああ」
その2つの理由は…正しいのだろう。
古式は、あまりにも似ていたのだ。
俺に。
昔の…俺に。
「それだけだったら、古式さんの心は動かせないだろうね」
そう、少しだけ冷たく言い放った。
「古式さんだって、謙吾と自分を重ねて見てたと思うし」
そうだろう。
だからこそ、俺に相談してくれたのだ。
ただ俺は、同じような状況に陥ったときに、それを打破できるだけの策を持っていなかった。
だから…示せなかった。将来を。
「同情されたところで、相手が変わるわけじゃないんだし」
「…」
言うとおりだった。
いくら同情して優しくしてもらったところで、その先に広がる暗闇に打ち勝てるわけが無い。
言われてみて、自分がこれほどまでに未熟だったと、打ちのめされてしまった。
「まあ謙吾が、本当にそれだけの理由で、古式さんにこだわっていたんだったら、
…ってことなんだけどね」
「それだけの理由?」
「うん」
「ちゃんちゃらおかしい」
「鈴。その前に何か言ったよね?」
「えーと…なんでもない相手にそこまでしんけんになる意味がわからない」
「そうそう、それ」
「どういう意味だ?」
俺には、それだけの理由しか無かったはずだ。
他の理由など…。
「好き、なんじゃない? 古式さんのこと」
「…好き、だと?」
「うん」
好き?
俺が、古式のことを?
考えても見なかった。
「謙吾がさ、そこまで想う人ってどんな人なんだろうって思ってね」
「好きだから、じゃないのか?」
「…」
俺は…どう思っているんだろう?
古式のことを。
最後に、俺に縋ってきた少女を…。
改めて考えてみた。
…。
確かに、同情が多く含まれていたのは明らかだ。
しかし、それだけで片付けられていたら、俺はここまで悩んでいただろうか?
自分と重ねてしまっていたのも確かにある。
でも同時に、崩れそうな彼女を支えられたら…と。
俺が支える役を出来たら、って気持ちが日に日に大きくなっていた。
それは「好き」と言うことなんだろうか?
理樹と鈴が言っていた気持ちと同じなんだろうか?
「そう…なのかもしれないな」
口に出してみて気付く。
かもしれない、じゃなく、そうなんだ、と。
ああ…わかってしまった。
自分と同じように、1つの道をまい進しようとしていたことを。
弓を放つ彼女の姿は…美しかった。
そして、その道が断たれた後の、絶望に打ちひしがれる姿を。
そんな彼女の支えになりたかった。
それらの感情は、すべて一言に集約されてしまうんだと。
「好き…なんだろうな」
…と。
「好きなんだったらさ、自分の気持ちを伝えてさ、………って言ってみたら?」
「なにっ?!」
あまりにも恥ずかしいセリフを言われて、思わず狼狽してしまった。
「あっはは。謙吾なりに頑張ってみて、ダメだったら試してみれば?」
「…わかった。考えておく」
「謙吾がいうとなんかキモいな」
「鈴。そんなこと言っちゃダメだよ」
「理樹にいわれるならわかるんだけどな」
「まあ、それを謙吾と古式さんに当てはめて考えるんだよ」
「なるほど…」
ノロケは放っておくことにして…。
やるべきことはわかった。
しかし、
「はは…。まさか理樹と鈴に導いてもらう日が来るなんてな」
正直なところだ。
少し前までは、助けてやらなければ前に進めないくらいに弱い存在だったと言うのに。
今じゃ立場は逆転しているのだ。
「俺は…何時まで経っても子どものまんまだ」
自嘲気味にそう言った。もちろん、そう思ったからだ。
「違うよ、謙吾」
しかし、理樹はそんな俺の言葉を優しい口調で否定した。
「昔の謙吾のままだったら、こうやって僕らに相談なんかしてくれなかったはずだよ」
「相談なんかしなかったはずだ」
「そう…か?」
それも…成長なんだろうか?
「謙吾も…前に進んでいるんだよ。今も、これからも」
「わかった。ありがとう。理樹、鈴」
「ははは。僕のほうこそ、謙吾の役に立てるなんて思わなかったよ」
「ああ、思わなかったな」
「…頑張ってね」
それだけ交わすと、俺は部屋を後にした。
「…宮沢さん。ありがとうございました」
最初は自分自身の考えで説得したつもりだった。
だが、やはり俺の力では心変わりさせることは出来ないようだ。
…どうしても、自分の気持ちを伝える方向に持っていけなかった。
「待ってくれっ! 話はまだ終わっていない」
立ち去ろうとする彼女を、俺は強く引きとめた。
現実の時間通りなら…これが最後のチャンスなのだから。
「もうこれ以上、宮沢さんにご迷惑はお掛けできません」
気は進まないが、理樹の言っていた方法を試すしか無さそうだ。
「古式…。お前は誰のために生きている?」
「誰のために生きている…ですか?」
「ああ」
「私は…弓の、弓のために生きてきました。
弓の世界で、両親に期待されて、周りに期待されて。
そして、もっと上達して、大会でいい成績を取って。
…それだけが私の生きる意味だったんです」
「そこに、お前自身の意思はあるのか?」
「それは…宮沢さんだって同じことじゃないのですか?」
「ああ…」
「…色々とありがとうございました」
同じだ。
同じだった。
俺は、彼女と同じだった。
剣道に明け暮れ、その道を極めることだけが生きる意味だった。
結果として成績が伴い、周囲が俺を見る目が変わり、親が俺を見る目が変わり…。
いつしか、俺はそこにだけ生きる意味を見出していった。
…あの日までは。
「今は違う」
「…違う?」
「ああ」
でも今は違う。
俺には理樹がいて、恭介や鈴、真人、それにみんながいる。
あいつらのためだったら、俺は剣道だって捨てられる。
他人…いや、ひとのために生きるってのは案外悪くない。
むしろ、そっちのほうが、よほど温かな目標になるし、立ち止まらなくて済む。
彼女にとって、俺がそんな存在になれたら…。
「俺のために生きてみてくれないか?」
「…?」
聞き取れなかったのか?
…言うのは勇気が要ったというのに…。
「今、なにを…」
「弓の道ではなく、今度は俺のために生きてみないか?」
「…宮沢さんのため、ですか?」
「ああ」
一度切り出した言葉。決意。
もう止まらなかった。
「こんなときに言うのは卑怯かもしれない。
でも俺は…古式の、お前のことが好きなんだ」
「えっ?!」
「だから…人生を諦めようとしているお前を、こうやって必死に止めようとしているんだ」
「…」
「それは、お前にとっても、そして俺にとっても哀しいことだからだ」
「宮沢さん…」
もう、彼女だけの命じゃないんだと。
そう伝えたかった。
「だから…俺のために生きて欲しい。
弓の道に比べたらちっぽけかもしれないが」
そこまで言って、俺はまともに彼女の顔を見れないことに気付いた。
…。
ちらり、と見た彼女の顔は…歪んでいた。
「宮沢さんっ!」
俺の胸に、軽くない衝撃とともに、温かなものが飛び込んできた。
反射的にその存在を抱きしめた。
「私も…宮沢さんのことが好きです。
だから…、だからこれから…は、宮沢さんのために…っ」
「ああ。ありがとう」
胸の辺りが熱いもので濡れていく感触があった。
今は、それさえ心地よかった。
これで…、これで良かったんだろう。
すべてが上手くいった。
彼女の、俺の気持ちも伝わった。
これで良かったんだろう。
…すべて、夢の世界での出来事だとしても。
世界が崩壊する。
願いが叶ったからだろう。
最後に俺は、この気持ちがずっと続くようにと、抱きしめる力を強めた。
この感触を忘れないように。忘れさせないために。
気がつくとそこは…元の暖かい世界だった。
皆がいて、俺がいる世界。
しかし、そこにいるはずの無い存在が…存在していた。
「宮沢さん。お待ちしていました」
「…古式っ?!」
<つづく?>
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作者たるりきおです。
いかがでしたでしょうか? 結構ぶっ飛んだ設定なんですが、考察を踏まえた内容なので、それほど違和感は無いように思うのですが…。
それにしても、謙吾×古式みゆきという要望がそれなりにあって、考察も色々としていたら急に思い浮かんだ話だったりして、自分でも訳わかんないうちに完成してしまった作品だったりします。ボリュームも決して少なく無いですしね(12k)。
懸念は2つくらい。謙吾が、謙吾らしく見えるかどうかってところと、古式さんはほぼオリキャラ同然なので、それがどう映るかってところです。特に謙吾は心配ですけどね。バカでも、クールでも無い謙吾が受け入れられるかどうか…。元はこういうやつだと思うんですけど。
あと古式さんにも、需要があるかどうかが不明です。
まあ、続きの話も無くは無いので、そうした要望とかもあれば、
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