『軌跡の果て』  
  
 今日、あいつが帰ってくる。なんとなく、そんな気がした。  
  
 「ええ。私もそんな気がするんです」。 
 学校からの帰り道。。 
 特に用事のある日以外は一緒に帰るようになった、隣の少女--天野美汐がそう言った。 
 「やっぱり。俺、いきなりふと思ったんだけど、頭イカれてなくてよかったよ」 
 「もしかしたら、私も頭がおかしいかも知れませんよ?」 
 小悪魔っぽい表情でそう言う。 
 「それじゃあ、俺たち目立ってるんじゃねえの? 『頭がおかしい変な二人』って」 
 「そうかもしれませんね。でも、私は気にしません」 
 終始、日常と変わらない会話。でも… 
 「どうして天野はそう思うんだ?」 
 俺よりも感受性の強い天野のことだ。何か感じ取ったのかもしれない。 
 「そうですね。あの子たちの『想い』が、今日、特に強くなってるんです。 
 ものみの丘の、それも複数…たくさんの、『想い』の力が…」 
 「俺は、その『想い』の中に、あいつの気配っていうのかなあ。なんか感じるんだよなあ」 
 「はい。確かに…あの冬の日と同じような…」  
  
 そして俺は天野にこう告げた。 
 「で、俺これから行ってこようと思うんだ。丘に」 
 「そうですね。それがいいと思います」 
 「あいつが帰ってきたら、また友達になってくれるか?」 
 そう言うと、目の前にいる少女は「くすり」と笑って、 
 「またもなにも、真琴とは、一生の友達のつもりですよ」 
 俺も、その言葉に安心して、 
 「そうだな。何もなかったかのように迎えてやるのがいいんだろうな」 
 「そうですね…」  
  
 俺は、天野に対して、辛くひどいことをしてきたと思う。 
 実のところ、どんな出会いと別れで傷ついたのかは知らないのだが、それを聞くと言うことは、 
 海底に沈めた悲しみの塊を、無理やり引き上げさせたようなものだからだ。 
 そしてそんな彼女に、俺は「出会い」を強要したのだ。別れという結末が確定している「出会い」を…。 
 でも、彼女は強くなってくれた。出逢った頃よりも表情が多くなった。 
 そんな方向に導いてくれたとしたら、やっぱりあいつにも感謝したい。もちろん、天野自身にも。  
  
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 「ただいま」。 
 慣れ親しんだ、水瀬家のドアを開く。 
 「おかえりなさい」。 
 普段通りに迎えてくれる秋子さん。。 
 「あの部屋、今入っても大丈夫かな?」。 
 あの部屋とはもちろん、少し前まで、この家に居候していたあいつの部屋ことである。 
 「ええ。家出した悪い娘がいつ帰ってきても良いようにね」。 
 この家の家主は、微笑みながらそう言ってくれた。 
 「今日あたり、ひょっこり帰ってくるかもしれませんよ。 
 『あぅ〜っ。おなかすいた〜』とか言って」。 
 「そうね。いつでも唐突でしたものね」  
  
 秋子さん。 
 俺はこの人には、感謝してもしきれない。 
 あいつを素で受け入れ、そして家族同然に扱ってくれて…。 
 あいつが高熱を出した後も、仕事もあったはずだったけど、俺がいないときは、 
 さももう一人娘が出来たかのように、よく遊んでくれていた。 
 そして、あいつが2度目の高熱を出した日、家を出る時に、 
 玄関先で後ろを向いた、あの時の秋子さんを俺は忘れてはいない。  
  
 「…実は、今日何となくあいつが帰ってくる気がするんです」 
 俺は、予感めいたものをそう唐突に切り出した。すると、 
 「…今日、晩御飯の材料を4人分買ってきたのよ」 
 と、この家の主人はそう答えた。 
 「…わかるんですか?」 
 俺や、天野が感じた予感めいたもの。それは、秋子さんにも伝わったのだろうか? 
 「気が付いたら、肉まんの材料を4人分買っていたのよ」 
 そういえば秋子さんは、昔と、人間の真琴を両方知る、俺以外では唯一の存在だった。 
 ならば、この感覚が伝わるのかもしれない。 
 「それじゃあ、あいつを迎えに行ってきます」 
 「そう。じゃあ今日はごちそうを作って待ってるわね」 
 「ええ。よろしくお願いします」 
 俺は、いつも通りに返してくれる秋子さんに感謝しながら、丘を目指した。  
  
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 「あれ? 祐一。どうしたの? 今から出かけるの?」 
 その道中、見知ったいとこに会った。 
 「おう。家出少女を迎えに行く」 
 そう言うと、名雪はきょとんとした顔で、 
 「真琴、帰ってくるの?」 
 そう言った。 
 「俺の第七感が、そう俺に告げている。『奴は近くにいる』と」 
 そしたら名雪はあきれた顔で、 
 「第一、第七感ってなんだよー。あてにならないよー」 
 「俺の直感が信じられないと言うのか? 
 俺は、ノストラダムスよりも先に、恐怖の大王を予告した男だぞ」 
 「そんなあ。ノストラダムスはもっと昔の人だし、恐怖の大王だって結局来てないよー」 
 そんな日常のやりとり。そんな日常をあいつに取り戻させてやりたい。 
 そうしたら、また毎晩のイタズラが始まるのか? 
 と思うと、結構うんざりもするが、そんな日々が今はいとおしい。 
 「じゃあ。晩メシまでには帰ってくるから。ディナーのセッティングは頼んだぞ、名雪」 
 そう言うと、いとこの少女は、 
 「わかったよ」 
 と微笑みながら答えてくれた。  
  
 名雪。いとこの少女。 最初は、あいつと2人ともお互い遠慮しているような素振りも見せていたが、 
 あの日、4人で出かけた時には間違いなく「家族」だった。 
 それは、名雪があいつのことを「あの子」を呼ばなくなった日から。 
 そして、雪遊びをしたあの日。 
 いいやつだな、と素直に思う。 
 俺は、心の中で深く感謝をしていた。  
  
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 丘に着いた。 
 あの時と違うのは、一面が花畑だという事。 
 色とりどりに咲き乱れる花たち。それは、まるであいつの帰りを歓迎しているかのように。 
 そして、俺は叫んだ。 
 「家出少女沢渡真琴!! そこにいるのはわかっているぞ!!」  
 「あぅーっ。どーしてそんな、フンイキのない再会なのよーっ!!」 
 俺は、声がした方向を見た。 
 家出少女はやっぱり唐突に現われた。 
 花の中に立つ小柄な少女。ちょっと怒ったような、そして泣きそうな、そんな顔をしていた。 
 「おう、久しぶりだな」 
 そう手を挙げて、自然を装いながら、そして軽く笑いながら近づいていく。 
 「ほんっと、乙女心ってものがわかってないんだから!!」 
 少女はやはり怒っているようだったが、その瞳には涙が浮かんでいて、 
 「お帰り、真琴」 
 やっぱり涙はこらえきれなくて、 
 「うん。ただいま」 
 それだけ言うと、あふれる涙を拭おうともせず、俺の胸の中に飛び込んできた。 
 俺はわんわん泣く小柄な少女を、強く抱きしめた。  
  
 「絶対、祐一は迎えにきてくれると思ってたよ」 
 俺のシャツを濡らすだけ濡らして、ようやく落ち着いた真琴は、そう口を開いた。 
 「そうだな。なんとなくわかったんだよ。おまえが帰ってくるって」 
 「そうなんだ…」 
 少女は安心しきって、俺に肢体を預けている。 
 丘を渡るそよ風が、春の甘い香りを運んでくる。  
  
 俺は、伝えていなかったある「言葉」を言いたかった。 
 そして、腕の中にいる少女の口から聞きたかった言葉を。 
 「俺のこと、まだ嫌いか?」 
 「え?」 
 少女は驚いたような表情で、俺の顔を見た。 
 「俺のこと、まだ憎いか?」 
 そう訊くと、少し間があってから、 
 「…うん。だって、『感動の再会』が、あんなムードのない迎え方されるんだもん」 
 ちょっと拗ねた様子でそう答えた。やっぱり…というか、当たり前か。 
 「そっか。普段どおりが一番かな? と思ったんだけどな」 
 そう答えると、少女は、 
 「…うん。でもね、憎いのと同じくらい…好きだよ。祐一のこと」  
  
 「そっか…って、え?」 
 見ると、目の前の少女は耳まで真っ赤になっている。 
 「…だからあ。って、祐一はどうなのよ!!」 
 と、逆に質問されてしまった。 
 「俺? 俺は…」 
 そんなものは決まっている。 
 嫌いなやつを、直接聞いたわけでもないのに、こんなところまで迎えに来るやつはいない。 
 そうでなくとも、俺たちは…。  
  
 「好きだぜ。真琴のこと」 
 耳まで真っ赤にしていた少女の表情は、今度は満面の笑みに変わっていた。 
 「わかってたんだけどな。俺の気持ちも、おまえの気持ちも。 
 でも、どうしても言葉で言いたかったし、真琴の口からも訊きたかったんだ」 
 「あぅ…。いじわる…」  
  
 うにゃぁ〜ん。 
 近くで、猫の鳴き声。 
 「ぴろ?」 
 うにゃぁ〜ん。 
 少女が知る子猫より一回り大きくなった猫が、少女の足元にいて、懐かしそうに擦り寄っていた。 
 「案外、真琴の帰りを祝ってやりたかったのかもな」 
 少女がいなくなった後、ひょっこり戻ってきた元家族に対して、そう思った。 
 「ただいま、ぴろ。ありがと」 
 少女もそう言った。  
  
 あの時の雪だるまがぴろに変わっただけ。 
 何も変わらない。変わったのは、ふたりの距離だけ。 
 そして、そう。あの日の続きをしよう。  
  
 「真琴」 
 「何? 祐一」 
 「結婚式の続きをしよう」 
 「うんっ」 
 あの時出来なかったこと。叶えられなかったことはたくさんあった。 
 やっぱり、短期間ではとてもドレスは用意できなかったけど、 
 あいつの好きな「あれ」はちゃんと用意している。 
 「ずっと、ずっと一緒にいような」 
 「うんっ。ずっとね」 
 俺たちなりの、誓いの言葉。 
 ちりん。 
 「あっ、それ」 
 鈴のついた腕輪みたいなものをつけてやる。 
 ちりん。ちりん。 
 目の前の少女は、瞳の端にいっぱい光るものを溜めながら、 
 「ありがとう。祐一」 
 そう言った。 
 そして… 
 「真琴。キスしよう」 
 そう。もう1つ、あの日できなかったこと。 
 「うんっ」 
 永遠の、誓いの…キスを。  
  
 俺は、春風が髪を揺らす中、永遠を願いながら、「沢渡真琴」という少女に、優しく、優しく口づけをした。  
  
 おしまい。 
  
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 いかがでしたでしょうか? 
 この小説は、もはや95%くらいは、真琴への「愛」しかありませんw あとの5%で妄想を止めてつじつまを合わせる努力をしたって感じで…。 
 これを書いたヒントですが、1つ目は真琴シナリオのエピローグで、祐一と美汐があまりにも前向きに真琴を思い出していたこと、2つ目は、Kanonのビジュアルファンブックか何かで、シナリオの麻枝さんが言っていたコメントです。これらを総合して、真琴は復活する!と仮定してのお話です。すると思いますが、実際。 
 書きたかったのは、やはり「結婚式」で出来なかったことをやることでした。これに関しては、非常に自己満足していたと思います>当時の俺(本では、めちゃくちゃ後ろ向きなこと書いていたりしますが)。今もやっぱ満足していますし…。内容は、真琴好きな人以外はお断りな話だったりしますけどねw 
  
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