remove
powerd by nog twitter


頂きモノSSの部屋
当ページにいただいたSSを載せるページです。


1   ■完結■『二人の誓い』 第6話<作・ひでやんさん>(リトバスRefrain編SS)
更新日時:
2009.04.17 Fri.
Episode:鈴&理樹 アレンジSS
 『二人の誓い』 第6話
 
 
−Side:鈴−
 
 
「鈴は凄いね。鈴は最初から、僕に欠けていた強さを持ってたんだ」
 
 理樹は急に泣きだしたかと思うと、よくわからんことをつぶやいた。
 
「ん? なにを言ってるのかさっぱりわからんぞ」
「いいよ、気にしなくて。僕の独り言だから」
「?」
 
 そう言われても、気になるものは気になる。むしろよけい気になる。
 だが、泣いてる理樹を問いつめる気にはなれず、ずっと理樹をみていた。 
 でも理樹はいつまでたっても話してくれなくて、そのうちマイケルがあたしの服の袖を引っぱってきた。
 あたしが理樹と話してたせいでマイケルだけ退屈になったから、催促してきたのだろう。
 
「まったく、しょーがないやつだ」
 
 ――理樹も、マイケルも。
 
「よし、今度はそーかんたんに捕まらないからな」
 
 口ではそう言ったが、猫じゃらしの動きはさっきよりもほんのちょっと早くしただけだ。
 それを追ってマイケルの目が左へ右へ行ったり来たりする。
 ねらいをつけて何度も手を伸ばしてくる。
 
「なっ、また捕まえたのか?! おまえやるな」
 
 くしゃくしゃと頭をなでてやると、マイケルは気持ちよさそうに目をほそめた。
 それからもずっと、あたしはマイケルとあそびつづけた。理樹もそんなあたし達を静かに見守っていた。
 かなしい気持もちょっぴりあったけど、たのしい時間だった。胸をはってそう言える。
 
 ――でもどーしてか、あたしは理樹の様子に不安を感じずにはいられなかった。
 
 
 
 
 
 
 寝ようと思って目をつむっても、なんだかよくわからん不安のせいですぐに目を開けてしまう。
 そして暗い天井を見ては、また不安な気持ちになる。
 そんなことをさっきからずっとくり返していた。
 
「……理樹、いるか?」
 
 理樹さえもこの暗闇に消えてしまいそうな気がして、あたしは下で寝ている理樹に恐る恐る声をかけた。
 返事が返ってくるまでの時間が、もどかしくて、あたしの心をぎゅっと締めつける。
 
「うん、ちゃんとここにいるよ」
 
 そんな不安を吹き飛ばすように、理樹の返事が聞こえた。
 
「そうか……よかった」
 
 安心して、思わずそんなことを口にしていた。
 
「眠れないの?」
 
 ――ん? これじゃまるであたしが寝付きの悪い子供みたいじゃないか?!
 
「なっ?! そ、そんなわけあるかっ」
 
 恥ずかしさに、勢いよく頭まで布団をかぶった。
 
 チック、タック、チック、タック……
 
 また、時計の針が進む音だけが理樹の部屋にひびいていた。
 
「……よかったらこっちに来る?」
 
 しばらくして、理樹がそんなことを言った。
 
「それは理樹と一緒に寝ろということか?」
「いや、さすがに一緒ってのはまずいから……。僕は床で寝るから、鈴は下のベッドを使ってよ。その方が今よりは安心できるんじゃないかな」
 
 なるほど、確かにそれなら今よりも理樹を近くに感じられるな。
 
「だが、理樹が床で寝るのはかわいそうだ」
「僕のことは気にしなくて良いから」
「うーん……わかった。理樹がそこまで言うんだったら」
「じゃあ決まりだね」
 
 そう言うなり、理樹は自分の布団を床に敷き直し始めた。
 その様子を見ながら、あたしはもう一度考えてみる。
 
「理樹、やっぱり床はないんじゃないか?」
「でも、代わりに僕が上にいったら意味無いでしょ?」
「それもそうだが……」
 
 なにか名案はないか? 名案、めいあん……
 
「よし、一緒に寝ろ」
「……はい?」
 
 理樹がまぬけな声をあげた。
 
「あたしと理樹がいっしょに寝ればいいんだ。どうだっ、これで問題ないぞ」
「えーーっ?! それ、すごく問題あるから!」
「そうか? あたしは狭くても平気だぞ」
「いやいやいや、狭いとかの問題じゃなくて……」
「なんだ、おまえ寝相悪いのか? あるいはあたしと寝るのが嫌なのか?」
「いや、だから……」
 
 ……ん? あたしと寝るのが、嫌?
 
「って、もしかしておまえ、あたしのことが嫌いなのかっ?!」
「そんなわけないでしょ!」
 
 理樹は顔を赤くしながら、ムキになってそう言った。
 
「もうっ、鈴ってば……。鈴はその……恥ずかしくないの?」
「はずかしい? なにがだ?」
「だから、僕と一緒の布団で寝ること」
「理樹といっしょになら何回か寝たことがあるぞ?」
「それは小さい頃のことでしょ。今は……その、こういう歳なんだし」
 
 そう言って理樹は困った表情をみせた。
 それを見てると、理樹の言いたいことが少しずつ伝わってきた。
 
「うーん、そーいわれてみると確かにはずかしいかもな」
「でしょ?」
「はずかしいが……まあ、理樹となら問題ないな」
「問題ないんだっ?!」
 
 理樹がやけに騒ぐから、なんだかあたしまではずかしくなってきた。
 
「うっさい、ずべこべ言ってないではやくおまえの布団を敷きなおせ! あたしが入れないだろっ!」
 
 思わず投げてしまった枕が見事に理樹の顔にあたったが、自業自得だ。
 理樹がしぶしぶと布団を敷きなおし終わると、あたしは下におりて理樹のとなりに潜り込んだ。
 そこは理樹のにおいとぬくもりであふれていた。
 
「どう? 今度はちゃんと寝られそう?」
「ああ、ぐっすり寝られそうだ」
 
 理樹の強い提案で背を向け合っての格好になったため、さすがにちょっと狭かった。
 だがしばらくこうしてると、今までの分を取り戻すかのように眠気がしてきた。
 
「鈴、また明日」
「ああ……また……な……」
 
 『おやすみ』じゃないことがどこか引っかかったが、今は眠くて考える気にもならない。
 さっきまで不安でしょうがなかった暗闇の中、あたしは理樹のあたたかさを感じながら眠りに落ちた。
 
 
 
 
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 
 
 
 今日も猫たちとあそぶため、いつもの廊下にやってきた。
 
 ――でも、そこにあいつらの姿はなかった。
 
「なんだ、まだ来てないのか? おーい、ファーブルっ、ホクサイっ、ヒョードルっ」
 
 一通りあいつらの名前を呼んでみたが、姿どころか返事すらかえってこない。
 そのことが昨日感じた不安をふと思い出させた。
 
「仕方ないやつらだな。よし、ならあいつらが来るまで理樹とでもあそぶか」
 
 振り返った先に、理樹のかなしそうな顔が見えた。
 
「どうした? なんかあったのか?」
「……鈴は、恭介達と最期に別れた時のこと覚えてる?」
 
 その言葉に、不安の正体が姿をあらわすのを感じた。
 
「……ああ、おぼえてる」
 
 冷静に答えたつもりだったのに、あたしの声はすこし震えていた。
 
「鈴、よく聞いて。僕は昨日、鈴のおかげで自分に足りなかった強さに気付いたんだ」
 
 昨日のあの時と同じで、理樹がなにを言ってるのかよく分からなかった。
 でも理樹の目がとても大切なことを話そうとしているのだけはよく分かる。
 
「だから多分……僕はこれから恭介達がそうだったように、この世界から消えてしまうと思う」
「そんなっ、理樹がいなくなるのか?!」
「うん……」
「じゃあ、あたしはどうすれば良いんだ?! あたしはまだなんにも分かってないんだぞ? どうやったら強くなるのか、全然知らないままなんだぞ?!」
 
 あたしがこんなにも慌てているのも気にせず、理樹はやさしく微笑んだ。
 
「大丈夫だよ、鈴。鈴はもうその強さを持ってるから」
「……あたしが?」
「うん、だから自信を持って」
 
 やっぱり、理樹の言ってることはかさっぱりわからん。
 だからちゃんと聞き直そうとした。
 
 ――がたん
 
 だけど、それは急にどこからか聞こえてきた音にさえぎられてしまった。
 驚いて空を見上げると、さっきまで晴れていた空が急に曇りはじめていた。
 
 ――いや、曇ってるんじゃない。白くかすんでるんだ!
 
 空だけじゃない。庭も校舎も、そして足元も。
 それはこの世界のすべてを呑み込むように広がっていく。
 そしてついには地面まで揺れはじめてきた。
 
「嫌だ! あたしはまたひとりぼっちになるのか?!」
 
 どこかの世界、ひとりぼっちのあたし。あんなにもかなしい世界はもう嫌だ。
 
「大丈夫、鈴はひとりぼっちじゃない。僕がそばにいるから」
「でも……っ?!」
 
 そう言っているあいだに、今度は理樹の姿までかすみはじめた。
 
「理樹っ!」
 
 理樹に触れようとあたしは駆けだした。
 
「鈴、来ちゃ駄目!」
 
 だけど、その声に思わず足が止まる。
 
「鈴は走って! 僕に構わず走るんだ!」
「嫌だ、理樹を置いてなんか行けるかっ!」
 
 今すぐにでも理樹の手をつかみたい。
 あたしはもう一度足を踏み出そうとした。
 
「……鈴にしかできないことなんだよ」
 
 理樹のやさしい声が、あたしのはやる気持を抑えた。
 
「あたしにしかできないこと?」
「うん。みんなを助けるためには鈴の力が必要なんだ。だから走って。後ろを振り返らずに、ただ走って」
「無理だ! あたしにはそんなことできない。つよくなんか、ないんだ……」
 
 涙が出そうになって、下を向く。
 茜色に染まる屋上。果たせなかったこまりちゃんとの約束。
 あたしはずっと、よわいままなんだ……。
 
「ねえ、鈴。もしも鈴の大切な猫たちを鈴にしか助けてあげられないしたら、鈴はどうする?」
「どうって……今はそんな話をしてる場合じゃないだろっ」
「ううん、大切なことなんだ。だから答えて」
 
 理樹の目があたしに何か大切なことを伝えようとしている。
 だからあたしは考えた。いや、答えなんか始めっからひとつしかない。
 
「……助けてみせる。あたしにしかできないんだったら、精一杯やってみる」
 
 今までもあいつらが怪我したり体調を崩したら、すぐお医者さんのところまで連れて行った。
 捨てられた子猫がないていたら、あたしがママの代わりになってミルクをあげてやった。
 
「うん、鈴はこれまでずっとそうしてきたよ。だから、鈴ならできる。猫たちの前で見せていたように、胸を張って、自分に自信を持って」
「……あいつらの前でやっていたように、自信を持って?」
「鈴はもう強さを手に入れてるんだ。あとはそれに気付くだけなんだよ」
 
 強い? あたしが?
 そんなことない。あたしはただ、あいつらと一緒にあそびたかっただけだ。
 すこしでもあいつらが困っていたら、早くみんなでたのしく過ごせるようにって頑張ってたただけだ。
 
 ――ん? それは今の状況と同じなのか?
 
 こまりちゃんたちを助けるためには、あたしと理樹の力が必要だ。
 理樹が自分に必要な強さをみつけた今、あとはあたしが強くなるのを待つだけだ。
 だからそれは、あたしにしかできないこと。
 あたしがなんとかしなきゃ、みんなを助けることはできない。
 みんなと一緒にあそぶことも、みんなと一緒に笑うことも、あたしが前に進まなきゃ手に入れることはできないんだ。
 
 ――だが、それはとてもこわいことだ。
 上手くいかなかったらと思うと、とても不安になる。
 
 でも、あたしはみんなといっしょにいたい。ずっとずっと、みんなと笑っていたい。
 もしみんなの笑顔を取りもどせるなら、あたしはどんな努力だってしてみせる。
 だから……
 
「だから鈴、走って!」
 
 ――ちりん
 
 決意を込めた頷きに、鈴の音が重なった。
 
「理樹、あたしは絶対に強くなってみせる。だから今は……ほんの少しの間だけ、お別れだっ!」
 
 後ろ髪を引かれる思いを断ち切るように、あたしは勢いよく駆けだした。
 
「うん。待ってるよ、鈴……」
 
 かすんでいく理樹の声を背に受け、あたしは走り続けた。
 兄貴たちとの別れの時には理樹が手を引いてくれた。でも、今はあたしひとりだ。
 不安や恐怖に足が止まりそうになる。地面の揺れに足をとられそうになる。
 それでも転ばずに、スピードを緩めることなく、ただひたすら前だけを向いて走った。
 走って、走って、走って――あたりが真っ白にかすんで何も見えなくなっても走り続けた。
 みんなを助けたいという、たったひとつの思いを力に変えて。
 
 ――そう、これはあたしにしかできないミッションなんだっ!
 
 
 
 
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 
 
 
 どれくらい走っただろう? 目の前には眩しい光が広がっていた。
 その光の中に――こまりちゃんの後ろ姿が見えた。
 うしなってから気付いた大切なもの。かけがえのない友達。
 
 ――でも、今ならまだ手が届く!
 
 あたしは精一杯、声に託した。
 
「こまりちゃんっ!」
 
 こまりちゃんの背中がちいさく跳ねた。
 そして、おそるおそるこちらを振り向く。
 
「りん…ちゃん? どうしてここに?」
 
 こまりちゃんの戸惑った声が、確かに返ってきた。もう聞くことができないと思っていた声が。
 いつの間にか、あたしたちは屋上にいた。
 茜色に染まる景色が、いつかの後悔を思い出させる。
 あたしはまだ荒い呼吸もそのままに言った。
 
「こまりちゃんっ! やっぱりあたしは、みんなが笑ってくれないと笑えない! こわいことに立ち向かえない! つらいことやかなしいことなんて、乗り越えられないっ! あたしは、もっともっと、こまりちゃんといっしょにいたい! みんなといたいんだっ!」
 
 別れ際のさよならは、つらくて、さびしくて、そしてかなしい。
 今までのあたしなら、そのことに足がすくんで立ち止まっていただろう。
 でも、今度こそあたしは『またね』って言いたい。
 別れ際のかなしみじゃなくて、明日のたのしいことを見つめたい。
 
「だから待っててくれ! 理樹といっしょに、必ずみんなを助け出してみせるからっ!」
 
 今なら言える。どんなにつらい結果が待っているとしても、あたしは自分を信じて精一杯やってみせる。
 それが強さなんだと思う。
 
「りんちゃん……」
 
 こまりちゃんが微笑む。
 その笑顔を見ていると、この先に待ち受けているどんな不安もかなしみも、全然こわくなかった。
 
「『りんちゃんがいつまでも笑っていられるように』っていうわたしの願いは、りんちゃんが叶えてくれるんだね」
 
 それはこまりちゃんが願い星に託した最後の願い。
 だけど、最後になんてさせるもんか。
 
「ああ。こまりちゃんの願い、あたしが叶えてみせる」
 
 星に頼ってちゃ駄目だったんだ。
 本当に大切なことは、あたし自身でなんとかしてみせるんだ。
 
「だったらそれまでの間……『またね』だね」
 
 夕暮れが告げる終わりの時間。
 でも、かなしくなんかない。あたしはこまりちゃんたちを助け出して、みんなでまたいっしょに笑いあうのだから。
 
「待ってるよ、りんちゃん……」
 
 光が再び強くなり、世界が、こまりちゃんが、白に消えていく。
 でもあたしはもう、こまりちゃんを追ったりしない。
 あたしは、あたしにしかできないことをするって決めたから。
 あたしの手の中には、いつの間にかこまりちゃんの願い星があった。
 いつか掴みそこねてしまった願い星。こまりちゃんの想い。
 あたしはそれを見つめると、ぎゅっと握りしめた。
 
「よし、いくぞ、理樹っ!」
 
 そらを見上げ、手を伸ばす。
 あたしたちが望む未来を掴むために。
 
 
 
 
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 
 
 
 
Side:理樹
 
 
 塞ぎ込んでいた日々。
 
「おまえのちからが必要だ」
 
 突然声を掛けてきた見ず知らずの子。
 一見男の子のように見えるけど、僕はなぜだかその子が女の子だと知っていた。
 
「……どうして、僕なんかの力が必要なの?」
「それはだな……」
 
 その子は腕を組んで堂々と答えようとしたけど……
 
「……ん、どうしてなんだ? あたしにもさっぱりわからんぞ?」
 
 三歩歩いたニワトリのように我が事を驚く様子を見て、僕は溜息を吐いた。
 それを聞いて、女の子の視線が再び僕に向けられる。
 
「元気ないな。どうかしたのか?」
「……悲しいことがあったんだ。とても辛くて、悲しいこと。だから今はほっといてよ」
 
 絞り出すように何とかそう答え、僕は立てた膝の間に顔を埋めた。
 
「それはなんというか……かわいそうだな」
 
 彼女はしゅんとなって、申し訳なさそうにそう言った。
 だけど、すぐに声の調子を戻してこう言った。
 
「だがな、たのしいことはいっぱいあるぞ」
 
 心をくすぐるようなその声に釣られ、僕はゆっくりと顔を上げた。
 
「きょーすけたちといると、毎日がたのしいことだらけだ。あたしがたのしいと言ってるんだ。だからおまえもたのしいはずだ」
 
 その子は無茶苦茶な持論を言いながら、僕の手を掴んだ。
 
「……やめてよ、楽しいことなんかあるはずないよ」
「そんなことはない。あたしもびっくりだ」
「……いいって。それに、今はそんな気分じゃないんだ」
 
 女の子の手を振り払おうとした。でも、力が入らなかった。
 
「ああもう、なんでもいい。とにかくいくぞっ!」
 
 彼女はそう言うなり、僕の手を強引に引っ張って駆け出した。
 その勢いに、思わずつまずきそうになる。
 
 ――でも、
 
 颯爽と移り変わっていく景色は、まるで目まぐるしく過ぎていく日々のようで、僕は次第にわくわくした気持を抑えられなくなってきた。
 今はやっぱりとても悲しいけど、こうして誰かと一緒に駆け抜けていれば、僕はいつか辿り着けるのかもしれない。悲しみさえも乗り越えた、心躍るような幸せな日々に。
 
「……ねえ」
 
 もつれそうになる足どりも気にせず、僕は女の子に話しかけた。
 
「ん、なんだ?」
 
 彼女も走りながらの格好のまま僕に視線を向けた。
 
「……君の名前は?」
「あたしか? あたしは“なつめりん”だ」
 
 “りん”――初めて出会ったはずなのに、どこか懐かしい響きだった。
 
「おまえは?」
「僕は“なおえりき”」
「“りき”か。いい名前だな」
 
 彼女が微笑むと、ちりん、と鈴が鳴った。
 
「……ねえ、りん。もし君がこれから辛い目に遭ったときは……今度は僕が力になるから」
「?」
 
 彼女がきょとんとする。
 当然だ。自分でもどうしてそんな事をいったのか分からないのだから。
 でもこれはきっと、僕たちの間に必要な誓いなんだと思う。
 いつか――もしかしたら、生まれる前から交わしていたのかもしれない、大切な約束。
 彼女はしばらく目を見開いたままだったが、やがて雪がそっと溶けて染み渡るように、柔らかく微笑んだ。
 
「ああ。なんかよくわからんが、そのときはたのむぞ」
 
 僕たちの進む先に、同じ年頃の3人の姿が見えた。
 逆光で顔ははっきり見えないけど、でも、これだけは言える。
 あそこが僕の新しい居場所。
 僕らが守りたいと願う、暖かい場所なんだ。
 
 ――声が聞こえる。
 僕らを温かく呼ぶような、助けを求める悲鳴のような……
 
 それは夢が覚めるときと似た感覚。
 今度こそ僕らは、この現実を正面から受け止めて生きてみせる。
 
 
 
 
 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 
 
 
 
−Epilogue−
 
 
 目覚めた。
 それはこの世に今、生まれ落ちたような生々しい感覚だった。
 今まで居た世界とは違う確かな痛みが、ここが本当の世界なのだと教えてくれる。
 
「……理樹」
 
 すぐ傍で鈴の声がした。
 
「鈴、ここだ。僕はここだよ!」
 
 バスの中はぐちゃぐちゃになっていて、上も下も分からない状態だった。
 僕たちは手を伸ばしてお互いの無事を確かめ合うと、なんとかバスの中から這い出した。
 全身の痛みに呻きながら顔を上げると、目の前にはいつか夢で見たのと同じ光景が広がっていた。
 だけど、焼けた油の嫌な臭いや、小さな染みになっている血の鮮やかさは夢なんかじゃない。
 僕たちは今、絶望に満ちた光景を現実のものとして突きつけられていた。
 今すぐにでも目を逸らしてしまいたい。
 
 ――でも、
 
「……理樹」
 
 鈴が僕の手をぎゅっと握った。
 その手は震えていたけど、目には確かな意志を宿していた。
 僕も同じように鈴をしっかりと見つめ返す。
 
「……うん」
 
 みんなが、あそこにいる。
 恐怖に足をすくめるわけにも、目を背けて逃げ出すわけにもいかない。
 僕たちは自分自身を信じて、前に進むために強くなったのだから。
 できるできないの話じゃない。
 僕らは掴むんだ、みんなと一緒に笑いあう未来を!
 
「いくよ、鈴! みんなを助けるんだ!」
「ああ! いこう、理樹っ!」
 
 
 
 
                    〜おわり〜
 
-------------------------------------------------------
 
<ひでやんさんのコメント>
 原作の「Side:理樹&鈴」で物足りないと感じたところを自分なりに解釈して
書き始めた作品だったのですが、思っていたほど内容を膨らませることが出来ませんでした。
 ラスト付近の理樹と鈴の出会いは今回の作品に対する僕なりの回答です。
 こういう展開だったら「二人の誓い」の1話のような展開にならず、
 無事トゥルーエンドに結びつくんじゃないかなと。本当に勝手な解釈ですが……。
 
 個人的には鈴が駆け出すところから理樹と鈴の出会いの場面にかけて盛り上がりを感じて貰えたら嬉しいですね。
 そこがなかったらホントに何もない作品なので(汗)
 
---------------------------------------------------------
 
 りきおです。もしよろしければ、Web拍手などをどうぞ。

| Prev | Index | Next |


| ホーム | 更新履歴・2 | りきお紹介 | 雑記・ブログ | 小説(SS)の部屋 | ■リトルバスターズ!SS部屋 | Webコミック | ■ToHeart2 SSの部屋 |
| ■Kanon&AIR SS部屋 | 頂きモノSS部屋 | 競馬ブログへ | ギャラリー | KEYゲーム考察 | CLANNADの旅 | ギャルゲレビュー | 『岡崎家』アンケート |
| ■理樹君ハーレムナイトアンケート | SS投票ページ | 掲示板 | SS書きさんへひゃくのしつもん。 | リンク集 | What's New | ◇SS投票ページ2 | SS投票ページ |
| SSリクエストページ | 雑記 |