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4.夏の出来事 〜遮光 /kousi



「ふーん、やっぱりスタッフは多い方がいいみたいね・・・」

 読み終えた一冊の同人誌(つてで貰い受けた)を脇に置き、江利子は目を閉じた。
 一人で書ける分量などたかが知れているし、そこまで令一人に背負わせるのもさすがに酷だろう。

「あと、一人か二人くらいは欲しいわねぇ」

 ベッドに寝転がりながら、条件に当てはまる人物に思いを馳せていく。
 しかし案外適当な人物とはいないもので、思い浮かべる人物の顔に悉く×が打たれる。といって自分がやるという選択肢は、ここまで思考をめぐらせた以上なにか負けたみたいで嫌だった。
 と。

「いた。良い人材が」

 目を開ける。江利子の目は嬉々として輝いていた。



     * * *



 どうしてこんなことになったのだろう。
 カップを持つ手がカタカタと震える。
 いや、別に寒いわけじゃない。ただ、蛇に睨まれた蛙というか何というか・・・目の前に存在していらっしゃる捕食者にも似た目をしたお方に気圧されているだけだ。

「・・・三奈子さん」
「は、はい・・・」

 あくまでも優雅に。蛇・・・もとい江利子さまが探るような視線で三奈子を見た。普段は誰が相手でも怯むことのない三奈子だが、このケースだけは別である。ただそれだけで身が竦むような思いがした。

「こうして二人きりで話をするのも、考えてみれば初めてのことかしら?」
「そ、そうですね・・・」

 そもそも、何故今、自分と江利子さまは二人してお茶を飲んでいるのだろう。
 答えは「誘われたから」の一点に尽きるのだが、三奈子が求めているのはそういった経緯に関する答えではない。
 何故。つまり、理由である。

「以前ね。蓉子が三奈子さんは小説家になるべきだって言ってたことがあるのよ」

 ああ、それは誰かを介して聞いたことがある。確か、黄薔薇騒動の新聞記事を面白おかしく脚色した件だ。
 これか? 今更謝罪を求めているのか? まさか。あのあと謝罪もフォローの記事も載せているのに?

「・・・・・・・・・」

 しかし否定はできなかった。謝罪もフォローの記事も、こなしたのは妹の真美の方である。
 実際、三奈子がやったことと言えば、ただ場を混乱させただけだ。

「あの件は本当に申し訳なく・・・」
「ん? いやだ、別に今更そんなことを謝ってもらおうとしてるんじゃないのよ。あの小説は私も楽しんで読ませてもらったんだし」
「は、はあ、恐縮です・・・」

 とりあえず謝ってみたものの、これも不発のようだった。
 では何だ? もはや考えうる全てのネタはなくなったのだが・・・。
 もしや本当に二人きりでお茶を飲みたかったのだろうか。という考えまで浮かんでくる始末だが、それが甘い考えであることは江利子さまの次の一言で明らかとなった。

「三奈子さん、その文才を別な場所で発表してみたくない?」
「・・・は・・・。 ・・・え?」

 戸惑う三奈子の前に何かのチラシがすっと差し出される。

 『コミックマーケット』

 巨大なフォントででかでかと文字が躍っていた。




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