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『【外伝W】 とうかい』
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01.
「ヤーーアーー!!」 
「トーオーー!」 
今日も練兵場に掛け声が響く。 
マーサー王国にはここ暫く平和な時が流れている。 
が、国境付近には帝国との不穏な動きがあるとの噂があり、 
王の側近として選抜された食卓の騎士達は兵の鍛錬に余念が無い。 
キュート戦士団団長のマイミ・バカダナーが腕組みして見守る 
ウメサンが指示を出し、ナカサキ、アイリ、オカールが実戦の指導をし、カンナがサボってる奴等を注意する。 
その練兵場の片隅で一人うずくまっている人物がいる。 
マイマイ・チチハエ・タラステル。具合が悪いわけではない。 
手にはシャベルを持って足元には砂の山が出来ており、トンネルが掘られている。 
砂遊びの真っ最中だ。 

「よーし!それでは10分休憩だー!休憩が終わったら、集団戦闘の防御陣形の組み方だ!」 
団長マイミの大声が練兵場に響く。兵士達は思い思いに水分を補給したり、身体を休めたりしている。 
そんな兵達が遠巻きに見て。 
「マイマイ様はちっちゃいねぇ。」 
「マイマイ様は可愛いねぇ。」 
皆、自分の娘のようなマイマイの砂遊びをする姿に相好を崩している。 
そんな、兵達の気持ちを知ってか知らずか、マイマイが兵達に向かって、パタパタと走ってくる。 
「はい、お水ですよ。まだまだ、訓練があるから頑張ってね。」 
ニッコリ笑い自慢のおでこをピッカリさせながら、小首をかしげてみんなに水を手渡す。 
それを受け取った小隊長の顔はもうデレデレだ。家族には見せられない。 
「よーし!休憩は終わりだ。続けるぞー!」 
兵士達はすっかりマイマイの笑顔と可愛さに元気が回復している。 

訓練が終わると、キュート戦士団が集まり今日の訓練の総括をしている。 
「で、今日はどうだった、マイマイ。」 
団長のマイミが砂場で遊んでて兵士に水を渡してただけのマイマイに問いかける。 
それもそのはず、今日の訓練に限らず訓練スケジュールを作っているのは、誰あろうマイマイだ。 
そして、マイマイは訓練してる間中、兵士達を監視し適材適所を図るため適正を見極めていたのだ。 
「うーん、そおねぇ、第2小隊の動きが悪かったとおもいましゅが、隊長は頑張ってます。 
あれは、もう少し副官がシッカリしてた方が良いと思いましゅ。第4小隊の分隊長と入れ替えましょう。 
戦闘力はそれなりにありますから、先頭に立って闘うほうが良いでしょう。」 
舌っ足らずな喋り方で辛辣なことをさらりと言う。 
「それと、カンナ、少し兵に甘すぎます。結構サボっていた兵がいましたけど、注意してましぇんね。 
アナタに見えてないはずありませんから、見逃したんでしゅね。」 
「・・・・」 
マイマイの指摘に黙るカンナ。 
「でも、そんな優しいカンナがしゅきですよ。次からもう少し厳しくおねがいいます。」 

“知将” マイマイ・チチハエ・タラステルの名は国中に鳴り響いている。 
その知謀は、神算にして鬼謀。戦う前に勝ち、闘わずして勝つ。 
その武勇は、その怪力で敵を打ち倒し、先頭に立ち最後まで敢闘する。 
そして、何よりの武器はその年齢。 
本来なら幼年学校に行っている年齢のマイマイが先頭で戦っているのを見て奮戦しない兵はいない。 
しかも、タラステル家はマーサー王国でも一、二を争う名門であり、 
そのお嬢様でもある。 
それに加えて、ちっちゃいねぇ、可愛いねぇ、である。 
兵士達はマイマイを助けるために喜んで死地に飛び込んでいく。 
その奮い起こされた何万もの勇気が幾度と無く戦を勝ちに結びつけた。 

食卓の騎士に選抜されたマイマイはその当初から大物振りを見せ付けた。 
食卓の騎士になった感想を聞かれたマイマイは。 
「まーさーとかいてたのしかった」 
マイマイでなければ不敬罪で鞭打ちものである。 
「まあ、子供のいうことだから・・・」 
みんな、そう思っていた。マーサー王ですら呼び捨てにされても帰りには、 
手を振ってバイバイと見送った。 

現在の食卓の騎士達はベリーズとキュートの二つの戦士団に分かれているが、 
本格的な活動を行うようになったのは大戦の始まる少し前である。 
その前にはジッスクというグループで活動していたことがある。 
ジックスのメンバーはシミハム、モモコ、マイミ、ウメサン、メグの5人だ。 
この5人を指導した正体不明の剣士がいたが、今は行方がわからない。 
他の戦士達は訓練に明け暮れる毎日であったが、マイマイは単独での活動をしていた。 

3回の地方鎮圧作戦がそれだ。 
平和な世と言っても、ドコにでもはびこるのが人のものを奪って糧にしている連中だ。 
その盗賊団や山賊といった連中の鎮圧がマイマイに与えられた命令だった。 
99人の兵士と一人の副官が与えられた。副官の名はアッチャー・シスコ・イナバコフ。 
アッチャーは以前からタラステル家と親交があり、最近ではオカールが食卓の騎士の一員になる 
きっかけとなった一件にも絡んでおり、浅からぬ縁があった。 


02.
そのイナバコフがマイマイに挨拶がてら顔を見せに来た。 
「タラステル隊長。副官に配属されましたイナバコフです。 
本日付で着任いたします。よろしく。」 
ニッコリ笑いながら敬礼をする。 
「イナバさん。そんなに丁寧にしなくても良いでしゅよ。 
知らない仲じゃないし、それにずっと年下の若造なんですから。マイマイでいいですよ。」 
イナバコフは襟を正して向き直る。 
「隊長に申し上げます。あくまでもウチは副官や言うこと。 
軍での階級は絶対で身分や年齢なんか関係ない言うことや。 
これが無いと、極限状態では統制が取れなくなるんや。一人だけや無い、 
みんな死んでしまう。肝に銘じておいてください。」 
マイマイはいつも温厚なイナバコフのはっきりとした物言いにあっけにとられる。 
「それに、隊長に最初に言っておきます。今回の作戦で私は陣頭指揮も戦闘に加わることもありません。 
そういう条件で引き受けました。私がするのは隊長へのアドバイスと兵達への意思伝達だけです。」 
「えっ、助けてくれないの!」 
また、ニッコリと笑うながら母のように諭す。 
「そうやない。あくまでもこの部隊を指揮するのはマイマイや言うことや。 
ウチがするんはあんたに危険が迫ったときに助けることと、 
兵達がいないとこでウチの経験を話してやることぐらいや。 
まあ、副官よりも護衛か家庭教師に近いな。 
まあ、あんたが危険に晒されることなんて無いと思うけどな。」 
「わかりました。」 
「それともう一つ。王からの命令です。 
今回与える兵士は一人も殺してはいかん。 
全員を生きて帰すこと。以上や。」 
「えっ!でも、幾ら敵が盗賊たちでも、それは・・・・」 
「難しいか?でも、命令だからしゃあないやない。頑張りや。」 

それから1週間、マイマイはイナバコフと相談し3つの目標から最初の標的を決める。 
最初の作戦目標に決めたのは、森の中にアジトを持つ盗賊団だ。 
夜な夜な出没しては家畜や馬などを盗んでおり、村々から何とかしてくれと王の下に陳情が来ていた。 
勢力は30人から40人ぐらいではっきりとはわからない。アジトも森の中に在りそうだと言う事ぐらいしかわからない。 
「アジトが分らないんじゃ、待ってるしかないですね。」 
マイマイが独り言のようにつぶやく。 
「待ってるって?」イナバコフが聞くと。 
「アジトが分らないのは、多分いつもはみんなが一緒に居ないんだと思うんでしゅ。 
仕事のたびに集まって設けたらまた解散するからアジトが元々無いんだと思います。」 
「ふーん、それで、どこで待つの?」 
マイマイは拡げた地図の一点を指で示す。 
「盗賊たちの盗んでる馬や家畜は宝石なんかあと違って、道が無いと運べましぇん。 
森の中は調べてませんが、多分自分達の道が在るはずです。 
被害にあった牧場は、森と道から近い場所ばかりを狙ってましゅ。 
その条件に合うのはもうここしか残ってましぇん。」 
「マイマイ、それは自分で考えたんか?」 
照れくさそうに笑いながら答える。 
「最初は何となくそう思ったんでしゅ。でも、イナバさんのことだから理由聞かれると思って、夕べ必死に考えたんです。 
そしたら、大体合ってるかなって・・・」 
イナバは内心舌を巻く。その勘の良さ。 
普通、勘が働くのは歴戦を潜り抜けたベテランだ。それまでの経験と状況から次に怒ることを予測する。 
理論だって無くても、突拍子が無くても上手くいくことが多いのは、そう言う理屈である事が多い。 
だが、マイマイの場合は違う。多分その源になっているのは、素直さと聡明さであろう。 
居るところが分らないから待って捕まえる。馬を運ぶんだから道が必要。 
誰もが知っていながら気づかない。なまじ経験があると、虱潰しに森の中を探索したりする。 
これは生まれもった才能であって、余人にまねのできるものではない。そんな驚きを隠しつつ言う。 
「まあ、そんなとこやろな。で、どうやって捕まえる。」 
「牧場で捕まえる役と逃げる敵を待ち伏せて捕まえる役の二手に分かれようと思ってます。 
牧場の隊は私が指揮して待ち伏せはイナバさんにお願いしようと思ってます。」 
「ええんやないか。それでいこ。」 

マイマイの隊は夜に移動した。周辺に討伐隊が来たという噂が立っては台無しだ。 
マイマイが率いる隊は60人。情報では敵は多くても40人程度なので十分に勝てるはずだ。 
それにこちらには、幼少とはいえ食卓の騎士がいる。負けるはずが無い。 
マイマイの予想通り3日目の夜に盗賊団が現れたと歩哨に立っていた兵から報告がある。 
「盗賊団はやはり40名程度です。武器は短剣で盾は持ってません。弓は確認できませんでした。」 
牛舎の中で小声で報告する。 
「それでは予定通り、A隊の20人はウチと入り口で迎え撃つ。 
B、C隊の20人づつは後方を包囲しつつ控えてる敵を捕まえろ。くれぐれも気をつけて。」 
黙って兵士達は行動する。マイマイは敵が来る方向の戸から様子を覗う。 
マイマイが左手を上げて指示を出す。カンテラに火が入れられ、隊の前の戸が開かれる。 
「行けー!捉えろー!」 
マイマイが先頭切って飛び出す。手には戦斧「パリパリナッタワイシャツ」。 
両手に持ち横殴りに手近にいた敵を吹き飛ばす。 
指揮下の20人もそれぞれに打ちかかるが、マイマイの様に一撃で倒すには至らない。 
盗賊たちは一旦、慌てふためくがしたたかに反撃してくる。 
マイマイの目が慣れ全体を見渡すと、敵は報告よりも多く50人ほどですっかり包囲されてしまっていた。 
盗賊たちは、警戒するために数を散らして仕事にかかると読んだマイマイの予想通りには動いていなかった。 
だが、回り込んだ二つの隊が戻ってくるまで持ちこたえればいい。 
それに、歩哨の報告と違い弓を装備していた。近くに火矢が打ち込まれ、マイマイたちの周りだけが明るく照らし出される。 
(しまった!まずいでしゅ、狙い撃ちにされましゅ!) 

慌ててマイマイが兵に指示を出す。 
「もうすぐ味方が援護に来る。まず、盾を翳して矢を防げ!」 
兵達は指示に従い上半身を中心に守る。その盾に火矢が刺さる。 
「グアッ!」 
一人の兵士が太股を矢に刺し貫かれ倒れそうになる。 
目標を見つけるための火矢は終わり、殲滅するための普通の矢に盗賊団は切り替えていた。 
避けようにも近くで火が燃え、暗闇から飛来する矢を見分けることが出来ない。 
矢に当たった兵をそばに居た兵が支え、どうにか盾の屋根だけは崩さずに居たが、負傷者は5人に上っていた。 
(これじゃあ、全滅しちゃう。接近戦なら何とかなるのに。早く戻ってきて・・・) 
マイマイは有効な指示も出せずに見守ることしか出来ない。 
「ぅぁぁ・・・」 
遠くで人の叫び声が聞こえる。それと共に矢の飛来が止まる。 
(来た!今だ!) 
B、C隊が戻って来たと確信しマイマイが突撃を支持する。 
「行け!声のするほうに向かって進め!合流して一気に捕らえる!」 
マイマイは負傷した兵を一人抱え、斧を振り回して退路を作り合流を目指す。 
するとそこへ戦士イナバコフが短剣「ガタメキラ」で敵を蹴散らしながら向かってくる。 
この短剣はグラディウスと呼ばれる幅広の刃を持つ短剣だ。接近戦と集団戦でよく使われる。 
「ガタメキラ」は伝説と共に語られる白い象牙で柄の作られた美しい剣だ。 
「イナバさん!何でイナバさんが!?」 
「そんな事はええから、一気に突き崩すで!弓持ってる奴等は大方片付けたさかいに。」 
マイマイは黙って頷き指示を出す。 
「みんな、一気に打ち崩すよ。かかれー!」 
体制を立て直せばやはり正規兵は強く、盗賊では相手にならない。 
30分ほどであらかた片付けた。マイマイは一人で10人以上を屠り大きな戦果を挙げていた。 
しかし、捕縛があらかた終わる頃になって、やっと、B、C隊が戻ってくる。 
最後まで作戦に参加することなく・・・ 


03.
ほぼ盗賊団の全員を拘束し、この作戦は一応の成功になった。 
次の日には王都に帰還し、後片付けを終えたマイマイは自信を失っていた。 
今回の作戦でまったく役に立たなかったB、C隊の隊長は口を揃えてこう言った。 
「我々は隊長の指示に従っただけで、ミスや命令違反はしていません。」 
確かに自分の指示通りの動きはしていたが、状況に応じて動くことは出来たはずだ。 
そのぐらいの訓練は受けている兵士達であり、下士官達だった。 
マイマイは怒りで口も利けないほどだった。これを見たイナバコフがいう。 
「皆、ご苦労だった。隊長たちに落ち度は無い。帰ってよろしい。」 

「イナバさん、どうしてこうなっちゃったんだろう・・・」 
俯き加減に、今にも泣き出しそうな声で聞く。 
「どうしてだと思う?頭のええあんたのことや、分るんやないか。」 
「小隊長たちは何であんなに頑ななんでしょうか。まるで、私に失敗して欲しいみたい・・・」 
「そうや、あんたに失敗してほしかったんや。」 

「なんで!」 
「あんた年幾つや。とうかい?11かい?」 
「年は関係ないって言ったのはイナバさんじゃないですか!それなのに・・・」 
「ええか、マイマイ。あんたの今回の作戦はほぼ完璧やった。 
地形を読み、敵の動きを感じ、敵の能力を見極め、ほぼ合ってた。 
それに合った作戦を立て、ほぼその通りに動いていた。でも・・・」 
マイマイは泣き出しそうな目で睨む。 
「でもあんたは自分と味方を見なかった。兵、特に下士官達は歴戦の戦士たちや。 
で、あんたは子供、見た目はね。その子供が完璧な作戦を頭ごなしに命令する。 
彼らが面白い訳ないがな。たとえ正しくてもな。それが、分らんかった。」 
「でも、正しいことに従えないのは悪いことなんじゃ・・・」 
「世の中、正しいことだけで動いてるわけじゃない。それに、今回は命令に逆らったわけでも何でも無いよ。 
積極的に協力しなかっただけ。でも、それは上官としての能力が足りないって事になるんや。 
いい、よく聞きや。マイマイは後20年たっても、世の中では若造なんや。 
それで、どうやって人を動かすか。これはアナタにとって将来を決める大切なことやで。」 
マイマイは眉根を寄せ、悩みこむ。 
「どうすれば、良いんでしょう・・・」 
なみだ目になって、小さい身体を更に丸めて小さくし、上目遣いになり懇願するような目でイナバを見上げる。 
「マイマイ。今のあんたはとってもかわいい子や。そんな、あんたを助けたない思う大人はそう居ないで。」 
そういって部屋を出る。 
数分後、悩んで俯いていたマイマイが顔を上げると、一枚のメモがテーブルの上にある。 
そこには、イナバの字でこう書いてあった。 
“韜晦”と 


04.
2つ目の討伐戦は3週間後と決まった。 
次の標的は川を行き来する貨物船を狙う盗賊団で湖をねぐらにするいわゆる“湖族”だ。 
1週間ほど兵達に怪我や疲労を癒すために休暇を与えたマイマイは、訓練を控えて兵舎に来ていた。 
イナバと下士官3人が待っていると、私服のマイマイが現れる。 
「タ、タラスてるたいちょお・・・」 
出迎えのために立ち上がった下士官達の目が点になる。 
マイマイの服装があまりにもイメージと違ったためだ。 
白いハイソックスに白の膝丈ズボン。上着は船乗りの着るセーラー服。 
これも白を基調に紺のラインが入り、臙脂色のリボンを胸の前で結んでいる。 
丁寧にセーラー帽までかぶっている。 
「ど、どうしたんですか、その格好は・・・」 
イナバがやっとのことで言葉を搾り出す。 
下士官達は声も出ない、が、それぞれの胸の内でこう思っていた。 
(か、かわいい・・・上官に対して失礼だけど、かわいい。) 
マイマイは気にした様子も無く答える。 
「ええ、今度の敵は船での闘いになると思って、船に乗ってきたでしゅ。」 
「それは・・・楽しかったですか?」 
「うん、風が気持ちよかった。でも、揺れて気持ち悪くなったでしゅ。」 
元気よく応えるマイマイ。笑顔が咲き誇るひまわりのようだ。 

「と、ところで、今日は何用で私たちを呼ばれたのですか。」 
作戦会議用の机の上座に座ったマイマイが答える。 
「うん、この間の作戦でね、ウチのミスで作戦に参加できない隊があったデスよね。」 
一同はバツが悪そうに頷く。 
「あの後いろいろ考えたんですけど、あれは作戦の内容を全部把握してたのが 
私とイナバさんだけだったのが原因じゃないかと思ったでしゅ。 
それで、今回の作戦はみんなで考えようと思ったでしゅ。」 
下士官達は顔を見合わせ、イナバはにやりとほくそえむ。 
「基本的な作戦は考えたんでしゅけど、本当に出来るかどうかをみんなに教えて欲しいでしゅ。」 
「あの、私たちは兵士であって、指揮官じゃありません。作戦を立てるなんてやったことありませんよ。」 
「でも、ウチより経験が豊富です。それを教えて欲しいんです。 
今回の敵はうちらの隊と同じぐらいの兵力があります。正面から闘うと被害が大きくなると思うんでしゅよ。」 
「闘うんだから、被害はしょうが無いんじゃないですか。」 
「うん、でも出来ることなら怪我する人は少ないほうが良いです。」 
マイマイの立てた基本的な作戦は陽動作戦だ。 
相手の湖族は100名程度で襲撃に出るのはいつも80人位で2艘の船に分譲させていた。 
アジトの守備隊は20人程度で湖のほとりに、塀を巡らせた砦だという。 
まず、戦闘部隊の80人を陽動隊20人でおびき出して砦を落とす。 
陽動隊は戦わずに逃げ、戦闘部隊が引き返したら後をつける。 
その間に20人の守る砦を80人で落とし、敵を待ち伏せる。船を下りるところを砦からの矢による攻撃で殲滅する。 
同時に逃げた20人の部隊が取って返し挟み撃ちにしようと言うのだ。 

「ホントに出来ると思いますか?」 
イナバがマイマイに聞く。イナバ自身は可能であろうと思っていたが、わざと訝しげに聞く。 
この作戦の肝心なところは部隊の連携だ。逃げ切る部隊が早すぎても本体に被害が出る。 
本体が手間取っても取って返した部隊が全滅する。 
お互いがお互いの部隊を思いやり、最大限の効果を挙げなければ成功は難しい。 
指揮官個人の能力が高くても成功は難しいだろう。 
「それを私たちにやれと・・・」 
「いえ、まずこの戦い方に無理な点が無いかを聞きたいでしゅ。 
作戦は考えましたけど、実戦で出来るかどうかは私よりも皆さんの方が詳しいと思って。」 
下士官が答える。 
「それならば副官のイナバさんに聞くのが良いのではないでしょうか。 
実戦も豊富ですし、歴戦の勇者ですから・・・」 
「それも考えましたけど、イナバさんも作戦を立てる側だったので、是非皆さんの意見を聞きたかったでしゅ。 
それに、この作戦では危険の大きい部隊もありますから。」 
数分考えていた下士官達。おもむろに一人が口を開く。 
一番年嵩の先日、マイマイに対して真っ向から反論をしてきた下士官だった。 
「マイマイ様のやり方は我々を懐柔しようとしているのが見え透いています。」 
一旦、言葉を切りマイマイを睨む。 
「ですが、作戦を成功させたい、兵士の犠牲を少なくしたいという言葉は信じましょう。 
そのためには我々のアドバイスでよければ幾らでもしましょう。」 
マイマイの顔がパッと輝き、礼を言う。 
「ありがとうございます。」 

それからいろいろな策が提案される。 
まず、80人と20人という敵勢力をもう少し同数に近づけ、自分達との戦力差を少なくすること。 
それにはまず下準備として、敵の砦に夜襲をかけ、守備隊を増やす。 
同時におびき寄せるために、高価なものを運ぶという噂を流すこと。積荷は絹が良いということになった。 
絹であれば敵は火矢を使う事も無く、陽動部隊の危険が減ると言うもの。 
陽動部隊の船は中型の高速船で出来るだけ足の早い船を使い、出来るだけ遠くまで敵をおびき寄せる事などが提案された。 
「分りました。みんなからの作戦をもう一度練りなおして、訓練に入りましょう。 
みんなが力を合わせれば絶対に勝てましゅ。」 
イナバは思う。 
(この子は何でこんなに素直ナンやろ。貴族の出身で腕も立つ。食卓の騎士という地位もある。 
普通なら自分の能力に自信を持って、他人の、ましてや部下の意見を聞かなくなってもおかしくない。 
それでも、並みの戦士にはなれるが・・・末恐ろしいって言うんはこのことかもしれんな。) 


05.
湖賊の砦を見下ろす高台の木の陰から様子を覗うマイマイ。 
「どうやら出発するようですけど、どのくらいの兵力が出たかは分りましぇんね。」 
砦から出た船は2隻。襲撃に出てくるのもいつも2隻だという報告があるため、いつもと兵力が違うのかは分らなかった。 
陽動部隊はイナバコフが指揮しているため手違いは無いだろう。 
船が出港して1時間ほど様子を覗っていたが、船の陰が完全に消えたのを確認し、マイマイたち80人の部隊は移動を開始する。 
砦には小さな勝手口が一つあり、部隊が進入出来そうなのはそれだけだった。 
「ここまできて考えてもしょうがないです。一気に突っ込みます。あの扉は私が破りますから一気に突入すること。」 
兵達は黙って頷く。 
「それと声は上げないで突っ込むこと。よし、いくよ。」 
マイマイは黙って走り出す。付き従う兵は5名ほど。気付かれないように少人数で進入路を確保する。 
マイマイは身体に比べ巨大ともいえる斧「パリパリナッタワイシャツ」を扉に叩きつける。 
身長の低いマイマイの叩きつけた所はちょうど太い材木で作られた閂の位置で、それごとたたき折る。 
穴の開いた扉から素早く斧を引き抜くと、付き従ってきた兵達が担いできた丸太を縦に突き立てる。 
今度は扉が蝶番ごと吹っ飛び進入路が出来る。マイマイが残りの兵達に突入の指示を出し、自分は真っ先に突入する。 

中は掘っ立て小屋やテントが乱雑に建てられており、奥のほうは湖の入り江に面しており直接、船が出入りできるようになっている。 
櫓が2箇所左右にあり、その上に見張りが居た。敵意が来たことを大声で叫んでいる。 
そのうちの手じかに会った一つの櫓をマイマイはパリパリナッタワイシャツで土台を破壊する。 
ゆっくりと倒壊していく櫓が掘っ立て小屋を潰す。 
「我はマイマイ・チチハエ・タラステル!マーサー王国の食卓の騎士にして王国の秩序を守るためお前達を討伐しに来た! 
抵抗しなければ殺さない!悔い改めれば刑の軽減を約束する。降伏しなさい!」 
大音声にて呼ばわるマイマイ。その間にもマイマイの後ろに突く部隊。 
左右に展開して包囲しようとする部隊。矢での攻撃に備える部隊と指示が無くとも流動的に動いていた。 
その間に20人ほどの守備隊とおぼしき賊が集まってきていた。 
マイマイの部隊は一見すると後ろに控える20人ほどに見える。 
「てめえら!イイ度胸じゃねえか。そんな人数で俺たちをどうにかしようってのか!」 
守備隊の頭らしき男がシミターを抜き怒鳴る。 
「そんなに死にたいか!それなら、望みどおり!」 
マイマイはパリパリナッタワイシャツを大きく振りかぶり、相手に叩きつける。 
斬りつける隙もあったがあえて相手の持っている剣を狙った。 
シミターは折れ飛び、男は仲間3、4人を巻き込んで吹っ飛ぶ。 
湖族たちが息を呑んだ瞬間、マイマイの部隊全てが姿を現す。 
「さあ、まだやりますか。降伏すれば命は助けます。」 
この作戦も下士官達からの提案だった。同数だと思って闘う気満々だった湖賊たちは一気に倍以上になった敵を見てすっかり意気消沈してしまった。 
「とりあえず一箇所に集めて縛っておきなさい。それとくれぐれも非戦闘員には危害を加えないようにね。」 

集められた賊から出航した船には30名づつが乗り組んでいるということだった。 
少しの間考えていたマイマイは、作戦変更を決めた。 
「敵の下船をまって攻撃するつもりでしたが、片方づつそれぞれ殲滅することにします。」 
兵士達、特に下士官達はこの闘いを通じて、すっかりマイマイを信頼していたので異論を唱えるものはいない。 
「2隻の船が岸につくには時間差があるはずです。そこを狙いましょう。」 
「どうやって攻撃しますか。」 
「フフフ、それは・・・」 

2隻の船が帰ってくる。いつものように2、3人が出迎えに出ている。 
まず、一隻が岸壁に近づき舫い綱を投げる。それを受け取り杭に括る。 
一人二人と船から下りる。 
「ちっ、今日はしくじったぜ。あんなに船足がはええとはな。」 
愚痴を言いながら湖賊が降りてくる。5人ほど降りたその時。 
ガタン! 
近くにおいてあった箱が跳ね飛び中から小さな少女が飛び出してくる。 
手には身体と同じ、いや身体よりも大きく見える斧を持ち、湖賊たちに突進してくる。 
油断しきっていた先頭の男は吹き飛ばす。すると、綱を取った男達が船から下りてきた湖賊を湖に突き落とす。 
すると、掘っ立て小屋の影に隠れていたマイマイの部隊が一斉に飛び出してくる。 
一隊は剣を手に着岸した船へ、一隊は2隻の船に矢を射かけ援護する。 
そしてもう一隊は着岸した船とは別の方向から小船に乗ってもう1隻の方へ向かい火矢を射掛ける。 
小船4艘に分乗した兵は20人。一斉に射掛けられた火矢に帆はたたんでいたものの船が燃え上がる。 
湖賊も矢で応戦したが反撃は微々たる物だ。次第に湖に飛び込むものが増えてくる。 


06.
一方の陸上部隊はマイマイが先頭になって着岸した船に突入する。 
まだ、荒削りなマイマイの闘い方。パリパリナッタワイシャツを大きく振りかぶり渾身の力で叩きつける。 
当たるを幸い、なぎ倒す。あたらない一撃も船のあちこちを破壊していく。 
湖賊たちは暴れているのが大きな斧を持った少女だというギャップにあっけに取られていた。 
その間にも兵達が乗り込んでくる。10人ほどが乗り込んだときだった。 
湖賊の一人が桟橋に渡していたあゆみ板をはずし、湖に投げ込んだ。 
「しまった!」 
マイマイが思わず声を上げる。このままでは数的に不利だ。 
「あなた達は固まって闘って!」 
そう兵に指示を出すと、自分は敵中に突っ込む。 

マイマイは右手で斧を水平に薙ぐ。湖賊の持つシミターを1本折り飛ばす。 
すかさず切り返そうとするが、重い斧での連撃はまだ身に着けていない。 
左手から湖賊が斬りつける、しゃがんでかわすが続けざまに他の湖賊が切りつける。 
間一髪で斧を上げ受け止める。そのまま押し返して吹っ飛ばす。 
多勢に無勢。分が悪い。 
今度は湖賊の肩口から袈裟懸けに切り下ろす。仕留めはしたが、今度は床にパリパリナッタワイシャツが食い込む。 
(しまった!) 
怪力を奮いすぐさま引き抜くが一瞬取って返すのが遅れる。 
眼前にシミターが迫る。ダメだと思ったその瞬間。 
「グアァ!」 
兵士の一人が身を挺してマイマイを守る。剣でシミターを受けてはいるが、別のシミターで脇腹を刺されている。 
刺突武器ではない曲刀での一撃は致命傷にはならないものの、戦闘は出来そうも無い。 
「あなた!大丈夫!」 
「マイマイ様!次が来ます、私は大丈夫です。兵は死んでも戦に勝てますけど、隊長が死ねば国の損失です・・・」 
「・・・そ、そんな」 
気がつけば兵士達がマイマイの周りを囲み守っていた。 
「さあ、みんなで勝ちましょう。隊長!」 

マイマイは気力を振り絞り、斧をふるう。涙で視界が滲むがかまわず敵を倒した。 
攻撃で出来た隙は兵士が剣で身体で受け、埋めた。 
敵と同じだけ味方が倒れていく。マイマイの身体はすっかり返り血にまみれていた。 
自分の斬った敵と自分を守った味方の血で。 
(こんな、何でこんなことに・・・) 
兵の最後の一人が倒れたとき、敵はまだ10人ほど残っていた。 
その時、ガタンと言う音と共にあゆみ板が船に渡され、残っていた兵達がなだれ込んできた。 
状況を見て取ったマイマイが呼ばわる。 
「降伏しなさい!もう、勝ち目はありません。」 
倍以上の兵達に包囲された湖賊たちは床に刀を放り降参する。 

マイマイが闘っている間にもう一隻はほぼ全焼しており、脱出した者は戻ってきたイナバコフがすっかり制圧していた。 
岸に捕虜と兵を集め岐路の準備をする。帰りは湖賊の船を接収して帰ることにした。 
その船の中でマイマイが報告をうける。 
「捕縛した者は113名。うち、非戦闘員は21名です。主に湖賊たちの家族のようです。 
味方の損害は軽傷24名、重傷10名です。重傷者のうち命に関る者は1名でしたが、 
治療の結果命は取り留めました。まず、完勝と言っていいでしょう。」 
「ありがとう、下がっていいでしゅ。」 
兵士は元気のない隊長に敬礼をして船室を出る。 

「どうしたんや、マイマイ。作戦は成功、死人もでんかった。まず、完全に成し遂げたんや、何か不満があるんか?」 
マイマイは突入の際の不手際を話す。最後の方は涙声だ。 
腕組みしてきいていたイナバコフが諭す。 
「あんたはこの戦が始めてみたいなもんや。その戦でええ事学んだな。 
まあ、これは幾ら経験つんでも気付かんやつもおるけどな。 
それは幾ら私ら戦士が強くても、兵士がついて込んでは戦に勝てん言うことや。 
まあ、帝国の皇帝が100人もいれば兵士なんて必要ないけど、そんな国はあらヘン。 
そして、その兵達に慕われるん言うんは、戦士として最大の財産や。 
それをあんたはたった2回の戦で掴んでしもた。これは稀有な才能なんやで。 
うちらかて、戦を何十回と重ねてやっと掴みとったんや。」 
「でも、私の作戦ミスで怪我した人が一杯出てしまって・・・」 
「あんなん、ミスのうちに入るかい!戦は生きもんや、机の上の作戦通りにはいかへん。 
まあ、ミスといえば孤立したときに、単独で闘って我を忘れたぐらいや。 
そんでも、兵士達がチャラにしてくれた。これだってあんたの手柄ナンやで。さっき言うたとおりな。」 


07.
3回目の相手は山賊団だ。武装もそれなりにあり勢力は180人程度と手ごわい相手だと思われた。 
だが、この作戦にイナバは同行していない。任務を終え帰路についていた。 
作戦立案までは2回目の出兵と同じ要領だったが、今朝の出発前のマイマイの言葉を聞いて決めた。 

「みなさーん、元気ですかー!」 
一瞬戸惑う兵士達が、「おぉー」と返す。 
「元気がないでしゅね。もう一回、元気でしゅかー!!」 
「おおぉー!」 
今度は揃った返事が返ってくる。 
「今日の相手は手ごわいでしゅ。作戦は考えましたけど、成功させるのはみんなの力でしゅ。 
私の力はまだまだですけど、みんなの力があれば大丈夫でしゅ!」 
「おおぉーー!」 
既に部隊を自分の意のままに動かしている。部隊の編成や隊列ではない。 
心を動かしている。敵と戦う前に兵士全員が作戦と自分の役目を理解し、それぞれの判断で動けるまでになっている。 
それでいて上官の命令には逆らわず、理想的な部隊になっている。 
部隊の人数が少ないこともあるだろうが、これほどの舞台を短期間で作り上げるのは並大抵の才能ではない。 
その才能の根幹は素直さ。人の言葉を素直に聞き、失敗を糧に出来る。それは得がたい貴重な才能だ。なぜなら自分に無い才能を己が物とできるから。 



イナバはマーサー王に拝謁し、帰参の辞を述べた。 
「マイマイはどうかな、物になりそうかとゆいたい。」 
「王に申し上げます。もう、既に物にはなっております。このまま成長すればいずれ王国の重臣として活躍するでしょう。」 
「おお、それほどか。でも、最年少でその才能では妬みややっかみがあるかも知れぬな。私が注意しておこう。」 
「いえ、それも心配は無いと存じます。マイマイ殿の一番の力は“可愛がられる”方法を知っていることにございます。かく言う私もその一人でございますが。 
しかも、マイマイ殿は若うございます。もしかすると、他の食卓の騎士や陛下の後を引き受け、 
王国を守り立てていくのは、マイマイ殿かも知れません。」 
マーサー王は満足そうに頷き、イナバコフも頷き返し拝謁を終えた。 

その後、風の噂にイナバコフは聞いた。 
マイマイ・チチハエ・タラステルが倍以上の山賊を相手に、味方に犠牲者を一切出さずに圧倒したと。 
それを機に王国きっての“知将”と呼ばれようになることを。 




おしまいまい

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