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『【外伝V】 愛するもの〜オカールとアスナ〜』
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01.
「・・・ちょーだりい。何で犬なんだよ。」 
そして、自分の服装を見る。茶色の大人物の服はブカブカだ。小さいな影が、しゃがみこんでみる。 
「ダックスフントだよ・・・見たいな・・・・」 
暇なのである。 
この小さな影はオカール・ブラウンコッチェビ。 
後のキュート戦士だが今のオカールはある組織の一員だ。今夜はその活動の真っ最中。 
組織と言っても盗賊団で、今は貴族の屋敷に押し入ってる。 
“犬”とは仲間内の隠語で見張りのことだ。 
小さくてすばしっこいオカールは良く潜入班、それも真っ先に屋敷に忍び込み 
内側から鍵を開ける“ネズミ”と呼ばれる役になることが多かった。 
オカールもネズミ役は気に入っていた。 
自分の能力を最大に使っている気がするし、何よりもワクワクして、退屈しない。 
「アスナはもう寝たかな。」 
と独り言をつぶやいたとき、屋敷の中から大きな物音がした。 
ガチャーン、という陶器の割れる音に続いて、数人の足音。 
「うわあーーー、賊だ!みんな、起きろーー」 
(あちゃー、ヘマしやがってドジ野郎どもめ。だから、俺を潜入班にしろってんだ。) 
内心毒づきながら走り出す。犬の役目は見張りと逃走経路の確保だ。 
逃げる予定の道を真っ先に駆け、人が居ないことを確認する。 
逃走経路の中で一番の難所である橋に差し掛かる。手前は他の犬達が確認している。 
オカールは姿勢を低くして一気に橋を渡る。まるで本当の猟犬のようなスピードだ。 
すると、人影が見える。こちらには気がついてないようだが、どうやら夜回り当番の役人らしい。 
戦闘で使うような頑丈なものではないが、薄手の革鎧を着ている。 
オカールは腰から短い棍棒を抜く。 
いつもはダガーを持っているのだが、理由は人を殺したくないとか言う、甘い考え方からではない。 
切り付けてトドメを刺しても返り血で足がつくこともある。そうしない為の予防策だ。 

オカールは勢いを緩めず、しかし足音をほとんどたてずに背後に忍び寄る。 
あと2mと迫ったところであえて足音を立てる。それに気づいて振り返った瞬間。 
ドズッ、という低い音と共に役人が崩れ落ちる。急所である鳩尾へ棍棒の一撃が決まる。 
鎧の上からだが棍棒には鍔の様な取っ手がついており、 
縦方向への衝撃が一点に集中するため非力なものでも打撃を与えやすくしてある。 
オカールは衝撃で吹っ飛び、大きな音を立てるのを防ぐため役人の腰紐を掴んだ。 
ドサリとその場に崩れ落ちた役人を物陰まで引きずっていく。ついでに懐から財布も頂く。 
そして、役目を終えたオカールは自分のねぐらへ帰っていった。 

次の日の朝。何事も無かったように町を歩く。 
“仕事”の後にすぐに仲間が集まったりはしない。怪しまれないよう用心には用心を重ねるのが組織の掟だ。 
「おばちゃん、おはよー!繁盛してるー?」 
「あら、オカール。今日も元気だね。これ持ってお行き!」 
そう言って八百屋のおばちゃんはそれほど大きくない青林檎を放る。 
それを左手で受け取りお礼を言う。 
「ありがと、おばちゃん!お礼はそのうちね!」 
「いいよ、いつも世話になってるからね。さあ、早くお行き。」 
貰った青林檎を齧りながらオカールは今日の仕事先に向かう。 
オカールの昼の顔は配達屋だ。いろんな店から頼まれ、細々したものを運んで駄賃程度の金を貰う。 
妹のアスナはまだ小さくて働くことは出来ないし、二人分の食い扶持を稼ぐには全然足りない。 
だが、この仕事をしているのにも理由がある。配達をする先は町の中だけではない。 
貴族の屋敷にも配達をする。その時に屋敷の構造や警備の人数などを調べる。 
あからさまに調査などはしない。何度か出入りをし少しづつ全体像を明らかにしていく。 
そのようにオカールは訓練されていた。 


何年前かは分らない。 
オカールとアスナの姉妹は教会の前に捨てられた捨て子だった。 
二人とも親の顔は覚えていない。 
オカールは小さいながらも面影は覚えていたが、日々の生活の中で記憶の彼方に埋没していった。 
この国に限らず教会に拾われた子供はたいてい孤児院へ入れられる。 
だが、オカールたちを拾ったのは神父ではなく宿屋のオヤジだった。 
実は宿屋は表向きの顔で実は盗賊団の親玉である。 
オヤジはこうした子供を何人か育てており、慈善家としての評判も得ていたが、 
裏ではこの子供達を訓練し盗賊に仕立て上げていたのだ。 
オカールは最初、物を盗むことを嫌がったが、自分達が生きていけないし、 
何しろアスナが組織の別のメンバーに預けられ消息も教えてもらえなかった。 
オカールの幼心にも解った。アスナは人質だ。 
会いたがったが、聞き入れてもらえなかった。会いたければ仕事で活躍しろと言われた。 
オカールは生きるために、アスナに会うために必死に頑張った。 
ある日は釘一本で朝からずっと鍵開けの練習。 
ある日は命綱なしで城壁を登る訓練。 
それと、戦闘訓練。ダガー、棍棒、投げナイフ、弓あらゆる武器の訓練を受ける。 
こうして、オカールは日に日に盗賊にそして戦士に育っていった。 

最初の“仕事”が終わった後、初めてアスナに会わせてもらった。 
会えなかったのは、たった半年の間だったが本当に長く寂しかった。 
オカールはアスナに駆け寄り、抱きしめ、矢継ぎ早に問いかける。 
「大丈夫?元気だった?寂しくなかった?」 
「うん、おばちゃんがね優しくしてくれるから大丈夫。 
でも、おねえちゃんにあえなくてちょっと寂しいの。 
でもね、おねえちゃんは一生懸命お仕事してるから邪魔しちゃダメって言われて、我慢してるの。 
アスナ、偉い?」 
オカールは小さな胸にさらに小さなアスナを抱き、泣きながら何度も何度もアスナの髪を撫でる。 
「偉いよ、アスナ、偉いよ・・・。寂しくても我慢してみんなの言う事聞いてね・・」 
「おねえちゃん、なんでないてるの?あすなとあってうれしくない? 
ね、おねえちゃん、いいこだからなかないで。よしよし」 
そう言って無邪気にオカールの頭を撫で返すアスナ。 
(何があっても、どんなことをしても、アスナだけは守るんだ! 
自分が辛くたって、泥棒だって、強盗だって、人を・・・・どんなことをしたって!!) 


02.
仕事が失敗に終わって1週間後、アジトへメンバーが集まる。 
ここでみんなに分け前が渡されるのだが、この日は違った。 
「今回はへましちまったから分け前はねえ。すまねえな。ところでオカール」 
「何ですか頭領」 
「おめえ、見張りの途中で役人の懐からなんか盗ったろ。あれほど目的のもの以外に手を出すなと言っただろうが!」 
「え、でも・・・」 
「言い訳すんじゃねえ!」 
そう言って熊の様な大きな手でオカールを張り飛ばす。 
「いいか、次ぎやったら掟にしたがって制裁を加えるからな。それと、今日は妹には会えん。連れて行け。」 
「そんな頭領!一目だけでも良いから!アスナに、妹に合わせて!!」 
軽い脳震盪を起しているオカールは立ち上がれず、その場で懇願するがメンバーによって外に連れ出される。 

殴られた顔をトイレで冷やし、個室に入って一人で泣いていたオカール。 
そこへ、酒場の女将と下っ端のチンピラがやってきた。アスナの面倒を見ている人だ。 
「女将、あの姉妹はどうするんだね。オカールはともかくアスナは何の役にもたたねぇ。」 
「馬鹿をお言いでないよ。あの娘は大事に育てて、そのうち客でも取ってもらうのさ。 
そうすりゃ、オカールよりも金になるよ。」 
「まあ、あの姉妹は器量よしだから高く売れそうだ。」 
(アスナに客って?大変だ!逃げないと!アスナと一緒に逃げないと!) 

オカールはこっそりと女将を尾行して酒場を突き止める。 
それから、自分のねぐらへ戻り荷物をまとめる。寝静まったのを見計らってついでに宿屋の売り上げも頂く。 
全身黒ずくめの衣装に顔を覆う頭巾。寝静まった真夜中、勝手口の鍵を開けてはいる。 
釘1本で開ける腕を持つオカールだ。専用の道具があれば明かりをつける必要も無い。 
程なくアスナの居場所を見つけると、直ぐに起さず酒場を物色し始めた。 
まず、売上金と食料、特に保存食を中心に集める。 
それから、ゆっくりとアスナの部屋へ行き、口元へ柔らかい布を当てる。 
「アスナ・・・アスナ、起きて・・・」 
「・・・ぅん。うぅううん。」 
「アスナ、静かにして。今からここを抜け出すんだ。そして、お姉ちゃんと一緒に暮らすんだ。」 
ゆっくりと布をはずすと、アスナが寝ぼけながら問いかける。 
「どうしたの。何かあったの?」 
「いいから、ココから一緒に逃げるんだ。 
そうしないと、離れ離れになっちゃってもうあえなくなるんだ。だから、言うこと聞いて?ね?」 
久しぶりに会うオカールの真剣な眼差しにアスナは小さく頷いた。 
「じゃあ、着替えは持ったからそのままパジャマで行くよ。寒いからこれだけ着て。」 
自分がいつも潜入に使う黒い上着を着せアスナを背負って足音を殺して店を抜け出す。 
そのまま町を抜け出そうと街道に向かうが、子供の足では進める距離もたかが知れている。 
(このままじゃ捕まっちゃう・・・そうだ、市場へ向かう八百屋の馬車なら組織よりも早く町を出るかも。) 
思ったとおり、門の近くに止めてあった馬車を見つける。身体の小さな二人はみかん箱の中に隠れて待つ。 
馬車の荷台に身を隠して待っていると、八百屋のおばちゃん達の声が聞こえ、馬車が動き出す。 
幸いアスナはまだ寝ていたので、声を立てずにすんだ。1時間ほど経つと馬車が止まる。 
「さて、仕入れに行くぞ。何が入ってるかな。」 
八百屋の親父さんの声が聞こえる。オカールが箱の蓋をそーっと開けて外を覗うと、まだ夜が明けたばかりで薄暗かった。 
(この市場じゃすぐに組織に見つかっちゃう。どこか違う町に行かないと。) 
そう思って馬車を抜け出し、くすねて来たお金で持てるだけの食料とアスナの服を買い、町の外へ歩き出した。 

歩き出したのは良いが、まだ子供の二人。そうそう距離を稼げるわけではない。 
街道沿いに歩くが組織に見つかることを恐れ、少し離れたところを歩くため、更に遅くなる。 
訓練を受けたオカールはともかく、年端もいかぬアスナには辛いたびだったろう。 
身体が小さく食料の減りが遅いのは救いだったが、宿を取ることも出来ず駅馬車の駅や木の下などで野宿することになった。 


03.
歩き始めて3日目のこと。 
「おねえちゃん、つかれたよー」 
「アスナ、もうちょっと頑張ろうよ。もう少し歩けば町だから。そうしたら今日は宿屋さんに泊まろう。ね。」 
「やーだー。もう歩けないもん!あしいたいもん!おねえちゃんきらい!」 
「しょうがないなぁ。じゃあ、ちょっと休もう。でも、今日は町まで頑張ろうね。」 
「うん!」 
「じゃあ、そこの木の影に座ってな。水を汲んでくるからね。」 
そう言って、少し先に見える小川へ水を汲みに行く。皮袋に水を詰めていると・・・ 
「キャー!おねーちゃーん!!」 
ハッとして声のした方を見ると一匹の野犬らしき影が見える。 
「しまった!」 
腰に刺していたダガーを抜き、全速力で走りアスナのほうへ向かう。 
アスナは恐怖で身動きが取れない。近づいてみるとそれは野犬ではなく狼であった。 
それも手負いの。狼は普通群れで行動するがこうして手傷をおったものは群れから追い出されることがある。 
だからといって侮ることは出来ない。群れでいる狼よりも必死に獲物を狙うからだ。 
オカールは手近に転がる石を掴み狼に投げつける。 
本来なら獲物に気をとられた狼の背後から襲い掛かり一気にトドメを刺すところだが、 
アスナを囮になど使えない。 
早くこちらに気を引こうと声を上げながら“つぶて”を投げつける。 

「ガルルゥゥゥ・・・」 
低いうなり声を上げながらオカールの方に顔を向け牙を剥き出す。 
狼は左の前足を怪我していた。オカールをそれを見て狼の左へ左へと回りながら様子を覗う。 
以前に番犬を相手にしたことはあったが、それとは迫力も危機感も段違いだ。 
チラリとアスナの方を見た。木の陰に隠れている。その、オカールの隙を突いて狼が飛び掛る。 
右前に前転しながら攻撃を避けるが、狼の爪が服に引っかかり勢いがそがれる。 
狼はオカールの首筋めがけて噛み付きにかかる。身体を捻ってかわすが避けきれない。 
ざっくりと鋭い牙で裂かれたのは左肩。傷を抑えた右手から真っ赤な鮮血がこぼれ落ちる。 
「おねえちゃん!」 
「大丈夫だ、アスナ。そこから出てくるなよ!」 
「おねえちゃーん、ごめんなさぁーい。私がわがまま言ったから・・・」 
再度、狼が飛び掛るが、今度は正面に構えていたダガーを半身に避けながら右側へ振り狼の鼻先を掠める。 
通り過ぎた狼の後ろ足に切りつける。オカールはスリの技も練習させられていたので手は早い。 
だが、いかんせんパワーが足りない。大きなダメージを負わせるには至らない。 
アスナはもう既に泣き崩れてその場にしゃがみこんでいる。 
すると突然、狼がアスナへ目標を変える。 
とっさの事に一瞬対応が遅れる。アスナはオカールのほうへ、オカールはアスナのほうへ駆け出す。 
オカールはアスナとすれ違うようにして狼に体当たりする。また、狼の牙が腕をかする。 
アスナは恐怖のため、動くこともままならない。 
そんなアスナを見てオカールはダガーを握りなおす。そして、上着を脱ぎ左肩にあて自分の血を吸わせる。 
(ホラよ、俺の血は少しだがくれてやらぁ。だが、お前には死んでもらうよ。) 
真っ赤に染まった上着を左腕に巻いて突き出し間合いを詰める。 
身を低くした狼が迷わず獲物に再び飛びかかり、左腕に噛み付く。 
してやったりと思ったオカールは、ダガーを狼の首に突き立てる。 
ざくっりと食い込む刃の手ごたえを感じる。だが、狼も必死だ。更に噛み付く力を強める。 
オカールの左腕に徐々に牙が食い込み更に血が流れる。 

「うあああぁぁぁーー!死ねよ!早く死ねよ!」 
何度も何度もダガーを突き立てる。 
狼が腕を食いちぎろうと首を振る。左腕の出血が更に増える。 
オカールが突き刺したダガーを抉る。狼の口から狼の血が逆流する。 
もう、闘いではない。生への執着の強いほうが勝つ根競べだ。 
だが、オカールには執着する生がもう一つあった。負けるわけが無い。負ける訳には行かない。 
千切れそうな左腕の痛みもかまわず、狼の首を刺し続ける。 
(死んでたまるか!俺が死んだらアスナはどうなる。俺が生き残ってもアスナがいなきゃ生きていけない。 
絶対に二人で生き残るんだ!左腕一本無くったって、生きていきらぁ!) 
もう、痛みも感じない。食い込む牙も、その口から発せられる獣の匂いの息も、血の匂いも感じない。 
ただ、生きることを願う。二人で生きることを願い刃を突き立てる。 

「おねえちゃん・・・おねえちゃん・・・」 
遠くのほうでアスナが呼んでる。 
(アスナ、まだこっちに来るな!まだ、危ないから来るな!) 
「おねえちゃん・・・おねえちゃん!」 
段々大きくなるアスナの声でわれに返るオカール。狼はすっかり息絶えてぐったりと身を横たえていた。 
オカールの服は返り血と自分の血で真っ赤に染まり、顔も血飛沫で斑点模様だ。 
ゆっくりと立ち上がりアスナを見る。怯えるような顔でこっちを見ている。無傷だ。 
「ア・・スナ・・・もう、もう大丈夫だよ・・・おねえちゃん、頑張ってやっつけたから・・」 
ほっとして腕から力が抜けダガーをポトリと落とす。 
そのままスーッと意識が薄れ、アスナにもたれかかる様に気を失った。 


04.
オカールが目を覚ますと柔らかな日差しが顔に当たっていた。 
頭が痛いなと思って右手を動かそうと思ったら痛かった。 
次に左腕で押さえようと思ったらもの凄く痛かった。 
痛みで意識がはっきりしてきたらどこもかしこも痛くて泣きそうになった。 
首だけを動かして辺りを見ると小さな小屋のようなところでオカールはベッドの上に寝ていた 
「イテテ・・・」 
起きあがろうとするが身体が言うことをきかない。 
「ここはドコだ・・・ア、アスナは!イテッ・・・」 
目を凝らして良く回りを見るがアスナの気配はない。 
「アスナ・・・」 

ガチャ 
ハッとしてドアの開いた方を見るとそこには柔和な表情をした年輩の女性が立っている。 
「おや、目が覚めたね。良かった良かった。アスナちゃーん!ねえちゃんの目が覚めたよ!そっちはもう良いからおいで。」 
女性はドアのところから外へ向かって大きな声でアスナをよぶ。 
すぐに、トテテテという幼い足音と共に入り口からアスナが飛び込んでくる。 
「おねえちゃん!!」 
満面の笑みでオカールのところへダイビングしようとするアスナ。 
「ダメよ,けが人の所へ飛び込んだりしたら。」 
笑いながらアスナの首根っこを空中で捕まえてぶら下げる。 

「むー・・・」 
ふくれるアスナを横目に女性が名乗る。 
「私はアッチャー・シスコ・イナバコフや。ここで農家しとる。」 
「あの、わたし・・・」 
「ああ、あんたは狼に襲われたんや。そこの妹さんが泣きながら走りまわっとるのを偶然見つけてな。 
血だらけで倒れとったから、もう死んでると思たわ。でも大したもんやな、その年で狼を倒したんやからな。」 
「え、えっと・・・」 
「ああ、大丈夫や、手当はしといたさかいに。左手の傷が一番深かったけど傷跡は残らへんと思うわ。他のとこも一週間もすれば動ける様になる。」 
(なんだかこの人ほっといたらずっと喋ってそう・・・) 
そうオカールが思ったとき。 
グーー・・・ 
突如の異音に一瞬、当事者のオカールも理解できなかったが、おなかのなる音だ。 
途端に顔が真っ赤になる。 
「ごめんごめん。うち、喋りだすと止まらなくなんねん。おなかへったやろ。そりゃそうや、2日寝込んでたんやからな。ほら、これお食べ。」 
そう言って、鍋からスープを皿に取りもって来る。ふわりと優しい香りがオカールの鼻をくすぐる。 
黄色くて粒々の入った、コーンスープだ。 
「スープやけど、おなかにたまるように実が一杯入っとるから良く噛んでお食べ。」 
オカールは木の匙を右手で取ろうとして、顔をしかめる。 
「そうか、まだ痛むか。それならアスナちゃん食べさせておあげ。畑のほうは私がするから。」 
「うん!」 
満面の笑みで答え、スープをすくう。 
「ふー、ふー。はい、アーン・・・」 
「ア、アーン・・・」 
つられて口を開けるオカール。コーンの甘みが口いっぱいに広がる。久しぶりの優しい味に涙が出そうになる。 
「ゆっくりお食べ。」 

外に出るイナバコフを見送って、二人になったオカールとアスナ。 
「アスナ、あの人は?」 
「イナバさん?お姉ちゃんを助けてくれた後、この家に連れてきてくれたの。優しい人だよ。」 
「そう・・・」 
そう言ったきり、黙ってしまい黙々とスープを食べる。 
(あの人は信用できるかな。裏切らないかな・・・) 
オカールの胸の中には世話になった仲間に裏切られた事で不信の芽が芽生えていた。 

それから暫くはイナバコフの家に居候することになった。 
二人には親がなく、面倒見てもらっていた人が亡くなってしまい、途方にくれ町を出たところを狼に襲われた、と説明した。 
とても、盗賊団にいて売り飛ばされそうになったとはいえない。 
イナバは結構な広さの農場を持っており、麦、トウモロコシなどを中心にいろいろな野菜を栽培していた。 
助けてもらった時も市場に野菜を卸に行った帰りだったという。 
イナバの言うとおりオカールは1週間ほどで動けるようになった。傷跡は牙の後が3つ残ったが腕の内側であまり目立たなかった。 
動けるようになるとオカールは畑を手伝い、アスナは家の中で掃除や洗濯などを手伝った。 
最近は一人で暮らしていたというイナバは、賑やかになったと喜び二人をかわいがった。 
オカールも汗水流して働いた結果として、大きく実った野菜を収穫する生活に今まで味わったことの無い充実感を感じていた。 
何でもイナバは昔、名の通った剣士であったという。 
「まあ、今は引退して悠々自適や。意味解るか。のんびりやってる言う意味や。」 


05.
ある日、納屋にあった剣をオカールが見つけると、イナバが言った。 
「興味あるんか。何なら稽古つけてやろか? 
あんたも妹と二人で生きてくためには覚えておいたほうがええかもしれんし。 
まあ、あんたらがよければ何時までここに居てもええけど。ウチも寂しないしな。」 
「お願いします。」 
最初のうちはショートソードの木剣での稽古だった。 
切る、突く、受ける、払う。基本動作を丁寧に教えるイナバ。 
基本的な動きは小さい頃から仕込まれえてきたオカールには簡単なものであったが、 
盗賊のそれとは明らかに違いその違いに慣れなかった。 
それに加え、左手の力がなかなか戻らなかった。畑仕事程度なら問題ないが、 
両手持ちの剣などは左手が支点に成るため上手く扱えなかった。 
「うーん、傷は治ってるから大丈夫や思うけど。もしかしたら腱がやられたかも知れんな。」 
「直らないんですか?」 
不安そうに聞くオカールにイナバコフが笑いながら言う。 
「いや、大丈夫や。動いてるから切れた訳じゃない。腱は治るのに時間がかかるんや。 
まあ、当分は片手持ちの武器で稽古したほうが良さそうだな。」 

稽古を続けるうちにイナバコフの実力がわかってきた。相当の使い手だ。 
何でも昔は太陽の国と呼ばれるシスコムーン国で四天王と呼ばれていたらしい。 
たまに酒を飲むと遠い目をしながらポツリポツリと話す。 
普通、戦は続けてできるものではないが、 
この四天王は1年半で2回の大戦と8回の戦闘をするという 
前代未聞の活躍を見せ、いずれも負けなかったという。 
全部は教えてくれなかったが、仲間には大陸からの戦士もいたと言う。 
年を重ねたとはいえそれほどの使い手に今のオカールがかなうはずも無い。 
そんな、イナバがオカールの弱点を的確についてくる。 

「いて!」 
オカールは剣を取り落とす。手首の上、いわゆる小手の部分を痛打される。これで5回目だ。 
「オカール、お前は切るよりも突く攻撃の方がスピードも正確性もある。 
ただ、引き、武器を戻す動作に隙が大きいようだな。」 
そう言って、奇妙な武器を差し出す。剣を狭いV字に加工し、その間に取っ手をつけたものだ。 
「これはジャマダハルといって突く攻撃をするには最適な武器なんや。 
これなら小手を打たれても防具も一体になってるようなもんやから、お前にぴったりやろ。 
今日からこれで稽古しよか。でも、左手はまだ戻らんか? 
まあ、しゃあないから右手だけでもやろか。」 
あくまでも優しく指導するイナバコフ。オカールの心にも信頼の芽が育ち始めていた。 


そんなある日、来客があった。 
見たことの無いような立派な服を着た貴族のようだった。 
「すまんな、ちょっと席外してくれるか。ああ、外に居てくれ言う意味や。終わったら呼ぶから。」 
今までは客が来ても外に居ろといわれたことなど無かった。 
オカールは何か不安なものを感じ、勝手口から様子を覗う。 
「・・・という訳で、タラステル家にあの二人を頂く事で主には話しを通しております。」 
「そうか、それは良かった。ええ子達や。良く働くし明るいしな。それに将来は偉い別嬪になると思うで。」 
「ははは、それはありがたい。それではこれはいつものお礼です。」 
「まあ、そんナンいらんけど、くれる言うんはもろとこか。」 
オカールはショックで思わず声が出そうになったが、咄嗟に口を自分でふさぐ。 
(まただ、また売られちゃうんだ・・・イナバさん・・信じてたのに・・好きだったのに) 
それまでの信頼は増幅されて憎しみに変わる。 
(もう、誰も信じるもんか。大人なんか。それに悪いのは俺たちを買う貴族だ! 
あんな奴等が居るから、俺たちは幸せになれないんだ。絶対に許さないぞ!) 

オカールには聞こえなかった会話が実がまだあった。 
「それにしても、タラステル家のお嬢さんも、もうそんなに大きくなるのか。」 
「はい、ちょうどアスナさんと同じ年です。マイマイお嬢様の良い遊び相手に、 
そして将来はよき護衛役になっていただければと思っています。」 
「あいつらもびっくりするやろな。急に貴族の屋敷で暮らすんやって言ったら。」 
「当然、扱いは奴隷や使用人としてではなく、お嬢様の同じように生活してもらいます。 
誰あろう、アッチャーさんの頼みですからね。」 
「そう言ってもらえると助かるわ。最近鍛えた子達の中ではずば抜けて才能あるやつらや。 
よろしゅう頼むわ。」 
そう、イナバコフは良かれと思いマーサー王国の名門貴族である 
タラステル家のマイマイ・チチハエ・タラステルの学友・護衛役として推薦していたのだ。 
これで、親のないオカールたちにも幸せな暮らしを遅らせてやれると安心していた。 

「オカール、アスナ、今日は早く寝えや。明日はちょっと出かけるさかいに。」 
「はーい。」 
元気良く返事するアスナに対し、オカールはただ頷いただけだった。 
(ふん、俺たちを売り飛ばしに行くんだな。そうはさせないぞ・・・) 
イナバはこの日ことのほか酒を飲んだ。よほど嬉しかったのだろう。 
だが、それがオカールには憎々しく写った。 
それはそうだろう、自分達が売れて儲かったら、それは嬉しいだろう。 
オカールは自分の気持ちを表情に出さず、酒を注いだ。 
イナバが寝てしまうとオカールはアスナに昼間のことを説明した。 
「でも、そんな・・・イナバさんが・・・あんなに優しい人が、私たちを売るなんて。」 
「でも、本当に聞いたんだ。貴族の使いと話してるのを。俺とイナバさんとどっちを信じるんだ。」 
「うん、わかった。でも、どこに行くの?」 
「マーサー王国に行こうと思う。大きな町だし。一生懸命働けば生きていけるよ。」 
今回の逃亡ではオカールは自分達の荷物だけをまとめて出た。 
やろうと思えばイナバコフの金目のものをごっぞり頂くことも出来たが、 
今まで世話になったのを思い出すと手を出す気にはなれなかった。 
イナバの家から持ち出したのは貰ったジャマダハルの片方だけだった。 
「いいか、アスナ。これからは俺のことをお兄ちゃんて呼ぶんだ。女二人の姉妹だと知れると、 
こんな結果ばっかりだ。二人が大人になるまで俺はお前の兄ちゃんだ。」 
「・・・うん、お兄ちゃん。ごめんね、アスナ頼りにならなくて。」 
「そんなこと無いよ!アスナがいなきゃ俺はもう生きていく元気が出ないもん。」 
二人は夜の道を手をつないでマーサー王国へ向かった。 

その頃、残されたイナバコフはテーブルの上に残された置手紙を読み慟哭していた。 
「なんでや、もう少しで幸せに暮らせたのに。何でそんな誤解で出て行くねん! 
まるで自分達で不幸に向かって歩いてくみたいじゃないか! 
神様どうかあの子達に幸せな生活をおあたえ下さい。私の幸福の残りをすべて差し上げます。 
でなきゃ、あの子達が不憫で・・・どうか、どうか・・・」 


06.
王国に着いた二人はまず住むところを探した。 
繁華街や城から近いところは小奇麗だが住み着けそうなところは無かった。 
市場に行って住み込みで働けるところを探したが、さすがに子供だけを雇うところは無かった。 
二人が最後に着いたのは貧民街だった。見るからに清潔そうではない。 
自分と同じくらいの子供達が道端に寝ている。ここなら何とか生きていけそうだ。 
と、そこへ立派な身なりの役人らしき男が二人現れた。 
「おい、お前ら!ここからすぐに立ち退け!ここは道だ、お前らの住処じゃない!」 
そう言うなり、子供達を蹴り飛ばし始める。これにはどんな温厚な人物でも黙っていられない。 
まして、血の気の多いオカールや優しいアスナがほっておける訳が無い。 
「おにいちゃん!」 
「わかってる、任せて!」 
そう言うと、腰に下げたジャマダハルを右手に着け役人と子供達の間に割って入る。 
「おい、マーサー王国の役人てのは盗賊を放っておいて子供を蹴飛ばすのが仕事かよ・・・」 
「なんだ、お前は!痛い目にあいたくなければ黙ってろ!」 
そう言うと、一発オカールの頬を張る。役人の張り手なんて効きもしない。 
そこでニヤッと笑い返すオカール。 
「先に手を出したのはそっちだからな。後悔すんな・・・」 
おもむろに背中に隠しておいたジャマダハル装備した右手をかざす。 
これには役人もビビッて一歩下がる。 
その隙を見逃すオカールではない。すかさず左腕の肘の内側、左足の太股、そして微かに頬に傷を負わせる。 
「ヒイィィィ・・・」 
情けない声を上げて倒れる役人。オカールはもう一人の役人に声をかける。 
「おい、これはここに置いてても良いのか?命が惜しいんなら持って帰れ。」 
役人はもう声も出せずに、仲間を引きずって帰る。 
その間中、アスナはけられて怪我した子供達に手当をしている。 

役人の姿が見えなくなると、一斉に周りから歓声が上がる。 
「兄ちゃん、小さいのに腕が立つんだな!」 
「小さいお姉ちゃんもありがとう!おかげで痛くなくなったよ!」 
「おい、名前はなんてんだい?」 
「二人ともドコに住んでんだい。お礼に行かなくちゃ。」 
オカールとアスナは照れくさそうに自己紹介して、 
今日この国に着いた事、まだ寝るところがないことを話す。 
「なんだい、そうなのかい。それじゃあ、汚いとこだけどうちに来るかい?二人が寝るとこ位あるからさ。」 
「でも、見ず知らずの人に・・・」 
「何言ってんだい!二人はみんなの英雄だよ。何時までだっていてくれていいんだよ。」 
(あぁ、やっぱり貴族みたいなやつより町に住んでる人たちの方がいいや。) 

1週間ほどみんなと一緒に暮らしていたが、やはりそこは貧民街。食べる物もままならない。 
役人達も一度だけ様子を見に来たがオカールたちを見つけると姿を消した。 
二人にはみんなが食べ物を持ってきてくれたが、それも限界に来ていることは肌で感じられた。 
「アスナ、俺はここにいる人たちに、何かしてあげたいんだ。悪いことかも知れないけど・・・」 
「お兄ちゃん、アスナ知ってたの。 
私のためにお兄ちゃんが苦しんで悪いことしてくれてたこと。 
でも、アスナ何にも出来ないから・・・。でも、ここにいる人たちにして上げられるんなら、 
悪いことじゃないんじゃないかな。お金を持ってる人達から持ってない人達に配ってあげるのは。」 
(あぁ、アスナは俺が思っているよりもずっと大人でしっかりしてる・・・) 
「じゃあ、明日の夜に貴族の屋敷に忍び込んでみんなが食べていける位、お宝を盗ってくるよ。」 
そう言う、オカールに黙って抱きついてくるアスナ。 
二人が自分達姉妹以外に助けたい人達が始めて出来た瞬間だった。 


07.
オカールは久しぶりに黒ずくめの衣装を纏っていた。顔も元々黒いが更に黒く墨で塗る。 
この国に入ったときに見た大きな屋敷に目星をつけ、そこに忍び込む。 
壁は3メートルほどの高さがあるが、アスナが物売りに化けて担いできた 
1メートル半程度の竹ざおを経て、オカールがそれに足をかけ、一気に壁に取り付く。 
アスナが竹ざおを担ぎなおすまで、約15秒という早業。暗闇で気づく人はいない。 
オカールは壁の上から庭の中を見渡す。番犬はいないようだ。大きな屋敷の割りに無用心だ。 
屋敷の中の明かりは見えない。寝静まっているようだ。 
慎重に音を立てずに忍び込む。鍵も七つ道具で難なく開ける。 
勝手口から忍び込み、広間、居間を抜けて、書斎らしき部屋に入る。 
(金目のものはこういう部屋にあるんだよな・・・) 
と、物色しようとしたとき、後ろから明かりで照らされる。 
オカールが振り返ると、切れ長の目が印象的な美しい人が立っている。 
「良い度胸だな!この、マイミ・バカダナーの屋敷に押し入るとは。」 
咄嗟にジャマダハルを構える。 
「ほう、珍しい武器を使うな。よし、かかって来い。」 
オカールはマイミと名乗った人物に躊躇なく突きかかる。 
ここで捕まったらアスナの、貧民街のみんなの生活がまた苦しくなる。 
オカールはジャブのようにジャマダハルを繰り出す。スピードを重視した連続の突き。 
迷わず急所を狙う攻撃をマイミはバックステップでかわす。オカールも踏み込んではいるが追いつかない。 
(結構、スピードありやがるな。貴族のクセして・・・) 
オカールはマイミが後にキュート戦士団最強にしてマーサー王国でも一、二を争うほどの戦士になるほどの器だとは知らない。 
(こいつ、ただの泥棒じゃないな?突きにしても足裁きにしても基本が出来てる。何者だ?) 
マイミはオカールが後にキュート戦士団の一員として自分の傍らにあり、 
王国を守る一翼を担う戦士となり、将来マイミを超える可能性を秘めた戦士になろうとは知らない。 
が、マイミは何かを感じる。犯罪者のもつ邪な雰囲気や曲がった性根みたいなものを、この泥棒からは感じない。 

そのうちにマイミの速さを読み始めたオカールの攻撃が当たり始める。 
だが、驚いたことにマイミは斬っても斬っても弱るような気配はない。 
「どうした、こそ泥の実力はそんなもんか?」 
小さいときから瞬発力を増す訓練は受けてきたものの、スタミナはそれほど無いオカール。 
段々と攻撃に精彩を欠く様になる。それでも、攻撃をやめないオカール。 
「チクショウ!なんで倒れねぇんだよ。」 
泣きがら攻撃をしてくるオカールを見て、マイミが急に拳にはめたナックルダスターでジャマダハルを初めて受ける。 
左肩を突く攻撃に対して、右に上体を捻る様にして避けたマイミ。 
オカールは突いた右腕を伸ばしきらずに止め、上体を追いかけるように切り付ける。 
それを右のナックルダスターの拳で受け止める。 
「おい、お前なんでウチに忍び込んだ?」 
「うるさい!こうしなきゃ生きていけねぇんだよ! 
貴族なんてのは人から搾り取って良い暮らししてるだけじゃないか! 
盗賊とドコが違うんだよ。お前らみたいなやつのせいで俺と妹は、アスナは!」 
マイミは黙って聞いていたが、連撃を繰り出してくる右腕の手首を狙い済まして右手の掌で打つ。 
攻撃をそらしたかと思うと手首を掴んで捻り上げて捕まえる。 
「チクショウ!離せよ!」 
元々パワーではマイミに適うはずも無く取り押さえられてしまう。 

マイミは黙ってオカールを縛り上げ担ぎ上げる。そのまま、屋敷を出て王城へ向かう。 
城の中の大きな部屋に連れてこられたオカールは流石に大人しくなっていた。 
(俺もここまでか・・・アスナ、みんな、役に立てなくてごめんな・・・) 
諦めて死を覚悟する。そこへ体格のよいマントを纏った人物が現れる。 
「マイミ、こんな夜更けに一国の王を叩き起こすとは余程のことがあったかとゆいたい。」 
笑いながらマイミに言葉を投げかけたのはこの国の王、マーサー王その人だった。 
(えっ!この人が王様!そうか、王様の目の前で処刑されるんだ・・・) 
「陛下、今日はこのマーサー王国に無くてはならない人材を発掘してきました。」 
「ほう、その小さいのがそうなのか?」 
「そうです、この者は事もあろうに、私めの屋敷に潜入したのでございます。」 
「なんと、素手で虎とも渡り合うマイミ・バカダナーの屋敷に忍び込んだのかとゆいたい。 
それほどの使い手ならば是非に食卓の騎士の選考を受けさせよ。 
それまではわが国の兵として必要な物を与えよ。」 
(えっ!殺されるんじゃないの?兵って?必要なものを与える?) 
あまりのことに頭で理解できないオカール。そこへ、王の言葉がかけられる。 

「マイミの家に忍び込むとは大した勇気だとゆいたい。何か事情があるのか?」 
オカールはこれまでの生い立ち、経緯、それに先日の役人の横暴に耐えられなかったことを、つぶさに話す。 
「そうか、それはすまなかった。私はマイミ・バカダナー。戦士団の一員だ。 
日頃から国民に対しては暴力ふるってはいけないと言っていたが、至らなかったようだ。すまない。」 
「いや、部下の落ち度はこの王の落ち度であるとゆいたい。オカールとやらすまなかった。 
罪滅ぼしといってはなんだが、お前が望むものを与えるとゆいたい。」 
(なんだ、この人達は?貴族なのに偉そうにしない。それどころか、ドコの馬の骨とも知れない私に頭を下げている。) 
これまで心にわだかまっていた不信の念が一気に吹っ飛ぶほど感動していた。 
(貴族は好きになれないけどこの人達になら・・・) 
「王様、私は泥棒です。でも、あの貧民街に住む人達の暮らしはひどすぎます。それを見て欲しいんです。」 
「そうか、私の目の届かないところはそんなことになっていたか。すぐに手を打つようにする。 
国民を飢えさせない事が王の務めだというのにそんな人達がいたことは知らなかった。 
ただで与えるわけには行かないがその者たちにも何か仕事を与えよう。 
だから、これで許してくれぬか。そして、オカール。 
そんな人達の心がわかる戦士として私の力になって貰えないだろうか。」 
オカールはもう既に決めていた。この人達なら信用できる。大人は信用できないけど、この人達なら・・・ 


08.
〜後日談〜 
その後、オカールは厳しい選抜試験を潜り抜け、食卓の騎士の一員となっていた。 
食卓の騎士になったオカールは唯一、年下の戦士と親友になった。 
マイマイ・チチハエ・タラステル。 
二人で話すうちにアッチャー・シスコ・イナバコフの事を思い出す。 
「イナバさんは私の為に友達を連れてきてくれるって言ったんだけど、きてくれなかったの。」 
「えっ!そう言えば、売られそうになった貴族の家ってタラステル・・・」 
「なんだ、友達ってオカールだったの!じゃあ、やっぱり縁があったんだね。」 
「誤解だったんだ・・・イナバさんに悪いことしちゃったな。 
黙って出てきちゃったから心配かけたかも。あんなに世話になったのに裏切っちゃったんだ・・・」 
「じゃあ、今から謝りに行こうよ。大丈夫!イナバさんなら許してくれるって。」 
そうマイマイに促され後ろめたさを感じつつ、イナバの元に向かう。 

遠くに懐かしい家が見える。そうすると、こっちに走ってくる影が見える。 
(イナバさん・・・ごめんなさい・・・) 
オカールの胸に熱いものがこみ上げる。 

オカールが馬車を降りると、すごい勢いで駆け寄り抱きしめる。 
「良かった、本当に良かった・・・幸せにしてやれると思った矢先に出て行ってしもたから・・ 
でも、立派になって・・・食卓の騎士言うたら、国の重臣やで。 
あんたは自分で自分の道を切り開いたんやな・・」 
「ゴメンナサイ・・・あんなにお世話になったのに・・・・」 
「いいんや、もういいんや。お前が幸せになってくれれば、それでええんや・・・」 
こうして、オカールは人を信じる心と愛する仲間を手に入れた。 



〜完〜

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