続・漢を磨け!俺の単発修行日記 ー地に堕ちた赤い彗星ー report : Guy [NKD SCIENTIFIC RESEARCH] |
「梨本塾」というイベントに参加して来ましてジョニー(愛機はミレニアムファルコン号)に勝利してからはや5ヶ月が経とうとしている(前回参照)。俺は排気量1/3以下というハンデをものともせず、まさにMSで戦艦を沈めるように、奴を完膚なきまでに叩き潰したはずだった。しかし、ジョニーも俺が強敵と見込んだ漢。そのまま黙っているわけはなかった。その後奴は梨本塾に毎月のように参加し、めきめきと腕を上げた。もはやあきらかに前回の勝負時の俺よりも速い。
俺とて、指をくわえて見ているつもりはなかったが、諸般の事情があり、その後、梨本塾に参加することはできなかった。・・・・そう、できなかったのだ。可能であれば、いち早く参加し、再び決着を着けたい。俺も内心はそう思っていたが、「思っていた」などという言葉は漢勝負において言い訳以外のなにものでもない。悶々とした日々が続く・・・。
2002年3月X日。
ジョニー改めジョニー雷電より1通のメールが届いた。ジョニーと言うのは、学生の頃からの友人で「亜空間ドライブ装置(*1)」搭載のミレニアムファルコン号(GSX-R1300 隼)という凄まじいバイクに乗っている漢だ。
文面には短く、こう書かれていた。
「また逃げるんですか」・・・・おいおいおい!言うに事欠いてそう来たか!?いいともさ!殺ってやるさ!ビシっとな!
この挑戦は受けなければならない。漢として。*1 この装置によって、市販無改造車でありながら確実に時速340km/hという最高速を誇る(バックミラー取り外し時)
2002年3月30日。
前回梨本塾に参加して、俺のサイクロン号(SV400S)は、なかなかサーキット走行でもいい走りをしてくれることがわかった。とはいえ、相手は圧倒的なパワーと意外に高い旋回性を誇るミレニアムファルコン(GSX1300R)だ。基本的には不利な状況、しかもジョニーは徐々にそのモンスターを御しつつある。
そこで、こちらもある程度の対策を施すことにした。言うならば、ザクに対してシャア専用チューンを施すように、多少のピーキーさのリスクを背負っても、加速力の向上をしようと考えたのだ。行った対策は以下の通り。
- スプロケット、チェーンの換装
これによって、最高速は約1割減ったが、その代わり加速は鋭くなった。- タイヤの交換
減っていたタイヤをミシュランのパイロットスポーツに交換。よりレーシーなタイヤだ。- プラグ交換
イリジウムプラグを採用。ほんのわずかだが確実に速くなったはずだ。- Fブレーキパッド
シンタードパッドに変更。効きが鋭くなった。これらの改造は地味だが、確実に効果をあげる方法だ。加えて、明日はノーマルスーツ(膝パッド付き革パン)を着用して出撃するとしよう。
ジョニーよ。見ているがいい。赤い彗星は未だ墜ちてはいない。
2002年3月31日。
そして当日。危ぶまれた天気も問題なく、終日ドライコンディションで走行できた。俺も、ブランクを空けてしまったものの、確実に前回より安定した走りができるようになり、実に有意義だったと思う。そして問題の漢勝負の行方は・・・・。
朝、俺が土浦・都民モーターランドに到着して一服していると、梨本氏に声を掛けられた。「今日はAグループだから」。
・・・え?そりゃあ名誉なことですが、ちょっと時期早尚では?(<-魂の呟き)「人数の都合で誰かAグループに入れなきゃなんなかったんだけど、ジョニーと同じグループじゃないと意味ないでしょ」。・・・まったくもって、有り難い御心遣いです・・・しかし、俺はちょっぴりビビってしまいましたよ。・・・予定が違う・・・俺はまずBグループで優勝という輝かしい成績を残してから・・・と思っていたのだが・・・。
しかし。だからと言って、ジョニーとの対決を避けることはできない。俺にとっては、なにせ奴をチギることが重要な問題だ。周囲はすげえ速いだろうな、とビビりはしたが、俺は了解した。
ジョニーはこの日、なかなか現れなかった。そして、俺はAグループに混じって走りはじめたが、やはり周りは速い。張り合って走れる状況でもなかったので、俺は自分の走りを磨くことに専念しようと考えた。現状でも、前回初めてサーキット走行を体験した時よりは速くなっていると思えた。実際、タイムも上がっていたようだ。しかし、俺は限界も感じていた。マシンの限界ではない。俺自身のポテンシャルの限界でもない。ただ、技術的な問題だ。どうも何かおかしい。このままの走りではこれ以上タイムは縮まらない気がする。とりあえず、今の俺に必要なのは気合いやアクセル開度ではなく、減速の技術だと思えた。コーナーへの進入がなんとも不安定なのだ。しばしば後輪がロックして滑っている。そこまで無理をしているのに、他より進入が速いわけではない。どうも何かが間違っているようだ・・・。
そうこうしているうちにジョニーが遅れて現れる。・・・逃げたかと思ったんだが、そうではなかったようだな・・・。しかし、その後のフリー走行でもジョニーは確実に俺より速かった。クソ、これが精進の差か?
俺は、ひたすらコーナーの進入の試行錯誤を繰り返していた。だが、どうもおかしいんだよな・・・。そう思っていたところに、梨本氏よりアドバイスを受ける。すると、コーナーの途中までを使って徐々に減速するのが正解だったらしい(もちろん、進入時にある程度は減速してある前提の話だ)。どうやら俺は、バカ正直に「コーナーはバイクを傾ける前に減速を完了、その後加速しながら脱出」のセオリーを遵守し過ぎていたようだ。グリップが保証されたサーキットにはそれなりの走り方があったということか・・・・。それを知ったからと言って即座に実践できるかはまた別の問題だが、午後のタイムアタックの最終ラップになってようやく俺は「・・・なるほど・・・!」という感触をつかみ始めていた。
2002年3月31日 そして勝負。
そして模擬レース。タイムアタックの結果順にグリッドに付くのだが、はっきり言って俺はドべだ。ビリッケツとも言う。まあ、屈辱ではあるが、それは仕方あるまい。むしろ、パワー的に不利なマシンで参加2回目にしてAグループにいること自体を誇りとしよう(いや、人数調整だけどな)。俺も時には、ポジティブなモノの考え方をするのだ。それに、まずはジョニーに勝つことが大事なんだ。周囲の速さに卑屈になっているわけではないぞ。俺は奴には負けたくないのだ。
そしてスタート。ジョニーは2つ前のグリッドにいる。しかし、はっきり言って俺は発進には自信がある。ゼロヨン(0-4m加速。0-400mでない)はかなり速いぞ。そんなわけで、俺はスタート直後にはジョニーに追いついていた。奴は気付かなかったかも知れないが・・・。ただ、スタート直後の団子状態では、追いつくことはできても追いこすことはできないままにジョニーのミレニアムファルコンに外から被さるように1コーナーに突入した。
だが、結果的には25ラップの漢勝負の中で、俺に与えられたチャンスはそのスタートのみだった。以後、コーナーを抜け、ラップを重ねるにつれて、ジョニーと俺の差は徐々に広がっていった。・・・無念であった。今回は敗北を認めよう。「今回は」な。だが俺は、模擬レースでラップを重ねる間にも徐々にコーナー進入のコツをつかんでいた。まだまだラップタイムは上げられるはずだ。
ジョニーよ、せいぜい高らかに笑っているがいい。俺の魂はまだ退いてはいない。
補記
いや、ちょっと言い訳させてもらうとな、
実際、俺の腕の問題は認めるぜ。まだ2回目だし、前回から半年近く空いちまったし。
それに加えて排気量的なビハインドがかなりあるんだから、
はっきり言って状況はつらいんだよ。
しかし、だからと言ってそれを理由に
「このバイクじゃ勝てない」
なんてことは死んでも言いたくはないんだよね。
奴のラップタイムは、まだまだ400ccでは手が届かんというレベルではない。
・・・シャアはな。性能の劣るMSに乗っても負けないんだ!ムキィィ!
ちなみに、俺がジョニーと昔から対決するのは、
奴が根っからの大型乗りで、俺は根っからの軽量マシンマニアだったからだろう。
俺は自分のよりパワーがあって大きいマシンと張り合うのが趣味なのです。
ジョニーに個人的な怨恨があるわけではないのです。・・・あいつはイヤな奴だけどな!
追記
もしかして、当日一緒に走ってたジョニー以外の方々が見ていたら、
『邪魔くさかったかも知れませんが勉強になりました。
精進しますんで、またよろしくお願いしますね』
★ 梨本塾 2002年3月31日 参加報告 手に入れたもの 進入のコツ 失ったもの 右前ウィンカー、ブレーキレバー 結論 ちょっとエンジンブレーキが効き過ぎて、1速は扱いづらいな。スプロケの変更が行き過ぎたか?