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ningyo’s BOOK COLUMN

2003.7.11

雑兵物語 おあむ物語
―― 付 おきく物語 ――

中村 通夫,湯沢 幸吉郎 校訂
岩波文庫

戦国時代の戦争体験

 「雑兵物語」は、秀吉・家康時代の足軽など、下っ端雑兵の 「功名談を元にした一種の戦陣訓」 とカバーの紹介にあります。いかにも雑兵身分の人の語ったような言葉で綴られていますが、この本の成立は、江戸初期、この本に登場する 馬取 金六だの、夫丸 馬蔵だのは鬼籍に入ったころだと考えられています。成立当時流行の奴言葉・六方言葉で戦場でのハウツーものの読み物として綴られたと考えられています。時々わからなくもなりますが、まず辞書類抜きで普通に読み進められるものです。

 成立経緯はともかくとして、この本の内容のリアリティときたら、半端でないです。
 読みながら、エグさにうめいてしまいます。
 曰く、「馬上の敵は先馬を射めされい。死ぬべいと思ふ時は、〜中略〜 頬か下散のはづれか、透間をねらひて突めされい。その後は刀でも脇差でも歌って次第にひん抜て、手か足を狙って切べし。甲の真向切べからず。刃はつつかけて、鈍(なまくら)ものではきれぬものだ。〜中略〜しがみつきてつつ つらぬきめされい。」(迫力!)
 糧食も支給されるとはいえ、貴重品。梅干なんかあだやおろそかに食べてはいけない。眺めてつばを出すためのもの。(落語は、実話だったのか!)梅干鑑賞でも喉の渇きが収まらない時は、死人の血でも、泥水の上澄みでもすすれ・・・(ひ〜)
 荷宰領の五蔵という人の話もすごい。食料は足りないのが当然!とか言いきって、木の実、草の根は言うに及ばず、木の皮もかゆにして食え(どんな?) 人家では、米を埋めてあることが多いからその痕跡の探し方、とか 極めつけ 敵地の井戸はたいがい糞を沈めてあるから飲むな(ぎえ〜)

 そして物もろくに食べず、こもを着て戦場を駆け回り、「歴々のお侍衆を初めこなたなども、具足を着なされ、大小を突っ張って指なされ、いかめしく見へ申せども、陣中では五躰骨の持ち様は、わつちめほどは知りなされまい」と言い放つ。この雑兵の方々は、黒澤映画なんかで見るより、はるかに彼らなりの誇りに生きてたのか― と思うのでした。

 おあむ物語、おきく物語は、戦場の女性の体験記みたいなもので、ともに若いころの経験を老女が物語るという設定です。
 おあむは関が原で石田がたの大垣城で篭城した少女の記録。
 初めは死人も弾も怖かったけれど、「化粧首は位が高い人だから」という訳で、兵たちが女たちに討ち取った首を化粧してくれと頼みに来るのに応じているうちに慣れてしまい、首のあいだで普通に寝たとか。兄弟も死に、逃げていくうちに母は道で出産、田んぼで産湯。そんな凄まじい記録のあいだに貧しい衣生活(13の時の着物一枚で17歳まで過ごす)を嘆く。「せめて。すねの隠れるほどの帷子ひとつ。ほしやと。思ふた。
 お菊さまは淀殿の侍女だった人で、豊臣がたの侍の最後なども記されています。読んでいると、なかなか心効いた人だったようです。

 書いてあることは悲惨、ああこの時代に生まれなくて良かった、ですが、なぜでしょうか、どこかのどかな印象があります。総て昔語りという語り口だからでしょうか?
 そして私は、「せめてすねの隠れるほどの着物が欲しい」という少女に共感してしまうのです。

 

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