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ningyo’s BOOK COLUMN

2003.11.8. 

積みすぎた箱舟
―カメルーン動物記―

ジェラルド・ダレル著
浦松 佐美太郎訳
講談社学術文庫

ナチュラリストに必要なのは卓抜した観察力・体力それに表現力

 著者はイギリスの作家、動物学者(1925〜1995)。少年時代から生き物の不思議と魅力にとりつかれ、動物園のために動物を採集する仕事をし、後にイギリスのジャージー島で動物園を開き、絶滅に瀕した動物の保護活動をしていた。著書には世界各地への動物採集旅行の様子を描いたノンフィクションをはじめ、ギリシャでの少年時代の話や児童文学などがある。いずれも著者独特のユーモアと表現力に溢れている。

 ジェラルド・ダレルとの出会いはコルフ島での少年時代の愉快な日々を描いた本「虫とけものと家族たち」から。著者は「アレクサンドリアン・カルテット」「黒い本」のイギリスの作家あのロレンス・ダレルの弟で、この本は処女作。何でも動物採集の資金に行き詰まったときに、ロレンス・ダレルが本を書くことを勧めたんだそうだ。それで私たちはジェラルド・ダレルの本を読めるようになったのか…

 日高敏隆の解説冒頭に、「『積みすぎた箱舟』とは、地球のことであると思ってしまった」とありますが、私もタイトルを見て同じことを考え、あるいは「虫の惑星」(ハワード・エヴァンズ著 ファーブルとも違う素晴らしく面白い虫の生態の本で、虫を見る目を通して地球全体を見る目も開いてくれそうな本)と同種かな、でもダレルだからきっとすごく上手に書いてあるんだろうな、と思って手にとったのでした。そうしたら処女作で、1947年当時にアフリカのカメルーンで動物を採集し、イギリスへ送る当時の彼の仕事の顛末の「面白い部分」を書いたものでした。野生の動物をその生きる場所から無理やり連れ去る、ある意味でひどいことをしているのだが、ダレルとその友の動物に注ぐ愛情のためにやはり非難はできなくなってしまう。もちろん今の時点と考え方も環境も異なるのだが、人間と野生の付き合い方と言うのは難しいものだ。

 貴重な動物を採集してよい状態で動物園に送りたいイギリス人と、食料としてみている現地の人との意識のすれ違いや、ドタバタ、御難の動物たちも愉快に描かれさすがはダレルの本です。森林の中の動物たち・飼われた動物たちのエピソードも眼前に映像が開けるようです。
 特に密林の描写は素晴らしいものです。

 密林に足を踏み入れると、今までは外のギラギラする日光に慣れていたので、ひどく暗く涼しい所へきたような感じがする。日光は無数の木の葉に漉され、光を弱められて落ちてきている。まるで水族館の中へ入った時のように、すべてが暗く沈んだ緑色に照らし出されており、怪しげな気分にひたされる。地上に落ちた木の葉は、何千年、何万年もの間、そこに積もったままカーペットのように柔らかな弾力を持った土となり、爽やかな香気を放っている。(33〜34ページ)

 静かで深く豊かな世界―自分では決して行けないだろうけれど―が世界のどこかにあってそこではまだ見たこともない生き物たちがそれぞれの生を謳歌している… 昔、「ジャングルブック」みたいな世界で見た夢のなかをさまよっているような気分にさせてくれます。ここだけでも本を読んだ、満足感に浸れるお値打ち品です!

 それにしてもダレルのじょうぶさは人間離れしている。蜂に何回も刺されたり、こうもりやトカゲにかまれたり、ハリネズミの針が何本も刺さったり、マラリアの熱の中で動物の世話したり…良く生きてるなあと驚くばかり。実践的ナチュラリストとはむちゃくちゃな体力が必要ですね。でも彼の言葉によれば「探しさえすれば自分の家の裏庭ででも、自然の驚異に近づくことはできる。」(ナチュラリスト志願) さて、身近な生き物に驚きと魅力を発見できるナチュラリストの目を養えるかな。

 

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