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勾玉3部作

空色勾玉/白鳥異伝/薄紅天女

荻原規子著
徳間書店

2003.8.11

ストーリー

空色勾玉

 六歳のころみなしごとなった狭也(さや)は、やさしい養い親の下でのびのび育った羽柴の村娘。「鬼」に追われる昔の記憶が夢に影を落とす… 狭也(さや)が十五になった嬥歌(かがい)の晩に、「鬼」はついにやってきて『おまえは「闇(くら)」の氏族の巫女姫だ』と告げる。自分が闇である事におののく狭也は、憧れの「輝(かぐ)」の御子月代王に救いを求め、采女となって「まほろば」へ赴く。そして、まほろばの神殿で縛られて夢を見ていた「輝」の末子、稚羽矢との出会いが、狭也の運命を、「輝」と「闇」との闘いを、「豊葦原」の国の運命を動かす・・・

白鳥異伝

 三野の長の娘、遠子と拾い児の小倶那はやさしい両親のもとで一緒に育った。「輝」の皇子に連れられ、都に出る日、小倶那は誓った…必ず遠子のもとに帰ると。けれども小倶那は「大蛇の剣」の主として帰り、三野の郷をその剣で焼き滅ぼしてしまった…。「小倶那はタケルじゃ、忌むべき者じゃ」大巫女の託宣。小倶那を自らの手で滅ぼすべく、闇の力を持つ伝説の四つの勾玉を求めて旅立つ遠子。そして一つの勾玉の力の持ち主菅流(すがる)の協力も得て、なにものにも死をもたらす「玉の御統(みすまる)」を得る。小倶那との対決の日が来たとき、遠子が取った行動とは…
 ヤマトタケルノミコト伝説をモチーフに、「輝」の未裔、「闇」の未裔の人々の逃れられない運命の中での選択を描く。

薄紅天女

 東の坂東の地で、蝦夷との戦で父を失った阿高と、同い年の叔父藤太は双子のように十七まで育った。だがある夜、蝦夷たちが来て阿高に告げた…あなたは私たちの巫子の生まれ変わりだ、と。
 自分が何物であるかを求めて蝦夷の国へ向かう阿高を、藤太と仲間たちは必死で追う。そして「私は阿高を捜しに来た」と語り、追跡に加わる都の少将坂上田村麻呂。
 一方西の長岡の都では、物の怪が跳梁し、皇太子安殿皇子が病んでいた。自らのいるべき場所を求め、十五歳の皇女苑上は、少年の姿をとって藤原仲成と共に「皇(すめらぎ)」を守るために災厄に立ち向かおうとする。
 巫女の力を受けつぎ勾玉をの力を導き出す力を持った「闇の末裔」の少年と、「輝の末裔」の皇女の運命の出会い。神代の「力」の最後の戦いと輝きを、竹芝伝説、坂上将軍、空海など虚実が縦横に交錯する中に描く。

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日本のハイ・ファンタジー

 月代王(つきしろのおおきみ)は木の葉のざわめく闇の谷間に、頭上の月光を集め、銀の立像となって立っていた。夢まぼろしのようであって、そうではなく、重みのある存在感は狭也にもひしと伝わってくる。山がそこにあるのと同じくらい、御子はたしかに土を踏みしめていた。だが、この世の人と見るにはあまりに秀麗だった。狭也は総毛立つのを感じ、恐ろしさのほかにこんな思いをすることがあるのを始めて知った。
 王(おおきみ)は、よろいかぶとに加え、手甲をつけ、矢筒を負い、腰に太刀を佩いた戦場そのものの姿をしていた。御衣(おんぞ)は白く、袖に巻いたひもには小玉の飾りが連なっている。きらめくかぶとのほお当てからのぞく面ざしは、繊細で、鼻筋高く、目見(まみ)は、えも言われずやさしい。典雅で、優美で、それでいながら空恐ろしいほどの力の気配があった。この場に静かに立っただけで、夜が形を変え、森がなびいて香を変えるほどの圧倒的な気配だ。 (「空色勾玉」39ページ)

 この本の、この部分を読んだ時に、「そう!これ!こういうのが読みたかったの!」とぞくぞくしました。
 指輪物語、ナルニア国シリーズをはじめとして、いくつものファンタジーを好きになりました。
 日本の古代を舞台にしたファンタジーでは、この3部作が、親しみやすく、読みやすく、しかもうっとりできるという点でピカイチです。釈超空の「死者の書」や田辺聖子「隼別王子の反乱」も古代ファンタジーに入れても良いのでしょうが、夢中になって心を遊ばせる、夢見させてくれるのはこの本。
 一般に児童文学(対象は中学生くらいでしょうか?)に分類されるもので、文章は平易で滑らか、言葉使い、描写など現代のものとはなっています。主人公たちの性格も少々現代風であることは免れてはいませんが、それでも古代世界の風の薫りを感じさせてくれます。

 それに嬥歌、采女、など古代史でおなじみの言葉が物語の中に甦ります。もちろんこれは著者 荻原規子の「荻原世界」の嬥歌であり、采女です。また、「薄紅天女」では神話の時代を抜けて、歴史の時代に入り、実在の人物が重要な役割で登場しますが、どれもイメージを損なわない、でも十分納得できる描き方がされています。

清冽なラブ・ストーリー

 私はカルメンみたいな不羈の女にも憧れちゃうし、「十二国記」のように色恋沙汰を極力排し、人物の成長を描く教養小説のようなのも、未来への、あるいはあるべき世界に対する不屈の意思で歴史を紡ぐ物語もそれぞれ大好きですが、「運命の恋」にも目がないたちなのです。

 この三部作では、それぞれ自分の手に御しきれない力をもってしまった少年と、やはり自分では戸惑うような不思議な力を持った一途な少女がそれぞれの物語の主人公であり、その若く、清冽な、そして国全体の運命をも巻き込む宿命を持ったひたむきな恋が描かれます。

 また、主人公以外にも、物語を大きく動かしていく原動力となる宿命の恋はそこここに散りばめられています。まずそもそもの発端は、イザナギの神の別れてなお、イザナミの神を求める思いでした。
 (そういえば、古事記でも黄泉比良坂(よもつひらさか)のくだりでは、1000人殺すの、1500人産むのと、言葉を投げつけあうイザナギ、イザナミが、最後まで「わが愛しき〜」なんて呼び合ってるのが不思議にもおもしろかったですが)
 父に仕えて輝の血を鎮める運命を持った女人を恋してしまい、父にそむく王子(隼別と女鳥姫!)
 愛する男性を守るために女の姿まで捨て、何を犠牲にすることもいとわない女性。
 ただ信じて、自分の場所で耐えて待つ乙女。
 恋に生き、恋に殉ずる女性たちの姿にも熱狂です。
 少女趣味、と言って下さってもかまいませんわ。

 「薄紅天女」の苑上が阿高と共に行くと言うシーン、そして封じていた自らの本当の願いを口にするところでは、いつも私は十代の頃の心に帰って泣きます。
 本当のところ、私は十代で恋愛なんてたぶんしていない・・・記憶にないです。(初恋の相手として思い出せるのはディック・カラム・・・アーサー・ランサムの小説の主人公の一人だけ) だから十代で運命の相手を知るようなことがあれば、これくらい一途に思うことが出来ただろうか、私にもこんな可能性があったのだろうか、という憧れをなつかしがるようなものですが・・・

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 このシリーズは、こういう内容をこういう文章で読みたい、という自分の中に隠れていたリクエストに答えて書かれたような気がするほどぴったりなのです。著者はあとがきで「自分の一番読みたい物は、人に期待せず、自分で書けばいいのだ」というC・S・ルイス(「ナルニア国物語」の著者)の言葉を引き、

 「空色勾玉」は、私がずっと読みたかった物語です。(364ページ)

と書いています。自分の読みたいものを自分で書いてしまえるなんてうらやましいですねえ。

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 キャラクターについて言うなら、一番好きなヒロインは苑上。
 全巻通して一番「際立ちキャラ」は菅流(すがる)。ほかにも藤太の仲間たち、無空、七掬(ななつか)などもう素敵キャラ目白押し。
 各巻の主人公の少年は、のびやかな脇役に比べると、苦しみを背負ってるだけに、痛ましくて、安易にキャアキャアいえないような雰囲気があります。
 きれいで素敵で強いお姉さま大好きな私は、「薄紅天女」のラスト、藤原種継の娘(忙しい人だった)が髪を解き下げるところなど、一幅の絵として鮮やかに浮かび上がってきます。そのほかにも、大蛇の剣の力・闇を裂く火柱、「輝」の神と「闇」の女神の目もくらむ光の中での会話、闇を走る黒い馬、白く光る犬・・・絵として浮かび上がるシーンはいっぱいですが、アニメになって欲しくない…あんまり決まった絵をつけて欲しくない物語です。

 各巻あとがきで、作者がキャラクターの性格づけや、ストーリー設定上の資料などについて触れています。それら各資料にあたってみるのも楽しいものです。

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