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ningyo’s BOOK COLUMN

2003.6.3

慶応3年生まれ 七人の旋毛曲がり
漱石,外骨,熊楠,露伴,子規,紅葉,緑雨とその時代

坪内祐三著
マガジンハウス

 この本については、外骨と熊楠、紅葉、緑雨をもう少し読んでからもう一度書きたいと思っていますが、図書館へ返却の前にご紹介したい部分がありました。そこで予告編ということで少しだけ。

 明治という時代、その時代のために用意されたような人間がそろいもそろって慶応3年に生まれています。それが副題にならんだ七人。誰もが唸る面々です。著者が目をつけたのももっともです。この中で、熊楠については彼について書いた本だけで、本人の著を読んだことがありません。また緑雨もしかりで、あの有名な「ペンは1本、箸は2本、衆寡敵せずと知るべし」しか知りません。というわけでBook columnはその宿題を終わらせてから書く事にします。

 漱石と熊楠が共に「方丈記」の英訳をしています。
 それが少し紹介されていますが、なんだかお人柄を反映しているようでおもしろいです。
冒頭
 ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず。よどみに浮かぶうたかたは、かつ消えかつ結びて、久しくとどまりたるためしなし。世中にある人と栖(すみか)と、又かくのごとし」

漱石訳
 Incessant is the change of water where the stream glides on calmly: the spray appears over a cataract, yet vanishes without a moment's delay. Such is the fate of men in the world and and of the houses in which they live. 

熊楠訳
 Of the flowing river the flood ever changeth, on the still pool the form gathering, vanishing, stayeth not. Such too is the lot of men and of the dwellings of men in this world of ours.

 熊楠の方がなじみのない単語があるし、漱石の方が私としてはわかりやすいけれど、熊楠さんの方がこなれた感じはします。
 また「夫(それ)、 三界はただ心ひとつなり」の三界
 漱石  the material, the immaterial, and the world of lust (物質、非物質、渇望の世界)
  熊楠    past, present, and future (過去、現在、未来・・・訳すまでもなし)

だそうです。

漱石さんの方が重いですね。(間違ってたら教えてください)

 

 

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