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ningyo’s BOOK COLUMN

2002.11.11

イシ 北米最後の野生インディアン
シオドラ・クローバー著
行方昭夫訳
岩波同時代ライラブリー

滅びた種族の最後の一人  

 1911年8月29日朝、カリフォルニアの小さな町の畜殺場で犬に追い詰められているやせこけた一人の男が見つかった。彼はカリフォルニア・インディアンのヤナ族の一種族ヤヒ族の最後の一人だった。

 見つかった男は後に「イシ」と呼ばれるようになる。
 この本は「第一部 ヤヒ族のイシ」「第2部 ミスター イシ」の2部で構成されている。
 第一部では、イシの部族の文化、生活、そして白人に生活の場を奪われ、殺され、ついに一族が彼一人になるまでの胸が痛くなるような歴史が描かれる。S・J・グールドは、「人間のはかり間違い」であったか、昔ヨーロッパの学者が「アメリカン・ネイティブは痛みを感じない」と発表したことがあると書いていた。侵略者である白人につかまった戦士が一寸刻みにされながら、部族をたたえる歌を歌いながら死んでいったからですと。人間というのは自分の見たいものしか見ないのに気づかされるのは慄然とするも真実。
 こうして一人になったイシは孤独の月日をどのくらい過ごしてからか、生きるの死ぬもどうでも良くなったのか、白人から隠れて生きる生活をやめ(白人と出会うことは彼らにとって殺されることを意味していた)、見知らぬ土地へさまよい出て来たのだった。
 第2部は、野生人として有名になった彼が、博物館で暮らし、それまでの石器時代そのままのような生活から白人の文明のなかで生きる様子を描いている。
 彼は1916年3月26日に亡くなった。わずかな年月の中でも、彼には文化の壁を越えて尊重しあう数人の友人ができ、その知性と誇り高い精神はどんな人間にも自然に彼を尊重させた。

 この本との出会いはアーロン・エルキンズのミステリ「暗い森」でした。いい本でした。それがこの「イシ」を下敷きにしたものだということでした。読んで、予想以上の衝撃を受けました。序文を書いているアーシュラ・K・ル=グイン(ゲド戦記著者)がシオドラ・クローバーの娘だというのも知り、ゲドたちの生きるアースシーは、その世界観をイシたちに相当部分負っていることも知りました。
 「イシ」という名前はヤナ語で「人」を意味します。彼の友人であり、文明社会での助言者であった著者の夫アルフレッド・クローバー博士がつけた呼び名です。「イシ」と呼ばれた人物はヤヒ族としての本来の自分の名を誰かに告げることはありませんでした。彼らにとって名前は神聖なものであり、そう簡単に明らかにするものではなかったのです。イシは、白人たちが名前を呼び合うのをおもしろがっていたようですが、彼の本当に大事な友人に対しては直接名前で呼ぶようなことはなく、YOUあるいは「アイヌマ」というヤナ語での正式な二人称を用いています。
 また、社会的な身分の上下を重んじます。彼自身の社会での身分を意識し、白人社会でも観察によって彼なりに分けていたとも書かれています。彼らの社会は男尊女卑でもありました。そこもちょっと変えてアースシーに取り入れられています。

 イシ自身の写真がいくつかはいっています。第一部冒頭に発見された時のもの。こけた頬で、放心したような表情です。204ページにボードビルを見に劇場へ招待された時のもの。おだやかな気持ちのいい男性の笑顔です。そして357ページのデスマスク。高い眉と鼻梁。精神の高貴さと、そのデスマスクをとった友人の敬意もがうかがえます。彼は、白人の友人はやはり彼とは世界が違うものとして認識していました。彼が育った世界を共有し、語り合える人間はいませんでした。しかしその上で彼は自身の孤独をきちんと受け止められる人間でした。

 この本はイシの友人クローバー博士の夫人により、資料と夫から聞いたイシについての記憶を元に書かれています。発表した時代のせいか、全体に抑えた筆致ですが前半は読むのがつらいです。映画「ソルジャーブルー」、「ワイルド・アパッチ」が頭をよぎったりします。ル=グインの序文は1991年のものではっきりとホロコーストという言葉を使っています。彼女の父、イシの友人クローバー博士はイシについて、ル=グインら子どもたちの前でも口にすることはありませんでした。
 「一番大きな理由は心の痛みであろう。」(序文より)
 博士は原住民の暮らし、言語などの情報を少しでも多く収集するというのが仕事でした。そのために殺戮の目撃者となってしまいました。自分たちの文明は、尊敬できる友人の種族を皆殺しにした。イシの遺体を解剖するという話があったとき、たまたま不在だった博士は手紙に書いています。
 「科学研究のためという話が出たら、科学なんか犬にでも食われろと、と私の代わりに言ってやりなさい。われわれは自分らの友人の味方でありたいと思います。」(序文、及び350ページ)
 イシがその最後の数年間に真の友人を持ったことが嬉しいと思います。

書店になくても、図書館ならあるのでは?
『イシ 北米最後の野生インディアン』(岩波同時代ライブラリー)
『イシ 二つの世界に生きたインディアンの物語』(岩波書店) 子供向け

 子供向けにかかれたものは、部族が全滅させられていく過程は少なく、イシの世界の神話や生活、彼の言動が物語風に書かれています。それでもさまざまな場面から、「たった一人になってしまった」こと、彼の経験の恐ろしさは十分に伝わってきます。特に、彼の一族の日用品が博物館に遺物として展示されていたののを目撃するという経験は、ジェノサイドの恐ろしさに打ちのめされます。

 引用は、1992年第2刷によるものです。

 イシの清潔好きに関連して次のような記述があります。
 生活に用いる道具や品々を整頓しておくことを手際よくやり、かつそれを楽しむという態度は、日本人が単なる整頓を「整頓の美学」にまで高める傾向を暗示する。〜中略〜ある文化はこのような好みと能力を価値として認めており、日本人とヤナ族がその例である。(332ページ)
  (思わず周囲を見回し・・・すいません 反省します、もっと片付けます・・・)

 

 

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