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「カルメン」を読もう

メリメ著
杉 捷夫訳
岩波文庫

2003.6.17

カルメンといったらどんなイメージですか?
私は、かっこいいと思うんです
オトモダチにはなりたくないですが…

 

カルメンの物語
オペラ カルメン

先ごろ、とあるコーラス・サークルでビゼーのオペラ「カルメン」のコーラス用メドレーを歌いました。
それでそのメンバーの中の40代前半の奥様との会話です。

「私、まだオペラのカルメン見たことないんですけど、どんな話ですか?

「私もナマの舞台は見たことないです。CDのアリアハイライト集を持ってて、青少年センターの鑑賞会でオペラの録画見たことしかないですけどね・・・

「カルメンはタバコ工場の女工さんなんですけど、勝気で目立つほどの美人なんです。それで『ハバネラ』で歌うんですね。私は魅力的で、自分でもそのことはわかってます。私も野の鳥のように自由、気の向くままに飛びまわる、って。
「でも騎兵のドン・ホセは、ミカエラっていうかわいい婚約者がいるからカルメンは無視。カルメンはそれでかえって彼に気を引かれるんです。
「カルメンは気が強いものですから、けんかして相手に傷を負わせてしまって牢に入るというところで現われたのが彼女を牢に引っ張っていく役目のドン・ホセ
「カルメンは彼を必死で誘惑して、逃げるんですね。それが『セギディーリア』歌うところ
「ドン・ホセはカルメンを逃がした罪で牢に入れられ、出てきたところでまたカルメンに酒場で会うんですね
「ドン・ホセカルメンに口説かれて、兵舎へ帰れなくなり、共にアウトロー生活に入っちゃう、『ジプシーの歌』のところで決定的に人生棒に振っちゃうんですね。

「ところがドン・ホセ、軍隊とか、お母さんとか、婚約者とか捨ててきた生活に未練たらたら
「お母さんが具合が悪いと婚約者が迎えにくれば とんで行っちゃう
「カルメンもあっさり『行ってらっしゃい』なんだけどね
「まあ、早い話がうまくいかなくなっちゃうんですね

「それで、闘牛士はどこで出てくるんですか?

「いつまでもウジウジしてるホセを見限ったカルメンの新しい恋人が、闘牛士のエスカミリオで・・・

「えーっ、 とんでもない女ですねえ!」

「えっ? ええ? その、ああ、とんでもないというか・・・どうしよう・・・

このときはここで終わってしまったのですが、
まだまだカルメンが終わったわけではありません

 カルメンはすっかり心変わり、しかしドン・ホセは彼女があきらめられない。エスカミリオと腕を組んで闘牛場に現われたカルメン。華やかな闘牛場の喧騒の聞こえる中、彼はカルメンに自分の許に帰る様に頼む。
 しかし冷たい言葉と彼の指輪を投げ返され、彼はカルメンの胸にナイフをつき立てるのでした。

 

以下 緑字は上記の本からの引用

原作カルメンは 「カリ」 の女

 このように、真面目男を狂わせた運命の女として描かれるオペラのカルメン。世情流布しているイメージもこういうものではないかと思います。本の方では、ストーリーの大まかなところでは同じですが、やはりカルメンという女性のイメージがかなり違います。

 本では、ホセとカルメンと因縁のようなかかわりを持ってしまった考古学者が、カルメンを殺して処刑を待つホセから母親に渡すように銀のメダルを託され、彼が語るざんげを聞く設定です。
 読者が知るカルメンは、ホセの口を通したカルメンです。
 考古学者自身もカルメンと会っていて、彼の知るカルメンは美しく、妖しく、狼の目をもった悪い女です。

考古学者の形容するカルメン
 欠点が一つあるごとに、彼女は必ず一つの美点をあわせており、結局その美点は、対照によってかえって美しさを発揮しているのである。不思議な野性的な美しさであり、一目見たものをまず驚かすが、以後決して忘れることのできない顔立ちである。とりわけ、彼女の目は情欲的であり、同時に凶暴な表情をそなえており、以後私は人間の目つきにこういう表情をみいだしたことはない。

 とんでもない女と言えば、オペラ以上にとんでもない悪い女です。しかし本を読んで残るのは自分自身のみを自分の主として、一種爽快そして壮烈に生きた悪くて強い女の魅力です。(本当にオトモダチにはなれないと思いますが)
 カルメンはボヘミアの女Calli( 直訳すると「墨」・・・ボヘミア人たちがこういう言葉で仲間を呼び合う)として、彼女自身の法律に従って生き、そして死んでいきました。

 ホセはカルメンを自分のものにすると言う事にとりつかれ、自分の腕に収まらない彼女を殺してしまう、その「収まらない」部分の描き方が、本の方が強烈です。それにカルメンが彼に束縛されることを彼に恋している間にも、自分に関心がある証拠だなんて絶対に喜ばない。わたしはこうまではっきり言い切っている本を読むことは少ない。

 ―いいかい、お前さんがほんとに私のロム(夫、連れ合い)になってからというものは、私は、お前が私のミンチョーロ(愛人)だった時より、好きになれないのよ?私ゃ、いじめられるのがいやだが、なかでも、権柄ずくでものを言われるのが、一番きらいさ。

 

ドン・ホセにはイラつくぞ

 ドン・ホセはオペラでもちょっと「シャキッとせい!シャキッと!」と、どつきたくなる男ですが本の方ではそれに「狡い!」が加わります。真面目に勤め上げたキャリアをカルメンに心奪われてフイにして、それはそうだ。でも違った道を選ぶ節目節目は結構たくさんあった。(オペラでは、「あんたが腹を決めてカルメンと太く短く生きる気になればそれでうまくいくのに!」という感じでしたね・・・原作カルメンはそれだけではダメです)

 カルメンを逃がした為に入った牢から出たあと、ホセはカルメンに自分から会いに行く。そこでカルメンは引き止めて「お礼」を彼女の気のすむまでするが、そのあとどうするかは強制なんかしてない。カルメンはホセが好きだ、しかし「私といると破滅だ」と言って兵舎に帰している。
 カルメンに頼まれ、密輸業者に加担して上官を殺してしまいいよいよお尋ね者になるけれど、その場面でだって、違う道を選ぶことはできた。オペラには出てこないカルメンの夫をばくちの喧嘩にかこつけて殺したのもカルメンは知らないこと。

 官憲に追われ、気が弱くなったホセが「アメリカ行って地道にくらそう」なんて言い出して、カルメンはイヤだと言う。

 私はカルメンに向かって、スペインの土地を離れ、アメリカで地道に暮らして行くことを、考えようじゃないか、と言い出して見ました。
 女は鼻のさきで笑いました。―キャベツを植える人柄じゃありませんよ。こちとらにつり合った運命はね、いいかい、ペイロどもをはいで、おまんまをいただいて行くことさ。

 いつも彼は自分からカルメンと共にいられる道を選び、何故その道を選んだかといえば「カルメンが・・・」なんですよね。ああ、イラつく! レット・バトラーはちゃんとスカーレットを捨てたぞ!

 

運命から逃げない 対決を辞さない

 このように、悪いこと・人殺しも、窃盗もへでもないカルメン。
 自分の運命から絶対に逃げない。対決を恐れない。
 ドン・ホセに「一緒に来るか、死ぬか」と言われ、ホセ自身も自分がそばを離れた時に逃げてくれればと思っていても、彼が帰るのを待っている。彼の懇願には絶対にノーと言い通し、そして声も立てず、目を大きく見開いて彼を見つめたままホセによって前夫のナイフで殺される。

 二人の間のことは、すっかりおしまいになったのさ。お前さんは私のロムだから、お前さんのロミを殺す権利はあるよ。だけどカルメンはどこまでも自由なカルメンだからね、カリに生まれてカリで死にますからね。

 ―さあ、これが最後だ。俺と一緒に生きていくつもりになれないか!私はこう叫びました。
 ―だめ!だめ!だめ!足踏みをしながら、女はこう叫びました。それから私のやった指輪を、指からぬきとったと思うと、草むらの中へ投げこみました。

 かっこいい。
 こんな風には生きられない。おそらく。

 

ということで、お薦め

カルメンはくわえたクチナシの花をホセに投げ
ホセはしなびた花の香りにもしびれるようにカルメンを求めます
映像が立ち上がってくる描写がたくさんあります
考古学者を狙うカルメンの狼の目
ホセに投げるくちなしの花
逃げていくカルメンの穴のあいた白いストッキング、真っ赤な靴・・・
兵卒に落とされたホセの横を過ぎるカルメンの目つき・・・
自分を殺そうとする男を真正面から見つめる大きな目・・・
オペラとも違う、鮮やかなカルメンのイメージをお楽しみ下さい!

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