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479:吸血鬼は何処に消えた?

作:◆eUaeu3dols

「ところでドクター、訊いておきたい事が有るわ」
「なにかね?」
出発の前の準備をしながら、ダナティアはメフィストに問い掛けた。
「あなたは前にも6時までと言った。それは仲間を待つ為かしら?」
「いや。残念だが、約束していた2人はもう来るまい。
 種々の状況からしておそらくは……死んだのだろう」
メフィストは手の中の針金を弄びながら返答する。
その言葉を聞いた志摩子の表情に暗い陰が落ちた。
海を流されていた彼女を助けようとしてくれた(二次遭難者になりかけたのも愛嬌だ)袁鳳月。
彼の同僚であるという趙緑麗。
覚悟も実感も既に済んでいるし、彼らと過ごした時間はそう長くはなかったが、
それでも知り合った人が死んでしまったとすればそれはとても悲しいことだ。
だから、否定できるならば否定したかった。
「メフィスト医師。それは本当に、間違いないのですか?」
「断言は出来ないがね。
 もしかするとトラブルに遭って遅れているだけかもしれない。
 だが、この島では足止めを食うよりも殺された可能性の方が高い。
 結果は放送を待つしか無いが、覚悟はしておく事だ。
 今の私達が待っているのは仲間との再会ではなく、死の確認なのだよ」
志摩子は言葉を詰まらせる。
「そして、あの悠二という少年も命を失った可能性が高い」
「っ!!」
今度はダナティアが息を呑んだ。
「ドクター。それはどういう事かしら?」
「そのままの意味だ」
答えて掌に乗せた一本の短い針金を差し出す。
その針金は奇妙に歪み、ねじ切れていた。
「……それは?」
「あの少年に治療を施した時、これと対となる針金を内部に残しておいた。
 術後の経過を確認するためにね」
ダナティアは其の意味する所を理解した。

「生きている可能性も無いではない。だが……」
「判っているわ」
それはあまりにもはかない希望だ。
考えに入れるのは良い。だが、すがってはいけない。
「メフィスト医師、あの少年は大丈夫だと……」
「私もそう思った。見所のある少年だからうまくやるのではないかとね。
 それでも切り抜けられない危機に見舞われたのだろう」
志摩子の言葉にメフィストは淡々と残酷な答えを返した。
「時刻は四時半という頃合いだろう」
メフィストが付け足す言葉に何か思いだしかけたが、それよりも他の事が気になった。
「……シャナが危ないわ」
「君の仲間か」
「ええ。
 腹部に散弾銃の破片が残り、吸血鬼に噛まれ、
 その進行に耐える心すら折れてしまいかねない状況下に置かれた少女よ」
「それはつまり」
「治療してちょうだい、ドクター」
(吸血鬼化か。もしも完了していれば、今の私と設備で治療するのは難しいが……)
完了していなければ可能性は有る。
メフィストは軽く頷き、しかし問い返す。
「それは放送を聞いてからではいけないのかね?」
「放送を聞けばシャナの状況は悪化するわ。
 放送自体には間に合わなくても一刻も早く駆けつけなければならない」
「なるほど。それで、場所はどこだね?」
「C−6のエリアよ」
「…………ほう」
何か含みを持たされた呟きが返る。
「ドクター?」
「いや、少し考えていた事が有ってね。
 灰色の魔女も厄介な相手では有るが、居場所が分からなければ行動のしようがない。
 だが、もう一人の厄介な相手の居場所の手掛かりは掴めたようだ」
メフィストは手近に有った机に地図を広げた。

「ところで、宗介君に課せられたタイムリミットは想像がつくかね」
「……おそらくは日没という所かしら」
その言葉には僅かな焦りがある。
相良宗介と千鳥かなめも彼女が救おうとしているいわば仲間だ。
だが、千鳥かなめの居場所を聞き出す直前に宗介は彼らの元から逃げ出した。
手の打ちようが無くなってしまった、6時の放送で呼ばれる事も覚悟した名だ。
居場所が分かれば一刻も早く駆けつけたいと思うのに、手掛かりがまるで無い。
「結構。私達が対処しなければならない――正確には対処すべき相手は多い。
 このゲームを取り仕切る者達への対策。
 居場所の分からない、志摩子君の学友を操る灰色の魔女。
 放送により生死を確認しなければならない待ち合わせた仲間。
 ダナティア君の仲間との合流及びその一人の治療。
 そして、志摩子君の探すもう一つの事柄と相良宗介を人質に取った女」
メフィストは一度言葉を切り、一拍を置いて告げた。
「千鳥かなめを人質に取り宗介君を脅迫した者の名は、美姫という。
 白い衣を纏う吸血鬼の姫にして……美の化身だ」
(この男をしてそのような言葉を言わせるというの……?)
その言葉にダナティアは声を上げない程度に小さな驚きを感じる。
ダナティアは自らが絶世の美女である事を自覚している。
本人としては胸に付いている大きな脂肪の塊が目障りで仕方がないと思うのだが、
それもその美貌に何ら翳りを落とす物ではなかった。
その彼女を人の持つ美の極限だとすれば、メフィスト医師は人を超える美しさを持っていた。
その男を持ってして美の化身という言葉を使わせる美女。
人並み以上に美しさを知る故に、その言葉は衝撃的だった。

「それは……」
そして志摩子も驚きの声をあげる。
だがそれは、美の化身という言葉に対してではない。
「私や終さんが遭遇した吸血鬼、ですか?」
「そう。そして私の世界に居た、私の敵であった女だ」
「……なんですって?」
ダナティアは今度こそ驚きの声を上げた。

「午前4時。私は、H−4の海岸エリアでその人に遭遇しました。
 アシュラムという騎士の方が、心の隙につけこまれて……従えられました」
島の南端にペンで点を付ける。
「午前5時半。終君がG−8の草原エリアで美姫と騎士に遭遇した」
海岸沿いに東にペンを走らせ、G−8エリアへと繋げる。
「更に、緑麗君は午前1時半、G−2エリアで吸血鬼の被害者と遭遇している」
最初の南端の点から西へと点線を走らせる。
「それは……っ」
志摩子は息を呑む。
「これは推測だがね。位置と時間が線で繋がるのだよ」
佐藤聖が吸血鬼にされたのも、あの美姫の仕業である可能性は高い。
確証は無いが、しかし確かにその通りだった。
「さて、この推測も正しければ美姫は開始後、島の南を西から東に移動した事になる。
 ここから日の出までの30分で何処へ行ったのか。
 宗介君とその仲間が罠を作りながら森を通ったというなら、
 少なくとも西南方面に移動したような事は無いだろうが……」
流石にこれ以上は判断材料が無いと思われた。だが。

「――――午前5時50分、F−6の西端を経て北上。北の森へ」
「……何?」
ダナティアの手がペンを取り、F−6を経て北へ向かうラインを描いた。
「あたくしはこの時、周囲を警戒しながらF−5の森の北端で食事を摂っていたのよ。
 遠いし近づく様子も無いから放っておいた。だけど、間違いないわ。
 その2人は放送の直前、日の出の直前にF−6からE−6方面に移動した」
2人を見つけられる確立は有り得ないわけではない。
6時前、放送を待つダナティアがリナと共にF−5の森の北端で食事をしていた。
美姫とアシュラムは5時半から6時までの僅かな時間に寝床を探し移動した。
そして、行き先は最短距離を通らねば間に合わない島の中央の森だった。
この条件が揃えば、美姫とアシュラムがダナティアの視界内を通る可能性はむしろ高い。
だが。だがしかし。
これだけの条件が揃う可能性など、一体どれだけ有るというのだろう!?

「……偶然にも程があるわね」
メフィスト。藤堂志摩子。竜堂終。ダナティア皇女。そして逃亡した相良宗介。
そもそも一人の参加者に出会ったり見た、あるいは知っている人間が、
偶然にも一点に何人も集中している時点で剰りにも異常なのだ。
もちろん、開始位置が近い者同士があまり移動しない場合などは有り得るだろう。
だが初期にあまり動かない内に出会ったメフィストと志摩子はともかくとして、
島を縦横無尽に走り回った竜堂終、彼らと行動範囲が離れた後で出会ったダナティア、
そして全く別の時間に不幸にも遭遇してしまった相良宗介は異常だ。
更に、事態はそれ以上に広がる可能性が有った。
「もしかするとシャナを噛んだ吸血鬼も……」
「どうやらその可能性もあるようだ」
線を後に残してペンが滑り……C−6エリアで、?マークを付けて止まった。
「「「…………」」」
場を沈黙が覆う。
偶然の連なりは限りなく必然へと近づいている。
見えない力をその場にいる全ての人間に感じさせる。

「とにかく、動くべきだわ」
皇女が沈黙を破った。
「急ぐ理由がまた増えた。動かない理由は無くってよ」
「そのようだ。志摩子君、少し歩く事になるが……」
「いえ、大丈夫です。行けます」
はっきりと答えが返る。
その声には強い意志が篭められていた。
(もし、あの人がお姉さまを吸血鬼に変えたのなら……)
あの美姫という女性には、その寂しげな心に同情と悲しみを感じる。
アシュラムを従えたのも、その寂しさから来る物だったとしても、それでも。
(それでも赦すわけにはいけない。違う、許してはいけない)
憎しみのようなどろどろした感情を抱く事は出来ない。
そういった物ではなく、清く、優しく、強く。
彼女はただ純粋に、怒りを覚えた。

     * * *

「をーっほっほっほっほっほっ!」
「うおおおおおおおおおおぉっ!」
奇怪な高笑いと吼える掛け声が唱和する。
近くに居た不運な鼠が腹を見せて泡を吹いた。
「怨敵打倒っ!!」
「だりゃあっ!!」
拳と拳がぶつかり合う。
ぶつけあったベクトルでアスファルトの大地に足形が刻まれた。
「不良根絶っ!!」
「こなくそっ!!」
天使のなっちゃん、次なる一手は吸血鬼(ブルートザオガー)の一撃。
対する竜堂家の三男に武器は無い!
手近に有った物をよく見もせずにしかと掴むと、よく見もせずに叩きつけた。
「…………ぐぇっ」
ガキンッと硬い物同士がぶつかり合う音が響き、剣と未確認物体が宙に舞う。
何か声がした気もするが、2人とも相手から目を離す隙など無い。
咆哮と高笑い、拳と拳、剣と地人がぶつかりあう漢の戦い。
余計な物を見る隙など……
「……?」
フッと小早川奈津子の視線が終の後ろへと向いた。
「隙有りだぜおばさん!」
強烈な蹴りが小早川奈津子を貫き
「お退き、邪魔虫!」
当社比250%の平手打ちが終を横へと叩き飛ばした。
終はそこはかとなく人型の穴を開けて近くの建物に突っ込んだ。

「つ…………いってぇな、こんちくしょう」
埃を払いながら再び穴から顔を出す。
どういうわけか小早川奈津子の追撃は無いようだ。

「ったく、どうなってんだ?」
地面に突き立っている剣と地人の間から小早川奈津子の視線の先を見ると……
「だあっ、なんで出て来てんだよ!?」
小早川奈津子が見とれるその先にいるのは魔界医師メフィスト。
人知を超えた美貌を持つ男である。
ゆっくりと片手をあげ、小早川奈津子へと向けた。
「を……を……」
小早川奈津子の声が震え、そして――
「…………をーっほっほ! あたくしの伴侶となるがいいわああぁぁぁぁっ!」
咆哮と共にドップラー効果すら起こして加速した!
それは正にロケットスタートと言うに相応しい!
その加速度と質量は突撃する巨象の如く! 飛ぶが如く! 疾風の如く!
残像をも帯びて、弾道ミサイルの如き迫力をもってメフィストへと迫る!
しかもその速度は一瞬毎に更なる領域へと進化する!
信じがたい人外の運動能力! 化け物そのものの筋力!
危うし! 魔界医師メフィスト!!
今のなっちゃんなら戦車だって轢けるかも!?



しかしまあ、相手が悪すぎである。



「あーーーーーーーーーーーーーーーれーーーーーーーーーーーーーーーーー」
メフィスト医師の付きだした手に触れた瞬間、
小早川奈津子の進行方向は直角左斜め上方へと曲がった。
しかもその速度の殆どを維持して螺旋回転。
「おーーーのーーーれーーーお代官さまーーーーーー!?」
ギュルギュルと顔も見えない程の高速回転をしながら、小早川奈津子はビルに突き刺さった。

「【098 小早川奈津子 死亡】」

竜堂終の呟きが高笑いに引き裂かれる。
「をーっほほほほほほほ! 勝手に殺さないでちょうだい!」
小早川奈津子がビルの二階外壁から付きだした足をばたつかせて抗議していた。
「片腹痛いわ! このあたくしがこの程度で屈するものですかっ!!」
「うあ、生物学とかそういうの的におかしいだろその頑丈さっ!」
生物学なんて物が全く通用しないと判っていても思わず抗議してしまう終。
「待ってらっしゃい、すぐにまた……」
「抜けないはずだ」
「……なぬ?」
メフィストの言葉にピタリと止まる。
しばらくもがもがと暴れる始める下半身。
しかし、彼女は見事なまでにすっぽりと突き刺さっていた。
「お、おのれぇっ! よくもあたくしにこのような醜態を!」
「では、今の内に逃げるとしよう」
くるりと背を向けるメフィスト。
「待った、あいつコキュートスっていうの持ってるんだ!」
「なんですって」
ダナティアが姿を見せる。
「それは回収する必要が有るわね」
「いや、でもどうする気だよ? 近寄ったらまた……」
「いいえ、近寄る必要も無いわ」
終の言葉を切り捨てると、ダナティアはビルの二階外壁から突き出た物体を見つめる。
「アラストール! 聞こえるわね!」
一拍遅れて遠雷の如き返答が響く。
「聞こえる。ダナティア皇女か。よく……」
「今からあたくし達はシャナの居る合流地点に向かうわ! 来なさい、アラストール!」
「いや、待て、皇女よ、来いと言われてもコキュートスは器への転移機能さえ制限……」
そこで言葉を止める。
(コキュートスに何か力が働いている? これは……)
「来なさいっ!!」
その言葉と共に、コキュートスが光の粒子と散り……次の瞬間、ダナティアの手の中に出現した。
「――それじゃ、行くわよ」

「よし、それじゃ吸血鬼(ブルートザオガー)も回収……」
しようとして、見回す。
だが、無い。
「あれ、さっきここに有ったはず……」
「ハァーッハッハッハッハ!」
太い声が周囲に響いた。
「よくも人を使って殴り合いしてくれたなこの人でなしの鬼畜な人非人共めぇっ!
 だが最後に笑うのはこのマスマテュリアの闘犬、ボルカノ・ボルカン様よ!
このちょっと重いけどなんか凄そうな剣は頂いたぁっ! 地団駄踏み死ぬが良い!」
「なんだと、待て、この野郎!」
「待てと言われて待つ奴が居る物か! 見よ、我が華麗なる戦略的撤退!!」
小さな走る足音が遠ざかって……
「ギャッ! おのれ石ころめ石ころの分際でこのボルカン様の足を躓かせ……」
遠ざかって……いった。

「…………逃げられたわね。透視すればまだ追えなくもないけど」
「待ちたまえ。その前に終君に聞きたい事がある」
メフィストが終に問い掛ける。
「今、君は上半身裸でそのカモシカのような瑞々しい肉体を晒しているわけだが」
「…………」
終は無言でファイティングポーズを取った。
「いや、早合点しないでくれたまえ、そういうつもりではない。
 どうして一片残さず服が消えたのかと訊きたいのだよ」
「そういう意味か。そんなのおれもわかんねぇよ。
 あのおばさんと殴り合ってたらしばらくしたらいきなり服が溶けて……」
「やはりそうか」
メフィストは小さく頷いた。
「どういう事だよ?」
「それはだね……」
「もう終わったんですか?」
その時、志摩子が2人に遅れて顔を出した。

「志摩子君、今の私達に触れてはならない」
他の皆に近づこうとした志摩子がピタリと止まる。
「……どうかしたんですか?」
「説明は後だ。三人とも、一度病院跡に戻るのだ。急ぎたまえ」
「は、はい」
「説明はしてもらうわよ」
いつになく急かすメフィストに戸惑いを感じながらも、4人は病院跡へと駆け出した。
後には罵声を吐きながらビルの二階外壁に少しずつひび割れを増やす妙な物体が残された。

   * * *

すぐに病院跡に着くと、メフィストはまたもシーツを瓦礫の中から取りだして放った。
ダナティアはそれを受け取り怪訝な表情を浮かべる。
「どういう事かしら、ドクター。あたくし、今はちゃんと服を……」
着ている。
そう続けようとした瞬間、ダナティアの服がぽろりと溶け落ちた。
「……なっ!?」
「えっ!?」
「うわっ!?」
「おぉっ!?」
当事者のダナティアの驚愕の声の後に志摩子と終の驚愕が続いた。
ついでにコキュートスからも。
慌ててシーツを纏い裸体を包み隠すダナティア。
「こ、これはどういう事かしら、ドクター」
「バクテリアだ」
メフィストが答える。
「理由は不明だが、先ほど戦ったあれの体表にバクテリアが付着していたのだよ。
 人から人に接触感染し、体温で温められると活性化して石油化合物を分解する物らしい」
「石油化合物……?」
「ビルで調達した、君と志摩子君の服の材料に使われている」
その言葉でようやくダナティアは状況を理解した。

だが一つ腑に落ちない事がある。
小早川奈津子に触れたのは竜堂終とメフィストだ。
ダナティアは触れては……
「ああ、そういう事」
纏ったシーツの外に出して首に掛けているコキュートスを見下ろした。
「…………すまん、皇女よ。どうやら我のせいらしい」
「あなたのせいではなくってよ。運が悪かっただけ」
コキュートスはずっと小早川奈津子に着用されていた。
その表面がバクテリア満載なのはもはや語るに及ばない。
「でもどうした物かしらね。
 あたくし、シーツ一枚で行動する趣味は無いのだけど」
「安心したまえ。溶かされない素材の服は有る。一着限りだがね」
ダナティアの表情が強張る。
「……推測は出来るわ。でも、それ以外は無いの?」
「生憎と、無い。着ない、あるいはシーツで済ます選択も無いではないがね」
ダナティアの表情が歪む。
(そんな選択、出来るわけが無いでしょうに)
シーツを纏っていればいざという時に邪魔になる上、防寒機能にも不足がある。
裸では僅かな草木にさえ傷つけられる上、この霧の中では確実に体を壊す。
恥だのなんだのを捨てても、それでもまだ衣服は必要不可欠な物だ。
だが、確実に得られる衣服がそれしかなくても尚、ダナティアは戸惑いを隠せない。
「おい、代わりの服ってまさか……」
終がそれに気づいた時、メフィストは大地に腕を突き入れていた。
ずぶずぶとまるで抵抗もなく突き刺さる腕。
それを引き上げた時、その手の中に有ったのは……
「……テレサ・テスタロッサの遺体…………」
そして、彼女の纏っていたUCAT戦闘服。
ダナティアは一度だけ歯を噛み締めると。その着用を決意した。

     * * *

着替えの間、これといった事はさほどない。
コキュートスはシーツに包んで置いておき、終は埋葬の為に掘り返した穴を整え、
メフィストは病院跡で使える物を探し、宗介の残した物を見つけて終に渡したりしていた。
その間に、ダナティアは急いで着用を済ました。
掛かった時間は極僅か。
そして、二度目の埋葬もすぐに終わった。
寒くないようにとシーツで幾重にも包んだテッサの遺体は、再び大地へと埋められた。

UCAT戦闘服もこれといった問題は生じなかった。
本来ならサイズの違い(特に胸部)は大きかったのだが、
皮肉にも胸元が引き裂けていたおかげで、針金を付け加えるだけでサイズがフィットした。
少し胸元が覗いているが、メフィスト曰く機能に支障は無いようだという。
出力がそのままかは判らないが防御の概念もしっかりと有るらしい。
だからこそ宗介のベッドの間に置いて精神的のみならず物理的な障壁にした。
メフィストはそれを明言しないが、おそらくはそうなのだろう。
テッサが一度目に守った宗介が今はどうなったかは判らず。
二度目に守ったダナティアは、守ったと言い切れるかは判らない。
それでも。
「……少し、重いわね」
「重量は殆ど無いはずだがね」
「ええ。…………でも、少しだけ、重いわ」
それでも、何か遺志を感じずにはいられない。

志摩子もその意味に気づいた。
だが、何も言えなかった。
今の志摩子は彼女の手を握ってあげる事すら出来ない。
逆に助けて貰う時も、直接触れればそれだけで時間を食う足手まといになってしまう。
そして、自らの足で立ち続けるダナティアに送る言葉も思いつかなかった。
間の抜けたバクテリアのもたらす効果でこんな悩みを抱えた事が皮肉だった。

種々の想いを胸に秘め、その刻が来た。
真っ白い霧の中、残酷な現状を告げる放送が始まる。

【B-4/病院跡/一日目/18:00】
【創楽園の魔界様が見てるパニック――混迷編】
【藤堂志摩子】
[状態]:健康
[装備]:なし/衣服は石油製品
[道具]:デイパック(支給品入り・一日分の食料・水2000ml)
[思考]:争いを止める/祐巳を助ける

【ダナティア・アリール・アンクルージュ】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:コキュートス/UCAT戦闘服(胸元破損、メフィストの針金で修復)
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン4食分・水1000ml)/半ペットボトルのシャベル
[思考]:救いが必要な者達を救い出す/群を作りそれを護る

【Dr メフィスト】
[状態]:健康/生物兵器感染
[装備]:不明/針金
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1700ml)/弾薬
[思考]:病める人々の治療(見込みなしは安楽死)/志摩子を守る

【竜堂終】
[状態]:打撲/上半身裸/生物兵器感染
[装備]:コンバットナイフ
[道具]:なし
[思考]:カーラを倒し祐巳を助ける

[チーム方針]:放送を聞いた後、C−6へ向かう

※:メフィストと終の増加した装備について
針金はビルや病院で調達。弾薬とコンバットナイフは宗介の残した物です。

【A-3/ビル・二階外壁/一日目/18:00】
【小早川奈津子】 
[状態]:右腕損傷(殴れるまで十分な栄養と約二日を要する)/たんこぶ/生物兵器感染
[装備]:なし
[道具]:デイバッグ(支給品一式・パン3食分・水1500ml)  
[思考]:ビルの壁を壊して脱出したい。もがもが。
[備考]:約10時間後までになっちゃんに接触した人物も服が分解されます
     10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます
     感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します

【A-3/市街地/一日目/18:00】
【ボルカノ・ボルカン】 
[状態]:たんこぶ/左腕部骨折/生物兵器感染
[装備]:かなめのハリセン(フルメタル・パニック!) /ブルートザオガー(吸血鬼)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1600ml)  
[思考]:我が華麗なる戦略的撤退を見よ!
[備考]:ボルカンの服は石油製品ではないので、生物兵器の影響はありません。
※:生物兵器について
約10時間後までに接触した人物の石油製品(主に服)が分解されます。
10時間以内に再着用した服も石油製品は分解されます。
感染者は肩こり、腰痛、疲労が回復します。

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