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478:姦客責(カンキャクセキ)

作:◆E1UswHhuQc

(ボール……?)
 行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
 と。
「え……?」
 それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
 それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
 それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
 それは、





 ○<アスタリスク>・5
 介入する。
 実行。

 終了。





「はあああああああっ!」
 だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
 反射的に声の方へと頭を上げ、しかしすぐに目をそらす――刹那。
 その一瞬に目に入った光景が、網膜に焼きついた。
 憎悪と殺意で振るわれた刃が宮野の頭頂部から股間までを一気に






 ○<アスタリスク>・6
 介入する。
 実行。

 終了。





 ──すべて投げ出してやめてしまいたい。
 ここに放り込まれた直後抱いた思いが、ふたたび脳裏をよぎった。
「はあああああああっ!」
 だがその思考は、憎悪に満ちた男の叫びによって遮られた。
 反射的にそちらを見て、不思議なことが起きた。
 宮野の首が肩の上から落ち、点々と床を転がって足元に





 ○<アスタリスク>・7
 介入する。
 実行。

 終了。






「く──」
 宮野の指先から放たれる不気味な光が魔法陣を描き、そこから黒い触手が顔を出す。だが遅い。
「はあああああああっ!」
 咆哮と共に、すべての不快感を叩きつけるような刃が、横薙ぎに振るわれた。
 斬られた感触すらない。
 達人の技でもって切断された頭部が宙を飛び、一瞬だけ茉衣子と目が合い





 ○<インターセプタ>・3
 <自動干渉機>、もう一度だけ。





(ボール……?)
 行き着いた考えに疑問を持ち、おそるおそる視線をふたたび正面へと向ける。
 と。
「え……?」
 それは赤い軌道を描きながら、ボールのように転がっていく。
 それはこちらの足下まで転がり、赤い液体をまき散らしながら止まった。そっと拾う。重い。
 それはこちらに掴まれた後も、暗闇の中でもよく映える赤をぽたぽたと垂らしている。
 それは、





 ○<インターセプタ>・4
 <自動干渉機>が正常に作動しない。
 やはりわたしは造られた存在で、<自動干渉機>も同じなのだろう。
 ならば。
 わたしが彼らを『助けたい』と思う気持ちも、造り物なのだろうか。
 そうだとしたら――

「わたしがそれをやることに、何の意味があるのです?」
「あなたはそれを成したいのでしょう? <インターセプタ>」
「その欲求が造り物だとしても、ですか? “イマジネーター”さん」
「そんなことが、あなたの世界を妨げる理由になるの?」
「わたしの……世界?」
「そう。あなたの心はあなたの世界。心こそが、たった一つの真実」
「それすらもが造り物なのですよ?」
「造り物なのは当然のことでしょう。造られなければ、存在し得ない。同じ造られた物に真作と贋作の区別もない。それはどれもが等価で、当人にとっては真実なのだから」
「……私は――」

 助けたいと、思います。
 例え偽者でも、わたしの世界のあの二人を、助けたいと思います。
 <年表管理者>として。
 例え死んでしまっても、助けたいと思います。






 ○<アスタリスク>・8
 終了する。
 実行。

 終了。





 繰り返し映る、彼の死。
 視点が変わっても、時間が変わっても、場所が変わっても、宮野秀策の死は変わらない。
 何度も映った。夢の中で宮野の死亡がリプレイされる。
 正常でない<自動干渉機>による干渉が、本来残らないはずの記憶として残る。
 夢として。
 夢として残った記憶が連鎖的に夢を作る。悪夢を作る。
 宮野が死んだ悪夢が繰り返される。
(ああ――)
 首を斬られた。胸を斬られた。触手ごと斬られた。
(い――や……あ――)
 袈裟懸けに斬られた。逆袈裟に斬られた。頭頂から両断された。胴体を薙ぎ払われた。
(ああああああああああああ)
 両腕を落とされ両脚を断たれ眼球を抉り大腸を引き摺りだし心臓を斬り破り脊髄を砕かれ脳髄を掻き回された。
(ああああああああああああ!!)
 殺されたのは宮野秀策。白衣の。厄介な。班長。
 殺すのは黒衣の騎士。名前? アシュラム。怖い。黒。薙刀。恐怖。死。
 何で死ぬ? 主。騎士の主。女。怖い。命令で。試す。試して。試された。死んだ。
(あ……あ……あぁ…………!)
 何で試された? 頼み。救って欲しい。相良宗介。千鳥かなめ。吸血鬼。しずく。しずく?
(あ……あなたが……あなたさえ……!)
 夢が――覚める。

 起き上がろうとして、足に力を込めた。磨耗した感覚が床の存在を足に伝えるのを確認して、膝を曲げる。
 床に寝ていたらしい。脱力した腕に力を入れて、肘から順に起こしていく。
 背中の触感が消えた。起き上がってきているらしい。
 重力による枷を億劫に感じながら、無理矢理に起き上がった。
 湿った黒髪が顔にかかる。暗い視界が狭められた。
 暗闇のような視界の中に、宮野は居ない。彼の声も響かない。
 悪夢は――醒めない。
 息をついた。闇を祓うかのように呼気が流れる。
 放置されたロッキングチェアが、暗闇の重さにキィィと軋んだ。
 思考が停まる。動きが停まる。
 傍らにいる彼女を――彼女の生きている様を見たくなく、顔を俯かせたまま胸中で呟く。
(あなたさえ、いなければ)
 その思考の正しさを、噛み締める。彼女が来なければ、宮野は死ななかった。
 しずくが、来なければ。
「茉衣子さん!」
 嬉々とした声音が、耳に響く。
 見たくもないものが視界に入った。しずく。宮野秀策の死因。
 あなたがこなければ。
 視線を合わせるようにして、それは言ってきた。何が嬉しいのか、やや大きな声量で、
「体、大丈夫ですか? 痛いとか寒いとかありませんか? 
 ここには暖房設備がないので、移動しないとどうしようもないんですけど、大丈夫ですか?
 一応体は拭かせてもらったんですけど……あっ、すいません!
 起きたばっかりなのに、いろいろ言っちゃって。まだ落ち着いてませんよね」

 煩わしい。
 視線を逸らす。と、それが何かを持っていることに気付いた。
 反射的に手を伸ばし、奪い取る。
「あっ、すいません。返しますね、エンブリオさん」
 何を言っている。
 これは宮野のものだ。返すというならば宮野に返せ。
 アナタガコナケレバ生きていたはずの、宮野に返せ。
『よお、気分はどうだ?』
 暗鬱とした感情が、渦を巻いている。
 顔をあげた。こちらを覗き込むように見ている顔がある。
 何で笑顔を浮かべている。何で生きている。彼は死んだというのに。何でアナタは。
 十字架を握る手に力を込め、光明寺茉衣子は感情を吐き出した。

「アナタ、ガ、コナ、ケレバ」
 
 がつりと。
 響いた音と感触は、爽快なものだった。


【E-5/小屋内部/1日目・17:30頃】

【光明寺茉衣子】
[状態]:腹部に打撲(行動に支障はきたさない程度)。疲労。やや体温低下。生乾き。
    精神的に相当なダメージ。両手と服の一部に血が付着。
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:死ねばいいのに。

【しずく】
[状態]:右腕半壊(自動修復中・残り1時間)。
    激しく動いたため全体的にかなり機能低下中(徐々に回復)
    精神的にかなりのダメージ。
[装備]:ラジオ(兵長・力の使いすぎで一時意識停止状態。数時間で復帰)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:茉衣子は大丈夫だろうか

※『クラヤミ』に続きます。

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