作:◆l8jfhXCBA
「……参りましたね」
扉が壊れた部屋に一歩足を踏み入れると、目前に見慣れてしまった光景が広がった。
鮮血をまき散らした三つの死体を前に、古泉一樹は溜め息と共に呟きを漏らした。
(まぁ、臭いで予想はしてましたが……ここもハズレですか)
城を出てから半日が経過していたが、未だに他の参加者とは顔を合わせていない。
放送を聴いた後北西の遊園地方面へ移動し、周辺を捜索したが誰にも会えなかった。
雨宿りがてら近くにあった商店街も探索したが、探し人の情報も使えそうな武器も見つからなかった。
そして雨が止んだ後にそこから離れ、北にあったこの公民館へと移動したのだが、やはり誰もいない。
──所々で出会うのは、生者ではなくすべて死者だった。
(運が悪いだけと言われればそれまでですが……九体と言うのは、少し悪すぎる気がしますね)
この地域に死者が集中しているだけなのか、あるいは予想以上に殺し合いが加速しているのか。
次の放送を聴かなければ、今の島の現状はわからない。
(もし後者だった場合、むしろ殺人者に遭わなかったことを幸運と思うべきなんでしょうね。
……朝の襲撃者や、いないはずの人物を捜す彼。それに途中で見たあの焦げ跡のついた巨大な穴。
いくら長門さんが万能に近い力を持っていても、ここには彼女の無事を保証するものは何もない。
おそらく、彼女の力は制限されているでしょうし)
情報統合思念体との連結を遮断し、さらに情報改変能力を制限しなければ、彼女は容易にここから脱出できてしまう。
何らかの負荷がかけられていることは確実だ。
あの雪山合宿の時のように、無理に脱出路を開こうとして倒れてしまっているおそれもある。
(……そしてあの時と同じように、僕たちはこの場にコピーされた存在の可能性がある)
一番始めの放送を聞いた時から、その推論はずっと思考の隅にあった。死なないはずの人間が呼ばれてしまったためだ。
時間軸に生存が規定されているあの二人のみ──長門も入れると三人──をわざわざコピーにするくらいなら、
彼らを最初から参加させないか、残り百人以上もコピーにした方が手間が省けるだろう。
(ですが、主催者は異空間の展開や刻印システムの形成、長門さんの力の制限などが可能な特殊技術を持っています。
加えて明らかに僕の世界に存在し得ない風貌の参加者がいることから、複数の異世界に干渉出来ることは確実です。
これらの能力があれば、オリジナルを連れてこれるだけの力があってもおかしくはない。楽観的思考はしない方がいいでしょうね)
たとえ参加者がオリジナルだった場合でも、彼らの死に関して考えられる推論は一応ある。
“何でも思い通りにする”という力を持つハルヒが死んだのは、長門と同じく何らかの制限がかけられたと考えれば理由がつく。
生存が決定しているにもかかわらず死亡した二人については、“過去に戻った後の二人”を引き連れてくるか──根本の規定事項をも完全に無視すれば可能だ。
前者の場合、主催者は時間軸を超えて世界に干渉できることになり──後者の場合、時間軸に規定された事実をも覆せることになる。
去年の十二月に長門が行った世界規模の時空改変と同レベル、あるいはそれ以上の荒技を行っていることになる。
(そもそもその長門さんを拉致出来る力があるのならば、彼女以上の力を持っていてもおかしくはない。
オリジナルだった場合、下手をすれば情報統合思念体以上の力があることになりますね。
……どちらにしろ、主催者が我々の世界に干渉できることは事実です。
たとえここにいる僕たちがコピーであろうと、オリジナルに危害が加わらないという保証はどこにもありません)
やはり、主催者そのものを倒さなければならない。
頼れるのはやはり長門だ。刻印と彼女の制限が解除されれば、主催者達を無力化することも不可能ではない。
だが諸々の特殊技術を持つ者が最低一人はいること、最初の会場で剣士二人の一撃が軽くあしらわれたことなどを鑑みれば、
彼女一人の力に頼るのは無謀と言えるだろう。そもそもその刻印と制限に関する手掛かりが一切ない。
(……やはり打倒を目指すなら、長門さん以外の第三者の協力が不可欠ですね。
問題は、この状況下で他人とうまく団結できるかどうか。
ほんの小さな諍いも、ここでは一歩間違えば殺し合いに発展する。それこそ、ここにある死体のように)
改めて、部屋の中を観察する。
眼鏡をかけた赤毛の男とセーラー服を着た同い年くらいの少女が、血の海の中に身を沈めている。
そこから少し離れたところでは、胸からナイフの柄を生やした銀髪の男が倒れていた。
部屋の内部や死体に争った形跡があることから、彼らが互いに殺意を持ってこの状況をつくりあげたことがわかる。
そしてさらに同じような惨劇の跡が、この同じ公民館の中にもう一つ存在していた。
死体は同じく三つ。こちらは少女が二人と女が一人だった。
一方の少女は不意打ちで殺されただけのように見えたが、もう一方の少女と女の方は明らかに争った形跡があった。
ある程度の修羅場はハルヒを巡る組織間の争いで慣れていたが、こんな死体の山を実際に見るのは初めてだった。
(中途半端に信用しても、こういうことになるのがオチでしょうね。
ですが、たとえ自分自身と長門さん以外はすべて切り捨てる気で行動するとしても、集団の形成は主催者を倒すためには必要不可欠です。
肉親や友人を殺された者達を復讐や無意味な殺戮に走らせず、その憎悪をうまく主催者の方に誘導しなければならない。……難しいですね)
覚悟だけでは何も出来ない。それが現実的に可能かどうかは別問題だ。
肉体面でも頭脳面でも、ここには自分を超える存在が多数存在しているだろう。
彼らを駒のように操るなど、困難を通り越して不可能に近い。
「前途多難ですね。長門さんの意見も聞きたいところですが、結局他に方法は……、」
何気なく呟いて、気づく。
ずっと戦う前提で考えていたが、条件さえ満たせば彼らとの交渉もあるいは可能ではないだろうか。
たとえば、最後の一人として生き残れば──
「……何を考えているんですか。それこそ不可能じゃないですか」
歪んだ思考を振り払うように首を振る。
知人の死と無造作に転がる死体のおかげか、珍しく焦っているのが自覚できた。
(戦える力は僕にはない。かといって、殺し合いが終わるまで逃げ続けるのはまず不可能です。
勝ち残りを目指すならば、必ずどこかで手を汚さなければならない。
まぁ、確かに参加者をまとめあげて主催者打倒に向かせるよりも、参加者を扇動して殺し合いを加速させる方が楽でしょうけど。
ですがそもそも僕には長門さんを見捨てる気はありませんし────あ)
ふたたび思考を否定しようとして、逆に肯定できる推論を思いつく。
参加者達がコピーならば、助けようが殺そうがオリジナルにはなんの影響もない。
だが本当にオリジナルだった場合は、取り返しのつかないことになる。
主催者にオリジナルを持ってこれる力がある可能性が十分にあることは、先程既に考察している。
だからこそ彼女を殺すことなど出来ない──のだが。
(オリジナルだった場合、“生”という事実を覆された人間が二人も実在していることになる。
……つまり反対に、“死”という事実を覆すことも出来るかもしれない)
時間軸に干渉し、死んでしまった人間をここに来る前の状態に戻すことが出来る力がある可能性。
あるいは、そもそも死亡という事実を“なかったこと”に出来る力がある可能性。
あの二人の死という事実が、そんなありえない希望論を現実的なものにしてしまっている。
(……たとえそうだとしても、交渉という行為自体が無謀です。そもそも主催者の意図自体が不明なのですから。
わざわざ百人以上も、それも複数の異世界から参加者を集めてこの“ゲーム”を開催した目的はまったくわからない。
最後に残った強者、あるいは単に運がよかった者に用があるのならば、もっと小規模で行うでしょうし。
……なら彼らが求めているのは、“最後の一人”という結果ではなく、“殺し合い”という過程、なのでしょうか)
それならば、副賞として自らの世界の平穏や仲間の蘇生を要求しても支障がないことになる。
むしろその“過程”で抗えば抗うほど、彼らを満足させられるのなら──
「……ずいぶんと必死になってますね」
いつもと違う余裕のない思考に、肩をすくめて苦笑する。
自覚している以上に、彼らとの日常を取り戻したがっているらしい。
……最初のうちこそ、“機関”の一人としてハルヒを監視するという目的のみで彼らと行動していた。
だが、雪山合宿の時あの彼に漏らしたとおり、いつの間にか優先順位が入れ替わってしまっていた。
あの日常を気に入ってしまい、それをSOS団の一員として守りたいと思っている自分がいた。
(……主催者の打倒か、主催者との交渉か。結局どちらも無謀であることには変わりがない。
ですがそれまでの過程──参加者をまとめるか参加者を煽るかで考えれば、殺し合いが進んでいる現段階では後者の方が楽でしょうね。
加えて、既に死んでしまったあの三人に対して希望が持てるのならば──)
ゆっくりと大きく息を吐き、思考を無理矢理収束させる。
──覚悟を決めるしかない。
小さく頷いた後、赤黒く染まった部屋の奥へと足を運ぶ。目的は、死体に刺さったままのナイフ。
数歩歩くと床の色が茶から赤に変わり、靴が血の中に沈んだ。ぴちゃりと嫌な音がした。
顔を少ししかめながらも死体の前へと歩みを進め、立ち止まる。
そして、ふと違和感を覚えた。
(あのトイレの中の死体もそうでしたが、なぜだかここにはデイパックが一つも残されていない。……それなのに)
食料や役に立つ道具のみを持ち去るのならともかく、袋ごと六つも持って行かれている。だがそれはまだいい。
疑問なのは、この突き刺さったままの──なぜか放置されているナイフ。
わざわざ荷物を袋ごと持ち去るような者が、この“ゲーム”において一番重要な“武器”を見逃す理由はないはずだ。
それなのに、まるで惨劇を強調するかのように、ナイフは死体に突き刺されたまま放置されている。
──まるで、惨劇を受け継がせるために残されたかのように。
「……」
趣味の悪い思考を振り切り、両手で柄を握る。血が飛び散らないよう、慎重にそれを引っぱった。
だいぶ深く侵入しているらしく、思ったよりうまく引き抜けない。
抉られた臓器と肉の柔らかな感触、そしてそれを切り裂く嫌な感覚が両手に伝わる。
新たに漏れる血の臭いが鼻腔を刺激し、刃と肉とがこすれる微かな音までが耳に届く。吐き気を覚えた。
それでも刃がゆっくりと死体から排出されるのを、目を反らさずに見続ける。
「…………」
やがて肉の抵抗が途絶え、赤く塗れた刀身が吐き出された。無意識のうちに、ふたたび大きく息を吐く。
死体の服で刃についた血を拭った後、改めてそれに目を向ける。
大振りの刀身がブーメランの様に湾曲している、特殊な形状のナイフ。おそらく殺傷能力は高い。
「……犯人役には、向いていないんですがね」
呟いて、ナイフから目を離す。
移った視線の先には、胸部を鮮やかな赤で塗らす死体。
まるでたった今自分がこの男を殺したかのような感覚を覚え、すぐに目を反らす。
ふたたび湧き上がった吐き気を振り切り、諦念に似た覚悟を抱きつつも、ゆっくりと出口へと歩き出した。
○
「にしても、出遭った死体が七つってやけに多いわね」
「ああ、ちょっと密集してるところがあってね」
「あっさり私と組んだのは、それに煽られたから?」
「それもあるかもね」
「……むしろあんたなら、その現場を利用して逆に他の参加者を煽りそうね」
「そうかな?」
「たとえば、武器をわざと死体の山の中に放置しておくとか」
「…………どうだろうね?」
【D-1/公民館/1日目・18:00】
【古泉一樹】
[状態]:左肩・右足に銃創(縫合し包帯が巻いてある)
[装備]:グルカナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン10食分・水1800ml)
[思考]:手段を問わず生き残り、主催者に自らの世界への不干渉と(オリジナルだった場合)SOS団の復活を交渉。
【C-3/商店街・酒屋/1日目・16:00頃】
『詠み手と指し手』
【マージョリー・ドー】
[状態]:わりと上機嫌。
全身に打撲有り(普通の行動に支障は無し)
[装備]:神器『グリモア』
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1300ml) 、酒瓶(数本)
[思考]:ゲームに乗って最後の一人になる。
臨也と共闘。興味深い奴だと思っている。
シャナに会ったら状況次第で口説いてみる。
[備考]:臨也の装備品をナイフとライフルだけだと思っています。
(もし何か隠していても問題無いと思っている)
【折原臨也】
[状態]:上機嫌。
脇腹打撲。肩口・顔に軽い火傷。右腕に浅い切り傷。(全て処理済み)
[装備]:ライフル(弾丸30発)、ナイフ、光の剣(柄のみ)、銀の短剣
[道具]:探知機、ジッポーライター、禁止エリア解除機、救急箱、スピリタス(1本)
デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:マージョリーと共闘。 面白くなりそうだと思っている。
セルティを捜す。人間観察(あくまで保身優先)。
ゲームからの脱出(利用できるものは利用、邪魔なものは排除)。残り人数が少なくなったら勝ち残りを目指す
[備考]:ジャケット下の服に血が付着+肩口の部分が少し焦げている。
ベリアルの本名を知りません。
※二人はこの後「新たなる魔女の襲来」「用意するものは、狙撃手とガスボンベです」に続きます。