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456:紅の風は何処へ吹く?

作:◆CDh8kojB1Q

 無常なる雨が降りしきる中、コンクリートの路面の上に二人の男女が立っていた。
 二人の内で周囲を警戒しているのは、おかっぱに近い髪型の少女だ。
 彼女は雨や複雑な構造物によって閉ざされた視界の中、襲撃者を警戒している。
 と、その傍らに居る鉄パイプを持つ男が、鋭い目つきののまま少女に静止をかけた。
「……おい、あそこを見ろ」
 九連内朱巳が振り向くと、同行者であるヒースロゥ・クリストフがベンチを指差していた。
「何あれ? 血みたいだけど」
 そこはかつて、おさげの魔術士がベンチに横たえられた仲間の命を繋ぐ為、
 必死に魔術を紡いでいた場所だった。

 話は数十分ほど遡る。
 F-3の小屋が禁止エリアとなる前に、朱巳はヒースロゥを起こして再び移動することにした。
 最初は市街地に向かうつもりだったが、改めて地図を見ると一箇所、おもしろい物が
 目に入った。
 いま自分達が休憩している小屋以外に、人が寄り付かなそうな場所。神社だ。
 発動済の禁止エリアによって半ば隔離状態になっている上、袋小路で逃げ場がない。
 敵を警戒する者ならまず近づかない場所である同時に、すぐ上のエリアが侵入禁止になれば、
 全く身動きが取れなくなってしまう。
 その陣取るには不利過ぎる地形が、逆に朱巳の興味を引いた。
(この地図上の盲点に、あえて居座ってる奴等が居るなら……それは『動けない理由』もし
くは『他人と接触したくない理由』があるって事ね)
 そのような連中は、身ずから進んで戦闘行為を仕掛けてくる事も無いだろう、と判断した朱巳は、
 突然の針路変更に露骨な不満を示すヒースロゥに対して、
「前にも言ったけど、『禁止エリアの目的は、ある特定の地域への便利なルートを遮断したり、そ
こに長期間滞在している参加者を強制的に動かすためで、優先的に禁止エリアに指定された部分は、
移動に便利なルートか人が集まっていた場所ってことになる』って説明したじゃない」
 と、得意の口先で丸め込んだ後、二人して元来た道を引き返して来たのだった。

 そして神社に行くついでにと、立ち寄った海洋遊園地でヒースロゥの知人を探し始めた時、
 大規模な戦闘跡を多々発見する事ができた。
 眼前の血染めのベンチもその一つだろう。
 傷ついた誰かが寝そべっていたと思われるそれは、降り続く雨の中でもひときわ目立っていた。
「何故他の参加者たちは、平気で傷つけ合う事ができるんだ……!
この状況を楽しんでいる連中がいるとでもいうのか? ――許せん!」
 かつて風の騎士≠ニ呼ばれた男から静かなる怒気が発せられた。
 しかし朱巳は動じない。
「まあ、あんたが熱く再戦を希望を抱いてるフォルテッシモなんて"楽しんでる"
最たる例なんじゃないの……?。他にも沢山居るんだろうけど」
「分かっている……! だからこそ俺はエンブリオとやらを手に入れて――」
 隣で叫び続けられるとさすがにうっとおしいので、
 とりあえず朱巳は怒り心頭のヒースロゥをなだめる事にした。
「はいはい、そんなにカッカしないでよ。ちゃんと十字架探しは手伝ってあげるから。
それより今は情報収集と人探しが第一なんじゃない? 他に何か変わったものは有った?」
 
 朱巳の問いが、ヒースロゥに以前出会った不気味な人物の台詞を思い出させた。
『顔すら知らぬ者の事情を勝手に決めつる、罪を断定する、己が断罪者になろうとする。
人である君が人を裁こうとする。これは傲慢だと思わないかい?』

(悪いが俺の心に迷いはない。世界の敵とやらになろうが、このゲームをぶち壊す)
 ヒースロゥは嫌な思いを断ち切るように首を振った後、
 ため息をつきながら朱巳に向き直った。

「ああ、ここから50メートルほど南に倒壊した建築物があるな。――そこだ。見えるか?
瓦礫に何か埋まっている上に、周囲に鏡が散らばっていた」
「あれはミラーハウスじゃない? つまりここは数時間前まで戦場だった……」
「この戦闘跡からも、生存者もそれなりの負傷を負ったと推測できるな」
 腕を組み、血染めのベンチを見て呟いた朱巳の思考をヒースロゥが告げた。
「生存者は出来るだけ敵との接触を避けたいはずね。ならば人の集まりそうな市街地や、
見つかりやすい平原、後は……不意打ちされる可能性が高い森などを避けて休息するでしょうね」
 今度は逆にヒースロゥの思考を朱巳が告げた後、
「「故に比較的安全な神社に向かう」」
 最後に二人でそう結論付けた。
 朱巳は、暗く陰鬱な色彩がどこまでも続いている空に視線を向けて、
「そのまま神社で雨宿りしている可能性が高いわね」
「善は急げ、だな」

 その場より少し離れたアトラクションの一角。
 壁に寄りかかって半ば眠りこけている道服の少女の傍らで、
 床に寝そべって休んでいた一匹の犬がゆっくりと片目を開いた。
 F-2、F-1エリアを調査した後、雨宿りついでに休息を取り始めた李淑芳と陸である。
 隣のE-1エリアでは不審火や倒壊したアトラクションを発見したが、
 その周囲にはすでに人影は無く、遊園地(淑芳は大庭園と解釈した)は無人らしかった。
 用心ためにしばらく辺りを捜索した後、休息に手頃なアトラクションを見つけた陸が
「雨が降り出す前に休みませんか?」
 と提案したので、淑芳はそれを快く受け入れた。
 彼女の着ているゆったりとした道服は、水を吸うとかなりの重量になるからだ。
 ずぶ濡れ状態で雨の中を歩いたりしたら、とんでもなく疲れる上にきっと風邪をこじらすだろう。

 休憩場所が決まると、淑芳は呪符を幾枚か作製してそれらを壁や扉に貼り付け、
 建物を封鎖した。これならばある程度の奇襲に耐える事ができる。
 その後、しばらく一人と一匹で神社の方向を見張っていたが、
 海岸や遊園地の入り口で特に変わった動向は見られ無かった。
 故に、神社に居るはずの他の参加者から襲撃される心配は無いだろう、
 と結論し、夜間活動のために体力の回復を図る事にして、一人と一匹は休息に入った。

 それから数十分程時間が経過し――、
 陸は今、不信な声を聞いたために、まどろむ意識を覚醒させて聞き耳を立てていた。
 淑芳は声に気付いていない。
 淑芳は雨が降り始めてから続く多大な暇と、延々と奏でられる雨音に退屈し、
 浅い眠りと今後についての思考を繰り返しているらしい。
 彼女の意識はかなり薄れている様だ。
(やっぱり誰かが付近に居るようですね……)
 ――声は男性の怒鳴り声に似てる。
 だいぶ雨音にかき消されていたが、陸にはそのように感じられた。
 それからしばらくの間、陸は様子をうかがっていたが、やがて雨が建造物を穿つ音しか
 聴こえなくなった。
 どうやら男は立ち去ったらしい。
 安全を確認した後で、陸は淑芳にこの事を知らせるべきか如何か迷った。
 自分が捜し求めるシズの声では無かったが、自分達に協力してくれるかもしれない。
 しかし、突如としてカイルロッドの死に様が脳裏に浮かび、
 見知らぬ人間に安易に声を掛けるのは危険だろうとも思った。
(さて、どうしましょうか?)
 しばらくの葛藤を経て、陸は淑芳を目覚めさせる案を却下した。
 今の自分達に必要なのは休息だ。戦闘になった場合は命に関わる。
 その後更に長い時間、陸は聞き耳を立てていたが、
 安全を確認すると再び意識を闇に沈めた。

【E-1/海洋遊園地/一日目・17:20】
【嘘つき姫とその護衛】
【九連内朱巳】
[状態]:健康
[装備]:サバイバルナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン4食分・水1300ml)、パーティーゲーム一式、缶詰3つ、鋏、針、糸
[思考]:パーティーゲームのはったりネタを考える。神社へ向かう。
    エンブリオ、EDの捜索。ゲームからの脱出。
[備考]:パーティーゲーム一式→トランプ、10面ダイス×2、20面ダイス×2、ドンジャラ他

【ヒースロゥ・クリストフ】
[状態]:健康
[装備]:鉄パイプ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン5食分・水1500ml)
[思考]:朱巳ついて行く。
    エンブリオ、EDの捜索。朱巳を守る。
    ffとの再戦を希望。マーダーを討つ
[備考]:朱巳の支給品を知らない

【F-1/海洋遊園地/一日目・17:20頃】
【李淑芳】
[状態]:睡眠中/服がカイルロッドの血で染まっている
[装備]:呪符×23
[道具]:支給品一式(パン8食分・水1600ml)/陸(睡眠中)
[思考]:麗芳たちを探す/ゲームからの脱出/カイルロッド様……LOVE
    /神社にいる集団が移動してこないか注意する
    目が覚めたら他の参加者を探す/情報を手に入れたい
    /夢の中で聞いた『君は仲間を失っていく』という言葉を気にしている
[備考]:第二回の放送を全て聞き逃しています。『神の叡智』を得ています。
    夢の中で黒幕と会話しましたが、契約者になってはいません。

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