作:◆wkPb3VBx02
人類が最後の三人になった。
それでも殺し合うだろう。
二人が一人を除け者にし結束するために仕方なく。
人類が最後の二人になった。
それでも殺し合うだろう。自分一人が生き残るために仕方なく。
人類が最後の一人になった。
そして自殺するだろう。自分一人という孤独のために、さらには自分の中の何かに耐えられず。
イェム・アダー「混沌の言祝」 皇暦四八九年
今は亡きクレスコスの椅子の亡骸を掻き抱いて、ギギナは静かに城を出た。
人気のない城の裏手に周り、森の中へ進む。暫く進んで適当な所に決めると、しとしとと雨が降り注ぐ空の下で、無表情を貫きつつ魂砕きで穴を掘った。
雨で濡れていたせいか、土は柔らかくなっていた。小一時間かけて掘った穴の中に、布で包んだ椅子の残骸を優しく入れる。中身が木屑と廃材であろうと、彼の身体であることに変わりはない。あのまま放置することなど、ギギナには出来なかった。
土をかけ、やがて布は見えなくなる。少しだけ盛り上がった土の上に、墓標代わりのワニの杖を突き立てた。
「こんなものですまぬが……今は墓標を作っている時間もないのだ」
完成した墓碑に黙祷を捧げる。手足が泥だらけになっていたが、いずれ雨で流れ落ちるだろう。前衛咒式士が風邪を引く筈もないから、身体の方の心配も不要だ。
雨に濡れぬのよう木の下に置いていたヒルルカ入りのデイパックを掴む。鞄に入る大きさにまで収納出来るようにしたギギナの技術は、一流の職人と同等だ。
辺りを見渡し行く先を思案した時、鞄を置いた木よりおよそ二十メルトルほど離れた先に、誰かが倒れているのを見つけた。雨のせいで薄まってはいるが、血の臭いが漂っているのにギギナは今気付いた。
(……明らかに身体能力が弱まっているな……)
本来、一流の前衛咒式士ともなれば不眠不休で一週間戦えるのが普通だ。そうでなくては話にならない、とさえ言われる。
それがたった一日、ヒルルカの治療に莫大な集中力と体力を使ったのも事実だが、たった一日でへばるのは可笑しい。
(主催者への反抗を抑制するため、と考えるのが妥当だろうな)
剥き出しの逞しい右腕に描かれた刻印を撫でる。これが弱体化に大きく関わっていると見て間違いない。咒式とは異なる未知の法則で構築された刻印に関しては、ギギナは門外漢だ。恒常咒式の無効化と能力低下の関係を疑うことが出来ても、具体的な解決策は浮かばない。
雨に打たれ放題の二つの死体、その娘の方、趙緑麗の傍で膝を突き体を改める。硬直具合や死斑から死後十三時間前後と見て取るが、雨の影響も考えられるため一概には断言できない。死因は撲殺だろうか。頭がぐしゃぐしゃに成っていて、生前の面影も見えない。頭部以外には損傷はなかった。念の為、という題目で右腕の刻印を確かめる。
―――あった。
(……死後も刻印が消えない理由。いや、そもそもの奴等の目的は……)
思考しつつも手は休まない。関心は死体からデイパックに移行し、食料を求める手が、懐かしい感触に触れた。
取り出してみれば、分離した金色の刃と柄。にやりとギギナは不敵に笑い、
「久しいな。戦友(とも)よ」
重々しい金属の連結音が響き、刃と柄が合体。本来の姿―――屠竜刀ネレトーの姿を取り戻す。
「下らぬ思考遊戯は止めだ。私はただ闘争と剣戟の間に生を見いだせばよい……」
食料以外をその場に捨て、デイパックを背負いギギナは歩き出す。びり、とパンの封を切り齧りつく。
片手にネレトー、心にヒルルカ、口元にアンパン、背中にヒルルカを。嗚呼、嗚呼、嗚〜呼〜。
道なりに沿って歩いた後、禁止エリアに入る前の辺りで進路を北へ。
ギギナは闘争を求めるドラッケンの血が騒ぐのを感じつつ、獲物を求め彷徨い歩いていた。
ネレトーを右手に持ち、魂砕きを腰に差している。肩から提げている二つのデイパックの片方には食料が、もう片方にはヒルルカが入れられている。
暫く北に向って歩いていたギギナの足が、止まった。ネレトーの切っ先が上がり、察知した気配の方に向けられる。
「出て来い」
短いが重い一言に恐れをなしたか、がさりと葉と枝の擦れ会う音と共に、人影が現れる。
黒髪に吊りあがった黒瞳、全身黒尽くめの人相の悪い男。どう見ても小物面だ、とギギナは思う。
「おお、二回連続で黒尽くめに会うとはなんたる僥倖。やはり生き別れの兄弟による遺産相続が絡んだ揉め事か。
おおーい、誰か弁護士を呼んでくれー、これ以上増える前に……ぎゃっ!」
素早く伸びた黒尽くめの男オーフェンの手が、喧しい人精霊を地面に叩き付けた。
ギギナのなんだそれは、と問う視線を感じオーフェンは無視して端的に告げた。
「率直に言おう、俺はこのゲームに乗る気はない。あんたとは戦う気もない。それを降ろしてくれ」
オーフェンの提案を鼻で嗤って一蹴、ギギナが返す。
「どいつもこいつも腰抜けどもめ。この島には臆病者しかおらぬのか」
露になった怒気を隠そうともせず、忌々しげにギギナが吐き捨てた。いい加減、鬱陶しくなってきたのだろう。
「貴様に闘う気がないのなら、私が起こしてやろう!」
ヒルルカを優しく地面に降ろす。そしてギギナは疾風となった。
「―――ッ!!」
ギギナの振り下ろすネレトーの刃が、オーフェンの黒髪を毟りとっていく。
(……殺らなきゃ殺られる!)
間一髪で避けた刀刃は翻り右から迫る―――のはフェイントで下からの切り上げに瞬時に切り替わり、避け損ねた衣服の端が斬られていく。バックステップから横っ飛びで追撃をかわし、剣の間合いから出ようとするも出口を塞がれる。
縮めた上体の上を死神の刃が駆けていき、安心する間もなく次の斬撃が来る。避けていられるのが奇跡なのだとしたら、何時までも続かない。
そして奇跡は突然去り、バランスを崩して倒れるオーフェンが残される。脳天を目指す刃―――
「我は紡ぐ光輪の鎧っ!」
瞬時に構成した光の網が屠竜刀の侵入を阻み、僅かな、武器を戻す間だけ隙を作る。
それだけあれば十分だった。
剣の間合いから飛び出したオーフェンは転がりながら、掌をギギナに向けて叫んだ。
「我は放つ光の白刃ッ!!」
熱衝撃波と眩い光が、オーフェンとギギナの両名の視界を埋め尽くす。
後に残るは静寂のみ。だが、立ち上がるオーフェンは油断しない。周囲の警戒を怠らず、ただ煙が晴れるのを待っていた。
煙が晴れた先には何もない。しとめたか、と思い始めたオーフェン目掛けて、何かが飛来する!
「ぐっ!?」
咄嗟に庇った左手を、何かが抉りとっていった。先程までギギナが腰に差していた魂砕きだ。
―――後方に飛んだオーフェンの目の前で、ギギナが急角度で襲来。オーフェンの側転と同時に斬りかかってくる。
ゲメイラ
生体変化系咒式第二階位<空輪龜>。身体に噴射孔を作ってそこから圧縮空気を打ち出し、短時間の飛翔や体勢の維持を行う咒式。
オーフェンは確かに、ギギナの足から噴射されているのを見た。そしてそれが何かは分からなくとも、それによって魔術が回避されたことを悟った。
「くっ……!!」
魔術を二回連続で使った所為ためか、酷い頭痛と吐き気がした。それは魂砕きが齎すものだということを、オーフェンは知らない。奥歯噛み締めて懸命に堪えつつ、回避を続ける。
「避けてばかりでつまらぬ。それとも……反撃できぬのか?」
魔術など反撃の内にも入らぬ、と冷たく切り捨てギギナは猛攻を続ける。迅く、正確無比で、一度で浴びれば死ぬ太刀に、オーフェンは少しずつ追い詰められていく。
「あー盛り上がってるとこ悪いが、おまえらと読者の皆さんオレのこと忘れてねっか?」
やや拉げたスィリーが口を挟むが、ギギナは無視、オーフェンは構っている余裕がなかった。
オーフェンはギギナの隙を窺うが、反撃の糸口を掴めずにいる。ギギナの屠竜刀も、思うように獲物に喰らいつけない。
永遠に続くかと思われた剣舞が、突如止まる。防戦一方だったオーフェンが仕掛けた。
相手の攻撃に合わせてのカウンター、寸打がギギナの割れた腹筋にぶち当たる。一刹那だけ、ギギナの動きが止まる。
腹に当てた手に、さらなる力が篭る。
「我は放つ光の白刃!」
熱衝撃波が、ギギナを吹き飛ばした―――
「ぐ……がはっ!」
ギギナが吐血し、唇を血で彩る。内臓の幾つかを損傷したと見て、治癒咒式を発動させる。
「面白い。今までに会ったことがない類のものだ。咒式ではないな」
にやりと笑いながら唇を拭い、再びオーフェンのもとに向おうとして、ギギナは気付いた。
爆風の煽りを受けた鞄から、自分の娘が飛び出しているのを。
巻いた包帯が外れて、ヒルルカがバラバラになっているのを。
「ヒ、ヒルルカーーーッ!!!」
慌てて、ギギナはヒルルカの元に駆け寄った。
オーフェンはギギナの反撃を警戒して、木陰に隠れていた。
だが、幾ら待ってもギギナの追撃が無い。不審に思い、ギギナが吹っ飛ばされた方角へと慎重に近づくとそこには―――
懸命に椅子に包帯を巻いているギギナの姿があった。
「なにやってんだ、こいつ?」
何時の間にか戻って来たスィリーが疑問の声を放ち、オーフェンが「俺が聞きてぇよ」と返した。
ギギナはどうにかして取れた足を固定しようとするのだが、上手く行かずポロリと取れてしまう。その度に、
「諦めるなヒルルカ!まだ希望はある!」
と、椅子を励ますのだ。見ていて不気味なことこの上ない。
「あれはおまえのせいじゃねっか?例えそうでなかったとしても、ここでどうにかしてしまったりすると好感度が上がってお買い物フラグが立ったりするぞ」と、スィリー。
「立つか、んなもん」と言いつつ、オーフェンは声が届くところまで近寄り、魔術を構成した。
「我は癒す斜陽の傷痕!」
ヒルルカが光に包まれ、ビデオテープの巻き戻しを行うように元に戻っていく。
「おお、ヒルルカ!よくぞ、よくぞ戻ってきてくれた!」
感無量とばかりにヒルルカに抱きつくギギナを呆然と見下ろし、はっと気付いたようにオーフェンはその場を去ろうとする。
「待て」
呼び止められてしまった。
何時の間にかがしりと肩を掴まれ、嫌々振り返るとそこにはギギナの笑顔があった。
「よくぞヒルルカの怪我を治してくれた。我が友よ」
―――フラグが立ってしまった。
【E-5/森周辺/1日目・17:30頃】
【オーフェン】
[状態]:疲労。身体のあちこちに切り傷。
[装備]:牙の塔の紋章×2
[道具]:給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている)、スィリー
[思考]:フラグ立っちゃった…。
【ギギナ】
[状態]:幸福
[装備]:屠竜刀ネレトー、魂砕き(地面に刺さったまま)
[道具]:給品一式(パン4食分・水1000ml)、ヒルルカ、咒弾(生体強化系5発、生体変化系5発)
[思考]:1,ヒルルカを護る。2,強い者と闘う
*G5の袁鳳月と趙緑麗の食料、支給品は無くなりました(スリングショットは放置)。
*メフィストの手紙は鳳月のデイパックに入ったままです。
*G5の森の西端に翼獅子四方脚座の墓とワニの杖があります。
2006/01/31 修正スレ203-6