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444:架ける白、賭けぬ白、されど懸ける白

作:◆l8jfhXCBA

「っぷはぁ! ただの真水といえど、珍妙な技をかけられた上に全力疾走した後に飲むと格別に旨く感じられるな!
茉衣子くんも一口どうかね?」
「遠慮します。班長が口を付けた物を飲むなど、汚らわしくタチの悪い何かに感染してしまう気がしますもの」
 腰に手を当てたままペットボトルを勧める宮野に対し、茉衣子は即答で断った。隣ではしずくが苦笑を浮かべていた。
 オーフェンにあの場を任せて黒衣の男から逃亡した一行は、早朝にも訪れていた廃屋で一旦休息をとっていた。
 外は黒い雲に覆われ、未だに豪雨が降り続いている。切迫した事情がなければ絶対に外出したくない状況だった。
「雨、止みそうにないですよね。わたしは濡れても大丈夫ですけど、宮野さん達は……」
『だが雨が止むまで待つって訳にはいかないよな。その女が指定した日没まで二時間もねえし。
まぁ、教会まで走れば後は室内だ。ずぶ濡れで交渉するのは気が進まんだろうが』
 こちらを心配するしずくに対し、ラジオのノイズを含んだ声が答えた。
 てっきりこの声の主──兵長はオーフェンと同じく知人捜しの方を優先させると思ったのだが、あの時何も言わずにこちらについてきてくれた。
 “あの馬鹿はともかく、そんな事をするような奴を放っておいたらそれこそキーリが危ない”と後に話していたが、こちらを心配してくれているような気もした。
(……オーフェンさんの場合は、しょうがありませんけど)
 一行に会えない知人を捜す彼には、少し焦りの色も見て取れた。
 いつ死ぬかわからない捜し人と赤の他人とを天秤にかけ、前者を選ぶという行為は責められることではなく、むしろ当然と言える。
(オーフェンさんやしずくさんのように、思い通りに事が運ばず苦悩と焦燥を抱いている方々の方が多数。
……一番初めに班長と会えたのは、本当に僥倖といってもいいでしょう)
 放送で確認した死者は計三十六名。積極的に殺人を犯す者が複数いることは間違いない。
 ……そんな危険な状況の中、彼は至極あっさりと自分の目の前に現れた。いつもと変わらない、自信に満ちた微笑を浮かべて。

(史上最低に低俗で誤謬だらけのトンチキ頭であるとはいえ、信頼してよい相手であることは確かです。
班長に同行するというのが今のところ取れる最善の選択と言えるでしょう)
 それに彼ならば、生きて帰るのが限りなく困難なこの状況を、難なくひっくり返せるような気がしていた。
「教会までは走ればどうということはない。ただの雨など障害にすらならないな! 私の道を阻むならば槍か隕石でも落としてみたまえ!
ただ、その走る距離がやや長いか。茉衣子くんにしずくくん、体力に自信がなければ私が抱えるが?」
「結構です」
 ……こんな風に自信満々で傲岸不遜な態度を保ったまま、いつのまにかおいしいところを持って行く。それが宮野秀策という人間なのだから。
「わたしも、アンドロイドで運動能力は十分にあるので大丈夫です」
『……アンドロイド?』
 しずくの謎の単語に全員の訝しむ声がかぶる。注意を一斉に向けられた当人はあっけにとられた。
『けけ、しゃべるラジオの次はアンドロイドと来たか。色々と愉快なものが多いなここは』
「キミが言うと大いに説得力があるな。
……さてしずくくん、その奇妙奇天烈な概念について説明してくれないだろうか?
我々の所持する能力と組み合わせて、美女殿への交渉や対抗手段にできるやもしれぬからな」
「あ、はい。……えっとですね、元々わたしの本体は別にあるんですけど──」

                        ○

「ああ、ただでさえ先程の逃走劇で濡れそぼっていたのがまた……。
班長、わたくしの上半身及び下半身部分に一秒以上視線を巡らせないでくださいませ。
水分に浸食されてしまったわたくしの素肌が蹂躙されてしまいます」
「安心したまえ茉衣子くん! キミの身体及び精神を害するような成分はこの宮野秀策、一切持ち合わせておらん。
天然素材100%で素肌に優しい宮野性だ。雨水によって化学変化することも一切無い」
『……お前らには緊張感ってもんはないのか?』
 あきれ気味のラジオの突っ込みが雨音にむなしく消える。
 一通り話をまとめ作戦を練った後。
 しずく達は雨に濡れながらも、何とか廃屋からこの教会の入口前までたどり着いていた。
 幸い扉の周辺には屋根があったので、各自小休止を取りびしょぬれになった服を絞ることができた。

(宗介さんは大丈夫かな……)
 二人の問答を聞き流しながら、しずくはこの島のどこかにいる少年のことを思い浮かべた。
 彼には誰も殺して欲しくないし、もっというならばこれ以上この島で犠牲者が出て欲しくない。
 出来れば誰かに彼の手を止めてもらいたい。もちろん死によってではなく、自分にもたらされたような救いによって。
(ここでかなめさんを助けられれば、宗介さんが人を殺す理由もなくなる。……あ、でも──)
 宮野の提案は、かなめとエンブリオ──刻印解除が可能になるかもしれない物とを交換するというものだった。
 エンブリオがあれば、あの女性の身体と精神に干渉する能力を完全に引き出し、刻印の操作すらも可能になるかもしれないらしい。
 ……つまりそれを利用すれば、刻印を手動で発動させたり、引き出された能力によって参加者全員を意のままに操ることも可能になるかもしれないのだ。
(そもそも取引自体を断られたら……ううん、そんなこと考えちゃだめだ)
 宮野達と共に彼女との交渉に臨むこと。それ以外に今自分が出来ることはないのだから。
『漫才なんかやってねえで早く入らねえか? こちとらやっと殺してもらえる機会が出来て待ちきれねーんだ』
「漫才とはなんですか漫才とは! 確かに班長は存在自体がお笑い芸人のようなものですが、なぜわたくしまで同程度に扱われなければならないのでしょう?
不当です、発言の撤回を求めます!」
 エンブリオのせかす言葉に茉衣子がずれた発言で返す。なんとなくそのやりとりにくすりと笑ってしまう。
 魔術師と(当人は否定したが)その弟子にラジオに十字架──に機械知性体という妙なパーティーだが、宗介達と同じ暖かさを彼らにも感じていた。
「茉衣子くんが芸人か否かという議論はなかなか面白そうだが、今は確かにしずくくんの方を優先させるべきだ。
さあ、平和的な交渉と解決に向けて突撃しようではないか!」
 ぶつぶつと文句を言い続ける茉衣子を尻目に、宮野が勇ましく宣言して教会の扉を押し開き、
「──!」
 その直後、彼の目の前に白い刃が現れた。
「扉の前で騒ぎ立て、“交渉”と言って侵入し……何事だ?」
 刃──薙刀を持ち黒い甲冑に身を包んだ男が、扉の奥に立っていた。

「先客がいたか。私は宮野秀策、第三EMP生徒自治会保安部対魔班班長である! ここに潜伏するある人物と交渉するためにやってきた!
そういうわけなのでそこを通してくれまいか? 我々はこの奥にいる人物に用があるのでね」
「我が主の眠りを妨げる気か? 去れ。断るのならばこの場で斬り伏せる」
「ふむ、キミは彼女に仕えているのか。ならば無関係ではないな。
ところで私が思うに、その主は今は起きているのではないかね? とある女子高生を拘留しておくために。
──ああ、早まらない方がいい。私達はあくまで平和的な交渉──取引に来たのだ。いわばキミの主の客人である。
こんな雨の中わざわざやってきた敵意のない来客に刃を向けるほど、キミもキミの主も無作法ではないだろう?」
 宮野の言葉に、振り上げられた刃がふたたび彼の目前で止まる。
 男の鋭い視線にも、彼はいつもの微笑を保ったままだった。
「繰り返すが、我々はキミの主である美女殿に用がある。主催者の意図通りに殺し合いを繰り広げる意思は一切ない。
そもそもこちらは、キミに勝てそうな武器を所持していない」
「そこの娘が持っている棒は何だ?」
「ああ、これは俗に釘バットと呼ばれるものだ。確かにこれは殺傷武器になるが、薙刀には勝てぬしそもそも使う気もない。
しずくくん、それを手放してはくれまいか?」
「は、はい」
 言われてバットを雨の降る外へと放り投げる。……これは宮野の想定通りだ。
 確かにこれで戦う術はなくなったようにみえるが──こちらが持つ一番強力“武器”は、まだ自分が首から提げている。
「これでこちらに戦意がないことはわかってくれたかね?
望むならばデイパックの中身を見せてもいいが、武器やキミが興味をそそりそうなものは一切入っておらん。時間の無駄だということを先に忠告しておこう」
「…………入れ」
 宮野の言葉に眉をひそめるも、男はマントを翻して教会の内部へと戻っていった。
 こちらに背中を向けて歩いているものの、隙はどこにも見あたらない。殺気を向けられればすぐに斬りかかってくるだろう。
 その雰囲気に押し潰されまいと耐えながらも、男の後ろをついて奥へと入っていく。

 外壁と同じように教会の中は古びていて埃だらけだった。光源は何もなく、暗い。
 中央の通路を挟んで敷き詰められた長椅子も同じく埃だらけで、ひどく傷んでいる。
 そして正面の壁にあったはずの十字架は取り外され、教壇の手前に打ち捨てられていた。
 雨音や時折聞こえる遠雷の音と相まって、不気味な雰囲気が醸し出されていた。
「……」
 隣では表情を固くした茉衣子が、一歩一歩を踏みしめるように歩いている。刃のようなこの雰囲気に気圧されているようだ。
 一方の宮野の方はまったくの自然体で悠々と歩いている。口元はやはり笑っていたが、目はしかし真剣みを帯びていた。
 と。
 先頭の男の足が突然止まった。訝しみながらもこちらも歩みを止める。
 ──刹那、空気が変わった。
『……誓約を破りに来たか』
 教壇の奥から聞こえる、怒りに満ちた冷たい声。
 その恐怖を体現するような響きに、宮野を含めた全員の顔に戦慄が走る。
 湧き出る鬼気が室内の空気を軋ませ、寒気すら感じさせる空間に変異させた。
『わたしは確かに他言無用と言い、宗介もおまえにそれを懇願した。
にもかかわらずおまえはそれに背き、第三者を引き連れて戻ってきた。……おまえはあやつほど愚かで無礼ではないと思っていたのだが』
「……キミが千鳥かなめを拘束している美女殿か? 私は宮野秀──」
『黙れ。わたしは今そのカラクリ娘と話しておるのだ』
 存在すら許していないというような口調で、声が宮野を拒絶する。反論を許さない峻烈な響きに、誰も何も言い返せない。
『自身の命を捧げて許しを請うならまだしも、“交渉”とな?
第三者に助けを請い保護を受け、自らは傷つかずに希望の結果のみを得る。そんなことがまかり通ると思っておるのか?』
「……」
 言葉が見つからず、ただ立ちつくす。
 彼女は取引の是非以前に、こちらが約束を違えたことを許していない。
 溢れる鬼気に、ここにないはずの頭脳システムが恐怖を知覚する。

(でも、それじゃどうすれば……)
 かなめと宗介を見捨てておくことなど出来なかった。
 しかし自分一人ではかなめを救うことは不可能だ。誰かに頼る以外の方法はない。
 ……思考した結果こちらが何らかの行動を起こすことくらい予想できるはずなのに、なぜあの時彼女は無傷で自分を帰したのか。
 彼女が自分に何を求めているのかがわからない。見捨てるという冷酷さを持ってかなめを助けろと言うのか。それとも──
『それとも、ここでおまえがそこにいる二人──いや、四人の首を捧げるのかえ?
おお、ちょうどおまえを含めれば五人になるのう。……どうする?』
『貴様っ……』
「……っ」
 残酷な提案をする声に対し、首から提げたラジオが怒気を放ち背後で茉衣子が息を呑んだ。
(殺す……? わたし、が……?)
 出来るわけがない。かなめを助けるために誰かの命を奪う──それこそ自分が止めたいことなのに。
 手と足が震え、動けない。
 辺りを包む沈黙が、刃のように突き刺さった。

「…………一つ、疑問──というより推論を提示してもみてもいいかね?
それくらいの権利は、この場にいる者として認めて欲しいのだが」
 ──と。
 永劫とも感じられる時間が経過した後、よく通る男の声──宮野が沈黙を破った。
 普段の諧謔味を帯びたものではなく、至極真面目な声。

『……言うてみよ』
「キミはこの企画を楽しみこそするものの、“乗って”はいない。
寝所に侵入したしずくくん一行を苦しめることはあっても、直接手を下していないことからそれは明確だ。
だからしずくくんを相良宗介の第一の犠牲者にせずに無事に逃がしたことも、特に不思議ではない。それはいい。
……だが、惨劇をこの眼で見てしまったしずくくんが、たとえ口止めされていても誰かに助けを求めることは想定できていたのではないかね?
助けられるのは自分しかいないという義務感と、この恐怖を誰かに話して共有したいという欲求。そして純粋に彼らを助けたいという情。
そのような感情は、たとえしずくくんのような殊勝な少女でなくとも簡単に膨れあがる。
そんなことは他者を操るという力を持っている者ならば、なおさら容易に想像出来るであろう。
それなのにキミは、その想像の範囲内であるしずくくんの“約束を違えるという行動”に対して怒りを呈した。何故だ?」
 そこで一度言葉は切られ──足音が二歩分、室内に響いた。
 おそるおそる隣を向くと、そこには正面の漆黒と対照的な白衣の男──宮野の姿。
 いつもの微笑を一瞬こちらに向けた後、教壇に視線を合わせ、続ける。
「さて、ここからは先に言ったように推測なのだが──キミは、実はあまり本気では怒っていないのではないかね?
どちらかというと、その怒りを見せられたしずくくんの葛藤を見て楽しんでいるように思える。
そしてキミが言った通りの殺戮をしずくくんが行うことなど微塵も想像──期待していない。しずくくんに出来るわけがない。そんなことはこの場にいる全員がわかっている。
かといってここでしずくくんが捨て身の反撃を仕掛けることも、また自らの命で千鳥かなめの代償を支払うことも特に期待していない。
……そもそも相良宗介という生身の人間が、このトンデモ人外が多数集まる島での五人殺害という偉業を成し遂げることも、端から“期待”していないのではないかね?
結果ではなく、過程を楽しんでいる。私はそのように感じたのだが」

 宮野が口を閉ざし、ふたたび沈黙が辺りを包む。
 先程の刃のような鋭い粛然さはなく、時が止まったかのような無の静寂。
 雨音だけが、やけに大きく聴覚センサーに響いていた。
『……宮野と言ったか』
「うむ。宮野秀策、このケッタイなゲームから脱出するという目的を持つ、正義の魔術師だ」
『なぜそのカラクリ娘を救った?』
 その声に怒りの色はない。ただ本当に疑問に思い、その答えをただ問うている声だった。
「合理的な理由は、こちらに──ひいては参加者全員に利の望める取引であるということのみだ。後はただの善意と好奇心だ!
これが善行であり三者が丸く収まる方法であることは間違いのない真実だ。なぜならその真実を私は正しいと確信し、まったく疑っていないのだからな!」
『この状況下で──この“ゲーム”の中で善行とな?』
「この宮野秀策、TPOなどというものに縛られる人間ではないからな! どこにいようが何があろうが私という存在が揺らぐことはない!」
『…………奇妙な男じゃ。道化のような物言いをしながらも、賢人のような聡明さと洞察力を持っておる』
 いつもの調子で宮野が返答し、どこか面白がるような呟きが教壇から漏れた。
 強大な気配は変わらずこの場を支配していたが、鬼気と呼べるものではなくなっていた。
「…………ふむ、では交渉に入ってもいいかね? まずは話だけでも聞いてもらいたいのだが」
『長い前フリだったな。やっと説明に突入か。とっとと終わらせてくれよ』
 呟くエンブリオを宮野が掲げ交渉に入ろうとして──しかしそれは教壇から響く声によって遮られた。
『その“善意と好奇心”とやらをどこまで突き通せるのか、それでどこまで為し遂げられるか、試してみとうなった。
────アシュラム、行け』
「御意」
 声にすぐさま応じてマントが翻り──そして白い刃が宮野へと振り下ろされた。

【D-6/教会/1日目・16:30頃】
『吸血美姫の人間試験』
【宮野秀策】
[状態]:濡れ鼠
[装備]:エンブリオ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン12食分・水2500ml)
[思考]:アシュラムに打ち勝つ。
    刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。この空間からの脱出。

【光明寺茉衣子】
[状態]:濡れ鼠
[装備]:なし
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:アシュラムに打ち勝つ。
    刻印を破る能力者、あるいは素質を持つ者を探し、エンブリオを使用させる。この空間からの脱出。

【しずく】
[状態]:右腕半壊(自動修復中・残り1時間)。センサー機能は休息によってやや改善。 濡れ鼠
[装備]:ラジオ(兵長)
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:アシュラムに打ち勝つ。
    火乃香、BB(以上しずく)、キーリ、ハーヴェイ(以上兵長)の捜索。

【アシュラム】
[状態]:催眠状態
[装備]:青龍偃月刀
[道具];デイパック(支給品一式・パン6食分・水1700ml)、冠
[思考]:目の前の三人を討つ。
    美姫に仇なすものを斬る

※エスカリボルグが教会入口前に落ちています。

302 :架ける白、賭けぬ白、されど懸ける白 10  ◆l8jfhXC/BA :2005/09/24(土) 19:33:08 ID:mIHKmTR9
【D-6/教会地下/1日目/16:30頃】
【美姫】
[状態]:健康。
[装備]:スローイングナイフ
[道具]:デイパック(支給品一式・パン6食分・水2000ml)
[思考]:宮野達を試す。

2006/01/31 修正スレ249

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