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409:【Gigina May Cry】

作:◆wkPb3VBx02

「……ヒル……ルカ……」
 ギギナ・ジャーディ・ドルク・メレイオス・アシュレイ・ブフは、膝を地面につき天を仰いでいた。
 その頬に流れるのは涙か、それとも一滴の雨粒だったのか。
 ギギナは、その腕に抱かれる廃材――今は亡きヒルルカの遺体を握りしめた。「くっ」と漏れる嗚咽。
 身を折り額を地に付けた。背中を吹き付ける風が、ギギナを責める。
 ――何故守ってやれなかったのか、と。
「くっ……う……う、うるぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
 ギギナが上半身を仰け反らして叫んだ。風音を掻き消すような慟哭。愛する物の死を嘆き、苦しみ、悼む者だけが叫ぶことのできる絶叫。
 絶叫は長く長く尾を引いて、森に響き渡った。梢を揺らし、木々を揺らし、森を揺らす。
「……何故だ?……何故、お前が死ななければならぬ?何故だ?」
 ギギナの口を突いて出るのは疑問の嵐。世の理不尽さに憤り、己の無力さに何時しか唇を噛んでいた。
 犬歯が唇が食い破り、紅い口唇が血で彩られた。ヒルルカを握る手が僅かに震えていた。
 それは凄絶な光景。まるで絵画のようなワンシーン。題名はさながら「天使の慟哭」とでもいったところか。
 ギギナの銀嶺の視線がヒルルカに注がれる。
「……いや、まだだ。まだ死んでいない。まだ……助かる」
 言い淀みつつもギギナは立ち上がっていた。ヒルルカの亡骸をデイパックにそっと仕舞い、左手に抱く。
 視線は巡り凪の死体を捕らえる。いや、正確に言えばその死体を貫く剣を。
 ゆっくりと、だがしっかりした足取りで凪に近づき、右手が柄を掴む。一気に引き抜いた。
 しゃん、という音、傷口から溢れ出る血潮、がくりと崩れる凪の遺体。それに一瞥をやり、ギギナは歩き始める。
 銀嶺の瞳には、決意と狂気の焔が、静かに燃え上がっていた。

 森の中を彷徨い歩いていたギギナは、不意に森が途切れたのに気付いた。
 その右手に血塗られた大剣、左手にヒルルカの入ったデイパックを後生大事そうに抱えている。
(どこか、どこかに……ヒルルカを治療できる場所は……)
 ギギナが立ち止まった。銀嶺の双眸がまたも天を仰ぐように空を見上げる。
(あそこなら、あるいは……)
 その視線の先に、西洋風の城があった。
 ギギナは城を目指して真っ直ぐ歩き始めた。
 その先にあるのが、希望にせよ絶望にせよ、そう大差のないことであった。
 何故ならギギナは既に大切な物を失っているのだから。

 ギギナは城の中を探索していた。部屋の一つ一つを確認し、ヒルルカを治療(修理)できる設備がないか探していたのだ。
 途中、鍵のかかった部屋もあったが敢えて扉に触れようとはしなかった。人の気配を感じたからである。今は人と事を構えている暇はない。
(……?)
 ある部屋に入って、いや部屋に入る前からギギナは違和感を覚えていた。おかしい。何かが食い違っている、と。
 内装は至って普通の客間だ。西洋の趣きではあるが、別段おかしいところはない。
 それは些細なことだったかもしれない。普通なら見逃してしまうことだったかもしれない。だがギギナは気付いた。
「……壁、だな」
 違和感の発生源、それは一部が変色した壁だった。
 単なる染みか何かと思うことも出来たろう。しかしギギナはそうではなかった。彼の念頭にあること、それ即ちが「ヒルルカを助けること」なのだから。
 藁にも縋る思いで、ギギナは壁の染みと思われる部位を押した。案の定、染みはかちっという音とともに沈んだ。
 ごごご、と何かと何かが擦れ合うような音と、がこん、となにか重たいものが落ちる音がギギナの耳朶を打つ。
 目の前の壁がスライドし長方形の穴が開く。その先はほの暗く、僅かな光と僅かな闇が入り混じったような空間があるばかりだ。
「隠し扉、か。……陳腐だ」 
 鼻で嗤うギギナは恐れない。この先に感じるモノ、ギギナが求めるモノがある。それは直感であり、事実でもあった。
「待っていろヒルルカ。今、助けてやるぞ」
 扉を潜った先は薄暗い通路、直ぐに左に曲がり、少し長い通路があって更に左に曲がる。今度は少し短い通路があって、次に長い通路。
 ギギナはこの通路が城をぐるりと囲んでいると気付いた。先程の違和の正体はこれだった。外から見た大きさと、部屋数が合っていない気がしたのだ。
 事実、ギギナの居る階は、上下の階より部屋が二つ少なかった。
 通路を進みギギナはまた扉に出くわした。鋼鉄製の、所々が錆びた扉だ。
 開け放った扉の先、室内の現状にギギナは驚愕した。

「なんだ……これは……!」
 薄暗い室内でギギナの目を釘付けにする物。それは整然と居並ぶ家具の群れであった。
 一組のソファと机、壁にぴたりと据え付けられた棚、奥に置かれた豪奢な椅子。。
 一般人から見れば、古惚けた家具が置いてある部屋、くらいの認識しかもたないだろう。
 ギギナからすれば、それは至福の光景だ。自らの求めて止まないものが、ここにあるのだから。
「これは……!イェム・アダーの『混沌罪脚・弐式』?長い間行方が分かっていなかったものが何故ここに?」
 錯乱気味にキギナは叫ぶ。それは街角で憧れの芸能人と偶然出くわした者のそれと似ていた。
 頭を抱え、信じられない物を見たようにギギナは当惑した。次から次へと家具と製作者の名を羅列しては、細かいエピソードを語る。
 ギギナの目が、部屋の奥の豪奢な椅子を捕らえた。
「……まさか、そんな」
 ギギナの一際狼狽した声。目を見開いて眼前に佇む物の影を見つめ、はっと息を呑む。
 部屋の奥に鎮座する物。それは以前依頼を受けたクレスコスの店で見かけた三本足だった椅子だ。
 三本足だった。過去形である。つまり今は三本足ではない。
 クレスコスの椅子は、完全な四本足となって再びギギナの前に現れた。
 ヒルルカの亡骸が入ったデイパックを優しくソファ、『混沌罪脚・弐式』に寝かせ、魂砕きを床に置く。
 ゆっくりと王に謁見する騎士のような所作で椅子に近づき、膝を折る。
 どんな貴人や権力者を眼前にしても屈しなかった誇り高きドラッケンの膝が、再び折られたのだ。
 傷付けてしまうことを恐れる手が、おずおずと椅子に伸びた。以前は足がなかった部位に。
 ギギナの繊手が足の付け根を優しく愛撫する。見ればギギナの頬が薄桃色に紅潮していた。
 そこに、後から繋いだ形跡は見られなかった。
 完全だ。
 ギギナの肩が絶頂を迎えた女のようにびくりと震える。目尻に溜まる一粒の涙。やがてそれは熱を持った頬を冷ました。
 膝を折ったギギナがゆっくりと頭を垂れた。土下座のような体勢とったかと思えば、その額が床についた。
 膝だけでなく額までもが!
 この時ギギナの頭にはある邪な考えが浮かんだ。まるで床の汚れがギギナの頭に吸い込まれていくかのように。

(彼の身体をヒルルカに移植すれば、ヒルルカは助かるかもしれない。だが―――)
 冒涜だ。芸術と神と作者に対する、最悪の侮辱だ。娘を失いたくない一心で他物を犠牲にするなど、許されまい。
 自分の考えを否定しながらも、ギギナは己の手が魂砕きに伸びるのを抑えることが出来なかった。ついに指先が柄に触れると、
それを手繰り寄せて頭上に掲げた。ゆっくりと頭を上げ、立ち上がる。
 風切音一つでついた凪の血を払うと、刀身は目の眩むような美しさを取り戻した。
「赦してくれ、とは言わぬ。これは罪だ。死を以て贖うほか無い大罪を、私は犯す」
 一呼吸の間の瞑目は、物言わぬ椅子への黙祷だったか。
「剣と月の祝福を」
 目を開いたギギナが、魂砕きを振り下ろした―――

 数時間後、薄暗い室内で、銀髪の美男子がまどろんでいた。
 床に散らばる無数の木屑は紛れも無く椅子の血で、余った廃材は椅子の亡骸なのだろう。
 酷い疲労と達成感と罪悪感を混ぜ合わせたよく分からない感覚に身をまかせつつも、美男子は思考した。
 何故ここにクレスコスの椅子があったのか。しかも完璧な状態で。
 思考をまとめようにも、睡魔がそれを阻む。アルター級の竜を倒した後でもなければ味わえぬような、濃い疲労。
 結論を出す前に彼の目蓋は閉じ、深い眠りの底へと意識は埋没していってしまった。
 すぐ傍には、所々に身を覚えのある椅子が鎮座しているばかりである。
 その接合部には、しっかりと包帯が巻かれていた

【ギギナ】
[状態]:睡眠中。
[装備]:魂砕き
[道具]:デイバッグ一式、ワニの杖、ヒルルカと翼獅子四方脚座の合体した椅子(今のところ名称不明)
[思考]:1.休息 2.食料探し

【G-4/城の中/1日目・14:30】

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