作:◆5KqBC89beU
李麗芳は夢を見ていた。意識を失う少し前の光景が、夢の中で再現されていた。
その時、呉星秀が死んだと放送で聞いて、麗芳はショックを受けていた。
「どうしよう……他のみんなも、いつ殺されてもおかしくないよ」
泣きそうな顔をした彼女に、宮下藤花が言った。
「“人間にとって最大の快楽とは未来を視る瞬間にある。そのとき人は世界すら
征服したような気がするものだ”――とか書かれた本があるくらい、人は未来を
予測したがる。けれど、そうした予測を無条件に盲信するのは、とても危険だ。
はたして、君の憂いている未来は、本当に実現してしまうのかな?」
「え?」
呆然と藤花を見つめる麗芳。しぐさも、口調も、まなざしも、まるで藤花ではない
別人のようだった。左右非対称な表情には、人間らしさが欠けていた。
「未来が現在になる時まで、答えの出ない問いだ。そうは思わないかい?」
藤花の顔をした“それ”が何なのか、麗芳には判らなかった。
「と、藤花ちゃん?」
「あ……はい、なんですか麗芳さん? わたしの顔に何かついてます?」
小首をかしげた藤花の姿が、闇の中に溶けて――夢が終わった。
目が覚めた時、麗芳は硬い床の上に寝かされていた。周囲は薄明るい光で
照らされていて、この場所が通路の中だと、見れば判る。
「おや、お目覚めですか」
声の主は、奇妙な姿の男だった。彼の足元には二つのデイパックが置いてある。
片手の指でこつこつ仮面を叩きながら、もう片方の手にスタンロッドを持ったまま、
彼は彼女に歩み寄ってきた。これから戦おうという態度には見えない。
「……それ、素敵な仮面ね」
麗芳は、男に道具と武器を奪われていた。だが、意識がなかった間に殺されても
いないし、拘束されているわけでもない。彼は話し合いを望んでいる、と判断し、
麗芳は友好的に話しかけてみたのだ。変な仮面だとか思っているが口には出さない。
「どうも。社交辞令だとは思いますが、その思いやりには感謝しておきましょう」
そう言って、男は麗芳から離れた位置で止まり、スタンロッドを床に置いた。
「あなたのデイパックも、ここに置いて離れます。勝手に取ってください」
怪訝そうな麗芳を気にする様子もなく、男はデイパックを一つ移動させ、もう一つの
デイパックが置いてある場所まで遠ざかった。敵ではない、と態度で示したのだ。
「失礼だとは思いましたが、あなたが寝ている間に武器を調べさせてもらいました。
退屈だったし、興味があったものですから。あなたのデイパックは開けていません」
しかし麗芳は、男を完全には信用しない。何か細工をされた可能性があるからだ。
「……このデイパックが唐突に爆発しても、あんたは離れてるから無事でしょうね」
裏切って苦しませて殺すのが大好きな男だったりしたら最悪だな、と彼女は思う。
「それでは、近くまで行きましょうか。ああ、心配しなくても大丈夫ですよ。
もしも戦闘になった場合、僕は絶対に、あなたに勝てない」
仮面の男は、自慢にならないことを自信たっぷりに断言した。どう見ても変人だ。
「へぇ? あんたは確かに弱そうだけど、わたしだって、か弱い乙女なのよ?」
「あなたが武術の達人だというのは知っています。だいぶ鍛えられているようですね」
麗芳に向かって歩きながら、男は苦笑したようだった。
「おっ、よく判ったね」
「気絶していたあなたを背負って、ここまで運んできましたから。大変でしたよ」
つまり、直に触れれば筋肉の状態くらい素人でも判るということだ。
「つまり、わたしの胸やら太腿やらの感触を楽しんだわけね。高くつくわよ?」
微妙に赤面しつつ、麗芳は男を睨む。半分本気で半分冗談だ。男が平然と答える。
「できるだけ紳士的に行動したつもりです。まぁ、証明するのは不可能ですが。
放っておいたら誰かに殺されていたかもしれませんね。その場に留まるのは論外。
あなたを守りながら素手で戦ったら、僕は負けてしまいます。それとも、いっそ
引きずられて移動した方が良かったと? 僕らは泥の上も通ったんですが」
男の靴が泥だらけになっているのを見て、麗芳は首を左右に振った。
「貸し借りは無しでいいわ。ところで、ここはどこなの? 何かの通路みたいだけど」
「水がなくなった元湖の、湖底だった場所で発見した地下通路ですよ。敵がいないと
確認できていて、他の参加者が来なさそうな場所に、戻る途中で発見しました。
この地下通路に入れたのは幸運でしたよ。ここは、隠れて休むのに最適な場所だ。
ちなみに、僕のいる方に背を向けて進めば、僕らが入ってきた出入口があります。
扉がありますが、閉じ込められてはいません。いつでも自由に地上へ出られます。
出入口の近くには、地下の地図が描かれていました。確認しておくと良いでしょう」
麗芳の間近で、男は足を止めた。彼女の技量なら、一瞬で彼を攻撃できる位置関係だ。
「さて、こうして情報を提示した理由は、あなたと手を組みたいからです。
僕は、この企てを叩き潰したいと考えています。というわけで、これから僕は、
島中の参加者たちと交渉し、ありとあらゆる方法で、殺し合いを妨害します。
その為には、同盟を結成しなければならない。まず、あなたの力が必要です。
あなたは気絶させられていた。現在の状況に、何の不安もないとは思えない。
こうして話してみた印象からして、僕を殺したいと思っているようでもない。
利害は一致しているはずです。違いますか?」
不思議な男だ。善人のようにも悪人のようにも見える。信じるのも疑うのも難しい。
麗芳は、迷った末に、その迷いを正直に伝えることにした。
「違わない。でも、お互いに、信用できるっていう証拠がないんじゃない?」
「共通の敵が、あなたと僕とを結束させてくれるように祈るばかりですね。
そもそも今も、あなたを怒らせたら、僕は死ぬかもしれないわけですから」
緊張感のない言い方だったが、仮面の男が危険な賭けをしているのは事実だった。
太白さまみたいな話し方だな、と麗芳は思う。太白というのは、彼女のよく知る
天界のお偉いさんで、舌先八寸だとか五枚舌だとか言われて親しまれている二枚目だ。
「……そうね。とりあえずは、できる範囲で協力し合いましょう」
そう言って麗芳が微笑むと同時に、謎の轟音が響いた。思わず二人は身構える。
「何だ? 今のは」
「さあ? 何だか判んないけど油断は禁物ね。えーと……あんた、名前は?」
「エドワース・シーズワークス・マークウィッスルといいます」
「うわ、長い名前……憶えにくいし、舌噛みそう……」
「EDと呼んでください。どうぞよろしく。で、あなたの名前は?」
「李麗芳よ。麗芳でいいわ。よろしくね、EDさん」
しばらく待っていると、今度は謎の声が聞こえてきた。
『皆さん聞いてください、愚かな争いはやめましょう、そしてみんなで生き残る方法を考えよう』
二人は顔を見合わせたが、声に続く銃声と悲鳴を聞いて、口を閉ざした。
「あれはピストルアームの発射音でした。この島にも、あれが存在しているとは……」
「何なの、そのピスなんとかって? とにかく物騒な武器だってことは想像つくけど」
二人は食事をしながら情報交換をしていた。麗芳は常人の倍くらい食べていたが、
あえてEDは指摘しなかった。賢明だ。
これでも麗芳としては、ものすごく食欲が落ちている状態だったりするのだが。
二人とも、教えても無害そうな情報は隠すことなく話している。当たり障りのない
話題から語っているのは、序盤の会話を、その後の判断材料にできるようにだった。
自己紹介。自分のいた世界について。竜について。魔法と術について。
EDが一通りの情報を話し終わった後で、麗芳が情報を教える。そういう順番だ。
「まずは信用を得るのが第一ですからね。僕は、あなたを信用できると判断しました」
などとEDが主張したからだ。おかげで麗芳は、隠し事をしづらい気分になった。
情報交換は順調に進んだ。どれもこれも、互いにとって驚くべき内容の連続だった。
魔法や術に関しては二人とも専門家ではないこと、故に呪いの刻印をどうにかする
手段がないこと、麗芳の能力に制限がかかっているらしいことなどが確認された。
二つのデイパックが二人の手で開けられ、ランダムに渡された道具の把握も済んだ。
次の話題は、この島にいる知人について。
EDは躊躇なくヒースロゥのことを説明し、最後にこう言った。
「あいつなら、ちょっとやそっとのことで殺されたりはしないでしょう」
少し悩んだが、結局、麗芳は妹や知人について詳しく話した。
「神将の二人は、そう簡単には死なないと思う。でも、淑芳ちゃんは腕力ないし……
術の力が封じられてたりしたら、ただの運動オンチになっちゃうから……」
藤花のことも教えた。夢に見ていた会話についても、できるだけ正確に伝えた。
「もう一度、彼女に会って、事情を話してもらいたいの」
そう言って遠い目をする麗芳に、EDは小さく頷いてみせた。
「“人間にとって最大の快楽とは未来を視る瞬間にある。そのとき人は世界すら
征服したような気がするものだ”――か。偶然なのか、それとも必然なのか、
その少女は、どうやら“霧の中のひとつの真実”について何か知っているらしい。
個人的にも興味がわいてきましたよ。ああ、ぜひとも会ってみたい」
さらに次の話題は、今後の行動について。
「次の放送が終わったら単独行動しましょう。ここを拠点にして、仲間を探すんです。
そして、第三回の放送が始まる頃に、この場所で合流したいと思います」
「え? どうして? なるべく一緒にいた方が良いんじゃないの?」
「皆殺しを目的にする場合、最も厄介なのは同盟です。放っておけば、どんどん人数を
増やし、手がつけられなくなる。単独行動している敵を後回しにしてでも、早めに
始末しておかなければならない。――だから、集団行動をしそうな者から狙われます。
二人組など、『他の誰かが加盟する前に襲ってくれ』と言っているようなものです。
同盟を結成するなら、一気に何人も集めないと危険なのですよ。手分けして仲間を
探し、一斉に集めるんです。合流した時点で、まだ戦力が足りないようなら、また
手分けして仲間探しを再開しましょう。異議はありますか?」
「ある。それでも襲われるかもしれないじゃない。わたしはともかく、EDさんは
襲われたら殺されそうじゃない。そんなのダメよ」
「僕は、あなたほどタフじゃありません。間違いなく足手まといになりますよ。
僕が休憩したいと言ったせいで、妹さんが襲われている場所への到着が遅れたり
したら、麗芳さんは僕を嫌いになってしまうでしょう?」
「そんなこと……」
ない、とは言いきれなかった。うつむく麗芳に、EDが声をかける。
「気にする必要はありませんよ。なにしろ、僕らは仲間なんですから。ね?」
――こうして麗芳は、EDの奇妙な冒険に巻き込まれた。
【B-7/湖底の地下通路/1日目11:30】
『反戦同盟エドレイホウ』
【エドワース・シーズワークス・マークウィッスル(ED)】
[状態]:健康
[装備]:仮面
[道具]:支給品一式(パン5食分・水1700ml)、手描きの地下地図、飲み薬セット+α
[思考]:同盟の結成(人数が多くなるまでは分散する)/ヒースロゥ・藤花・淑芳・鳳月・緑麗を探す
[行動]:第二回放送後から単独行動開始/第三回放送までに麗芳と合流
[備考]:「飲み薬セット+α」
「解熱鎮痛薬」「胃薬」「花粉症の薬(抗ヒスタミン薬)」「睡眠薬」
「ビタミン剤(マルチビタミン)」「下剤」「下痢止め」「毒薬(青酸K)」以上8つ
【李麗芳】
[状態]:健康
[装備]:指輪(大きくして武器にできる)、凪のスタンロッド
[道具]:支給品一式(パン4食分・水1500ml)
[思考]:淑芳・藤花・鳳月・緑麗・ヒースロゥを探す/ゲームからの脱出
[行動]:第二回放送後から単独行動開始/第三回放送までにEDと合流