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358:Human System

作:◆Wy5jmZAtv6

「うーん腹減ったあ」
空きっ腹を抱えてうろつく竜堂終、永遠の欠食児童または食欲魔人の異名を持つ彼である。
想像に漏れず、支給品のパンはとっくに胃袋の中だった。
「しかもあのおばさん、人の身体で思い切りハッスルしやがって、あー腹減ったあ」
満腹の時はいざとなればそこらへんの野草でもむしって食べればいいやと思ってたが、
空腹になってみるとどうしても躊躇してしまう、ならバッタかコオロギでも食べるか…
いや、そこまでやってしまうと何かこう人間の尊厳とかそういう難しい何かが
音を立てて崩れてしまうような、そんな複雑な気分になってしまう。
商店街に戻るのも手だったが、カーラが好き放題してくれたおかげでしばらく表街道は歩けそうにもない。
(あの頬に傷の兄ちゃん…かなりやばいな)
強者は強者を知る、一瞬の出会いだったが、終は実のところオドーよりも宗介に危険性を感じていた。
(てっきり狙いはあっちだと思ったんだけど…おばはんの考えることはよく分からん)
「でもまぁ・・・俺竜だしなぁ、うん?」
くんくんと鼻を鳴らす終、漂うのは魚を焼く香ばしい匂いだ、誘われるように終はふらふらと歩いていった。

「…」
さめざめと涙を流す藤堂志摩子、また1人彼女の友が逝ったのだ。
メフィストも何も言わない、さしもの彼と言えどもこんな状況で何を言えばよいのか?
さらに、道中で見つけた誰かの墓を掘り返して見つけたあるものが、
彼の心を時折ひどく不機嫌にしてもいた。
「まさかな…」

そんな彼の顔を涙ながらにも興味深く覗き込む志摩子。
何か心配事でも?とは聞けない、もとより聞く資格も自分にあるとは思えない。
「大丈夫だ、君には関わりのないことだよ…ああそれから」
そんな志摩子の心の内を知ってか知らずか、優しく声をかけるメフィスト
「そこの君もだ、早く来ないと全部食べてしまうぞ」
メフィストの呼びかけに応じるように、木立ちの中から終が姿を見せたのだった。

「いやあ食った食ったあ」
満足げにお腹をさする終、しかも身体中のかすり傷は全てメフィストの手により全快している。
目の前の白き医師にとって、そんな程度の傷は怪我の内にも入らないようだ。
「喜んでくれて何よりだ…では」
若鮎のような君の身体を隅々まで…と言いかけるメフィスト、
だがそこで何かを感じ取ったのか、身構えようとする終。
「どうしたのかね?」
「ああ…なんつーか独特の空気を少しだけ感じたんだ、いやあ多分大丈夫とは思うけど、
 竜堂家の家訓としてホモは宇宙の塵にしろってのがあるから」
まぁ、この子って鼻が利くわねと思いながら志摩子が口を開く。
「それは…」
「そこまでだ」
ついつい危険な領域に話を踏み込ませようとした志摩子を嗜めるメフィスト

「で、では何なんだよ?」
「あーその…つまり」
宇宙の塵になりかけた魔界医師がもったいぶってようやく応じる。
「食事代として君が今までに見てきたこと、知っていることを教えてもらいたい、
 我々が2匹食べる間に君は8匹も食べたのだからな…」

「祐巳さんが…そんな」
終の話は志摩子にとって衝撃そのものだった、由乃、祥子は死に、敬愛する聖は闇に堕ち、
さらには親友までもが…。
最初は信じられなかった、しかし彼女が落としたというロザリオは間違いなく祐巳のものだった。

やはりあの飾りをつけなくってよかった、と思いつつも、
自分の代わりに親友が犠牲になってしまった、その忸怩たる思いが志摩子を締め付ける。
メフィストはさらに終から情報を引き出している。

彼がもっとも警戒する敵である美姫の動向を聞けたのも大きかったが、今はもっと重要なことを聞かねばならない。 
「それで主な戦法は何かね?」
「魔法を使うぜ、それもかなり強力な、でも注意すべきは戦場での経験値だな、力の入れ所、抜き所は
 まさに完璧、ああいうのを歴戦って言うんだろうな…それから交渉は無理だぜ
 自分の正義に凝りかたまって、しかもまるで疑問にも思ってないからな」
「身体能力はどうなる?わかるかね」
「武術もけっこうなもんだ、けど多分つけた人間のそれに依存すると思う、俺の身体を手に入れて拾いものだって言ってたから」
「祐巳くんの身体能力はどんなものかね?」
「どちらかといえば苦手な方だと思います」
志摩子の言葉に反応する終、
「祐巳ってあの子のことか?運動が苦手?とんでもないぜ」

終は倉庫や先程の出来事を思い出す、倉庫に関しては断片的にしか覚えてなかったが。
「てな具合だ…うん?」
これまで冷静そのものだったメフィストの顔がかなり険しくなっている。
「もっと詳しく聞かせてくれないか」

悪い予感が現実のものに、しかも最悪のものになりつつある。
終が嘘を言うとは思えない、ただの人間である彼女が。福沢祐巳が突如そこまでの身体能力を得られるものなのだろうか?
考えたくはないが…メフィストは先程の墓での出来事を思い出す

『墓を暴くなんて…』
伏せ目がちながらも抗議する志摩子。
『君の気持ちはわかる、だが戦場においては死体こそが全てを雄弁に語るのだ、その気持ちを持って
 志半ばで死した者の冥福を祈ってくれないかね?』
周囲の状況を綿密に観察しながら、墓土を暴いていったメフィスト。

あそこに埋葬されていたのはダンピール、しかも心臓の血が抜かれていた。
それも殺されてからしばらく経過して、それだけのためにわざわざ心臓を取り出している。
周囲の状況からいって、埋葬した何者かが行ったことだろう。

となるとやはり…。
メフィストは自分の予感があたりつつあるのを感じていた、
特定の魔の血肉を取り込み、己が力とする外法。
例えば龍の血を浴び不死身となったジークフリードの伝説など、この手の話はよくあることだ。
もっとも自分の存在する世界では伝説や文献の中にしか存在せず、とうに絶えた術だが…

「志摩子くん、聞きたいことがある…彼女の靴のサイズが幾つなのか分かるかね?」
「えっと」
志摩子は聞かれるままに答える。
地面に残されていた足跡、歩幅…それから手形…死体を切開した際の傷の角度や大きさ、
メフィストの頭のなかで次々とパズルのピースが噛み合っていく
「最後に、身長と体重を教えて欲しい」
志摩子が答え、パズルのピースが合わさった、そして得られた結論は…。
志摩子の顔を見るメフィスト、…ダメだ、今彼女にこの事実を告げることは出来ない。
いずれ頃合を見て、ということになるのだろうか?
今はまだ早すぎる。

「どうして…どうして…祐巳さん…」
耐え切れなくなったのだろう、涙を零しながら親友の名を呼ぶ志摩子、
もしかするとメフィストが言わずとも何か察するところがあったのかもしれない。
「お願いします、祐巳さんを元に戻してください!先生なら出来るんでしょう!!」
「難しいな…しかし」
メフィストは志摩子勇気付けるかのようにその肩に手を置く、
「奇妙な言い方で申し訳ないが、唯一の救いは彼女が異形の姿になっていたということだ、
 つまり異常がはっきりと形になって現れているというのならば、
 そこに彼女を人に戻す鍵があるやもしれん」

…問題は一介の学生に過ぎぬ彼女が何故その事を、そのような忌まわしき真似を行ったかということだ。
無論、それだけで彼女がそのような存在になってしまったと断定は出来ない、
だが例の死体の解体現場に彼女が関係していたということだけはおそらく事実。
そして終のいう異形と化した彼女の姿、いったい誰が彼女を唆したのだろうか?
まぁ、いずれにせよ全ては彼女と対面してからだ。

「さて、となると大変なのはこれからだ、彼女を取り戻すにはまずは厄介な魔術師を何とかせねばならん」
終の方を見るメフィスト
「役目重大だぞ、君は先程までそのカーラだったのだ、ならばわずかな時間とはいえ彼女のやり方もある程度は
 分かるのではないのかね?」
「ああ、とりあえず今あいつが狙っている標的は2人だ」
「ほう」
「まずは俺よりちょっと年下の男子、もう1人はバンダナを頭に撒いた…黒いシャツを着た…うーん
 あれは男か女か…」
しかめ面で記憶を手繰り寄せる終、まぁ顔は覚えてるからと締めくくる。
「なるほど、ならば彼女に先んじて彼らと接触しよう、それはすなわち祐巳くんを救うことにも
 繋がるのだから」

志摩子の瞳からまた涙が…しかし今度は嬉し涙だ。
「私なんかのために…すいません・・・ありがとうございます」
「決して君だけのためではない、ここに集うもの全てが私の患者、そして私は医者だと
 それにこれを彼女に渡さねばならないのではないかね?それこそ君の役目だろう?」
祐巳のロザリオをそっと握らせるメフィスト。

「それに彼女を取り戻した時こそ、君の本当の戦いが始まる、
 それは親友である君にしか出来ないことだ」
頷く志摩子、祐巳の身に何がおきているのかはわからない。
だが…それが何であれ、彼女がいかに変わり果てていようとも支えるのが自分の役目だ。
「それは武器を振るい血を流す戦いよりも、遥かに困難なことだ、だが友を思う友愛の情に勝る
 治療はない、それに比ぶれば医者の果たす役割など所詮微々たるものだ」
「はい!」
泣きながらもしっかりとロザリオを握り締める志摩子。

そうだ、由乃も祥子ももう亡き今、自分しかいないと思う志摩子、
その気丈な決意の内面は不安と恐怖で一杯だったが。
「でも…本当に」
「君のためだけではないと言ったが、君だからこそという部分も勿論ある、
 そんな君だから我々は協力したいと集っているのではないか」
メフィストの言葉に成り行きでうんうんと頷く終。
「重い荷物も分担すりゃ多少は楽になるって!」
もちろん志摩子に協力したいのはいうまでも無く、カーラに仕返しもできるし、一石二鳥だ。
それに彼は彼女の境遇を自分と重ね合わせてもいた。
(始兄貴、茉理ちゃん…)
泣きじゃくる志摩子に胸を貸してやるメフィスト、絶世の美男子に美少女、実に絵になる光景だ。

しかし…納得いかない人もいる。
あー畜生、そうだよ…こんな役はどうせ続兄貴とかこんなんとかばっかが持って行くんだ。
俺なんざ結局小早川…ダメダメダメそれはダメ、絶対。
うらやましげにメフィストを見る終だった。
「年齢的にいってそれは俺のポジションだろうがあ」

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