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356:たまには俺も考える

作:◆R0wLGL.9c

「あーくそっ。遅れちまってる」
俺はようやく商店街に着きながら言った。
ちょっと前に三人組と会って道を聞いたまでは良かったが。
なにやら戯言昆虫がいたのは─まぁいい。予定外に時間を食われたのが間違いだったようだ。
コンパスも貰えばよかった……と手元の大鋏をくるくる回しながら考える。
危険極まりない大鋏だが、刃物の取り扱いは慣れている。
それにこのマインドレンデルは前から欲しかったものだ。
使うものが使えば首も容易に切断できる業物だ。
そしてこれは兄貴の形見──
「ん?」
疑問がよぎる。なんでこんなこと考えたんだ? そもそも兄貴って死んだっけ?
俺は、いつここの世界に連れ去られたんだっけ?
一つ一つ思い出す。欠陥製品との出会い。人類最強との戦い。そして逃走。さらに…
思い出せな──
そう思った瞬間様々な事が断片的に浮かんできた。
両手首の無い少女。倒れてる自殺志願。早蕨。舞織。死に顔。
止まる電車。ギザ十。『お前ら全員、最悪だ』知ってる。『人の死には悪が』俺が言ってる。
弾ける扉。入ってくる赤。言う少女。『それでは零崎を始めます』
そこまで考えて、記憶は雲散した。
もしかして、都合がいいように記憶が改変させられている?
「問題は『何』に都合がいいか、だな」
入ってきた赤との戦闘はまるで思い出せない。止まる物語。
デジャヴを感じたような、煮え切らない感じ。むかつく。

例えば<マンイーター>匂宮出夢。奴は「理澄が死んだ」と言っていた。
生憎そこまで殺し名世界の情報には詳しくないが、少なくとも<カーニバル>が死んだ、とは聞いていない。
多分、違う時間に連れ去られてきたのだろう。何かの都合のために。
俺は最初殺した奴に「昼寝してた」と言ったが、どこで、いつ?
あの欠陥もあの人食いも記憶が都合よく変えられ、奴らの物語は止まっているのだろうか。
そしてあの──
「さぁ盗むぞミリア! 手始めは野菜だ! グリーンだからきっと青野菜が好きだな!」
一つ隣の通りで大声が聞こえた。さっきから気づいていたから今更慌てないが。
「ビタミンミネラルだねアイザック!」
「潤さんはむしろ赤って感じだけど……」
潤さん。<砂漠の鷹>哀川潤だろうか。
仲間、か?あの赤の。
どうする。会ってみるか? 俺より後の時間に連れてこられたとしたら、色々俺の疑問─あやふやになった記憶を保管できるが。
「んー」
考えながら手ごろな民家に入り込む。あいつ等はとりあえず無視。
炊事場を発見し、水道のコックを捻る。
「駄目、だよな。多分」
水が、では無い。哀川潤に会うのが。
俺より少し前に連れてこられたとしたら俺をぶっ殺すだろうし、後に連れてこられたとしても和解できてるとは思わねーし。
ボトルの中に水を注ぎ込む。あっという間に三本溜まった。
少し飲んでみたが、うれしいことにおいしい水道水だった。
デイパックを抱える。意外と軽い。まだ何か入りそうだが。
刃物はもういい。業物を持ってる。
食料は探してるとさっきの連中に会うかもしれない。哀川潤に俺の風貌を言われたら殺しに来るかもしれない。

思い立って机を漁り、コンパスを取った。たしか南東へ進めばいいはずだ。
ちらっと本棚を見る。本が大量に置いてある。
俺の好きな太宰治が置いてあった。それを嬉々ととり、デイパックに詰める。

「よっし帰るか」
そういって彼は民家から飛び出す。
3キロの水と大鋏、それに太宰治の代表作をもって走り出した。
『皆さん聞いてください、愚かな争いはやめましょう、そしてみんなで生き残る方法を考えよう』
聞こえてきた放送、そして銃声にも何の感慨も示さず、連れの待つ森へと向かう。

【C−3/商店街/1日目・11:05】

【零崎人識】
[状態]:平常
[装備]:出刃包丁  自殺志願
[道具]:デイバッグ(ペットボトル三本、コンパス)  砥石  小説「人間失格」
[思考]:惚れた弱み(笑)で、凪に協力する。 F-4の森に帰る
[備考]:記憶と連れ去られた時期に疑問を持っています。

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