remove
powerd by nog twitter

337:雷速の殺し手

作:◆J0mAROIq3E

「これが先ほど言っていた死体か?」
「ええ。三時の時点で死後硬直が始まっていたから、死んだのは多分開始直後」
 ゼルガディスとクエロは海の見える高台に足を伸ばしていた。
 そこに転がっていたのは俯せに倒れる少女。一条豊花の死体だった。
「背中の刺し傷が死因というのはさっきの男と同じね」
「傷口も似ているな。……同じ奴か?」
「可能性は高いわ。腐敗の進み具合から見ても、こちらの方が先のようね。
 手口がスマートといえばスマートだけど……動揺も大きかったみたいだし」
 肩をすくめて指し示したのは死体のすぐ傍に広がる吐瀉物。
「素人が腹を決めてゲームに乗った、といったところか。……許せんな」
「そう? 何の能力も持たない一般人がこんなとこに放り出されて、冷静でいられると思うの?」
「錯乱など理由にはならん。異常な状況で殺人に走る人間は、最初から人を殺せる人間だ」
「いちいち私の方を睨まないでほしいんだけど。
 ……でも、そうね。確かに最初会ったときにもクリーオウはナイフを振り回さなかったわ」
 話題を逸らすように『仲間』の少女の名を口にする。
 彼女が状況によっては刃物で斬り掛かる猟奇少女であることは、さしものクエロでも想像の外だったが。
 しかしゼルガディスは警戒を解かず、真っ直ぐにクエロを見つめる。
「――お前は表情一つ変えず人を殺せる人間だ。演技力は認めるが誤魔化しきれると思うな」
「……いい加減にして。先入観を捨てないと見えるものも見えなくなるわよ」
「これは勘と言うより確信だ。気を緩めては尻尾を見逃すことになるのでな。悪く思うな。
 ……お前が元の世界で何をしようと勝手だが、ここではおとなしくしててもらおうか」
「言われなくても事を荒立てるつもりはないって何度も言ってるはずだけど」
 その苛立ちの表情さえ演技。
 化かし合いでは自分に分があることを、クエロはよく理解していた。

「……待って」
 何とかゼルガディスが自制し、崖沿いに商店街へ向かおうとした矢先だった。
「まだ何か……ん、あれは……?」
 呼び止めるクエロの視線の先には、西へ向かう小さな人影が見えた。
 影は二つ。
 距離が遠く、姿まではよく見えない。
「危険人物の可能性も、探し人の可能性もあるわ。後を尾けてみるべきだと思うけど」
 今ばかりは単純な警戒心からの提案だった。
 もしかしたら二つの死体を作った犯人であるかもしれない。
 一瞬黙考したゼルガディスだが、これに関しては裏はないと思えた。
「珍しく意見が合ったな。西から回り込むか」
 頷き、砂浜へ下りられそうな場所を探す。
 
 ……この選択がお互いにとって最悪の選択であるなど、知る由もなかった。

 シーツで急拵えのロープを作って何とか窮地を脱したガユスと緋崎は西へと向かっていた。
 いくらか逃げたところで背後から聞こえた咆吼は全身全霊を賭けて無視。
 無視しながらも歩調を速めるのは紳士のたしなみだ。
 緋崎の持つ探知機に、奈津子の反応はない。
「しかしイタい奴だなお前。職業悪魔なんて今時ヒネたガキだって言わないだろ」
「俺の周りのセンスじゃこれが普通なんや」
 軽く赤面しながら緋崎は吐き捨てる。
 これだから正直者は馬鹿を見るのだと噛み締めながら。
「……それはともかく、公民館に向かうんなら遮蔽物の多い南へ行った方が良かったんやないか?」
 地図を見るまでもなく、この砂浜を横断しては狙撃の格好の的になる。
「B1とD1に俺の武器があるんだ。D1の方は多分新庄達が探してくれてるだろうからな」
「はぁん。そりゃ頼もしい限りやな」
 二人が無事に辿り着けたことを柄にもなく祈り、ガユスは視界の中で大きくなってきた海を見据える。
 見たところ建物や箱のようなものはない。
 焦燥感に駆られながら足を速める。
 目だった物が見つけられないまま、とうとう二人はB1に辿り着いた。
「あったとしても、先に取られたんと違うか?」
 つまらなそうに呟く緋崎の言葉に焦り、それでも北側の平原との境目である岩地を知覚眼鏡で探ると、
「……何とか、不幸も打ち止めか」
 岩の間。
 よく見ても見逃すであろう狭い隙間から、一振りの魔杖剣――贖罪者マグナスを取り上げた。

「銀髪の男だな」
「ええ。もう一人はどこかしら」
 低い岸壁を飛び降り、クエロとゼルガディスは人影を視界に捉えた。
(銀髪っていっても……どう見てもギギナではないわね)
 長身ではあるものの、あのドラッケン族とは似ても似つかないことに安堵する。
「そこのあなた」
 小銃程度なら精度の鈍る距離を保ち、声をかける。
 それに気付いた銀髪の青年が慌てて振り返ってばつが悪そうに呟く。
「あちゃ……探知しても見とらんかったら意味ないか」
 そして何かを探していたらしいもう一人が岩の陰から這い出て、クエロの思考は止まった。
「クエ…ロ……?」
「……っ!?」
(本当に、どこまでも間の悪い男……!)
 出てきたのはかつての恋人。ガユス・レヴィナ・ソレルだった。
 その様子を見て即座に状況を察したのか、ゼルガディスは剣に手をかけてガユスに目を向けた。
「動くなクエロ。……お前はこの女の知り合いだな? ならば幾らか聞きたいことがある」
 最悪の事態だ。この島で最大級の危機と言っていい。
 ここでゼルガディスが自分の意図を知っては学校に戻るどころではない。
 ガユスを即座に殺しても遅い。ゼルガディスの不信感をさらに高めるだけだ。
 何より、苦しまずに息の根を止めるというのは自分の憎しみが許さない。
 かといってこちらを警戒しているゼルガディスをナイフ一本で殺害するのは不可能。
 体術で劣るとは思えないが、向こうには剣のリーチ、剣の未知の能力、そして魔法がある。
(どうする……!?)
 その時、視覚が一つの情報を読み取った。
 ガユスが右手にぶら下げる魔杖剣。そして自分のポケットには高位咒式弾があった。
 その瞬間から賭けが始まった。

 クエロは重心を落とし、脚力の限りを尽くし砂浜を疾走した。
 運動能力を隠していた甲斐があり、目測を誤ったゼルガディスの剣が背後の地面を打つ。
 変な真似をすれば斬るというのが脅しでなかったことを知り、背を冷や汗が伝う。
「この女狐がっ!」
 すぐさまゼルガディスが追撃にかかる。こうなっては最早糸一本で成立していた同盟も破綻だ。
 ナイフを抜き、岩地へと駆ける。
「おい!? 何なんやあの女、さっき危ない言うてた奴やないのか!?」
 突然加速した事態に銀髪の男は誰何の声を上げるが、ガユスは迷うように言い淀む。
(相変わらず煮え切らない男ね。でも今だけは感謝してあげる!)
 迷いながらこちらへ魔杖剣を向けるガユスの懐に獣の跳躍力で飛び込む。
 ある程度鍛えているとはいえ所詮後衛であるガユスと、かつてギギナ以上の剣舞士であったクエロとの接近戦能力の差は歴然。
 クエロは最早迷わなかった。
 ナイフを一閃。マグナスを持つ右腕を斬り付け、そのまま左腿へ深く突き刺す。
 敢えて重要な血管を避けた刺突は致命傷にならないまでも甚大な苦痛を伝達。
「つっ! クエロ……!」
 力の抜けた手から魔杖剣をもぎ取り、勢いを殺さぬまま岩を駆け上る。
 連れの男は明らかに負傷が見て取れるため、牽制の手間は省く。
 振り向けば予想より近くにゼルガディスが迫り、こちらに殺気を向けている。
 魔法とやらを使うより早く、魔杖剣を確認。予想通り個人識別装置は取り外され、弾倉は空。
 自動式のヨルガでなく、回転式のマグナスであったのは僥倖だ。巨大な咒式にも耐えられる。
 高位咒式弾を装填しながら横へ跳躍。それがクエロの命を救った。

「地撃衝雷(ダグ・ハウト)!」
 地に手をついたゼルガディスが叫ぶと同時、一瞬前クエロの立っていた岩から無数の錐が隆起。
 その勢いは咒式士の肉体さえ貫けると容易に想像できるものだった。
(無駄に用心深くなければいい『仲間』だったろうに、ね)
 利用できなくなった仲間は敵よりたちが悪い。
 浮き上がる恐怖感を殺意で塗りつぶし、己の咒力と意思力で仮想力場を生成。
 使い慣れない他人の魔杖剣。何故か鈍る計算能力。得意の電磁系咒式も即座に発動とはいかない。
「逃げろ緋崎! 前言ったことは撤回だ、俺がいるからにはお前も殺される可能性が高い!」
「んな疫病神的に無責任なこと言うたかて、あんな無茶な速さの奴から逃げられるかっ!」
 男二人がごちゃごちゃ言ってるが、今は無視。努めて冷静に咒式を展開。
 それより早くゼルガディスが掌を向けた。
「崩霊裂(ラ・ティルト)!」
 高い音と共に青い炎が足元から巻き上がるのをクエロは回避運動の最中に見た。
 靴の先がその炎に焼かれる。
 その程度なら構うまいと高をくくったのが間違いだった。
「……くぅっ!?」
 脳髄を焼かれるような苦痛。
 肉体的には傷一つないというのに、精神が抉られるように痛んだ。
 思わず膝をつく。
 その隙を逃すはずもなく、ゼルガディスが素早く剣の刀身を外した。
「光よ!」
 叫びと共に、柄だけの剣から光が伸びる。
 光線か熱量の収束か、それはどういう原理か剣の形に定着。
 闇を撒く者の武器・ゴルンノヴァが遥か遠い異世界に顕現した。

「やはりお前は放っておくには危険すぎる。覚悟はいいな」
 ゆっくり歩み寄るゼルガディス。
 この状況で即座にとどめを刺さず、敵に声をかける。
 その甘さをクエロは嘲笑った。
 あらゆる要因で遅れた咒式がようやく完成。
 それに気付くことなく、一刀の元に斬り捨てようというのかゼルガディスは剣を振り上げる。
 マグナスの引き金を引くのに要する時間は斬撃より遥かに短かった。
 刀身が紫電を帯びる。
 反応し剣を正面に構えるゼルガディスに構うことなく咒式が発動。
 脳の血管が千切れるような苦痛と引き替えに、死神が姿を見せた。
 位相空間で加熱し加速した高温高速のプラズマジェットにアルカリ金属粒子を添加して電気抵抗を低下。
 プラズマに放電。発生する磁場がプラズマを収束。電流自体の効果と荷電粒子の熱量による伝導体の発熱でプラズマが加熱。
 1平方センチあたり100キロワットルの熱量密度でプラズマジェットを噴射。
 電磁雷撃系咒式第七階位〈電乖天極光輪嶄(アリ・オクス)〉。
 異貌のものや竜さえ容易く斬殺する光輪が、ゼルガディスの胸から背中へと貫通した。
「ぐっ……あ……!」
 胴体との接点を失った両腕が剣と共に落下し、続いて滑るように上半身が崩れ落ちた。
 目の前に落ちて尚逸らされない視線を受け止め、クエロは柔らかく微笑んだ。
「……残念。ここでは〈処刑人〉でありたくなかったのに。本当よ?」
「……っ、きさ、ま……!」
 声だけで魔法を発動できる可能性を考慮して、岩の固さを持つ喉を潰さんばかりに掴んだまま立ち上がる。
 そしてクエロは、その青黒い頬を対照的な赤い舌で舐め上げた。
「不味い。本当に岩の味がするのね、あなた」
 楽しげなその囁きを聴くことなく、ゼルガディスの目は光を失った。

 砂浜に転がる光の剣はしばらく光輪と同じ色を帯びていたが、ゼルガディスの死と共にただの柄に戻った。
(不完全とはいえ、電乖天極光輪嶄を吸収した? ……面白い剣ね)
 持ち上げて試しに呟く。
「光よ」
 予想通りに伸びた光の刃は、先ほどのものより遥かに短いナイフ程度の長さだった。
 使用者の魔力とかいうものによるのか、体調によるのか。
 第七階位を一発撃っただけで脳が焼き切れそうな自分を省みるに、精神力だろうか。
 苦痛を押して振り返ると、満身創痍の男二人が逃げられもしないままに視線を向けていた。
 今ここでゆっくりと殺すのも悪くない。今を逃せばチャンスはいつになるか。
 その思考は、緋崎と呼ばれた男の赤く染まった瞳に断ち切られる。
「――っ!」
 いつの間にか発生していた小さな火の玉がクエロのスーツを焼いた。
 砂を転がって火を消し、残る気力を振り絞って立ち上がる。
「へっ、あんたも結構いっぱいいっぱいやないか。逃げるなら今のうちやで」
 汗を浮かべながら言うその姿はイタチの最後っ屁としか思えなかったが、
(ヘマをして死ぬ可能性もなくはないわね……)
 精神への打撃、咒式の反動。鈍った思考での戦闘は避けたい。
 ダメージはこちらが少ないとはいえ、二対一で、緋崎の能力もよくわからない。
 歯を食いしばり、光の剣をガユスに放り投げる。
 持っていては怪しまれるし、近接戦闘は魔杖剣で十分という自負がある。
「あげるわ。……それを使ってせいぜい生き延びなさい、ガユス。私があなたを殺すまで」
「クエロ! 今はそんなことを言ってる場合じゃないはずだ!」
「あなたにとってはそうなんでしょうね。その程度の気持ちで私を刺したんだから」
 嘲るように言ってはだけて見せたスーツの襟元、乳房の上に醜い傷痕が覗いた。
 まだ何か言おうとして、しかしガユスは黙ってうなだれた。

「じゃあね。私のためだけに生き延びなさい」
 吐き気すら覚える疲労を表に出さずに微笑み、クエロは素早くその場を離れた。
 追撃はないことに軽い安堵を覚える。
(さて、どうしたものかしら)
 邪魔は消えたが、他の連中に怪しまれることは確実だ。面倒なことになった。
 疑われて第二のゼルガディスが現れてはこの疲労も無駄になる。
(いえ……収穫はあったけど、ね)
 魔杖剣と高位咒式弾による最強の矛と盾。
 雷轟士と呼ばれた自分が出せるジョーカー。
 しかし刻印による制限のせいか、マグナスでは満足に高位咒式が出せない。
 下手をすればあと1,2発で自分が死ぬことになる。
(内なるナリシア。あれもどこかに存在するはず)
 天才レメディウスから奪った最高の演算能力を誇る魔杖剣。
 それさえ手に入れば自分の戦闘力は盤石のものとなる。
 弾の残りは4発だが、自分が直接戦闘をする機会を最低限にするよう努めれば十分な数だ。
 欲を言えば治療用に通常弾も欲しいが、そこまで上手くいくかはさすがに疑問だった。
 思考が煩わしくなり学校への足を速め、しかし考えなければならないことに気付く。
(どう切り抜けようかしら……)
 涙ぐらいは流すべきだろう。激昂の演技も得意分野だ。せいぜい不安定でいよう。
 『ガユスにゼルガディスが殺された』のだから。

【029 ゼルガディス・グレイワーズ 死亡】
【残り84人】
【B-1/砂浜/1日目10:50】

【クエロ・ラディーン】
[状態]: 精神的に相当の疲労、気を抜くと意識を失うレベル。
[装備]: 魔杖剣・贖罪者マグナス
[道具]: 支給品一式、高位咒式弾(残り4発)
[思考]: 学校へ戻る。集団を形成して、出来るだけ信頼を得る。
    魔杖剣・内なるナリシアを探す→後で裏切るかどうか決める(邪魔な人間は殺す)

『罪人クラッカーズ』
【ガユス・レヴィナ・ソレル】
[状態]:右腿負傷(処置済み)、左腿にナイフ。戦闘は無理。精神的、肉体的に限界が近い。
[装備]:グルカナイフ、リボルバー(弾数ゼロ)、知覚眼鏡(クルーク・ブリレ) 、ナイフ(太腿に装備)
[道具]:支給品一式(支給品の地図にアイテム名と場所がマーキング)
[思考]:D-1の公民館へ。

【緋崎正介(ベリアル)】
[状態]:右腕・あばらの一部を骨折。精神的、肉体的にかなり疲労。
[装備]:探知機 、光の剣
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本) 、風邪薬の小瓶
[思考]:カプセルを探す。なんとなくガユスについて行く。
[備考]:六時の放送を聞いていません。 走り回ったので、骨折部から鈍痛が響いています。
*刻印の発信機的機能に気づいています(その他の機能は、まだ正確に判断できていません)

2005/07/16 修正スレ130

←BACK 一覧へ NEXT→