作:◆Sf10UnKI5A
――何をどこまで狂わせれば、こんな状況が作れるんだろうな?
海野千絵との邂逅の後、甲斐氷太は民家の一階で無為に時を過ごしていた。
大分時間が経ったころ、ふと思い立ち、デイパックの中に丸々残っていたパンを食べ始める。
食事をしつつ、島に着てからの半日足らずのことを回想した。
ドクロちゃんとの会話。
ウィザードとの邂逅、そして別離。
大量にある、存在するはずのないカプセル。
そして、謎の女と共に逃げ去った探偵。
「……一体、俺にどうしろっつーんだ?」
自分の目的は二つ。ウィザードと決着をつけることと、ベリアルに引導を渡すこと。
探偵は……もはや会えるかどうか解らない。
とはいえ、前者二人を捜すための手掛かりだって何もなく、
また、会うまでに自分が無事でいられるかも解らないのが現状だ。
悪魔は強大な力を持つが、その使役者自身はただの人間に過ぎない。
ウィザードと一緒にいた女のように、銃を持っている奴が他にいる可能性もあり、
先ほどの女のように、人間離れした身体能力を持っている奴もいるかもしれない。
悪魔戦とはまた違った、人間同士の命の奪い合い。
それに生き残るのは、悪魔戦と同じで決して簡単では在り得ない。
――結局、動かなきゃ始まらねえってことか……。
食事を終えた甲斐は、荷物を持って外に出ると、靴を片方蹴り飛ばした。
綺麗に宙を舞い、そして地面に落ちる。甲斐は方位磁石と靴を見比べ、
「だいたい東ってとこか。ちょうど島の中心部だな」
靴を履き直し、歩き出す。この時点では、またしても変人に会おうとは想像すら出来なかった。
歩き出して小一時間後。森の中、同年代と思われる男女に甲斐は遭遇していた。
二人の話しぶりから微妙に嫌な予感がしたが、とりあえず戦う気は無いらしい。
「できれば情報交換といきたいのだが……君は、ゲームに乗っているのかね?」
「乗っているなら問答無用で襲いかかるぜ? もっとも、俺はロクな武器を持っちゃいないがな」
佐山と名乗った少年の問いに対し、甲斐の返答は早かった。
両手を上げて、戦闘の意思がないことを示す。
「……ところでお前ら、何でそんな風にしてるんだ?」
いわゆる『お姫様抱っこ』状態のままでいる二人に、揶揄するような口調で問う。
佐山はふむ、と一言。腕の中の詠子を降ろし、
「あいにくだが甲斐氷太君。私と詠子君は、君の空洞化した頭が妄想するような関係ではない。
なにせ私は身も心もあらゆる全てが新庄君のための存在なのでね。おお快なり!」
「法典君は少し変わってるけど紳士だよ? ――ほら、妖精さん達も頷いてる」
「…………」
二人はいたって平常だが、その発言内容は異常そのものだ。
不良集団のトップを張り、多種多様な人間と関係してきた甲斐だったが、眼前の二人は全く新しいタイプの人間だった。
それも、相当イヤな方向に。
「もういい黙れ。まずは俺の話を聞け」
露骨に顔をしかめて甲斐が言う。
――調子が狂って仕方ねえ。なんで俺の会う奴はこんなのばかりだ?
自分の不遇を改めて呪い、甲斐は自分の目的について話し始める。
「残念ながら私達は、その三人については何も知らない」
「そうかい」
戦闘が目的だ、などとは言わず知人について尋ねたが、
返ってきたのは半ば予想通りの答えだった。
「ま、そう簡単にはいかねえってことだぁな」
呟きつつ煙草を取り出すが、
「……おい。火ィ持ってねえか?」
家捜ししておけばライターなりマッチなり見つけただろうに。甲斐は今更ながら後悔する。
「私は持ってないよ。法典君もだよね?」
「期待に沿えずに申し訳ないね、甲斐君。
ところで、私の知人の元レディースは煙草の弊害に気付いてシガチョコ派に転進したそうだ。
君は、IAIの各種シガチョコでは何が一番好きかね?」
「シガチョコ? ガキじゃあるまいし、ンなモン食うかよ。それにその……IAIってのは何だ?」
煙草を戻しつつ甲斐が尋ね返すが、
「ああ、私の地元の駄菓子屋チェーンなのだが、意外と知名度が低いようだ」
その言葉に、そっと疑問の視線を向ける詠子。
しかし佐山は気にせず話を続ける。
「さて、今度はこちらの質問の番だ。詠子君の捜し人が、空目恭一。知ってるかね?」
「知らねえな」
「ふむ、そうか。では次に、私の捜しているのは――」
佐山が二番目に口にした女性の名は、甲斐に少なからず衝撃を与えた。
「――以上の四名だが、知ってるかね?」
「あー、ちょっと待て。どっかで聞いたかもしんねえ……」
甲斐はわざとらしく手を頭にやり、悩んでいるポーズを取った。
――『風見』って、間違いねえよなあ……。
ウィザードと一緒にいた、拳銃を持った女。
躊躇いなく人に向けて引き金を引けるタイプの人間。
――こいつも同類か? ……いっそこの場で殺っちまうか?
佐山といい詠子といい、色々な意味でただならぬ雰囲気をまとっている。
だが、どんな強力な武器を持っていようと、ドクロちゃんのように奇妙な力が使えようと、彼らは今の甲斐に抗いようが無い。
ちょっと後ろを向いて、カプセルを飲み、悪魔を呼び出し、そして――襲う。
五秒もあれば、二人の命を奪えるだろう。
――どうする?
「どうだね? 何か少しでも手掛かりがあれば――」
「ああ、思い出した。その風見とかって女に会ったな」
「それは、……本当かね?」
「本当だ。乱暴そうなショートカットの女だろ? 会ってるぜ」
佐山は甲斐の言葉が嘘ではないと理解する。
「少し詳しく聞かせてもらおう。出会った時間、場所、それに、
……行動を共にしなかった理由。話してもらえるかね?」
佐山の表情は、先ほどとなんら変わっていない様に見える。が、
「そう怖い顔するなって。全部話してやっからよ」
そう言って、甲斐は話を始めた。
午前一時ごろ、市街地を探索してたら突然銃を突きつけられたこと。
ホールドアップさせられたまま、情報交換だけの短い会話をしたこと。
「――で、『ゲームに乗ってねえ』っつったら、『だったら一緒に探さない?』だぜ?
いきなり脅してくるような奴とつるめるかっての」
「それで、その後は?」
「知らねえ。元々群れるのは趣味じゃねえしな。拒否したら、そのままあっさり解放されたよ」
「ふむ、そうか……」
呟き、佐山は腕を組んで何やら考え始めた。
――とっさの嘘にしちゃあ、上々の出来だったな。
甲斐は内心ほくそ笑むが、表には出さず佐山を観察する。
「……ところで君は、風見と別れた後どうしていたのかね?」
「適当な家に隠れて、そこに朝までいたんだがな。
近くでドンパチ始まったんで、こっちに逃げてきたってわけだ」
――ま、何から何まで信じてもらえるたあ思っちゃいねえよ。
佐山は頭が切れるように見えたが、どうやったところで真実が解るわけが無い。
唯一確かなのは、六時の時点で風見が殺されていないという一点だけだ。
「……よかろう。甲斐氷太君、私達を君が風見と会った場所まで案内してはくれないかね?」
予想通りの申し出に対し、甲斐は用意していた言葉を返す。
「悪いが、さっき言った通り群れるのは性に合わねえんでな。さっきの三人以外とつるむ気にゃあなれねえよ」
その返答に、佐山は特に落胆した様子も見せず、
「ふむ、それは残念だな。せめて地図に場所を記してもらえるかね?」
「ま、そんくらいはな」
佐山から地図と鉛筆を受け取り、甲斐はC−3の南寄りに印を付けた。
「はっきりとした場所は解らねえが、大体その辺だと思うぜ」
「ふむ、……感謝する。助かったよ」
「……にしてもお前ら、本当にそっち行くのか?
さっきも銃声が聞こえやがったし、間違い無く危険地帯だぜ?」
「元より承知の上だよ。覚悟は出来ている。
礼にもならぬ事ですまないが、もし君の知人に会ったら君のことを伝えておこう」
「あ、……なあ、禁止エリアってどこだ?」
その言葉に、佐山はわずかに顔をしかめた。
「放送を聞いてないのかね?」
「聞いてはいたんだけどよ。便所に入っててメモ出来なかったから不安でな」
「……地図を貸したまえ」
佐山が記したエリアは、甲斐が記憶したエリアとさほど違わないように見えた。
頭から信じることは出来ないが、まず一安心と言えるだろう。
「ちなみに私達はH−6辺りからスタートしている。勿論、森の中で誰かとすれ違った可能性は否定できないが」
「それだけ解りゃあ十分だよ。んじゃ、俺は先に行くぜ」
荷物を背負い、二人へと背を向ける。
すると、今まで近くの草花を眺めていた詠子が急に口を開いた。
「1日目と2日目の境。狭間の時間。鏡の中と外が入れ替わる。そうして、もう二度とは元の形に戻らない――」
「……あン? 何だそりゃ」
「特に意味は無いけど、おまじないみたいなもの。お友達に会えたら教えてあげてね」
詠子の微笑みながらの言葉は、甲斐の耳に妙に残った。
「……じゃーな、お二人さん。アバヨ」
そう言って軽く手を振ると、甲斐はまた東へと歩き出した。
――さて、一体どうなるんだろうな? ウィザードよぉ……。
恐らく、ウィザードはまだ風見と共にいるだろう。
あの二人が合流すれば、単純に彼ら全員の生存率が上がる。
甲斐が求めているのは、果たせなかった決着を付けるためのバトルであり、
他人に獲物を横取りされるのは好ましくない。
――もしやつらと一緒に行動したら、会った時にバトれるか解らねえしなあ。
そして、たとえ彼らが合流出来なかったところで、甲斐に不都合があるわけでもない。
――もう俺様が殺されることは有り得ない。だからてめえも死ぬんじゃねえぞ。
悪魔が存在しなければ、絶対に出会うことのなかったライバル、ウィザード――物部景。
彼との決着の時を思い、甲斐は口元にわずかな微笑を浮かべた。
果たされることのない願いに、少なからぬ期待を寄せて。
【D-5/1日目・10:05】
【甲斐氷太】
[状態]:左肩に切り傷(軽傷。動かすと僅かに痛みが走る程度。処置済み)
[装備]:カプセル(ポケットに数錠)
[道具]:煙草(残り14本)、カプセル(大量)、支給品一式
[思考]:1.東へ移動。 2.ウィザード、ベリアルと戦いたい。海野をどうするべきか。
※禁止エリア把握しました。
※『物語』を聞いています。
【佐山御言】
[状態]:健康。
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個、メス
[道具]:デイパック(支給品一式)、地下水脈の地図
[思考]:1.仲間を捜索。市街地へ移動? 2.地下空間が気になるが、街付近の狙撃手を警戒。
※風見の情報(半分偽)を入手。
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:1.元の世界に戻るため佐山に同行。2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に
2005/06/13 改行調整