作:◆5KqBC89beU
居るのが知られてしまった以上、じっとしている訳にはいかない。
(休憩は終わりや。あの男の一味に、いつ襲われても不思議やない)
あの男が、平和主義者の正直者だった可能性はある。だが、信じる気になれない。
むしろ初めから、隙を作らせる為に嘘をついていたのかもしれない。
そう簡単に他人を信じてはいけない。かつて人々を惑わし、巻き込んで利用した
悪党だからこそ、断言できる。疑わなければ、生き延びられない。
最悪の事態にも対処する為、すぐに動く必要がある。では、どう動くべきか。
(逃げるか、それとも接触するか……さて、どっちに賭けよか)
どちらを選ぶにせよ、準備は必要だ。時間が惜しい。行動しながら考える。
できるだけ静かに、泥棒の如く部屋中をあさる。右腕が折れているので、左手に
何かを持ったら探知機が持てない。視界の隅に探知機を置き、不便さに舌打ちしつつ、
役に立ちそうな品を探す。けれど、有るのはガラクタとゴミだけだ。
無論、ここで武器を見つけても、武器を持った時点で探知機が持てなくなる。
当然、食料や水や、他の何かが有っても、荷物が重くては逃亡する時に困る。
近くの部屋も探しまわるなら、制限時間は、あの男が戻ってくるまでだ。
(吉と出るか凶と出るか……ていうか何も出てけえへん……)
隣の部屋には何も物が無かった。元は物置だったらしいが、今は空っぽだ。
さらに別の部屋に移り、探索を続行する。あの男は、まだ戻ってこない。
聞こえていた声からして、あの男たちが三人組だというのは、ほぼ間違いない。
仮に伏兵が潜んでいたとしても、探知機があれば察知できるはずだ。
多分、あの男は斥候だろう。単独行動の理由が仲間割れだった、とは考えにくい。
では何故、彼らは全員で動かなかったのか。あの男が一人でも強く、残り二人も
強いからか。それとも、何か別の事情があるのか。現時点では分からない。
接触する相手としては、なかなか悪くないような気もする。少なくとも問答無用
ではないらしい。不干渉を望んでいるようだが、まだ交渉できる余地がある。
敵意が無いと伝えれば、情報交換くらいには応じそうな雰囲気だった。
約束を破る事になるが、必要だと決断すれば、そんなもの幾らでも破るつもりだ。
(次に会う相手が、あの男たちよりマシとは限らへんもんなぁ)
思い出すのは、一番最初の会場で見た光景。他の参加者たちの姿。
(明らかに尋常やない連中が混ざっとった。人間ですらない奴まで見かけた)
外見が弱そうでも油断は禁物だ。昨日の眼帯娘のように、どんな奥の手を
隠し持っているか分かったものではない。そして、ランダムに配られた道具が
「当たり」だった場合、持ち主が普通の人間でも、充分に危ない。
(殺戮者やら戦闘狂やら、頭のネジが飛んどる奴らに会ってもうたら……)
その点、あの男は比較的まともそうな様子だった。あの言葉が演技であっても、
理知的な相手には違いあるまい。この際、ちゃんと会話できるだけでも好印象だ。
(でも、あの男の仲間が、もしも昨日の眼帯娘やったら……俺、今度こそ死ぬな)
次の部屋は、元の部屋と同様に、仮眠室か何かだったらしい。
またしても、ろくな物が存在しない。それでも片端から確認していく。
(三対一か……戦うくらいやったら、逃げた方がええなぁ……)
とはいえ、情報は欲しい。特に、禁止エリアの情報は知らないと命に関わる。
カプセルを持っていないか確かめたいし、刻印を解除できないか尋ねたい。
物部・甲斐・海野の三名を見なかったかどうか。彼らは今も生きているのか。
復活した死者は自分だけなのか。知りたい事の多さに、溜息をつく。
(『今の俺』は『俺』やないのかもしれへん。他の参加者もそうやったとしたら……)
ひょっとすると、「力が制限されている」というのは勘違いかもしれない。
(劣化コピーが、本物の力を再現しきれてへんだけやったとしたら……)
ますます事態は悪化する。そうならば、黒幕に逆らうなど、夢のまた夢だ。
この推測が正解なら、絶望した末に狂ってしまう参加者も出てくるだろう。
(……考えても無駄やな。今は、目の前の問題から片付けていくしかあれへん)
逃げるか、それとも接触するか。こうして迷っている間も、時間が過ぎていく。
(さて、接触した場合、情報収集の他にやれる事は……)
あの男の持つ銃と、己の探知機を交換できる可能性がある。何かを手にする為に
何かを手放さねばならない以上、装備品が一つだけでも別に構わない。
(交換した後で誰かを人質に、ってのは無理そうやな。俺、怪我しとるし)
だからこそ逆に、相手の性格と戦力と目的次第では、平和的に交換できるはずだ。
銃との交換を拒まれても、片手で使える武器と交換できれば御の字だろう。
一緒に行動しないか、と誘われるような事態も有り得る。利害が一致するならば、
上手く利用できるかもしれない。裏切るかどうかは、ゆっくり考えればいい。
手を組む利点と、裏切られる危険――どちらを重視するかは微妙な問題だが。
(それ以前に、接触してみたら罠でした、って可能性も無視できへんねんけどな)
のるか、そるか。まさしく賭けだ。どちらを選んでも、破滅しかねない。
まだ何も収穫は無かった。さすがに、そろそろ時間切れかもしれない。
(あ……まだ他にも、このビルに別の参加者が隠れてたりせえへんやろな)
あの男が索敵しているはずだが、一応、逃げる用意はした方が良いだろう。
二階の大部分を探し終わったが、結局、ガラクタとゴミしか無かった。
もう諦めようかと思い始めた頃、戸棚の中からガラスの小瓶が出てきた。
小瓶の中には、ちっぽけな何かが、ぎっしりと詰まっていた。
赤と白の色彩。豆粒くらいの大きさ。見慣れた形状。小瓶いっぱいの、錠剤。
(――カプセルっ!?)
大急ぎでフタを開け、一錠だけ取り出し、そして、ようやく気づく。
(……違う。そっくりな薬やけど、これはカプセルやない)
大いに落胆した。だが、気を取り直し、戸棚を調べる作業に戻る。
(せめて毒薬やったら、武器として使えるかもしれへん)
小瓶の入っていたらしい箱が見つかった。大きく「風邪薬」と書いてある。
(は、ははは……まぁ、ブラフの小道具くらいには使えるか……)
残念ながら、気を取り直せなかった。改めて、大いに落胆した。
【B-3/ビル2F、室内/1日目・09:00】
【緋崎正介】
[状態]:右腕・あばらの一部を骨折。それなりに疲労は回復した。
[装備]:探知機(半径50メートル内の参加者を光点で示す)
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本) 、風邪薬の小瓶
[思考]:カプセルを探す。生き残る。次の行動を考え中。
[備考]:六時の放送を聞いていません。刻印の発信機的機能に気づいています。
:その他の機能は、まだ正確に判断できていません。