作:◆7Xmruv2jXQ
「思うにだな、お前さんはなんでじっとしてるんだ? かれこれ一時間近くになると思うんだが」
「聞くな。というか話すな」
「むむ、理不尽な。ひょっとしてお前さん牢屋番か。牢屋番なのか? 虐げるものの八割は牢屋番と決まっているんだが」
「誰が決めたんだよ。っていうか、そもそも誰が牢屋番だ! 俺は誰がどこから見ようと品行方正な魔術士だ!」
「マジツシ。初耳ではあるがどことなく陰険で邪悪で過激な思想集団チックな響きを感じると率直な感想を述べる俺」
「……なあ、頼むから黙ってくれ」
どこで人生を間違えたのか。
それはなかなかに哲学的な問題ではあった。
姉たちと出会ったときか。
師と出会ったときか。
仲間たちと出会ったときか。
姉を追って《塔》を飛び出したときか。
トトカンタに流れ着いたとき……まあ、それからの二年は確実に間違いだったが。
意味のない問いを頭の中で反芻しながら、オーフェンは深くため息をついた。
夜が明けてようやく朝が訪れた。
無数の枝が織り成す網をくぐり抜けて陽光が雨のように注がれている。
手袋に浮かぶ光の斑模様を眺めながら、一人ごちる。
(スィリーの言うとおりだ。いつまでもここにいても仕方がない)
自らの手で師を殺めてしまった少年……キノ。
ゲームに乗ってしまった彼を待ち伏せて潜伏したのはいいが、一向にやってくる気配がない。
方向転換し、別の場所へ向かったと考えるのが妥当だろう。
オーフェンは再び地図を広げた。
出来るだけ人が集まりそうな場所を探していく。
「多少の危険は覚悟して住宅地に向かうか。とにかく誰かと接触しないことにはどうしようもない」
「お、ようやく動くのか。で、どこに討ち入りに行くんだ?」
「マジクかクリーオウと合流できれば文句なしなんだが」
「そいつらはあれか、生き別れの兄弟か。しかし人数が悪いわな。生き別れの兄弟はいても、生き別れの三人兄弟はいない。俺はこれを生き別れの法則と呼ぶことにしている」
「それとは別に、ゲームに乗っていない、主催者に立ち向かおうとしてる奴も探さねえと。こんな馬鹿げたゲームは、なんとしてでも終わらせる」
「主催者と決闘か。よし、審判は俺が引き受けよう。ところで勝つために必要なのは審判への袖の下だと思うんだがどうだろうか」
何も見えないし何も聞こえない。
叩き込まれた精神制御をもって、オーフェンは己にそう言い聞かせた。
空しい努力だとわかってはいたが。
無言で地図を折りたたみ、バックを背負う。
南へ向かい心なしか早足で森を進み始める。
視界を横切るスィリーを、オーフェンは半眼で見やった。
スィリーは何が楽しいのか、頭の周りを旋回して三秒に一回ほどのペースで視界を横切り続ける。
少し歩を速くしても、人精霊はぴったりとついてくる。
(なんなんだろうな……俺の人生)
背中にのしかかる無意味な疲労に絶えるのはかなりの精神力を必要とした。
わずか一時間の付き合いで人精霊と言葉を交わす無意味さは思い知っている。
その無意味さを知るのが初めての経験ならば、まだ救いはあったのかもしれないが。
脳裏を横切っていく過去の傑物たちに罵声を浴びせていると、不意に鼓膜を叩く音があった。
瞬間的に白衣にお下げの少年が像を結ぶ。
彼がよくしていたような高笑いが聞こえたのだ。
女性の声だったようだが、確信は持てない。
目視できる位置にはいないが声が聞こえる程度の距離に人がいる。
確かなのはそれだけだ。
オーフェンは立ち止まると、バンダナの上から頭を擦った。
一度目を閉じ、すぐに目を開く。
「ん? どうしたんだ、黒いの」
「あんまりいい予感はしないんだが……行くしかないな。スィリー、少し黙っててくれ」
「了解した。ところで少しというのは六十二宇宙的俺時間と解釈して構わないか?」
それ以上人精霊には構わず、オーフェンは前進した。
邪魔な枝を払いながら視線を凝らし、耳を澄ます。
わずかな風に枝が揺れている。
葉が重なりある音のせいで言葉らしきものは聞こえない。
しかし緑の暗幕の向こう、確かに誰かがの気配を感じる。
「詰めるには約五秒ってところか」
大雑把に距離を推測する。
五秒あれば、余裕を持って魔術を編める。
相手が飛び道具を持っていたとしても防御することが可能だ。
それを自分に確認してからオーフェンは息を吸い込んだ。
「おーい、誰かいるのか!」
オーフェンは大声で呼びかけながら、その声を呪文に魔術を発動させた。
光が屈折し、死角を補うことで視界をわずかに拡大する。
魔術を使って先に相手を補足すればいきなり襲われる心配はない。そう判断しての呼びかけだった。
すぐにこちらの声に反応して、相手が振り返った。
小屋の近くに立っているその数は三。
若い男と少女、あとは着ぐるみの脇に年嵩の女がいる。
「こっちに敵意はない! 少し話がしたいんだが!」
今度はわずかな間をおいて、若い男が両手を挙げて見せた。
あちらにも敵意がないことを示したのだろう。
心に緊張を宿したままオーフェンはゆっくりと木の影から彼らの眼前へと歩み出た。
近くで三人を見てあらためて思ったのは、奇妙な組み合わせだということだった。
いかにも切れ者そうな青年に、おっとりした様子の少女、最後になんとも形容しづらい女性。
もっとも、向こうから見ればオーフェンも奇妙に見えるのかもしれないが。
(まあ、そんなことはどうでもいいか)
思考を切り替える。
三人の顔を順に眺めて、正面から名乗りを上げる。
「俺の名前はオーフェン。情報交換をしたい。このゲームを……終わらせるために」
「今日は千客万来だな。今しがた一人増えたばかりだというのに。
私の名は佐山・御言。話し合いは歓迎しよう、私は平和主義者なのでね。だがその前に――――」
男――――佐山はオーフェンの胸元を指差した。
《牙の塔》の魔術士の証である、剣に絡みついた一本足のドラゴンの紋章。
その銀鎖に、人精霊が逆さの状態で絡まっていた。
「サッシー2と名づけようと思うのだが、異論はあるかね?」
堂々と宣告する佐山と、佐山に同調するように頷く二人を見て、オーフェンはぼんやりと思った。
(また人生を間違ったかな、俺)
「俺は鎖に縛られることを、ポケットの刑に準ずる刑罰だと結論づける」
逆さのままのスィリーの言葉が、虚しく空へと消えていった。
【E-5/北東の森の中の小さな小屋の外/1日目・07:47】
【オーフェン】
[状態]:身体の疲労は回復。精神はお察し下さい。
[装備]:スィリー
[道具]:支給品一式(ペットボトル残り1本、パンが更に減っている) 獅子のレリーフ
[思考]:マジクとクリーオウの捜索、仲間を集めて脱出(殺人は必要なら行う)
※放送を冒頭しか聞いていません。
【佐山御言】
[状態]:健康
[装備]:Eマグ、閃光手榴弾一個、メス
[道具]:デイパック(支給品一式)、地下水脈の地図
[思考]:1.仲間の捜索。2.地下空間が気になる。
【十叶詠子】
[状態]:健康
[装備]:魔女の短剣、『物語』を記した幾枚かの紙片
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:1.元の世界に戻るため佐山に同行。2.物語を記した紙を随所に配置し、世界をさかしまの異界に
【小早川奈津子】
[状態]:右腕損傷。殴れる程度の回復には十分な栄養と約二日を要する。
[装備]:コキュートス / ボン太君量産型(今は脱いでます)
[道具]:デイバッグ一式
[思考]:1.竜堂終と鳥羽茉理への天誅。2.傷が癒えたらギギナを喰らい尽くす。
2005/05/05 改行調整、タイトル改変