作:◆l8jfhXC/BA
(受け止めた?!)
銀色の精霊の拳が美しい長剣に阻まれるのを見て、フリウは戦慄した。
目の前の男は見るからに屈強な戦士然としているが、破壊精霊の一撃を人間が止められるわけがない──はずだった。
(あの剣が──!)
七色に輝く水晶細工の剣。……皮肉なことにまた水晶だ。
ともかくあの剣に何かがあるのは間違いない。
あれをなんとかすれば精霊で、いや念糸でも────
(殺せる?)
簡単にその思考に行き着いてしまい、自身に軽い衝撃を覚える。
(……そういえば、あたし、もう殺しちゃってるんだよね)
胸中で呟く。自分自身で決めてしまったのだ。
彼に武器を渡さないという選択と、彼に念糸を使うという選択。
それに、彼に破壊精霊を使うという選択を。
破壊精霊が消えた後には、あの銀髪の男の死体はなかった。川に流されたのだろう。
どちらにしろ、あの一撃を受けて生身の人間が無事でいられるわけがない。
「──フンッ!」
膠着状態が解かれ、大きく後退した男の太い声が響く。
その刹那、再び振り下ろされた硝化の拳が荒野を跳ね上げ、砂煙が視界を阻んだ。
(……げ)
当然、左眼の世界も茶色に染まる。破壊精霊は即座に砂煙の空間から抜け出た。
そして、ふたたび雄叫びをあげて、拳を振り上げる。砂煙。雄叫び。拳。砂煙──。
破壊するものが見あたらない破壊精霊は、ただ大地に欲求をぶつけるように拳を叩きつける。
やがて砂煙は、こちらにまで広がって来た。
(やばっ!)
このままではぶつかってしまうのではないか。そう考え、慌てて視線を右にずらす。
まるで最初からそこにいたかのように、破壊精霊は右の大地に音もなく出現した。……そして、また同じ行動を繰り返す。
(どうしよ、このままじゃキリがない…………あ)
視界が阻まれているのは相手も同じだ。つまり、逃げられる。
もう一度目の前に砂煙を起こし、閉門式を唱え、背を向けて走り出す。十分可能だろう。
……でも。
(あたしの足で逃げ切れる? あんな見るからに鍛えていそうな人に? もし逃げきれたとしても、また会ったら同じ事になる。
あいつはあたしを確実に殺そうとしてる。人間を料理にするなんて言ってる奴を説得できるわけがない)
それに、もしここで自分が逃げたら他の誰かを殺してしまうかもしれない。
銀髪の男は武器を持っていなかった。だが、今戦っているこの男は立派な剣を持っている。
(今、あいつを止められる──殺すことができるのは、あたしだけ)
正面の砂煙が晴れ始めている。もう一度正面に視線を合わせ、ふたたび破壊精霊を移動させる。
「────!」
あの男の叫ぶ声と、鋭いもの同士が抗いあう音が聞こえた。
精霊と人間がほぼ対等に渡り合える状況など信じたくなかったが、これが現状だ。
(あたしはまた、選ばなきゃいけないんだ……)
リス・オニキスの言葉が脳裏に浮かぶ。
──即座に選べ。選んだ結果が死なら仕方がない。だが、選ぶことも出来ずに死ぬのはくだらない。
以前に、殺さずに殺す感覚を味わったことはあった。一線を超える感覚、とリスは言っていた。
破壊精霊の拳による殺戮は、フリウに何の憎悪も狂喜も残さない。あるのは、油のように重くねばついた感覚だけ。
破壊精霊以外の力で殺したことは、一度もない。一線を超えたことは、なかった。
(決めなくちゃ、いけない。
選ばずに死ぬか。逃げることを選んで、後で死ぬか。逃げることを選んで、あいつが誰かを殺してしまうことを許すのか)
選ばないのは問題外。……では逃げるか?
他人とはいえ、自分と同じ巻き込まれただけの参加者達があいつに殺されてしまうかもしれない。
……もしかしたら、本当にもしかしたら、ミズーを殺してしまうかもしれない。
それは嫌だ。
(なら……、殺すことを、選ぶか)
硝化の拳が大地を舐める音と、男の罵倒する声が耳に響き続ける。
────ふたたび破壊精霊は近くに来た時には、答えは決まっていた。
「──」
素早く閉門式を唱え、折れているであろう肋骨を抑えながら立ち上がる。
そして、砂煙のどこから相手が出てきても対応できるように、ある程度後退する。
(あいつが出てきた瞬間、意思を飛ばせられればいい)
念糸は、相手と自分を繋ぐ思念の道。距離は関係ない。
「ふはははは! やっと正々堂々戦う気になったか!」
そして、待つ暇もなく男が右の方から突進して来た。
(あたしは──殺さなくちゃいけない!)
意味のない叫び声を口から吐き出しながら、胸中で自分に言い聞かせる。
叫びと同時に放たれた念糸は、男の首へと向かった。
「ぬっ! また奇妙な技を!」
フリウから伸びる念糸をふたたび絡め取ろうと、男は足掻いた。
先程のように剣をはじかれても、タックルなぞせずに殴り殺せばいいのだから、まぁ間違ってはいない。
(でも、もう遅い!)
先程とは違い、剣を無視して男の首に集中する。そしてそのまま、
「あ?」
ねじった。
肉と骨が折れる嫌な音が、やけに大きく聞こえた。
重力に逆らうことなく、男の首がごとりと地面に落ちた。
それと同時に、血が首と胴体の両方から泉のように湧き出ていく。
死んだ。
こいつは死んだ。
自分に、殺された。
破壊精霊ではなく、自分の念糸で。
「…………殺した」
意味もなく、つぶやく。否定しがたい恍惚感が身体を包む。
「あたしが、殺した」
身体が震える。耐えられずにその場にへたりこむ。暑いのか寒いのかわからないあの感覚が、数ヶ月ぶりによみがえった。
「……とにかく、逃げないと」
この場を誰かに見られるかもしれない。
正当防衛であることは確かだが、首と胴体が離れた死体を見たらいい感情は持たないだろう。
「逃げないと」
興奮を抑えながら立ち上がり、北にみえる森へと歩き出した。森ならば、身を隠せるだろう。
眠るように気絶していた分、体力は残っていた。
精神の方は、自分で自覚できるほどに異常ではあったが。
「早く、にげないと」
うわごとのように呟きながら、フリウはよろよろと足を運ばせた。
【オフレッサー 死亡】
【残り86人】
【B-5/枯れた川/06:55】
【フリウ・ハリスコー】
[状態]: 興奮中。右腕に火傷。顔に泥の靴跡。肋骨骨折
[装備]: 水晶眼(ウルトプライド)
[道具]: デイパック(支給品一式)
[思考]: A-5の森で休む。ミズーを探す。
※第一回の放送を一切聞いていません。ベリアルが死亡したと思っています。
ウルトプライドの力が制限されていることをまだ知覚していません。
※ガラスの剣と眼帯が周囲のどこかに放置。水晶の剣はオフレッサーの死体のそばで放置(血の海の中) 。
2005/05/09 改行調整、眼帯について追記