作:◆xSp2cIn2A
其処にあるのはどこまでも真っ黒な空間。
今にも脆く崩れ去ってしまいそうな脆弱な空間。
其処に居るのはどこまでも真っ赤な存在。
果てしなく強く決して崩れることの無い歪められた存在。
赤色は何をするでもなく真っ黒な空間にたたずんでいる。
この空間に彼女が現れてから、どれくらいの時間が経過しただろうか。
それは何年も前かも知れないし、ほんの一瞬前かもしれない。
ただ、彼女にとってそれは、無限に等しい時間だった。
唐突に口笛が聞こえてきた。その口笛は『ニュルンベルクのマイスタージンガー』。
おおよそこの場所には似つかわしくない、派手派手しい曲だった。
彼女は大して気にするでもなく、口笛が聞こえてくる方を見る。
そこに居たのは、男とも女ともつかない顔の、筒のようなシルエットをした人影だった。いや、人かどうかも疑わしい。
「うまいんだな」
曲が終わると彼女は拍手をしながら言った。彼は答えない。
「世界は、どこまでも不安定だ」
突然に、本当にこれほど唐突なタイミングは無いだろうと言うくらい突然に、黒帽子のシルエットが言った。
「脆弱で、隙だらけで、壊れやすい。だから『世界の敵』が現れて世界を崩壊させようとする…世界は脆い」
彼は少し間をおいてから言う。
「僕はブギーポップ、世界の敵の敵さ」
彼――ブギーポップの独白は、どうやら自己紹介だったようだ。
また沈黙が続き、彼女が言った。
「ここは……まるで世界そのものだな」
「そうだね、この空間もすぐに壊れてしまうだろうね。」
「じゃぁお前は…この『世界』を崩壊させようとしているあたしを倒しに来たってわけか?」
彼女はシニカルな笑みを浮かべて言う。
「いいや、確かにここは『世界』に似ているけれど、それでも世界じゃない。それに―」
彼は左右非対称な笑みを浮かべて続ける。
「――それに君は、もう存在が消えかかっている」
「……知ってる」
思い出したように、彼女の胸や腹から大量に血液があふれ出てくる。彼女の身体がじょじょに冷たくなっていくが、
彼女は眉一つ動かさない。シニカルな笑みを浮かべたままだ。
「ここはイメージの世界だ。この島に居る者達が作り出した精神の世界だ。本当ならこのイメージの世界で君が傷を負うわけが無い。
人は傷つくのを嫌うからね、自分が傷つく姿をイメージするはずが無い。」
どくどくと彼女の傷口からあふれる血液は、もうすでに失血多量で死んでいるはずの量を超えている。それでも真っ赤な鮮血は
とめどなく彼女の身体からあふれ出す。どくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどくどく溢れ出す。
「君は現実の世界に戻りかかっている。それは生を意味するのか死を意味するのか。僕には分からないけれど、とにかく君はもう
ここに居られないようだ」
「…みたいだな」
彼女はそういうと、彼が吹いていた口笛を真似して吹き出す。彼も釣られて口笛を吹き出す。
口笛の合奏はいつまでも続いたが、すぐに一つになって、やがて消えた。
そして……
【イメージの世界、??:??】
【残り90人】
【哀川潤】
[状態]:瀕死の重体(銃創二つ。右肺と左脇腹損傷)
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品入り)
[思考]:気絶中