remove
powerd by nog twitter

239:場所を超越した会話

作:◆eUaeu3dols

「あんた何?」
リナの言葉に、携帯電話が喋りだした。
『……モシモシ、ですか? そう言うんですね。呪術ですか?
あ、確かに声がします。本当に話せているようですね』
誰かと喋っているような内容が聞こえてくる。ダナティアとリナは首を傾げた。

その時、横になって休んでいるシャナが口を開く。
「携帯…電話…?」
シャナの言葉に振り返るダナティアとリナ。
「「ケイタイデンワ?」」
「そう。電波によって、遠く離れた所にいる人と話す装置」
「うん、それで合ってるよ。ぼくと違って、それの向こうの人が話してるんだよ」
エルメスがフォローする。ダナティアはそれで概ね性質を理解した。
(マリアが作った“伝言でんでん”と同じ物ね)
伝言でんでんとは彼女の姉妹弟子の一人が作った携帯電話と似た機能の魔法生物であり、
彼女の居た電話も無い世界からすると軽く数百年は時代を先取りしている代物であった。
「リナ、これが喋っているのではなくてよ。
別の場所にいる、これと同じ物を持っている相手と話しているんだわ」
「……通話のマジックアイテムの強化版という所ね」
リナも薄ぼんやりと理解する。
リナの世界にも、それよりは質が劣るが似たような魔法の品は存在していた。

「あたしはリナ。リナ・インバースよ。あんたは?」
『私は慶滋保胤と申します。他にセルティという方ともご一緒しています』
名簿を引っぱり出し、名前を確認する。
「そう。こっちは他にダナティア・アリール・アンクルージュとシャナと同行……」
その時、彼女達は奇妙な感覚に包まれた。
(……なに? この感覚は)

普通の人間では気づかない、異質で小さな感覚。
ムンクの小屋に居た3人と1台は全員普通では無かった。
が、それでもそれが何なのかは判らなかった。
シャナは存在の力や自在法を思い浮かべ、すぐに違うと判断した。
ダナティアは何となく違和感を感じる事しか出来なかった。
「何? どうしたのさ?」
エルメスは3人の様子に面食らうだけだった。

リナだけは似た感覚に思い当たった。
そう、これは……
「これ、クレアバイブルが有った場所と同じだわ」
「クレアバイブル?」
「異界の知識が流れこんでるモノよ。……アカシックレコードとでも言うのかな」
その言葉にダナティアは沈黙し、少しして言った。
「………………。
リナ、シャナ。ケイタイデンワの相手を頼むわ。
エルメスは……どうでもいいわ」
「酷いなぁ」
「ちょっと、ダナティア?」
「ちゃんと外にも注意しておきなさいよ」
透視が使える自分が見れば確実だが、今はそれより先にする事がある。
ダナティアは部屋の隅に座り込み、座禅を組む。
目を閉じると、すぐに瞑想状態に入った。
何が起きているのかは判らなかったが、何処に働きかけているかはなんとなく判った。
(おそらく、深層心理に働きかける何かだわ)
もしこの予想が当たっていれば、瞑想状態ならこの『何か』の正体が判るはずだ。
それだけ決まれば迷っている暇も惜しい。
ダナティアは自己の深層心理に飛び込んだ。

十分な準備をしてなら、仲間を連れて他人の封印された記憶に潜った事すら有る。
深層心理とはいえ、自分の中に潜るのはプールに飛び込むようにスムーズな感触だった。

(……当たりだわ)
ダナティアは潜るにつれ、どこからか少女の声を聞き取っていた。
「かなめさん……かなめさん……居ないんですか? かなめさん……」
知らない声だ。おそらくは参加者の誰かだろう。
ダナティアはその声の主を手繰り、深層心理の最深部へと降り立った。
「……かなめさん、もし聞こえていたなら、外に出てきて……」
「生憎と、かなめという子は知らないわ」
「!?」
驚愕する波動。それは咄嗟に自分の領域へと逃げようとし、
「お待ちなさい!」
「!!」
ダナティアの力を持った呼びかけが逃亡を阻止した。
声の主、テッサは深層心理の奥底で動きを封じられた。
「尋ねてきて人違いだからと謝りもせずに逃げるのは失礼ではなくて?」
「だ、だめです、帰してください!」
「そんなに怯える必要は無いわ。別に取って食べはしない……いえ。
 そうか、ここに長居するとそうなるのね」
少女とダナティアはほんの僅かずつ溶け合っていた。

ここは個人の枠が曖昧になっている場所だ。
オムニ・スフィア。精神の最深部。物質の裏側。
ウィスパードが“ささやき声”を聞き取れる場所。
「判ったら帰してください。
あなたが誰かは知りませんけれど、ここがどれだけ危険な場所かは判るはずです」
テッサは少なくともすぐに自分をどうこうするつもりは無いと判断し、冷静になった。
おそらくは理屈で交渉が出来るはずだ。
「そうね。あたくしもこんな所まで来るのは初めてだけれど、よく判ったわ」
今、2人の間で行われている会話は、会話でありながら通話ではなく、思考の共有だ。
もしここで自らを見失えば、2人の自己同一性は崩壊し、精神が崩壊してしまうだろう。

「だけど、しばらくは持つわ。あなたと少し話をする位、何の問題もなくてよ」
自我の強さにかけてダナティアに並ぶ者は少ない。
そして、二つの液体の片方が混ざりにくい液体であれば、もう一方も混ざりようがない。
テッサはそれでも長居すべきではないと思ったが、話を終わらせた方が早いとも判じた。
そろそろベルガーと約束した1分が経過したはずだ。
ダナティアによって捕縛されてしまったせいで、彼女の肉体は昏睡に陥っているだろう。
肉体自体はすぐにどうこうという事は無いが、テッサの昏睡をベルガーがどう捉えるか。
最悪の場合、(おそらくはムンク小屋に居る彼女達と)戦闘になる恐れすらある。
「判りました。それでは手短にお話します。
 まず名乗っておきます。わたしはテレサ・テスタロッサです」
「あたくしはダナティア・アリール・アンクルージュよ」
「わたしは知り合いの相良宗介さんと千鳥かなめさんを捜していました」
そこで言葉を切る。ムンク小屋を発見した、つまり近くに居る事を話すのは危険が伴う。
目の前の彼女が信用に値するか、せめて簡単に確認しておかなければならない。
「次はわたしから質問です。ダナティアさん、あなたの目的は何ですか?」
たとえ殺人が目的でなかったとしても、生き残る、答えないなども危険な解答だ。
「あたくしの目的は出来るだけ多数で生き残る事。そして、主催者の打倒よ」
それに対しダナティアは、即答で言葉を返した。
テッサは余りに率直な答えに戸惑いを覚えたが、少なくとも悪人ではないと判断する。
「ではもう一度、あたくしから訊くわ。こうなった経緯もお話願えるかしら?」
「……わたしは、ベルガーさんという人と森を歩いていて、奇怪な小屋を見つけました。
そこで中にかなめさんが居るかもしれないと思い、共振を試みたのです」
「共振……これの事ね」
「はい。わたしとかなめさんはウィスパードと呼ばれるある種の能力者です。
その間でだけ通じる、危険のある意思の伝達方法なのですが……
まさか他に繋がる人が居るとは思いもしませんでした」
彼らが集められたこの世界は狭いが、集めてきた世界は途方もなく広い。
「とにかく一度帰してもらわないとベルガーさんが不安です」
「ええ、判ったわ。争わないためにも、外で改めて話をしましょう」

ダナティアがテッサを解き放ち、彼女が自らの領域へと帰ろうとした時。
突如、深淵の世界に火の粉が舞った。
「これは……!?」
火の粉が舞い、灯火が溢れ、紅蓮の炎が踊り、一つの姿を為していく。
ここに在る比較対象は何も無く、正確なところは判らない。だが、知る意味も無い。
2人が視たそれは、天を衝くほどに巨大な劫火だった。

「我が名は“天壌の劫火”アラストール」
劫火は遠雷のような声を響かせた。
「まず、何処かの世界より連れられし誇り高き皇女にして魔女よ。
我が契約者を諫め、その傷を知らしめてくれた事に感謝する」
その言葉でダナティアは気づいた。
「あなた、シャナという娘に入っている精霊ね」
「如何にも。我はフレイムヘイズに蔵されし紅世の王」
(とてつもない代物を宿したものね)
彼女は臆しこそしなかったが、同時にアラストールがどれほどに偉大な存在かも理解した。
彼女の世界における最強の守護聖獣に匹敵し、あるいはそれを凌駕し調停者にも類する強大な存在。
だが、彼女は如何なる存在を前にしようと変わらない。
「テレサ・テスタロッサ、下がりなさい。彼はあたくしの客のようよ。帰ってもいいわ。
そして、アラストール。あなたはあたくしに何の用かしら」
「……我は、契約者の前に意志を顕現する術を失っている。
そこの異界よりの囁きを聴く娘の接触が無ければ、この出会いも叶わなかったであろう」
アラストールがシャナやその周囲の人々と話すには、神器コキュートスを通さねばならない。
しかし、コキュートスは支給品として別の参加者に渡され、シャナの元に無かった。
アラストールはシャナの最も身近に在りながら、一言の言葉を交わす事も出来なかった。
「その神器コキュートスを捜せ、とでも言うのかしら?」
「違う。我はそのコキュートスを通して、既に坂井悠二と出会っているのだ」
「……なんですって?」
それは今から1時間と幾らか前の事。
量産型ボン太君スーツを纏う小早川奈津子と、長門有希を捜す坂井悠二の遭遇であった。

【B−2/電話中/1日目・07:50】
【慶滋保胤(070)】
 [状態]:正常
 [装備]:着物、急ごしらえの符(10枚)
 [道具]:デイパック(支給品入り) 「不死の酒(未完成)」・綿毛のタンポポ・携帯電話
 [思考]:静雄の捜索・味方になる者の捜索/ 島津由乃が成仏できるよう願っている

【セルティ(036)】
 [状態]:正常
 [装備]:黒いライダースーツ
 [道具]:デイパック(支給品入り)(ランダムアイテムはまだ不明)
 [思考]:静雄の捜索・味方になる者の捜索

【G−5/森の南西角のムンクの迷彩小屋で電話中/1日目・07:50】
【リナ・インバース(026)】
[状態]: 少し疲労有り
[装備]: 騎士剣“紅蓮”(ウィザーズ・ブレイン)
[道具]: 支給品一式/携帯電話(ダナティアから一時的に任された)
[思考]: 仲間集め及び複数人数での生存/電話相手との会話

【シャナ(094)】
[状態]:かなりの疲労/内出血。治癒中
[装備]:鈍ら刀
[道具]:デイパック(支給品入り) 
[思考]:しばらく休憩後、見張り/悠二を捜す/電話相手との会話
[備考]:内出血は回復魔法などで止められるが、体内に散弾片が残っている。
手術で摘出するまで激しい運動や衝撃で内臓を傷つける危険有り。

【ダナティア・アリール・アンクルージュ(117)】
瞑想中。次に記載。

【G−5/ムンク小屋内で瞑想し、アラストールと会話中/1日目・07:50】
【ダナティア・アリール・アンクルージュ(117)】
[状態]: 左腕の掌に深い裂傷。応急処置済み。/瞑想中
[装備]: エルメス(キノの旅)
[道具]: 支給品一式(水一本消費)/半ペットボトルのシャベル
[思考]: 群を作りそれを護る/アラストールの話を聞いたら、戻ってテッサに会う
[備考]: ドレスの左腕部分〜前面に血の染みが有る。左掌に血の浸みた布を巻いている。

【G−5/ムンクから数十メートルの茂み/07:50】
【ダウゲ・ベルガー】
[状態]:心身ともに平常/※:テッサの一時的昏睡に対しどう行動したかは不明
[装備]:贄殿遮那@灼眼のシャナ 黒い卵(天人の緊急避難装置)@オーフェン
[道具]:デイバッグ×2(支給品一式)
[思考]:ムンクと接触するか考え中。テレサ・テスタロッサを護衛する。
・天人の緊急避難装置:所持者の身に危険が及ぶと、最も近い親類の所へと転移させる。

【テレサ・テスタロッサ】
[状態]:心身ともに平常/深層心理から『帰還』中?
[装備]:UCAT戦闘服
[道具]:デイバッグ(支給品一式)
[思考]:深層心理から『帰還』中? 宗介とかなめを探す。

←BACK 一覧へ NEXT→