作:◆lmrmar5YFk
…痛い。
福沢祐巳は、脳内でがんがんと響き渡る痛みを気にしないようにして、前を行く哀川潤を追った。
潤の歩行速度は、一般女性と比べると相当に速い。本人は普通に歩いているつもりなのだろうが、やはり元々の身体能力の差なのだろう。
ただ『歩く』というだけの動作であっても、彼女のそれには一歩一歩に全く隙や無駄が見当たらないのだ。
リリアンでスカートの裾を翻さないよう徹底的に躾けられてきた祐巳にとってみれば、彼女から離れないようについて行くだけでも精一杯だった。
そのうえ、先ほどから異様に頭が痛む。ぐじぐじと脳に何かが染み込んでいくように、ぎりぎりと頭骨を万力で締め付けられるように、ただひたすら痛い。
その理由が、先刻口にした吸血鬼の血液による作用なのかは、祐巳には分からなかった。
あの部屋に集められてからこっち、半日以上も緊張のし通しだったのだ。単に疲労が出ただけなのかもしれない。
それに、あの人(人といってよいのか疑問だけれど…)も何も言っていなかったし…。
『吸血鬼』。その響きに、祐巳は改めてぶるりと肩を震わせた。
自分はもはや人間ではない。それは自分が決めたことで、その選択自体には後悔はない。
けれど、異形の者になってしまった自分を、お姉さまが見たら一体どう思うのか。…それだけがとてもとても心配だった。
気味が悪いとはねつけるだろうか、それとも、それでも変わらず私を抱きしめてくれるだろうか?
最も慕う女性にはねのけられる光景を想像し、祐巳は顔を青ざめさせた。
それは、少なくとも彼女にとっては、世界で二番目に(― 一番はもちろん祥子の名が放送で流れることだが―)過酷な想像だ。
「…どうした、祐巳ちゃん。ちょっと休むかい?」
ぼうっとその場に立ったままの祐巳に、彼女の眼前を歩いていた潤が心配そうに問う。
その言葉に、祐巳は両手を大きく顔の前で振って返事をした。
「い、いえ! 大丈夫です!」
これ以上潤さんに迷惑をかけてはいけない。祐巳はそう思い、精一杯の強がりで返す。
しかし、相手は『人類最強の請負人』こと哀川潤である。祐巳ごときのついた嘘が見破れぬはずもない。
「あたしに嘘をつこうなんて1万とんで38年くらい早いね。疲れたなら疲れたってちゃんと言いなよ?」
そう言って祐巳の頭をぽんぽんと叩いた潤が、驚いたように叫ぶ。
「…祐巳ちゃん、すごい熱じゃない!」
潤が驚くのも無理はない。祐巳の身体は、いまや確実に変化を遂げていた。いや、それは進化と呼ぶべきなのかもしれない。
人から怪物へと。ただの女子高生から、恐るべき『食鬼人』へと。
ふつふつと沸き立つ血肉が、細胞の一つ一つが、彼女の脆弱な身体を別のものへと作り変えるべく作業している。
その過程は、少女の想像以上に辛い物だった。
「えーと、この辺だと…。よし、とりあえずここ行こう」
手にした地図を数秒眺めると、潤は祐巳を一旦休ませられる場所のあたりを付けた。
はあはあと荒い息を吐く祐巳をいとも軽々しく抱えあげると、その力強い背にひょいと背負う。
「看護婦で熱と来たら『先生、私も身体が熱いんです…。診て貰えますか?』だな。ドクターに向けて胸をはだけるナース、そして!」
一人でくだらないことをぶつぶつと呟きながら、潤は先ほど以上のペースで足を進める。
その速さは、細身とはいえ一人の少女を背負っていると、にわかには信じられない程だった。
「ここ、か」
潤は、祐巳の身体を背負ったまま、E-4地区の工場倉庫前に立っていた。
地図で見た限り、祐巳に休息を取らせられそうなのは、この辺りでここだけだ。
子爵たちの元に戻ってもよかったのだが、距離を考えると、戻る前に少しでも疲れを取らせたほうがいい。
閉ざされたその扉を潤が開け―ようとした瞬間、その扉はまるで自動ドアのようにひとりでにするりと開いた。
ヤバい! よりによってこんなときに敵かよ!?
そう思った潤が後退しようとした刹那、聞くだけで気の抜けそうな声が、彼女の耳に届いた。
「あとは、グリーンだよ。やっぱりヘンタイヒーローは五人そろってヒーロなんだから!」
「ミリアの言うとおりだな! 五人いないヒーローなんて詐欺だ!」
「捕まっちゃうね!」
「死刑だ!」
「嘘!? アイザック、死刑は厳しすぎるよ!」
「そうか…。それじゃあ無期懲役だ! 死ぬまで牢屋! 食事は三食ポップコーン!」
「さっすがアイザック! 素敵な罰だね! それなら一生入ってたいよ!」
そのあまりにテンションの高い、そのうえひどく破綻気味な会話に、哀川潤は思わずその場で固まる。
…なんだこいつら。一応敵意はなさそうだが装ってるだけか? いやでもこの空気は罠とかそういうものでなくあくまで天然みたいだし…。
しかし、次の瞬間、目の前の二人が嬉しそうに発した言葉に彼女の脳神経は再びフルに動き出す。多分に混乱しながら。
「おい、ミリア!」「ねぇ、アイザック!?」
「「グリーン発見!」」
【残り94人】
【E‐4/工場倉庫/一日目8:00】
【アイザック】
[状態]:超健康(眠くてハイ?)
[装備]:すごいぞ、超絶勇者剣!(火乃香のカタナ)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:「グリーン発見!」
【ミリア】
[状態]:超健康(眠くてハイ?)
[装備]:なんかかっこいいね、この拳銃 (森の人・すでに一発使用)
[道具]:デイパック(支給品一式)
[思考]:「グリーン発見だね!」
【福沢祐巳(060) 】
[状態]:看護婦 食鬼人化 熱で朦朧とする
[装備]:保健室のロッカーに入っていた妙にえっちなナース服 ヴォッドのレザーコート
[道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り)、
[思考]:お姉さまに逢いたい。潤さんかっこいいなあ みんなを守ってみせる 聖様を救う 食鬼人のことは秘密
【哀川潤(084)】
[状態]:健康
[装備]:不明
[道具]:デイパック(支給品入り)、
[思考]:「こいつらは何なんだ!?」
小笠原祥子の捜索 祐巳の力はまだ半信半疑 祐巳の食鬼人のことは忘れたことにする
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