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164:力

作:◆cCdWxdhReU

「そんな……由乃さんが、信じられない」
あの保健室でのとき、廊下に出ていた潤さんの様子が少しおかしくなり、
理由は言わず「ここはなにかやばい」と言って私を連れて学校を出、東へ移動したのでした。
そしてここの位置は……石段があるので地図と照らし合わせてみると多分D-4だと思います。
私は放送というまるで実感のない手段で死を知らされた少女のことを思い浮かべる。
昨日まで一緒に机を並べ、一年生の頃からの大事な友達が。
心臓の手術をして、元気になって微笑んでいたあの少女が。
「私たち親友だよ」そう言った彼女が。
今はもういない。死んでしまったというのだ。
「知り合いがいたのかい?」
潤さんが心配そうな目で私を見つめる。
「……ええ、親友が」
「……そうか」
多弁なはずの潤さんはそれきり何も言いません。
「潤さん、私、私どうしたらいいかわかりません。
由乃さんはなんで死ななきゃいけなかったんですか?
 他の人もなんでそんな簡単に人が殺せるんですか?
 どうして殺しあわなきゃならないの……」
「祐巳……気持ちはわかるが、あたしたちも、あんたのお姉さまとかいう人も、
こんな馬鹿げた状況にもう巻き込まれちまったんだ。
なぜこんなことになってるってのは誰にもわかんねーだろうな。
だからこそ『なぜ』じゃなく『どう』するかを考えようぜ。
後ろ向きに考えるな。おまえはお姉さまを探すんだろ」
潤さんは私の眸をじっと見つめ、真剣な表情でそう言いました。
きっと私のことを真剣に心配して励ましてくれているんでしょう。

「でも、でも私は、潤さんみたいに強いわけじゃないただの女子高生です。
そんな人間があんな吸血鬼までいるこの島から生きて脱出できるわけないじゃないですか!」
私の眸から一粒の涙が今頃忘れていたかのように零れ落ちる。
由乃さんの死を聞いたときに流れるはずだった分の涙が、堰を切ったように流れ出す。
由乃さん。楽に死ねたんだろうか? それとも苦しんで死んだのだろうか?
彼女は心臓の病でもう十分に苦しんだのに。マリア様は何故こんな仕打ちをするのだろう。
「私は、無力です。負け犬です。由乃さんの代わりに私が死ねば良かったんです。
今だって潤さんに守ってもらっていなければすぐに野垂れ死んでます。
お姉さまに会ったって、私がしてあげられることなんてないんです。
ただ不安だから、心配だから一緒にいたい。そう思っただけなんです」
私は心の中の言葉を、思考せずそのまま口から放つ。
そんな私を見て潤さんはさらに私の顔を見つめる。
「……祐巳、あんたの言ってることは事実かもしれない。
だけどな、こんな状況で誰かのために涙することができるってのはすげーことなんだぜ。
たしかにあんたはその吸血鬼なんかよりは弱いかもしんねー。だけど心はずっとつえーよ」
そう言いました。
「でも、――」
そのときでした。

【ブラボー!おお…ブラボー!!】

私と潤さんの前に血の文字が浮かび上がってきたのは。
「きゃぁっ!!」
驚いてとっさにその血文字を避けて私は潤さんに抱きつく。
「む、手前ぇ! 新手のスタンド使いか!? チャリオッツか? チャリオッツなのか?」
潤さんは私を守るようにそのまま背に隠すと、なにやら変なことを叫びました。

【いやいや待たれよレディ達、
私はただ単にそこの赤いお嬢さんの言葉に感動して賞賛をあげたままに過ぎない】
そのまま赤い文字が素早く動き、上のような文字になります。
「……生き物なのか? これ?」
流石の潤さんもこの血文字には驚いたのか、驚嘆の声を漏らします。
【ふむ。これは確かに私は生き物であると言えよう。
だが赤いお嬢さんもまた生き物であり、後ろのかわいらしい看護婦、
いや正確には看護師であったかな? 
とにかく看護師さんもまた生き物だ。
また、私たちの周りにある草木も生き物と言っていいであろうし、
それならば私たちが暮らすこの地球も生きていると言っていいのではないかね】
「おまえ最後の方、血が足りなくなって文字が霞んでるぞ」
【これは失礼。何時間かぶりに自由に動けるので思わず長く喋りすぎてしまったよ】
また血文字が綴らていきます。まるで魔法でも見ているようです。
「……あの、潤さん。この人、って言っていいのかわかりませんけど、敵意はなさそうです」
「そうみたいだな。ただし極度のお喋りみたいだが」
そう言って潤さんは張り詰めていた警戒を解きました。
【わかってもらえて何よりだ。私はゲルハルト=フォン=バルシュタイン子爵、
お嬢さん方と同じようにこのゲームに巻き込まれた一人の紳士だ。
子爵と呼んでくれたまえ。美しきレディたち】
子爵さんはそう文字を紡ぐとそのまま文字を分解、
血の塊になりペコリとお辞儀の形になりました。
「生きた血なんて初めて見るぜ。本当に漫画の世界に入ったみたいだな」
そう言うと潤さんは敬礼するように右手を頭の横に構えて
「哀川潤だ」
「えっと、福沢祐巳です。よろしく子爵さん」

私は先刻よりは幾分落ち着いた心で、子爵に言います。
【よろしく、祐巳くん。君の心から少しは悲しみは逃げてくれたかね?】
……私はその時になって気付きました。
さっきまで抑えきれなかった悲しみの荒波は消えてはいませんが、
落ち着いたお陰で抑えきれない激情はなくなっていました。
「あの、子爵さん。ありがとうございます」
【別に私は何もしてはいないよ祐巳くん。君を元に戻したのは君自身だ】
「あーっと、ご歓談のとこ悪いんだが子爵、それでお前はなんであたしたちに声をかけてきた?」
潤さんがそう疑問を口に出す。
【それは先刻言ったように君の祐巳くんに対する言葉に感動して声を……おお、そうだった、
頼みがあってきたのだ。私にはどうにも出来ないことができてな】
「三点リーダまで律儀に付けることには敢えてツッコまないでおくぜ。それでなんだ?」
【ちょっと着いて来てくれたまえ。来てもらえればわかる】
そう子爵に言われれるままに私と潤さんは子爵について行きます。
そして石段の前の草叢の影、一本だけ大きな木が生えた気の根元に私たちを案内します。
そこには一人の傷だらけの女の子が横になっていました。
あまり見たこと無い格好をしたその女の子は気を失っているようです。
「酷い……この女の子は?」
【崖の下で発見して運び込んだのだよ。
あんなところに置いておくよりはこの場所のほうが少しはましだろうと思ってね。
しかし私は治療する能力も道具も持ち合わせていない。
そこに消毒液の香りをさせた看護師がきたというわけだ】
「匂いもわかんのかよ。すげーな。それであたしたちに治療して欲しいってわけね」
たしかにこの女の子の状態は酷いものだ。
虫の息という言葉がしっくりくる。私はそう思った。

「わかった。目の前で死なれるってのも夢見がわりーかんな。
あ、一応言っとくけど治療するのはあたしがするよ。
祐巳はナースじゃなくてナースのコスプレってだけだからな」
【そうであったか。どちらにせよ感謝するよ潤君】
「あ、あの私コスプレじゃっ!」
【わかっているよ。祐巳くん。これでも私はジャパンの文化には興味があって知識も豊富なのだ。
ジャパンではコスチュームプレイは一般的に恥ずかしいということなのであろう? 
人の趣味は様々だ。私は応援するよ、祐美君】
ほくそ笑むように子爵さんの文字が揺れます。
「いや、違うんですってば私は」
「静かにしろ祐巳これから治療始めんだから」
潤さんはそう言ってバックを開き、保健室から持ってきたメディカルキットを取り出した。
「あ、潤さん。私に手伝えることありませんか?」
きっとこの女の子の治療は時間がかかるだろう。私は潤さんに少しでも力になってあげたくてそう言った。
「いや、あたし一人で十分だ。
祐巳みたいな女の子にはちょっと見せらんないくらいグロいことになるかもしんねーからよ」
【そうだな祐巳くん。君は私とあちらのほうで見張りをしていよう】
子爵はそう言って『あちら』を起用に血で『⇒』と書いて指し示しました。
「でも……」
【それが今の一番の仕事なのだよ祐美くん】
「……はい」
私は子爵とともに崖と反対方向に歩みを進めます。
「おい子爵! 祐巳ちゃんがあんまりかわいいからってセクハラしたりすんじゃねーぞ」
潤さんがそう声をあげます。
【私は紳士だそんなことはしないから安心したまえ】
潤さんには見えないので子爵は私に向かって文字を紡ぎました。


「さーて、んじゃ頑張りますか。哀川潤の治療術とくとご覧あれ」
誰に向けるわけでなくそう言って、哀川潤は女の子、アメリアの治療を開始した。

「あの、さっきのコスプレってのは」
草原に座り、私は子爵に弁解を試みる。
【わかっているよ。おおよそ服の代わりがなくって
仕方なく着ているといったところだろう?】
「わかってたんならそう言ってくださいよ」
子爵も聖様のように私をからかうのか。なんで私ってこうからかわれやすいんだろう。
そう考えたとき、私の脳裏に聖様の姿が浮かぶ。
目の前で牙を剥き出し襲い掛かってくる聖様。
涙を流しがらも吸血の衝動を抑えきれず
自分を襲った彼女を救ってやることもできず、私は逃げた。
私は、卑怯者だ。
聖様に血を捧げればいいとそこで考えを放棄した。
死ねばその後のことは考えなくてすむから。
【どうしたのだ祐巳くんっ。また突然泣き出して。からかったのは悪かった。
泣き止んでくれないか、紳士がレディを泣かせたとあっては子供たちに顔向けが出来ない】
「う、くっ、えぐ、違うんです」
私は今までにあった事柄をすべて子爵に言った。
聖様が吸血鬼になってしまったこと。その聖様を救うことができず逃げ出したこと。
お姉さまをさがしていること。潤さんに出会ったこと。そして、由乃さんが死んだこと。
【ふむ、君の先輩が吸血鬼になったというのか。そしてお友達が死んだ】

「私は、無力なんです。聖様を助けられないことを自分の弱さのせいにして、
行動することを放棄しました。泣きながらごめんねって言ってる聖様を救えなかった」
【それは君のせいではないんではないかね?】
「いいえ。なにもしなかったことが私の罪です」
【君は本当に今時の娘とは思えないくらいまっすぐな娘だね】
「……力が欲しいです。お姉さまを守れる力が。聖様を救う力が。
由乃さんの分も生きる力が。でも、私にはそんな力ない」
私がそう呟くと子爵さんは少しの間考えているような、黙り込んでしまった。
【………………………………】
【…………祐巳君。君は本当に力が欲しいかね?】
「――はい。無力なままの私では、潤さんの足さえ引っ張っています。そんな自分はもう嫌です」
いったい子爵さんはなにを言っているのだろう。まさか一緒にいてやるとか言うのではないだろうか?
だがそれは私の力ではない。
【もう一つ聞こう。祐巳君、君は覚悟があるかい? 力をもつことの。
力を得るということは何か捨てなければいけない。
それは例えば尊厳だったり、私のように姿を失うということでもあるのだよ】
……捨てなければいけないこと。私は一瞬の思考の後すぐに答えを出す。
「それは聖様を救えなかったり、お姉さまを守れなかったり、
友達を亡くすことより酷いこと? 
私は何かを失ってもいい。
この目を失っても、耳を失っても、鼻を失っても、手を失っても、足を失っても、口を失っても。
だから、力が欲しい」
【……わかったよ祐巳くん。君の覚悟、しかと見せてもらった】
そう言うと今までと違い子爵は時間をかけ達筆な文字へと変化した。
【君に、力を与えよう】

【残り94人】
 【チーム紅と赤】
 【D−4/草原/一日目、06:35】
 
 【福沢祐巳(060) 】
 [状態]:看護婦
 [装備]:保健室のロッカーに入っていた妙にえっちなナース服
 [道具]:ロザリオ、デイパック(支給品入り)、
 [思考]:お姉さまに逢いたい。潤さんかっこいいなあ 聖への責任感、由乃の死によりみなを守れる力を欲する

 【哀川潤(084)】 
 [状態]:アメリアを治療中
 [装備]:不明
 [道具]:デイパック(支給品入り)、メディカルキット
 [思考]:小笠原祥子の捜索 アメリアの治療

【ゲルハルト・フォン・バルシュタイン子爵】
 [状態]:体力が回復し健康状態に 
 [装備]:なし
 [道具]:デイパック一式、 「教育シリーズ 日本の歴史DVD 全12巻セット」
 [思考]:どこまでも真っ直ぐな祐巳に対し、好感を持つ
【アメリア・ウィル・テスラ・セイルーン】
 [状態]: 瀕死、重傷 哀川潤により治療を受ける どの程度まで回復するかはあとに任せる
 [装備]: なし
 [道具]: なし
 [思考]: 生きる/リナ、ゼルガディスと合流する

※アメリアの所持品(支給品一式+獅子のマント留め@エンジェル・ハウリング)
 はC−4の高架近くの森に落ちてます

2005/04/03 修正スレ15

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